410.穏やかな笑顔で
過去に起きている事態が色々出てきたので簡単な時系列を前書きに載せます。
とっくに把握してるぜ!という方は本編へどうぞ。
二十年前
ルクスの母親アオイとその使用人カトコ主導で一部の常世ノ国の貴族が反逆。
トヨヒメのファフニールと宿主待ちだった魔法生命の核を一つ(キマイラの核)を破壊するも、大百足と大嶽丸によって敗北し、アオイとカトコはマナリルへと脱出。
トヨヒメもその数日後にマナリルへ。南部に到着し、その後反魔法組織クロムトンを掌握。
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七年前
ルクスの母親アオイが亡くなったことを知ったカトコがオルリック家に墓参りに訪れる。オルリック家の客人として二日ほど東部に滞在するが、帰りにトヨヒメの強襲によって敗北。
トヨヒメが目的のために反魔法組織を使った霊脈調査を開始。
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数か月前(本編第三部後辺り)。
トヨヒメがダンロード家に情報提供者として訪問。
自分が反魔法組織にやらせた事をそのまま反魔法組織の情報として提出。
その立ち振る舞いや落ち着く声でディーマは勿論、その息子や使用人からも信頼を得ていく。
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現在
「これは……一体何が起きたのですか……?」
ダンロード家の執務室の扉が開き、カトコ……トヨヒメの監視役の魔法使いの一人が部屋に入ってくる。
その男はガロド・チェクラトというディーマが信頼する冷静な性格の魔法使いなのだが……。
「お疲れ様ですクエンティさん。制圧できましたか?」
「ええ、一人残らず。監視役のもう片方もとりあえず捕えています」
トヨヒメはその魔法使いの名をクエンティと呼んだ。その名前はファニアからの報告で聞かされていたカンパトーレの魔法使いの名前だ。
一瞬だけ光明を見かけていたディーマの目に絶望が泳ぎ始める。
決して、自分の死を予感しての絶望ではない。トヨヒメとクエンティの会話で自分の部下や使用人がこの二人の手に落ちたことを悟ってしまったからである。
監視役として置いていた魔法使いはまだいいだろう。覚悟して魔法使いになった連中であり、戦う覚悟などとっくにできている。だが、使用人達は違う。戦いとは無縁であり、守られるべき平民だ。
ディーマは日々ダンロード家を支えてくれている平民達を巻き込んでしまった自分を恥じる。
口内に広がる血の味は敗北の味そのもの。
目の前の女の本性に気付かなかった自分の愚鈍さを恥じながら、ディーマは歯を噛み締めた。
「雇い主様は……」
一瞬、監視役の魔法使いの輪郭が溶けるようにぶれると、次の瞬間には姿が変わった。
イプセ劇場でアルム達に見せた女性の姿であり、女性の姿になったことを見せつけるように長い髪を手で払ってなびかせる。
「案外、人を殺そうとしませんよね。ここの使用人も生きたまま捕えろって命令でしたし」
「まぁ、クエンティさんたら……案外とはどういう意味でしょう?」
「あ……」
にこにこと穏やかな笑顔をクエンティに向けるトヨヒメ。
血に塗れた執務室の中、着物姿で立つその姿の迫力と恐怖はいかほどであろうか。
自分が今、失言じみた発言をしていたことに気付き、クエンティの顔が青褪める。
「いや、その……! 私が会った最初の四柱の方々って結構躊躇い無いイメージだったので、宿主である雇い主様もそういうタイプかと思っただけで……」
「ここの人間は生かしておいたほうがディーマ様を操りやすそうでしたからね、ここでの目的を達成したら次は東部に足を運ばなければなりませんからその保険ですよ。ですが……そうですね、クエンティさんの仰る通り、大百足様や大嶽丸様でしたら躊躇いなく食べてしまわれるかもしれませんが」
倒れるディーマは勿論、トヨヒメ側であるはずのクエンティですらそう語るトヨヒメに寒気が走った。
人を喰い殺す魔法生命のことを、まるで思い出話に花を咲かせるかのような朗らかな表情で語っているその姿に。
クエンティは思わず話を変える。
「私はこの後、手筈通り陽動をしにいってもいいですね?」
「ええ、お願いしますね。ここに来ている……特にアルム様がこちらに来ないように足止めしてください。難しい要求をしておりますが、できますか?」
「はい、勿論です。真正面から勝つのは難しいですが、呼び寄せるのは簡単です」
