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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第六部:灰姫はここにいる

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422.普通の人間

「『荊棘の雷鞭(エヌヴァレーリ)』」


 構えられた剣から放たれる雷属性の中位魔法。

 剣を抜いたにも関わらず、何のアクションも無く飛んでくる魔法は普通なら意表を突く。

 しかし、"放出"された雷の鞭を見てもトヨヒメは動じない。


「確か、二属性の特異体質でしたか……普通ならば、確かに凄まじい才ですね」


 トヨヒメは向かってくる鞭をただ眺めている。

 雷の鞭はトヨヒメの腕ごと体に巻きつき、拘束するが――


「あれは……!」


 すぐに気付いたのはエルミラだった。

 ファニアの魔法は正確にはトヨヒメの体を捉え切れていない。

 雷の鞭が巻き付く部分には鱗のような形をした魔力の障壁が現れる。

 その鱗はファニアの魔法を一切通しておらず、トヨヒメの美しい肌も着物にも傷一つ無い。


「ですがトヨヒメはファフ様の愛に包まれていますので……関係ございません」

「情報にあった外皮か……!」


 ファニアの魔法を事も無げに防いだのは魔法生命の外皮。

 ファニア自身は初見であるものの、マナリルに協力している元宿主シラツユからの情報でその能力は把握している。

 トヨヒメが無造作に腕を広げると、雷の鞭は鬼胎属性の魔力に呑み込まれながら引きちぎられた。


「私の中位魔法を……想像よりも硬いな……ならば――!」


 生半可な魔法は無意味と判断したファニアは一度剣を鞘に納めた。そして次の瞬間には再び抜刀する。その瞬間に、


「『雲裂く雷霆(エクソアルゲス)』!」


 唱えた上位魔法が抜刀と同時に"放出"される。

 閃光とともに斬撃がカタチになったかのような雷が轟音を立てて迸った。


「うわ!」

「きゃあ!」


 中庭から目を離せなくなっているローチェント魔法学院の生徒達が轟く雷鳴に驚く中、その魔法の正面に立っていたトヨヒメはただ手を前にかざした。

 その手には先程のような鱗と、今度は爪が浮かび上がる。


「無駄ですよ」


 トヨヒメが引っ掻くような動作をすると、雷の斬撃は雷鳴とともに引き裂かれて霧散する。

 小さな雷鳴だけがその場に残り、引き裂かれた魔法の余波が中庭の地面を焼いた。


「すげえ……」

「これが宮廷魔法使いの戦い……」


 怯えていたローチェントの生徒達も恐怖はしているものの、宮廷魔法使いの使う上位魔法を見て希望を抱き始めた。

 鬼胎属性の魔法の影響下ではあるものの、ファニア・アルキュロスが戦っているという状況が生徒達の精神を保ち始める。


「なに……やってんのよ……」


 そんな中、同じようにファニアの戦いを見ているエルミラはそう呟いた。


「上位魔法でも貫けぬか……ならば……!」


 ファニアは剣を縦に構えて、"変換"する。

 トヨヒメの周囲の霊脈を見れば何かよからぬ事をやっているのは明白。時間をかけている余裕は無い。

 トヨヒメはまだ反撃らしい反撃をしてきておらず、こちらを侮っている。

 ならば自分が唱えられる最大の魔法をぶつけ、反撃する間もなくその命を奪わなければ――!


