413.呼んできてくれ
「全く……友人の部屋で目覚める朝は格別ですね」
一方ベラルタの第一寮。
昨晩フラフィネの部屋に泊まったサンベリーナがフラフィネの枕を抱きながらベットに寝転がっている。
学院も休みの日、朝早くとは言えない時間帯まで寝ていたサンベリーナはお嬢様らしからぬ怠惰っぷりを部屋主であるフラフィネに見せつけていた。
「めちゃくちゃくつろいでるし……ラヴァーフル家のお嬢様なんだから繋がりのある貴族の家に泊まったりしそうなもんだけど?」
「はぁ……わかっていませんわねフラフィネさん……それは宿泊であってお泊りではありませんわ」
やれやれと言いたげに首を横に振るサンベリーナ。
「……何が違うし?」
「……? 全然違いますでしょう? さながら、会食で出る食べなれたチキンと屋台の見知らぬ串焼きといったところでしょうか」
「な、なるほどだし……?」
例えの意味もわからず、結局フラフィネの疑問は晴れない。
とはいえ、寝間着のまま枕を抱きしめている姿からお泊りを気に入っているということは伝わったので、とりあえず頷いておく。
「全く……一回目に来た時みたいなそわそわした姿はもう無いみたいな?」
そんなフラフィネも先程起きたばかりであり、日課であるお団子ヘアを作っている途中だった。
フラフィネが自分の髪でお団子を作る慣れた手つきを見ながら、サンベリーナは自信ありげに笑う。
「一度目のお泊りは流石にこのサンベリーナ・ラヴァーフルといえども緊張せざるを得ませんでした……何故ならお友達の部屋にお泊りをするなど普通ならばあり得ないこと。いわば未知への挑戦といってもいいでしょう。その一歩を踏み出すとあらば緊張して当然」
「何か大袈裟だし……」
どこに隠していたのか、サンベリーナは扇を勢いよく片手で開く。
枕はもう片手に頑なに抱いたままである。
「ですが、今日の私はすでに前回のお泊りを経験した身! さらに今回は就寝時間を気にせず、お肌も気にせず、夜更かしをしておしゃべりをするという背徳的な時間までも過ごしたお泊りのプロ! そんな私が緊張する理由などもうありませんわ! フラフィネさんのベットでそれはもうくつろいでみせますとも!」
「まぁ、うちは気にしないからいいけど……」
「ふふふ、夜更かしした上に起床時間に遅れて寝坊……さらには朝の準備までサボってしまう……これはもう悪いサンベリーナの誕生ですわね……! 完璧たるゆえに善も悪も持ち合わせてしまうとは私ったら罪な女ですわ……!」
枕を抱いてつぶやくサンベリーナがあまりに楽しそうで、フラフィネはつい口角が上がってしまう。
また誘ってあげよう、などと思いながら髪をお団子にし終わると。
「……何の音ですの?」
サンベリーナが神妙な面持ちで耳を澄ましていた。
フラフィネも耳を澄ませると、確かに何か騒がしい。
ベラルタの寮は基本的に静かなのだが、廊下を走る音と何かを破壊しているような音が聞こえてくる。
「男子寮のほうからですわ!」
「ちょ……!」
抱きかかえていた枕を離し、サンベリーナは急いでフラフィネの部屋から出ていく。
寝間着のまま出て行くサンベリーナに制止することもできず、フラフィネはてきとうに上着を持って追いかけた。
「焦げ臭い匂い……!」
「サンベリっち上着着るし!」
「ベリナっちとお呼びなさいな!」
自身の呼ばれ方をいつものように訂正しながら、サンベリーナはフラフィネから上着を受け取って羽織る。
ベラルタの寮は基本的に男子は女子寮に、女子は男子寮に入ることは出来ないが、当然トラブルがあった時はその限りではない。
他の生徒達も妙な音がしている事に気付き始める中、二人は廊下を走って一階に下りると、迷いなく男子寮へと駆けこむ。
鋭い音と焦げ臭い匂いを辿って階段を駆け上がると、黄色の魔力光が迸る一つの部屋を見つけた。
「どうし……!?」
扉を開けると、まずは二人の耳を稲妻のような音がつんざく。
部屋の中は焼かれた壁や床の焦げ臭い匂いが充満しており、走る雷撃はまるで嵐の中のような光景だった。
しかし、そんな異変すらも些細に思える程の異変が部屋の先にいる。
部屋の中央には、雷属性の魔力を纏っているルクスがうずくまっていた。
「あなた……何してますの!?」
「あ……が……! だ、だれ……だ……!?」
「あなたそれ……!」
「なに……それ……」
絞り出すような声でルクスがサンベリーナの名前を呼ぶ。
苦痛に歪んだその表情にいつもの姿は無い。だが、ルクスをそうさせている原因は二人の目にも明らかだった。
ルクスの顔を這いまわる黒い魔力がある。見れば、首や手足にも黒い魔力が跳ねるように動いていた。
その黒い魔力はまるでルクスの存在そのものを蝕むかのように徐々に広がっていく。
