423.拮抗
エルミラは赤い光を纏い、トヨヒメは茶色の光とともに周囲に葉のようなものを散らした。
マナリル生まれのエルミラには常世ノ国の魔法は魔法名から判断がつかない。
(アルムが来るまでの時間は稼ぐ――!)
霊脈は黒く輝き続け、その光は天にまで届いている。
トヨヒメが何をしているのかまではわからないが、町のどこにいても気付くような目立ち方だ。
アルムとベネッタさえ到着してしまえばいくらでも勝算はあると、トヨヒメをここに釘付けにすべく魔法を唱えた。
「『蛇火縄』!」
「"防いで"」
エルミラの操る火の鞭をトヨヒメの一声で集まった葉が防ぐ。
バチン、と弾かれた火の鞭は集まった葉全てを燃やして消えていった。
エルミラが先程唱えた強化は魔法の威力以外の"現実への影響力"を犠牲にし、攻撃に特化させる補助魔法。強化させた魔法の持続時間は限りなく短い。
「防いだわね――!」
自分の魔法を防がれたにも関わらず、エルミラは口元で笑った。
防いだという事は、エルミラの魔法を受ければダメージがあるという事。
ならば、とエルミラは最低限の思考だけを残して次の攻撃魔法を選択する。
相手は魔法生命の力を持っている。後手に回れば押し切られる可能性が高い。
ファニアは実力こそ発揮できなかったものの、とろうとしていた戦法自体は間違っていない。
相手が人間ならば、防がなければいけない攻撃が絶対にある。今トヨヒメがした防御は防がせるに値する威力が自分の魔法にあるという証左だった。
「……『地喰ノ矛』」
トヨヒメの足元から二メートルほどの矛が地を裂いて現れる。
トヨヒメはその長い柄を掴むとその場でくるくると振り回し、軽々と扱って見せた。
矛の動きと連動し、流れるように舞う着物の袖は見るものを惹きつける。
「『火蜥蜴の剣』!」
対応するようにエルミラは炎を纏った剣を唱え、現れた炎を纏う剣をそのまま手に取った。
普段はそのまま飛ばす攻撃魔法なのだが、トヨヒメが武器を持った今こちらも武器が欲しい。
『炎熱魂』の強化の対象から外し、"変換"で無理矢理に魔法をアレンジして対応する。
その過程を踏んでもエルミラの"放出"速度は一切落ちない。
剣を握ったエルミラを前に、先に動いたのはトヨヒメの足。
体を横にし、矛の切っ先をエルミラに向けながら握る長い柄を足の付け根付近に構えた中段の構え。その構えのまま、まるで滑っているかのような滑らかさでトヨヒメはエルミラとの距離を縮めていく。
「器用な御方ですね」
「こっちの台詞よ。何その動き方!」
矛の射程内に入った瞬間、トヨヒメは容赦なくエルミラの胸目掛けて矛を突く。
ただ刺されるはずはない。突かれた矛の切っ先をエルミラは炎の剣で弾いた。
「おっも……!」
びりびり、とエルミラの握る剣の刃先が揺れる。
トヨヒメの魔法は地属性。武器を作り出すとなれば硬度は当然上になりやすいが、エルミラに伝わる衝撃はトヨヒメの怪力によるものだ。
男性に劣る筋力も体重も関係ない。魔法による強化と魔法生命の力は性別差が生む筋力差などとっくに越えており、魔獣すら殴り殺せる膂力がトヨヒメにはある。
「トヨヒメはファフ様の愛に包まれていますもの……愛の重さは歴然でございましょう?」
「死んでも束縛するメンヘラの愛なんて私はごめんだけどね!」
岩の矛と炎の剣が互いを破壊し、持ち主の命を奪うべく撃ち合う。
互いの武器がいつ砕けてもおかしくない、重く鈍い金属音が中庭に響く。
トヨヒメの体捌きは素人目でも型が存在するとわかる武術のよう。滑らかな足さばきに突きと薙ぎを織り交ぜた牽制で優位なリーチを保ち続けて、隙にはしっかりと肉体を抉るような一撃を放ってくる。
だが、突飛な動きはなく、日々訓練を繰り返してきたエルミラはしっかりと反応していた。それでもトヨヒメの技術と武器のリーチ差で距離は詰められない。
「トヨヒメは歓迎です。全身に愛しい御方の愛を感じられるなんて幸福でしょう?」
「あんたも重そうな女だもんね!」
「エルミラ様からも同類の気配がいたしますが?」
「冗談! 男なんてとっかえひっかえよ!」
エルミラを知る者なら一発で嘘とわかるような台詞を吐きながら、足元を払いに来たトヨヒメの矛をエルミラは思い切り踏みつけた。
「!!」
「油断し過ぎよ!」
踏みつけた勢いでトヨヒメの手からは矛が離れ、地面に叩きつけられる。長い柄がしなり、矛が地面の上で小刻みに跳ねた。
武器を手放したトヨヒメ向けてエルミラは勢いのまま強く踏み出し、炎の剣を心臓目掛けて突き刺そうと――
「――!!」
「失礼」
トヨヒメの目の輝きがエルミラに防御行動をとらせた。
心臓を狙っていた炎の剣は寸前でエルミラの手元に引き戻されて盾の役目を与えられる。
その判断は正解だった。
武器を失ったトヨヒメは距離を詰められるや否や、エルミラの腹部目掛けて蹴りを放っていた。
トヨヒメの足の周囲に浮かぶは魔法生命の外皮。鱗と爪。
怪力によって放たれるその一撃は馬車に轢かれるがごとく。武器より遥かに殺傷力のある爪はエルミラの握っていた炎の剣を砕き、その力でエルミラを後方へと蹴り飛ばす。
「かっ……!」
「着物は……意外と動きやすいんですよ?」
衝撃でエルミラの呼吸が一瞬止まる。
地面に叩きつけられ、転がるエルミラは即座に受け身をとって体勢を立て直す。
「ごほっ……!」
「『召喚・四腕地霊髑髏語り』」
距離が離れたのを見てトヨヒメは追撃の魔法を唱える。
足下に現れる巨大な召喚の魔法陣。
骨の形をした四つの腕が召喚陣から抜け出すように伸びて出てくる。
現れたのは岩石でできた四メートルほどの骸骨の巨人だった。
四つの腕は足の代わりに地を踏むと、巨大な岩の骸骨は蜘蛛のように四つの腕でエルミラへと襲い掛かる。
トヨヒメが使ったのは常世ノ国で生まれた地属性の上位魔法。
その質量差で相手を踏み殺す骸骨の人造人形だった。
「『炎竜の息』!!」
その骸骨の人造人形の突進をエルミラは迷いなく迎え撃つ。
勢いよく拳が空を切る。その拳から放たれた火柱は、巨大な骸骨の人造人形の頭を火炎と熱波で焼き尽くした。
頭が焼き崩れると、地を踏んでいた四つの腕は制御を失ったようにがくがくと揺れ、やがてただの岩へと戻っていく。
がらがらと形を保てずに崩れていくのは人造人形の核を破壊した証。
鬼胎属性の魔力で出来た黒い霧の中に、火の粉と砂埃が舞う。
「一撃……」
そしてトヨヒメの口からも思わず驚嘆の呟きが零れた。トヨヒメは自分の敵の力量を改めて認識する。
「けほ……。こほ……。どしたの? ハリボテでも召喚した?」
「ええ、前座にしては派手な散り際でした」
エルミラの挑発。笑顔で返すトヨヒメ。
互いの目は笑っていない。互いの力量を知りつつあるゆえに。




