411.誘い
「ううん……」
「アルムくんそんな難しい顔してると眉間に皺残っちゃうよー?」
「ああ……」
「さっき言ってたこと考えてるのー?」
朝食を終え、指定の時間になってローチェント魔法学院に向かうアルム達。
アルムは町を歩いている中、ずっと今回の一件についてを考えていた。
合理的とは到底思えないクエンティの行動やリニスが生還した事態、そして今まさに広がっている平和過ぎる町並み。
今までの魔法生命のように、"現実への影響力"を取り戻そうとしているとは思えない現状に思考するも、全て予測の域を出ない。
鬼胎属性でない魔法生命なのか? 鬼胎属性でない場合、どのような方法で"現実への影響力"を取り戻すのか?
魔法生命と幾度も遭遇しているが、個別の思想はわかっても魔法生命という存在そのものについては詳しくないアルムである。
「奴らの口ぶりから魔法生命は共通して霊脈を糧にはするはず……となるとやはり……」
「もー……アルムくんただでさえ普段ちょっと恐がられてるんだからそんな顔してるともっと恐がられるよー?」
「え?」
ベネッタが何気なしにそう言うと、アルムは立ち止まる。
「待て……俺は恐がられてるのか……?」
「え? いや、ボクとかは思ってないよ? ただ……」
「ただ?」
「ほら、ボクとエルミラがよく行くベラルタのパン屋さんあるでしょー?」
「ああ……二人のお気に入りのお菓子がある……」
ベネッタの言うパン屋はミノタウロスの事件の時に被害に遭い掛けた親子でやっているパン屋のことだ。
アルムも二人に付き添ってよく行っていて学院終わりに買い食いをしたり、五人でお茶をする時などはそのパン屋に売られているお菓子が並べられている。
「そこの息子さんが、そのー……アルムくんはいつも無表情でちょっと顔が恐いって言っててー……」
「そう、か……そうか……」
アルムの表情はいつも通りの無表情ではあるが、他人にはわからなくてもベネッタにはアルムが少ししょんぼりしているのがわかってしまう。
まさかそんな反応を見せるとは思わず、ベネッタは慌ててアルムの手をとった。
「ご、ごめんね? アルムくんはそういうの気にしないかと……その息子さんも悪口で言ってたんじゃないよ? ただ誰が可愛い? ってエルミラがその息子さんをからかった時にそんな話になってー……」
「……自分ではわからないんだが、恐いか?」
元よりアルムがその息子を責める気など無い。
アルムが気になるのは何故自分が恐がられるのかである。
「えっとー……ほら、アルムくんって外だとあんまり表情変わらないからそのせいじゃないかなー? ボク達はわかるんだけど、アルムくんをよく知らない人からするとそう見えちゃうのかも?」
「なるほど……」
「笑うと結構可愛い顔だと思うんだけどー……」
ベネッタはアルムの頬に手を伸ばし、口角を上げるように頬を上に伸ばしてみる。
だが、そんな事をしてもアルムが笑顔になるわけはなく……ただ変顔のアルムができるだけだった。
「どうだ? 少しはましになるか?」
「やっぱ自然体が一番だって実感したかなー……」
「そうか……なら恐がられるのは我慢するか……」
「うーん、アルムくんは実際に話さないと理解されにくいタイプだもんね」
「俺はそういうタイプなのか」
「そういうタイプなのですー」
アルムとベネッタが緊張感のない話題をしていると、にわかに町が騒がしくなり始める。
住民達の会話に耳を澄ますと、どこか焦った様子だった。
「イプセ劇場の方で何かあったらしいぞ」
「何かって?」
「わからん。ただ、公演が中止になるとか……」
「今日のチケットは!?」
そんな会話が聞こえてくる。
「イプセ劇場で何かあったのか……?」
「どうするアルムくん? ボク達ローチェントのほうに向かってるけど……」
「お、おい! あれ見ろ!!」
ベネッタが言い掛けると、イプセ劇場のほうを指差しながら一人の住民が大声を上げる。
アルムヤベネッタだけでなく、周囲にいた住民達もイプセ劇場のほうを見ると……イプセ劇場の周囲を何らかの光が飛び交い、劇場の外壁に衝突する様子が目に映った。
光の正体は当然何らかの魔力光だろう。敵のものか味方のものかはわからないが、イプセ劇場で何らかの事態が起きているのは間違いなかった。
「ベネッタ!」
「うん!」
「『強化』」
「『強化』!」
アルムとベネッタはすぐさま自身に強化をかける。
二人はイプセ劇場の方に注目する住民達を尻目に軽々と屋根に飛び移り、イプセ劇場の方角へと向かった。
「『聖言の天道虫』」
イプセ劇場の外壁に向けて、クエンティが信仰属性の攻撃魔法を唱える。
周囲に展開される無数の銀色の光。
その魔力光の中には天道虫を模した魔法があり……クエンティが手を振り上げると外壁向けて不規則に飛んでいく。
やがて劇場の壁に直撃すると、派手な光と破裂音を立てる。
イプセ劇場の周囲にいた住民達は突然魔法を唱えて劇場を攻撃し始める魔法使いの存在と、その魔法の光と破裂音でパニックになり、劇場から離れていく。
「ほうら、殺されたくなかったら逃げてくださいね、と……」
当然、クエンティの狙いは劇場の周りにいる住民でも、劇場内の職員や劇団の人間でもない。
覇気のない脅迫を口にしながら、"変換"でわざわざ音や光の"現実への影響力"を上げただけの攻撃魔法を続けていく。
「お、おい!」
「はい?」
次はもう少し大きい音を立てようか、などと考えていると震えながらクエンティを指差す住民が一人いた。
「わ、悪いことは言わない……! すぐにやめたほうがいいんじゃないのか!? こんな事したら我らがディーマ様がすぐに飛んでくるぞ!」
クエンティほどの魔法使い相手に命知らずな行動だが……マナリルの四大貴族ダンロード家の領地ということで平民の気も少し大きくなっているのだろう。
当然、ディーマが邸宅で血塗れになっていることなど、この住民は知る由も無い。
下手すれば即殺されてもおかしくないが、クエンティはこういう手合いは嫌いではなかった。威を借りてでも止めようとしたのは領主への信頼ゆえだろう。
「ディーマ様は来ないわよ」
「……え?」
「もう私の雇い主様が片付けたから。フフッ!」
「ひっ……!」
脅しが効くどころか、余裕の笑みを見せつけるクエンティに怖気づいたのか、その住民は一目散に逃げだした。
「あらあら、違う子は来るわよってせっかく教えてあげようと思ったのに……」
確信めいた口調で、クエンティは呟く。
「ファニア・アルキュロスは間違いなくコルトゥンの尋問に行っている……なら、アルムくん……あなたがイプセ劇場に来るのが一番確実よね?」
派手なだけの攻撃をイプセ劇場に繰り返しているのはアルムを誘いだすため。
住民達にパニックを起こし、その口でイプセ劇場のほうが危ないという事実を伝播させる。コルトゥンを町から逃げ出させることを含め、全ては確実にアルムをここに呼ぶ為の布石だった。
「フフッ! 放っておけないでしょう? 大変ね、"魔法使い"?」
いつも読んでくださってありがとうございます。
連休ですね。自分は連休じゃありません。
…………。




