406.気付かれていたこと
「……」
「……」
エルミラとベネッタの二人はベッドの上で向かい合っている。
話さないかと切り出したのはベネッタなのだが、何故か黙りこくっていることにエルミラは首を傾げた。
ベネッタは何処か落ち着いておらず、手をもじもじさせたり、足の指を動かしたりしている。
「……何か話があるんじゃないの?」
「え? あ、う、うん……そうなんだけど……」
誤魔化すように笑いながら、ベネッタは目を逸らす。
かと思えば、エルミラの様子を窺うように、ちらっと見たり。エルミラからすると意味がわからないが、とりあえず話しにくいことを話そうとしているという事はわかった。
「ま、話したくなったら話しなさい。待ってるから」
エルミラは膝を抱えながら座り、ベネッタが切り出してくれるのを待つ。
「急かさないの?」
「急かしてほしいの?」
「う、ううん、そういうわけじゃないんだけどー……」
「じゃあ待つわよ。何かてきとうな話じゃないのくらいはわかるし……お菓子食べ過ぎて太ったー、とかそんな話じゃないでしょ?」
「え!? なんでバレ……! いや、うん、そう……真面目な話……だと思う……」
「でしょ? だから待つわ」
こいつ太ったんだ、とエルミラの視線は自然とベネッタのお腹へと。
だが、お腹が特別太くなったようには思えない。いつも一緒にいることに加え、今日もプラデライ温泉にベネッタと一緒に入っているのだから間違いないのだ。
という事は肉がついたのは……。ベネッタの体質を内心羨ましく思ったりもするエルミラなのであった。
「エルミラ……その……」
「うん?」
しばらくして、ようやく話す気になったのか背筋をピンと伸ばし、意を決したような表情でベネッタが口を開く。
エルミラも何の話かと次の言葉を待つ。
「エルミラ、最近元気無いよね?」
「へ?」
まさか自分の話だとは思っておらず、エルミラは少し呆けたような声を出す。
何故バレてるのだろうか?
エルミラ自身、自分の気が落ちていたのは自覚していたので隠していたはずだった。いつも通りの振舞いをして、気付かせないようにしようと。
アルムやベネッタに心配をかけたくないのもあるが……悪夢で弱っているなんて、エルミラ・ロードピスらしくない。
「何の話かと思えば……そりゃ連日監視監視で疲れてはいるけど普通よ普通」
「……ボクに嘘つくんだ?」
「嘘じゃないもの。疲れてはいるけど……ああ、少し暇ってのはあるかしら。劇場で演目を見るのもいいけど、連日だとちょっとね」
誤魔化すようにそう言うエルミラをベネッタはじっと見つめる。
エルミラも変化を悟られないよう、平気な顔を繕うも……少しして、ベネッタは頷く。
そして物悲しい表情を浮かべて、言った。
「確かに……エルミラのは強がりだもんね」
「……!」
その一言はエルミラに誤魔化せないと思わせるには充分だった。
思えば、同じ部屋で寝ているのだからベネッタは気付いてもおかしくはない。もしかしたら悪夢にうなされている自分を見たりしたのだろうかとエルミラは誤魔化すのを諦める。
「はぁ……わかるのね」
「そりゃわかるよー……」
「あんたの言う通り……南部に来てから少し元気が無いのは事実よ……だから……」
「え?」
「え? な、なに?」
ベネッタはエルミラの言葉のどこかが引っかかったのか声をあげた。
自分の言葉のどこに引っかかったのかよくわからずに聞き返すと、ベネッタは首を傾げた。
「南部に来てからじゃないでしょー? 南部に来る少し前……ベラルタにいる時から少し元気無かったよね? エルミラが夜にうなされてるの知ったのは南部に来てからだけどー……その前から元気無くなかったー……?」
エルミラが南部に来てからと言ったからか、ベネッタは少し自信無さげに確認をとった。
そう、ベネッタがエルミラがうなされているのを知ったのは南部に来てからだが、エルミラの異変自体を感じ取っていたのは南部に来る前からだった。
確かに、悪夢を見始めたのはベラルタにいた時からだとエルミラは思い出す。あの時はそれこそ自分はいつもと変わらないと思っていたのだが……どうやらベネッタには気付かれていたらしい。
