400.友達に聞けること
「視線が痛いねー」
「痛くないぞ?」
「えっと、そういうことじゃなくてー……」
アルムとベネッタは日課のように、ローチェント魔法学院へと訪れていた。
二人は慣れたように堂々と門から学院の中へと入っていく。
また来たよ、という目でベラルタ魔法学院の制服を見つめるのはローチェントの生徒達だった。
今後の方針を決めるべくアルムとファニアが一触即発の空気を出したあの朝から数日……クエンティの襲撃以降ダンロード領に大きな動きは全く無かった。
霊脈であるローチェント魔法学院にもイプセ劇場にも変化は無い。
クエンティがアルム達に接触してくるわけでもなく、何故クエンティが姿を見せたのかすらもわからないまま日々は過ぎていった。
カルセシスが王都から送った増援も到着まであと三日。新しい情報は無いものの魔法生命やクエンティ、そして監視対象であるコルトゥンへの包囲網が盤石になりかけている。
「ベラルタも学院長でお手上げってほんとにわけわからないよねー……今回の一件てほんとなんなんだろー」
「そうなんだよな……正直、魔法生命がいたとして目的がよくわからん」
魔法生命の基本的にとる手段は大きく二つ。
虐殺や人喰いによって起きる人間の恐怖。
霊脈への干渉によって得られる無限の魔力。
どちらも魔法生命が自身の"現実への影響力"を上げ、完全体になるるための手段だ。
鬼女紅葉のように、貴族を人質にとって社会ごと人間を恐怖で支配しようとするものもいれば、大百足のように直接霊脈に接続するものもおり、ミノタウロスのように自立した魔法を利用して両方を支配するものもいる。
だが……ダンロード領ではそんな動きが一切ない。
イプセ劇場ではバルコニー席を封鎖しているものの今日も普通に公演は行われており、ローチェント魔法学院も生徒達が通常通り学業に勤しんでいる。大きなイベントに隠れて何かをしているような雰囲気も無い。
「動きが無さすぎる……」
自分達が邪魔で霊脈に接続できないのなら、クエンティが動くのが自然。
逆に、自分達の事を意に介していないのならば、すぐにでもローチェントかイプセ劇場の霊脈に接続してそこにいる人間を虐殺し始めればいい。
ミノタウロスの時のようにを封じ込めるような手段を段階的に進行させているようにも見えない。
魔法生命がいるとすれば、あまりに消極的な印象をアルムは受けた。
「アルムくーん?」
「……」
……本当に霊脈に接続するのが目的なのか――?
「あ、カトコさんだー」
アルムが考えながらローチェント魔法学院の中庭まで辿り着くと、隣のベネッタが中庭に向けて手を振った。
手を振る先では中庭に花を植えているカトコがいる。
最初に会った春を描いたような桃色の着物ではなく汚れてもいい作業着のようなものを着ており、所々が土に汚れている。元とはいえ平民がイメージするような貴族とはかけ離れたような格好だった。
「あら、アルム様にベネッタ様。今日もお疲れ様です」
袖で汗を拭いながら笑顔で二人を迎えるカトコ。
鼻の頭が土で汚れているが、そんな所にも可愛らしさを思わせるいい表情だった。
「今日も中庭綺麗ですねー!」
「ふふ、ありがとうございます。カトコが来たばかりの時に比べるとかなり華やかに出来たのではと自負しております」
桃色と紫色を中心に中庭を華やかな空間に変えている花の数々。彩りを考えられた花の配置は素人目に見ても整っており、ほんのり香る土と花の匂いがどこか落ち着く空間をここに作り上げていた。
生徒達は庭師がやっていると思っていたようだが、そもそもローチェント魔法学院に専門の庭師はおらず、カトコが暇を潰すためにとディーマに進言してここまでにしたらしい。
「凄いですよねー!」
「これだけが取り柄のようなものでして……花壇やお庭ならならカトコにお任せあれ! です!」
「エルミラから聞いてましたけど、本当に好きなんですねー」
「はい! それはもう! 子供の頃に褒められて以来ずっとカトコの趣味ですから!」
ベネッタとカトコが中庭の花を見ながら話している間に、アルムは周囲を確認する。
すると、生徒にしては険しい表情を浮かべる者が二人いる。一人は同じ中庭に、一人は校舎の窓から。どちらもカトコの監視の魔法使いだろう。
ある程度の自由を許してはいるものの、やはり監視対象であることに変わりはないらしい。
「調査のほうはどうですか?」
「全く進展ないんですよー……いつまで続くのか不安になってきましたー」
「そうですか……カトコもこの一件が終わった暁にはルクス様にお会いしに行きたいのですが……まだまだ先は長そうですね。申し訳ありません、カトコに情報がもっとあれば皆様をお忙しくすることも無かったのかもしれませんのに……」