「方法はお任せしますので、こちらの儀式が終わるまで出来るだけ長く引き止めておいてください」
トヨヒメは床に伏せるディーマを見る。
「ではディーマ様、終わったら改めてこちらに寄りますね?」
「ざせ……るものか……!」
「喋れるのでしたらまだお元気ですね。流石四大貴族ダンロード家……血統魔法に愛されておらずとも"存在証明"で持ちこたえているようで」
トヨヒメの目が黒く輝く。
トヨヒメは床に伏せるディーマの襟首を左手で掴み、軽々と持ち上げる。
その細腕からは想像もつかない力こそ彼女が普通の人間ではない証拠だった。
周囲に漂う黒い霧が意思によって集まっていく。トヨヒメはディーマの耳元に口唇を向けて、
「ふー……ふー……」
優しく息を吹きかけた。
官能的なシチュエーションにクエンティは少し頬を染めるが、その真意はクエンティが想像するようなものではない。
「あ、ぎ……! がぎゃ、が!!」
トヨヒメは息を吹きかけていると、ディーマが突如苦しみながら身を捩り始める。
だが、いくら身を捩ってもディーマの服の襟首からトヨヒメの手は離れない。
トヨヒメの吐息とともにディーマに流し込まれているのは鬼胎属性の魔力。
恐怖ですぐに気絶しない少量を、ゆっくりと、間隔を空けて、吐息とともに流し込まれる。
「ファフ様が殺した方々の記録を見れるなんて……ディーマ様は幸せな御方ですね?」
「あ……が……がが、か……ご、げ……!」
トヨヒメが息を吹きかける度にディーマの頭に死の記録が走り、その精神を崩していく。
一息ごとに脳内でこだます恐怖に塗れた悲鳴、救いを求める絶叫、そして一切の願望を踏みにじる肉の咀嚼音がディーマの脳内に響き渡る。
トヨヒメが数度繰り返すと……その流し込まれた記録は苦痛を味わったディーマの体と精神に最悪な形で馴染み、ディーマは今度こそトヨヒメの前で喋る気力を失った。
「……ぁ……ぇ……!」
「多幸感で夢の中に旅立たれてしまったようですね……今のディーマ様にはそれが一番幸せかと思います」
視界の焦点すら合わなくなったディーマにトヨヒメは笑い掛けて、万力のように襟首を掴み続けていた手を離す。
力無く落ちるディーマの体からはもはや抵抗の意思は感じられない。
「四大貴族をこんなあっさり……すごいですね、偉大なる御方とやらの力は」
「あっさりではありませんよ。この数か月、気付かぬようにじっくり、じっくり……ファフ様の呪詛が馴染むように下準備をしておりましたから。今のディーマ様はまな板の上で逆らえないお魚さんのようなものです。正面から戦うと流石に厄介ですので、たとえ疑われてもこの準備期間は必要でした」
トヨヒメは懐から出したハンカチで手に付いた血を拭うと、床に伏せたディーマのほうへと捨て、ディーマに頭を下げた。
「お世話になりました、ディーマ様」
そう言うと、トヨヒメは執務室から出る。
クエンティもその後を追って外へ出た。
「それにしても……私がベラルタから持ってきたあれでそんなこと本当にできるんですか?」
「常世ノ国は滅んでこそいますが、マナリルやカンパトーレには無い魔法も数多くありますから。トヨヒメのいたハルソノ家はこういった魔法が得意だったんですよ?」
トヨヒメとクエンティの二人は完全に静かになったダンロード邸を出る。
ダンロード邸の立つ丘の上から眺められるフォルマの町には、いつも通りの日常が訪れている……これからこの二人が乱す平和が。
だが、二人はこの町の住民達を支配しようとか、皆殺しにしようなどとは一切考えていない。
全てはトヨヒメの目的のために動くのみ。
「それではトヨヒメはローチェント魔法学院へと向かいます。クエンティさんはイプセ劇場のほうへ……あの方々、特にアルム様はこちらに近付けないようにしてください」
「はい、それは勿論」
「頼もしくて何よりです」
「引き続き、アルムくんは殺さないようにするんですよね?」
「ええ、お願いしますねクエンティさん」
「ちなみに……はずみで殺してしまった時はどうなるんですか? 私には呪法がかけられているから大丈夫だとは思うのですが、念のためお聞きしたいです」
「ふふ、そんなの決まっているではありませんか」
興味本位で聞くクエンティにトヨヒメは変わらぬ笑顔で返す。
「あなたが、トヨヒメの敵になるだけですよ」
いつも読んでくださってありがとうございます。
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