「ベネッタ……あんたやるわね……」
ベネッタの観察眼にエルミラは素直に感心してしまう。
一番一緒にいる友人なだけに、そういった些細なことを気付かれてしまうのだろうか。
「いや、ボクだけじゃないよー?」
「え?」
「ミスティもルクスも気付いてたよ?」
「うそ!?」
「ほら、ルクスくん……南部行きの馬車に乗る前、何か言い掛けてたでしょ?」
エルミラは出発前のことを思い出す。
確かに、ルクスは何かを言い掛けていた。
「あ、うん……何だろうとは思ってたけど……」
「あれ、エルミラを元気づけようとしたんだと思うけど……?」
「あれそういうことだったの!?」
「う、うん……エルミラが出発する日になるまで、落ち込んでるミスティと元気ないエルミラのどっちも心配そうにしてたし……気付かなかった?」
驚きで声も返せず、こくこくとエルミラは頷く。
「ミスティもほら……通信してた時にエルミラにすごく謝ってたでしょ? ミスティって優しいから、エルミラが元気無い時にルクスくんとお話するのを期待させちゃって申し訳なく思ってたんだと思うよ?」
「あいつがあんなに申し訳なさそうにしてたのそういう事か……! い、いや、別にあいつと話せるのなんて期待なんかしてなかったけどね、うん……」
「それは強がりじゃなくて嘘だー、すごくがっかりしてたもんー」
「うっ……」
ベネッタに全てを見抜かれていて、エルミラは言い返すことすらできない。
いや、そりゃほんの少しは期待してたけどさ、と自分の心の中で言い訳をする。
「ちなみにアルムくんも気付いてるからね?」
「うそ!? あの鈍感男にも!?」
「アルムくんが気付いたのは多分南部に来てからだと思うけどねー。ベラルタにいる時はずっとミスティが何で怒ってるのかで頭一杯だったっぽいから……」
「ああ、そういえばそうだったわね……」
エルミラは自分の頬をむにっとつねるように触る。そんなに顔に出るような性格だったろうかと。
……それとも今回は本当に自分は参っていたのだろうか。
「その、ボクでよかったら……話してみない? 何で元気ないのかとか……」
「いや、それは……」
今度はエルミラがベネッタから目を背けた。
そんなエルミラを見て、ベネッタの眉が少し下がる。
「ボクじゃ……頼りない、かなあ?」
「そんな事あるわけないでしょ。そうじゃなくて……」
少し話したら、全てぶちまけてしまいそうで怖かった。エルミラはきゅっと口を閉ざす。
ベネッタには自分の弱みを見せたくないというよりは、自分の中の整理のつかない感情をぶつけたくないという思いのほうが強かった。
なにより……悪夢の内容を話したら、ベネッタはきっと自分のことのように悲しんでしまう。この馬鹿は泣いているのが驚くほど似合わないと思うのだ。
「……エルミラ覚えてるー? 【原初の巨神】が来た時、医務室で色々話してくれたよね」
「……友達いないって話したわね」
「うん、シャーフの怪奇通路にボクを送りだす時とかエルミラ泣いてたよねー」
「な、なんなのよ急に……恥ずかしいわね……」
「ボクは大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか、ベネッタはあえて言わなかった。
「ボクなら大丈夫だよ、エルミラ」
その声はただ語りかけるように優しく、ベネッタは大きく手を広げた。
何を聞いても、何をぶつけられても自分達の関係が変わることは無いと言っているような。
根拠など今日まで過ごした日々で充分。
何事も受け止めてくれると思わせるその包容力は物語に登場する聖母のようだった。
「あんたって……」
ベネッタにここまで言わせて、だんまりを決め込む方が失礼だとエルミラは思ってしまう。
「……わかった、話す。話さないと動かなそうだしね。ただ……何言っても許して」
「それは場合による」
「はは……厳しいわね、あんた。わかったわ」
そうして、エルミラは話し始めた。
自分がここ数日見ていた悪夢の話を。