「【夜空駆る光華(アステラス)】」


 剣が、ファニアの体が燃え上がる。

 否。炎が包む。赤い魔力光がファニアの目を輝かせる。

 ファニアが唱えたのはエルミラとここに飛んでくるためにも使った血統魔法。

 違うとすれば移動時には雷属性だったが、今回"変換"された属性は火。

 血統魔法は使い手の解釈次第でそのカタチや属性が変化する。二種類の属性を使う特異体質であるファニアは火と雷、どちらの属性でも血統魔法を唱えることが出来た。


「ふふ」


 炎に包まれるファニアを見てトヨヒメは笑った。


「……何がおかしい?」

「いいえ、私としたことが失礼致しました」


 トヨヒメはわざとらしい咳払いをすると深々と頭を下げる。

 戦闘中の敵を目の前にして大きな隙を晒すトヨヒメ。

 その余裕を消してやるとファニアの体はその場で弾けた。

 炎を纏った剣の切っ先がトヨヒメの首目掛けて突き進む。

 トヨヒメが頭を上げるとファニアはすでにトヨヒメの目前にまで迫っていた。


「危ないですね」


 トヨヒメの手に浮かぶ鱗のような魔力。

 トヨヒメはその鱗を盾に向かってくる剣の切っ先を横から力任せに弾き、ファニアの進行方向を逸らした。


「上手くさばいたか……だが!!」


 突進してきたファニアは弾かれても慌てることなく、ただ方向転換して再びトヨヒメの首を狙う。

 トヨヒメは中庭の中心から動かない。

 何らかの条件で霊脈から動けないのか? だとすれば好都合。

 弾かれた勢いはそのままにファニアの体を包む炎はさらに燃え上がる。

 ファニアの進んだ場所は焼け焦げながらトヨヒメに向かう軌跡を描いていた。


「そんな物騒なもの……トヨヒメに向けないでくださいませ」

「くるか――!」


 トヨヒメが指を爪のようなカタチに固定する。

 浮かび上がる魔力の爪が迎撃の準備。

 突進しながらも、トヨヒメの手に紫色の鱗と爪が見えた気がした。

 魔法生命の外皮を貫けばトヨヒメ自体は普通の人間。狙うは首か心臓。

 魔力の温存を考えず、最大の一手で決めるべくファニアは剣の切っ先に血統魔法の"現実への影響力"を集中させ、狙いを定めた。

 

「とる――!」

「馬鹿!!」

「なっ――!?」


 そんな一点に集中していたファニアの横から……強化をかけたエルミラが突っ込んでくる。

 剣の切っ先に意識も"現実への影響力"を集中させていたファニアは、横からの体当たりに反応できずそのままエルミラに突き飛ばされた。

 トヨヒメが振るった爪はファニアを捉えることなく空振りし、ただ中庭の床にだけ三本の爪痕が刻まれる。

 中庭の床に投げ出されたエルミラとファニアは砂埃を立て、互いの突進の勢いのまま互いの体が投げ出された。


「き、さま――! 何をしているエルミラ!! 気でも触れたか!!」


 即座に起き上がったファニアはエルミラ向けて怒号を飛ばす。

 隣で同じように起き上がったエルミラの胸倉をファニアが掴もうとすると、エルミラはその手を弾き、そのままファニアの胸倉を逆に掴んだ。


「こっちの台詞よ! この馬鹿!! 戦いになってないことくらい気付きなさいよ!!」

「ば、ば……?」


 あまりに言われ慣れていない言葉と胸倉を掴まれるという状況にファニアは何が起こっているのかと動揺する。

 それだけではない。エルミラの険しい表情とあまりの気迫にファニアは言葉を詰まらせた。

 胸倉を掴む手にはこれ以上無いほどの失望が込められている。


「普段のあんたなら気付けたはずでしょ! あんたの魔法をあの女はまともに防御すらしてない! ただ魔法生命の外皮だけで弾いてるのよ!?」

「それが、なんだ……? 相手は魔法生命だ……そのくらいはやって――」

「魔法生命の力だから防げてるんだって!? 本気で言ってるとしたらやっぱり馬鹿よ! まだわかんないの!? あいつが強いんじゃない! 今のあんたが弱すぎるって!!」

「わ、私が……よわ、い?」

「いくら魔法生命の外皮でもそれだけであんたクラスの魔法使いの上位魔法や血統魔法を弾けるわけないでしょ!? 今戦ってたのにそんなこともわからないの!? 自分が今使ってる魔法が空っぽで遅すぎることくらいわかりなさいよ! それともそんな余裕無かった? そうよね、気付いてたらこんな馬鹿みたいなことしないもんね……今のあんたはあいつから出てる鬼胎属性の魔力で明らかに実力が出せてない!」

「そ、そんな……馬鹿な……」


 たった数手。たった数回の魔法。

 ファニアが実力を出せていないのに気付けたのはエルミラだけだった。

 ローチェントの生徒からすれば、上位魔法をあっさりと使える時点で驚嘆するのは当然だった。

 だがローチェントの生徒と違い、幾度となく敵の魔法使いと戦ってきたエルミラにとっては、それが相手を倒せるような魔法ではなく、カタチだけをなしてるだけの魔法だとすぐに気付く。

 血統魔法もそうだ。問題なく"放出"したように見えたが、実際はアルキュロス家の歴史の声も響かない……ただ唱えただけ。ファニア自身がそんな事にすら気付いていないほどに精神が不安定になっているのだと、魔法生命の鬼胎属性に慣れているエルミラだけが気付いていた。

