44.やるべき事
「美しい! 美しい! 美しい!」
興奮しっぱなしのルホルはそびえ立つ巨人に幾度も声を浴びせている。
しかしその巨人に声は届いていないのか、ルホルのほうを向いていない。
山だった巨人はその頭部を何かを探すように動かした。
「何を……」
ルクスはふと空の棺桶に目を落とす。
「核か……!」
「流石オルリック家の長男だねルクス殿! 理解が早い!」
ルクスの声に反応しつつもルホルはその視線を巨人から動かさない。
「知っているだろう? 自立した魔法は核の周囲から動くことはできない。それは魔法にとって核が最も大切なものだからだ、核は自身の存在を支えるいわば心臓……ゆえにどんなに遠くに行ける魔法が自立したとしてもその魔法は核の周囲から動くことはない」
それは魔法使いの間での常識だ。
自立した魔法の核は魔法を破壊する際に最も重要視される場所。
その為、自立した魔法は例外なくその周囲から動かない。
自立した魔法によって核がもたらす効果は違うが、核を破壊しなければ核に蓄積された魔力で再生する魔法もある。
逆に、核を破壊すればそのまま消滅する魔法も少なくない。
核の力が魔法の効果につぎこまれている場合があるからだ。
この巨人であれば巨人自体を破壊するのは難しい。普通ならば核を破壊して巨人もろとも消えるのを祈るしかない。
「スクリル・ウートルザの血統魔法が自立している確信は元々あってね。彼を尊敬し、様々な言い伝えを持つこの地の領主である私には資料を集めることは容易かった……見てみたいと思った、純粋にね。だがこの山が動く気配はないし、千五百年くらいの間山としてここにあり続けていたからこれからも動くことはないだろうと思っていた。流石に動かし方なんてのは伝わってなかったからね……そんな時、この執事の仲間から交渉を持ち掛けられた」
ルホルは黒い短剣を構える老人のほうを見るが、老人は意にも介さない。
ルクスの動きを観察しているようにじっとルクスを見つめている。
「スクリル・ウートルザの魔法を動かす方法がある。だからこちらにつけ、とね」
ルホルは嬉しそうに空の棺桶を指差した。
それだけで辿り着ける。
自分達のいる山の隣にそびえたつこの巨人を目覚めさせた方法に。
「核である遺体を運んで無理矢理魔法を起こしたのか……!」
「そう! 動かないなら動かしてしまおうというわけだ! 周囲に核がなければ自立した魔法は核を求めてそこに向かうだろうとね!
全く天才だと思ったよ! 目から鱗だ! 核を運んで魔法に勝手に動いてもらおうなんてね!
私はこれが起きただけでも十分だが、はてさてどうなるかなぁ?」
山の巨人の頭部は辺りを見回したかと思うとやがて一点を見つめ始める。
その方角に何があるか。
ミスティとルクスは嫌でも理解してしまう。
「そちらの方角は……!」
「べ、ベラルタ……!」
「正解正解正解! 君達は本当に優秀だ!」
ミスティは先日、アルムとエルミラと共に学院長から聞いた話を思い出す。
ベラルタの街でアルムを襲撃したダブラマの三人の刺客。
その刺客は実は商人に身分を偽って四人でベラルタに入り込んでおり……その際に、縦長の荷物を運んでいたと。
「ベラルタに来た四人の刺客が運んだのは……スクリル・ウートルザの遺体……!」
「おっと、その様子だとあの中身は今までばれていなかったようだね、よかったよかった……まぁ、わかったところで見つかるはずはないがね」
ルホルは自信たっぷりに断言した。
確かにその荷物が見つかったという話は結局聞かなかった。
しかし何故?
ベラルタに運ばれた荷物が本当に遺体だとしたら、そんな隠しにくいものを隠し続けられるとは思えない。
保管するにもそれ相応のスペースが必要ははずだ。
だが、実際に魔法学院の教師と憲兵が二週間もの間探し続けても進展は無かった。
ダブラマの刺客の最後の一人も見つからず、アルムの襲撃以来、音沙汰がない。
「さあ、目覚めたばかりだが……いつ動くかな? 動くかなぁ?」
子供の様にはしゃぐルホル。
こんな巨大な魔法が動けば平原が、町が、人が蹂躙されるというのに。
「ミスティ殿……ベラルタまではどのくらいだろうか……!」
「馬があれば……」
「んんー? 状況がわかってないようだね」
「君達は僕達の相手をしなければいけないんだ、君達が逃げてもいいが……君達以外に僕が国を売ったことを知ってる者はいないんだからね。核の情報を知らない君達にはおあつらえ向きの情報源を逃がすかい? それもいい!
だが、戦う気がなくてもその気にさせるとも、お仲間に知らせるなんて当然させないぞ?