「な、なにいってるんですか! 頭上げてくださいー!」
謝罪の言葉と共に頭を深々と下げるカトコ。
ベネッタは慌てて頭を上げるようにカトコの肩を優しく掴み、下げた頭を上げさせる。
「カトコさんは魔法生命と遭遇したことがあるんですよね?」
「はい、苦い記憶ですが……戦ったこともあります。とはいっても、マナリルの皆様が戦った時に比べれば"現実への影響力"は低い状態でしょう」
「でしたら、慎重な魔法生命に心当たりがあったりはしませんか?」
アルムがそう聞くと、カトコは眉の下がった申し訳なさそうな表情で頭を横に振る。
「カトコが魔法生命と関わったのは二十年ほど前ですから……当時は魔法生命の数も少なかったですし、何よりアオイは魔法生命のことを快く思っていなかったのであまり関わっていないのです。カトコも魔法生命の性格まではわかりません。戦いの後、常世ノ国を出て行ってしまっていますから」
「そうですか……」
「お役に立てなくて申し訳ございません」
「いえ、あまりに動きが無さすぎるので何か手掛かりになればと聞いただけです。カトコさんのせいじゃありません」
「いえ、アオイの血縁であるルクス様の御友人の手をわずらわせてしまっているのは、カトコの不甲斐なさも一因でございます。カトコは所詮よそ者なので出来ることも少なく、こうして……土いじりをして皆様の心を花が癒してくれるのを祈るだけ……悲しいことです。ルクス様に合わせる顔はもしかしたらもう無いのかもしれませんね」
カトコはしゃがみ、先程植えていた桃色の花に優しく触れる。
ベネッタも同じように、その隣でしゃがみこんだ。
「ルクスくんはそんなことで何か言う人じゃないですよー。会いに行ったらきっと喜びます!」
「そう、でしょうか……」
「ね? アルムくん?」
「ああ、少なくとも誰も悪くない問題を誰かのせいにするようなやつじゃないです」
「ね! ルクスくんの友達のボク達が言うんですから間違いないですってー!」
ベネッタがカトコの顔を覗き込みながら、カトコを元気づける。
ベネッタの向ける笑顔に釣られたのか、カトコも口元で微笑むように笑い返した。
「ルクス様の御友人方はお優しい方ばかりですね……カトコは安心致しました」
「普通ですよー。普通ー」
「御友人といえば……エルミラ様のご様子はどうですか?」
「エルミラですかー?」
「先日エルミラ様とプラデライ温泉でお会いした際、どうやら何かお悩みだったご様子で……少し気になっていたのです」
アルムとベネッタの視線が合う。
互いに、心当たりがある。
だが、あえてエルミラの不調を伝える意味もない。
「じゃあボクから聞いてみますー」
「はい、近しい方にでないと話せない事はあると思いますから……」
「はい! じゃあボク達はこれで……また来ますねー」
「ええ、頑張ってください。次はもっと華やかにできるようカトコも頑張りますね!」
アルムは一礼し、ベネッタはカトコに手を振りながら中庭を抜ける。
後ろをちらっと見ると、カトコが小さなシャベルを持ったままぶんぶんとこちらに手を振り続けているのが見えた。
「エルミラ、最近元気ないな」
「エルミラ、最近うなされてるんだよねー……」
アルムとベネッタの声は同時だった。
共に最近のエルミラの変化には気付いているが、寝る部屋も一緒のベネッタのほうがより具体的といえよう。
「うなされてる?」
「夢なのかなー……二日に一回くらいは夜にうなされてて、そのたびにボクがエルミラのベットに潜り込んでるんだけど、あんま効果無くてさー……」
「そうだったのか……」
「……アルムくん、さりげなくエルミラから聞けたりしない?」
「無理だ」
ベネッタのお願いにアルムは即答する。
断られると思っていなかったベネッタは一瞬呆気にとられる。まるで最初から断ることを決めていたようだった。
「少しは考えてくれてもいいじゃんー……」
ベネッタがアルムの答えに不満そうに言うと、アルムは考えを改める素振りすらなく首を横に振る。
「それは俺の役目……というよりも、俺が聞いてもきっとエルミラはいい顔をしない。ベネッタのほうが話しやすいはずだ」
「わかんないじゃんー……」
「わかるよ。友達だからな」
「……じゃあなんでボクは大丈夫なのー? わかんないんだけどー?」
ベネッタがアルムに不満をぶつけるようにそう言うと、
「それも友達だからだろ」
アルムはいつもと変わらぬ無表情でそう返した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
自分カウントで400話目!おめでとう自分!そして読者の皆様方いつもありがとうございます!




