幕間 -怪物の生-
『悪趣味な女だ。大嶽といい……東洋の怪物はみなこうなのか?』
闇を落とした暗い穴。
その周囲には何かがいる。
まるで、その穴を円卓にするかのように囲んでいる。
『東洋の怪物が、ではなく、儂が特別なのじゃ。悲鳴と苦悶を肴にする儂の高尚さも理解できぬとは見た目通りの畜生じゃな。もーもーと鳴いてみせれば鼻輪用の穴を開けてやってもよいぞ?』
『我が身を侮辱するか』
『怪物もどきが吠えるでない。その半身だけ食ろうて本物の家畜にしてやってもよいのじゃぞ?』
生者が見通せぬ闇の中、怪物同士が暇潰しに興じている。
穴の中に見えるものなど彼等にとっては見慣れたものでしかない。
亡者の声も煮え滾る悪夢も、瞳に死を焼べるような光景も関係ない。
『ぎりしあのお仲間がいなくていらついておるのか? せっかくこの場に残った者同士もっと楽しめばよかろうて』
『我らを裏切った貴様が言うか』
『裏切った? あはははは! だから格下なんじゃよお主は』
かちかちかち、と命を引き裂く顎肢が鳴る。
それはこの世で最も恐ろしい笑い声。
『儂らは元よりこの身一つで英傑達と戦った者。仲間意識が高いのは結構だが、そんなもの儂の知ったことではない。裏切りだなんだと騒ぐ前に自身の欲望と向き合ってみよ。自身の欲望すら剥き出しに出来ないあほうが儂を非難するなど千年早い。それとも、迷宮の中で迷子になっていた子供には寂しかったか? おお、よしよし……儂が乳母になってやろう。生首と血の乳であやしてやってもよい』
『貴様……!』
聞くだけで甘ったるくなる女の声が牛の頭を持つ怪物すら小馬鹿にする。
醜悪な笑い声が闇の中でこだまする。
『儂はまだあの世界でやる事がある。だからこそここにおる。ならば……あの世界に戻れるきっかけがあるならばその全てを利用するまで。お主は違うのか?』
『む……』
一理ある、と牛の頭を持つ怪物は言葉を呑んだ。
確かに、第二の生を得られたという時点で贅沢だったというのに、第二の生まで終えた今、方法まで選んでいては機を失するだけ。
魔法生命として、やはり個の欲望には貪欲であるべきなのか。
この場にいるという事は少なくとももう一回は機会があるという事。どんな機も逃さず手繰り寄せようとするこの女の姿勢は確かに魔法生命らしい。
『死してなお人々の心に傷を残し続け、記憶されたからこそ儂らはここにある。生命ならば世界に自らの存在を刻んで当然。あの娘の魂を喰らおうとしたのもただそれだけのことであろう? 生きていた時と同じことをしただけに過ぎぬよ。英傑が誰かを助けてその心に存在を刻むように、儂らはその心に傷をつけて存在を刻む』
『……そう在るべきかどうかは個々が決めることであろう』
『ならば、儂は儂の自由にやる。儂の在り方を決して曲げぬ。それが、儂が生きるということじゃ』
毒蟲は天を仰ぐ。
他には見えぬ二つの星。
死が蔓延するこの場所において残り続ける毒蟲にとっての朽ちぬ輝き。
一つはもう会えぬ。一つは可能性がある。
『儂の存在を刻みたい者がおる……儂の名を刻みたい者がおる。ならば手段など選んではおれぬよ』
願わくば今度こそ――名乗りたいものじゃ。
そう呟く声だけが、恋焦がれる乙女のようだった。
『そういう意味では羨ましいぞ。あの星の心に疵をつけた……お主がな』
暗い穴の周囲にいる魂は三つ。
毒蟲と牛の頭をした怪物……そしてもう一つ座っている。
『誇るがよい。お主は確かに生きていた。何故ここにいれるかは知らぬがな』
本の上に座っている。
『ああ、そういう意味では……ファフもよくやったものじゃのう』
ここにいない怪物の名を、毒蟲が呼んだ。
いつも読んでくださってありがとうございます。
次の更新から再び本編となります。