ベルグリシが目覚めたのを見てパニックにはなっているだろうねぇ……ドラーナの住人を避難させてでもしたら傑作なんだがね、その分ベラルタの情報の把握は遅れるわけだ! あっはっは! 立派な魔法学院の生徒ならありえるんじゃないのかぁい?」
余裕の表情で笑いながら語るルホル。
ミスティ・トランス・カエシウスとルクス・オルリック。この二人とともに山を登った時点で全てが自分の狙い通りに運んだはず。
この地に来た魔法使いの卵の中から、【原初の巨神】に勝つのは無理にしても抵抗できるかもしれない血統魔法を持つ可能性のある二人をわざわざ連れてきたのだ。
ここで魔力を使わせればその抵抗すらも敵わなくなる。
そして逃げるという選択も自分が裏切者であるということと、ダブラマの刺客がいるということで縛ったはずだ。
【原初の巨神】の核の場所もわかっていない今、むざむざその場所を知っている情報源を逃がす愚策には走るまい。
しかし、どうだ?
真実を知らせたというのに一刻も早くベラルタに知らせようという焦りが目の前の二人からはまるで感じられない。
足止めの為に正体をばらしたというのに、これでは甲斐が無いというものだ。
「まぁ、あなた方の相手は言われずともしますが……わかっていないのはあなたのほうです」
ミスティの余裕のある口調にルホルは少し苛立つ。
自分達の計画、その手法に驚いていただけの子供が。
「何をわかっていないと? 是非ご教授願いたいね?」
「私達があなた方の相手をするのは、当然のことです。国賊と他国の刺客を前に背を見せるなどしません。
そして――そもそも何故私達があなたが国を売った事を仲間に知らせる必要があるのです?」
「なに……?」
「私達はベラルタまでどのくらいかかるかを話していただけです。あなたが国を売ったことなど伝える必要などありませんわ。何故なら……彼らは今頃、あなた方の嘘に気付いています」
確信を持ってミスティは微笑む。
「そして、自分達が何をすべきかも、わかっている方々です。私の学友を甘く見ないで頂きたいですわ」
「どう? ベネッタ?」
「うん、エルミラの予想通り。」
二つあった山の片割れ、その麓でアルム達四人は馬に乗って駆け付けていた。
町から巨人が見えた時、ミスティとルクスの身に何があったかを確認する為にすぐに町を出たのだ。
「魔力が四つ……。昨日見たから一つはミスティで間違いないねー。それでその近くに三つあるからルクスにあのルホルって領主、それとあのおじいちゃんだと思うよ」
馬に乗るベネッタの瞳は銀色へと変わっていた。
血統魔法【魔握の銀瞳】。
その瞳に映る魔力はミスティとルクスの無事であることを語るとともに、ルホルの後ろについていた老人の使用人が魔法使いである事を看破していた。
「うん、魔力の大きさから見てもまず間違いなく魔法使い」
「怪しいと思ってたけどやっぱりそうだったわね、あの使用人も魔法使いだったんだ。
家が没落しようが魔法使いを使用人にするなんてありえない、身分を偽るってことはもう確定でしょ」
「だが、あのルホルってやつが首謀者だとは思えないな……」
「利用されてるか国を売って協力してるか……ま、興味ないし、そっちはミスティとルクスがはっきりさせるでしょ。
私達がやるべきはこっちよこっち」
エルミラは空を見上げるように上を見る。
そこには山のような巨人の姿。
巨人の存在を改めて確認してから巨人の頭部が向いている方角にエルミラも目をやる。
その先には研鑽街ベラルタ。自分達の学び舎のある街がある。
「ミスティとルクスを今から時間かけて追うよりもこれがベラルタに向かうかもしれない事を伝えるほうが先決でしょう」
「だねー。これいつ動き出すかわかんないもん。あのルホルって領主と使用人と二人が戦ってたとしても追いつく頃には決着ついてるだろうしー」
「わかってる。二人ならあの領主と偽使用人と戦っても大丈夫だろう」
アルム達は今馬に乗っている。
ドラーナに来るまでに馬車を引っ張っていた二頭の馬だ。
今その二頭は馬車を捨て、それぞれドレンとエルミラが手綱を握っており、乗馬経験の無いアルムとベネッタがその後ろに乗っている。
今回は速度優先だ。馬車など引いている余裕はない。
ベラルタに一刻も早くこの事を伝えなければいけないのだから。
「ドレンさん、どれくらいかかる?」
「飛ばせば一日かかりません! 夜明けには着くかと!」
「ドレン! 私は経験あるといっても馬に乗るのが上手いとは言えない! 遅れても待たないでベラルタに行って!」
「わかりました! アルムさん! 掴まっててくだせえ!」
「お願いします」
見上げれば山のような巨人。
ベラルタの方角を見つめるこの巨人が動き出した場合、ベラルタに向かう可能性が高い。
こんな山のような巨人が侵攻してくればベラルタはひとたまりもないだろう。
「いきます! ベラルタへ!」
ドレンの合図とともに馬が地面を蹴る。
ベラルタの危機を知らせる為、四人を乗せた二頭の馬はベラルタへと走り出した。
クライマックスに向けて動きます。