幕間 -呪いの手向け-
トヨヒメからすれば、突然の出来事でした。
二十年前、常世ノ国で起きた最初の四柱様方を狙った反逆。鳴神のヤマシロ家のアオイとその使用人タカハシ家のカトコが主導で行われた忌まわしき事態。
当時十歳で幼かったトヨヒメは……宿主だというのに何も出来ず、我が肉体に宿ったファフニール様の力を全く引き出せずに核を破壊されました。
大百足様や大嶽丸様が反逆を退けてくれたものの、トヨヒメは大切な方を奪われてしまったのです。
ですが、奇跡が起きました。
なんと、ファフ様の核の無いトヨヒメの体に……ファフ様の御力が宿っていたのです。
生き物を侵す毒の吐息。剣閃と通さぬ外皮。そして……呪詛。
感涙に咽びながら、トヨヒメは理解したのです。
ファフ様が復讐を望んでいらっしゃると。ファフ様を殺した者共に死と罰を。
至らぬトヨヒメに力を託してくださったのだと!!
その一心でトヨヒメは怨敵であるアオイ・ヤマシロとカトコ・タカハシの二人を殺すために常世ノ国を出立し、マナリルに上陸しました。
二人を探すために反魔法組織を支配までしましたが一向に見つからず、十数年の時が経ち……ついに数年前、トヨヒメに天恵が訪れました。
我が怨敵が一人カトコ・タカハシを見つけ出したのです。そしてそのカトコが……オルリック家に訪問するという気になる情報まで。
トヨヒメは舞い上がるほどに喜びました。
何の理由も無く、カトコがマナリルの四大貴族オルリック家を訪れるわけがありません。そこにはきっとアオイが匿われているのだとトヨヒメは確信し、すぐさまカトコを追い掛けました。
道中、幼少の頃にお出掛けした記憶を思い出すほどに心が躍っておりました。
やっと殺せる。ファフ様を手に掛けられた恨みをトヨヒメの手で晴らせる時がついに来たのだと。
何年も何年も……何年も殺したかった――!
十数年越しの悲願がついに叶うのだと――!!
そして、トヨヒメはついにオルリック家から帰る所だったカトコに追い付いたのです。
「がっ、ぽ……! ぅえ……!」
「ファフ様以外の方々の呪法も残っているというのに、よくここまで戦いましたね……カトコ・タカハシ」
村雨の中、しなだれる藤の花のような髪が目の前で舞い落ちました。
地面に倒れた我が怨敵が一人……カトコ・タカハシという女は強く打ち付ける雨の中、泥に塗れ、自らの吐き出す血潮で薄紫の髪を赤く染めていきます。
ですが、すぐにその赤色も雨に流されていきました。
「トヨ、ヒメ……!」
「ああ……見ていてくださいますかファフ様……トヨヒメはついに……! あの日トヨヒメからあなたを奪った女を一人殺すことができました!!」
「うぶ……! ごえ……げ……っ!」
カトコが呪法で苦しむ歪んだ顔に胸が高鳴りました。
カトコが吐血する姿に高揚を覚えました。
カトコが震える様に笑みが零れました。
ああ、あの日トヨヒメからファフ様を奪った者の命を一つ……本当にこの世から消し去れるのだと。あの日トヨヒメが味わった苦しみを少しでも与えられたのだと。
トヨヒメが歓喜に浸っていると、カトコは最後に手を伸ばしておりました。オルリック家のある方向へと。
「ごめん……アオ……イ……」
その言葉を最後に伸ばした手は泥に落ち、命が消えゆくのを感じました。
ついに、ついに一人殺したのです。トヨヒメはついに、ファフ様の復讐を一つ叶えたのです。
ああ、ですが……もう一人残っております。
愛するファフ様を直接手にかけた……アオイという最低最悪の人間の命が。
ですが、その最低最悪の人間はすでに死んでおりました。カトコがオルリック家に訪れたのはアオイの墓参りだったようなのです。
死ぬことで……トヨヒメの手から逃げていたようでした。
オルリック家に嫁ぎ、子供を産み育て、そして死んでいたのです。
「あなただけは……逃がしません」
それで……逃げたつもりですか?
たかが死んだ程度で、このトヨヒメから逃れられるとお思いですか?
相変わらず、甘い御方ですね。
ファフ様を殺したあなたへの復讐が……あなたが死んだからと終わるはずがないでしょう?
「あなたの血筋を途絶えさせましょう。この世界との繋がりを完全に閉ざしましょう」
ただ殺すだけでは収まらない。
当時非力だったトヨヒメがどれだけの無力感を味わったか。ファフ様を失ってどれだけの悲しみを背負ったか。
トヨヒメからファフ様を奪ったあなたが家族を持ち、幸福を手にするなど許せない――!
「ああ、そうですね……その幸福を壊しましょう。あなたがトヨヒメにしたように。今度はトヨヒメが、あなたの幸福を壊しましょう」
雨の中、トヨヒメは誓いました。アオイが手にした幸福を破壊すると。
出来得る限りの苦痛を。
出来得る限り凄惨に。
あの世からただ見ることしかできないあなたに、自分が死んだ事を後悔させるほどの悲劇を見せつけて差し上げましょう。
きっとあなたの事だから……自分の息子が自分の命よりも大切なのでしょう? 最後まで愛情を注いだのでしょう?
だから――それをトヨヒメの手で壊してさしあげましょう。
その子の未来が輝かしいものになりかけるその瞬間に……ぐちゃっと、握り潰してさしあげます。
「あなたがいたかった場所に、トヨヒメが呪いを産み落としてさしあげましょう」
決行は数年後……アオイの息子が魔法使いへの道を歩み、その名声が期待され始めるであろう時。
その時になるまでにトヨヒメは準備を致しましょう。精々、期限付きの幸福を謳歌してくださいませ。
あなたの顔を見ることなく、あなたという人間を知ることなく、あなたという人間がどれだけの善性を持っていたとしても、アオイという母から生まれたという理由だけの理不尽な死を与えることにいたします。
見ていてくださいませファフ様。あなたを殺した者に最大の罰を与える瞬間を。
トヨヒメは必ず、必ずやり遂げます――!
トヨヒメは持てる全てを使い必ずやアオイの息子を! ルクス・オルリックを呪殺する――!!
それがあなたへの手向けとなると……トヨヒメは信じております。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今日の更新は一区切り恒例の幕間となっております。