だが、広がっていく場所をルクスが纏っている雷属性の魔力がすかさず走り、黒い魔力を相殺していた。
「血統魔法が抵抗して……! 毒!? いや、呪詛魔法……!?」
魔法大国と呼ばれながらマナリルで呪詛魔法が発展しなかったのには理由がある。
血統魔法に愛されている者は使い手への脅威に反応するという常識があるためである。
どれだけの労力を割き、何百年かけて命を脅かすほどの"現実への影響力"を持った呪詛魔法を作れたとしても……その呪詛をかけた相手が血統魔法に愛されているだけで抵抗されてしまうのである。
魔法使い戦において毒が有効でないとされるように確実性に欠ける事に加えて、歴史を積み重ねなければいけない分、毒よりも労力がかかるので呪詛魔法を発展させようとする家はマナリルにはほとんど無い。
そのため血統魔法が反応しない相手の動きを阻害する程度のものだけが残っているというのが現代の呪詛魔法の事情である。
呪詛魔法を発展させた常世ノ国ですら、相手の命を奪える呪詛魔法は存在しない。
「使い手は……!? 呪詛の使い手はどこですの!?」
サンベリーナが雷属性の魔力が走り続けるルクスの部屋を覗くが、部屋の中にはルクス一人しか見えない。
一部屋だけの嵐の中、バチバチ、と焼かれる部屋や机はあるが、ただそれだけ。まさか遠く離れた南部にいるなどとは夢にも思わないだろう。
「そんな馬鹿な……使い手が姿を見せずに対象を捉えられるはずがありませんわ……!」
「ていうか、オルリック家の血統魔法と勝負できる呪詛なんてあるはずが――」
フラフィネがそこまで言い掛けて、二人の脳裏には同じ存在が思い浮かんだ。ガザスで出会った異質な存在が。
そう……この世界には無くとも、異界にはある。
呪いで命を蝕む記録が。毒の吐息を吐く龍の伝承が。
異界の伝承そのものが魔法と化している魔法生命ならば――常識など通用しない。
血統魔法が血筋の歴史の積み重ねであるならば、魔法生命もまた語り継がれた恐怖の積み重ねそのもの。
どれだけ使い手が血統魔法に愛されていようとも、その上から命を踏みにじるだけの"現実への影響力"が魔法生命にはある。
そして、それを可能にする執念を持つ者が今まさに南部から呪詛を流し続けていた。
「どうすれば……!」
「とりあえず学院長に……」
「サン……ベリーナ、殿……!」
二人に気付いたルクスがサンベリーナの名を呼ぶ。
ルクスの目が何らかの助力を求めていることはすぐにわかった。
「何かあるのですか!? いいでしょう! 緊急事態ですから致し方ありません! あなたのために動いて差し上げますわ!」
サンベリーナがそう言うと、ルクスは口の端から血を流しながら口を開く。
呪詛に蝕まれ、血統魔法が焼き、再び呪詛に蝕まれる。
恐怖の記録が流し込まれながら、体力が無くなるまで繰り返されるであろうそれは拷問に等しい。
「ミスティ……殿を……! ミスティ殿を、呼んできてくれ……!」
「ミスティさん……?」
意図がわからずサンベリーナは聞き返す。
ルクスは頭が割れそうな悲鳴を脳内で聞きながら、ゆっくりと頷いた。
「ミスティ、殿の……! 血統魔法、で……! 僕ごと……この呪詛を凍結させてくれ……! 僕が死んだ……ら……行き場の無、ぐ……なった呪詛が、周囲にばら撒かれる……! ミスディ殿の、血統……魔法な、ら……! オルリック家の、血統魔法ごと凍結させられる!!」
それは解決策というよりも被害を最小限に食い止めるための苦肉の策。
魔法生命や常世ノ国の呪詛魔法について詳しくないサンベリーナでも、ルクスが自分ごと封じ込めようとしていることはわかった。
そして、今のルクスの状態がそれほど詰んでいる状態だという事も。
「早く! このまま、だと……! 周囲の住人、全てが……! この呪いを浴びることになる!!」
「――ッ!」
好敵手がそんな結末を迎えるなどサンベリーナは許せない。
だが、目の前の光景は切迫している。
ベラルタの霊脈から流れ込む邪龍の吐息。抵抗するオルリック家の血統魔法は雷を迸らせている。
流れ込んでくる呪詛に苦しむルクスはいつまでもつのかもわからなかった。
「ここはお任せしますフラフィネさん! 他の方々に避難の指示を!」
「任せられたし!」
許せないが……何が起きているのか、知識も無い自分には叫ぶ権利も無い。
何も出来ないという無力感を胸に、好敵手の願いを叶えるためにサンベリーナは駆け出した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ルクスピンチ。
『ちょっとした小ネタ』
前回出た儀式魔法については今までもほんのちょっとだけ出てたりします。
アオイの手記やラドレイシアの血統魔法のルーツなどなど。
常世ノ国独自というよりは、廃れてた魔法が常世ノ国でだけ生き残っていた感じです。