 普段は強気に見えるファニアの鋭い目も……今はどこか頼りない。

 ファニアは信じられない、と縋るように、あろうことかトヨヒメのほうを見た。


「大百足様曰く……自分達のような存在と戦える人間は二種類いらしゃるそうです」


 中庭の霊脈が輝く中、トヨヒメは白魚のような指を二本立てた。

 魔力の鱗も爪も今は見えない。


「一つは英傑の器を持つ御方。二つ目は、輝きに憧れる御方……前者は言うに及ばず、後者は英傑にも愚者にもなれる資格があり、その命はたとえ凡庸であっても価値が生まれる時がある、と」


 トヨヒメの表情は戦う前と変わらなかった。

 その憐憫の表情は決して見下しているわけでもなく、ただ単純な愚かさに対するものだった。


「忠告いたしましたでしょう? 勝負にすらならないと……あなたはどちらでもないご様子でしたので忠告させて頂いたのです。トヨヒメと戦わなければ真実を知る事無く、ただ普通に強い魔法使いとしていられたでしょうに」


 最年少の宮廷魔法使い。

 二属性を扱える特異体質。

 才能はあった。能力はあった。

 同じ人間から国を守るだけならばそれだけで充分だった。


「立派な肩書だけお付けになって、どうぞこれからも……ただの敗者として歩み続けてくださいませ。今日のことをお忘れになれば、いつか再び肩で風を切って歩くこともできるでしょう」


 口元で微笑むトヨヒメに、ファニアはその場で力無く崩れ落ちた。

 微かに震えている自分にようやく気付き、アルムの忠告通りだったと悟る。

 恐かった。そうだ、恐かった。口に出せるはずもない。宮廷魔法使いが恐いなどと。

 無意識に相手は人間だと思おうとしていたのは、思えば小心の表われだったのかもしれない。

 人間であればいつも通りにできると、相手が人間なら、相手が人間なら、と言い聞かせたかっただけだった。

 だが知ってしまった……人が作った地位と肩書きでいくら武装したとしても、魔法生命には立ち向かえないのだと。

 ファニアはついには握っていた剣も落とした。

 からんからん、と乾いた音が響く。同時に、ファニアの眼から冷たい涙が流れた。


「…………」

「……あんたが悪いわけじゃないわよ」


 エルミラはその姿に去年の自分を重ねた。

 去年初めて魔法生命と遭遇したあの山で……恐怖に屈して逃げることしか出来なかった自分を。離れていく友人の背中をただ見ることしか出来なかった自分を。

 そんなあの時の自分を守るかのように、エルミラはファニアの肩を優しく叩くと……トヨヒメのほうへと向かっていく。


「可哀想な御方ですね……」


 宮廷魔法使いであるファニアすら自分達と同じように折れたことを知り、中庭を見つめるローチェントの生徒達に再び絶望が戻る。


「そう? あれが普通じゃない? 未知の怪物なんてそりゃ恐いでしょうよ」


 恐怖がこの場を支配する中、ベラルタの制服だけがトヨヒメに向かっていく。

 鬼胎属性の魔力で出来た黒い霧をエルミラの肩が切る。

 勝てる保証など無い。自信は喪失したまま。

 それでも、恐怖を押し殺して前へと進む。

 それが何もない自分に出来るたった一つのことだから。


「さて……あなたはどちらですか? エルミラ様?」

「さあ? 少なくとも英傑のどーたらとかじゃねえわよ」

「そうですか。それなら……死者になるしかありませんね?」


 トヨヒメの穏やかな顔つきには微かな警戒が生まれていた。

 エルミラは短く深呼吸する。

 退けない。退かない。


「『炎熱魂(フュエル)』!」

「『霊峰(れいほう)山粧(やまよそおい)』」


 同時に唱えた強化は開戦の合図。

 互いが互いを敵だと認識したように、エルミラとトヨヒメの視線は交わった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

第六部ももう少しという所まできてしまいました。更新のペースだけは崩さないよう無理せず頑張ります。どうかお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ファニアさん! 相手は強化魔法すら唱えていないのになんてこったい!実力は高いのでしょうが強制的な恐怖の前に撃沈、、天才肌感ゆえ恐怖自体になれていなかったのかな? 最初の遭遇で動けたルクスも…
[良い点] こうなりますよね・・・ 鬼胎属性に挑むという事が、魔法生命体に挑むという事がどういう事か身をもって思い知らされました。 いや、目を逸らしていた現実に向き合わされたと言った方が良いのでしょ…
[一言] 立ち向かえるだけではダメだったか。 自棄の結果ではなく、確固たる意思を持って鬼胎属性の恐怖に抗えなければ、そもそも力も発揮できない。 そう考えると先の話の様子を見るに、今のミスティも単体…
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