395.見えぬ目的
『わかった、ディーマと交渉して増援を送るが……恐らく時間がかかる。最悪ダンロード領には入れないかもしれないが、ダンロード領付近の捜索だけは確約させよう』
「お願いします、陛下」
ファニアが部屋に感知魔法を張ると、通信用の魔石によってマナリル国王カルセシスと繋がった。
カンパトーレが関わっていることを聞いたカルセシスはすぐに増援を手配し始める。
だが、南部は山地なのもあって馬車でも西部や東部と違って移動に時間がかかる。どれだけ早くても一週間以上はかかるだろう。一通り側近に指示を出し終えると「転移魔法さえあればな」とカルセシスは去年裏切った家に対して恨み言を吐いていた。舌打ちのおまけつきで。
『そのクエンティという女はマナリルでも記録が残っている。五年前に俺の暗殺に来たやつだな。王都に住む女性五人に変身し続けながら王都に数週間以上潜み続け、宮廷魔法使いの感知魔法をかいくぐって王城まで辿り着いた密偵でもあり暗殺者だな。事件後にクエンティが変身していた女が五人監禁されているのが見つかった事件があった。数週間の間、誰もクエンティがその五人に変身していたことには気付かなかったらしい』
「うひゃー……すっご……」
「数週間五人になり続けてたってやばいわね……」
聞いていたエルミラとベネッタが驚くが、ファニアは首を横に振る。
「十人だ。女性が監禁された場所では一緒に拉致された夫や恋人に変身していた。監禁されていた女性達は数日に一度夫や恋人と面会させてやるという条件で静かにさせられていたらしい。女性たちは夫と面会させてもらえることに加えて、監禁場所が清潔な環境で食事までしっかり用意されているので逆らう気も起きなかったらしい。そして誰もが、数日に一度面会させてもらえる相手を本人だと信じて疑わなかった。実際はクエンティに観察されていたとも知らずにな」
「だから、『見知らぬ恋人』か」
数週間自分のパートナーだと思い続けていた相手が実は別人。誰も気付かず事件が終わった後にようやく、数週間愛を囁き続けた相手が自分のパートナーを害していた相手だったと気付く。
それは魔法というよりはもはやホラーや悪夢の類に近い。そんな悪夢を容易に現実に出来るのがクエンティという魔法使いだった。
『そのクエンティという女だが、直近でベラルタで活動していたらしい。ベラルタで少しだけ情報が入っている。この通信終了後、ベラルタのほうに連絡しろ。俺はすぐにディーマ殿との交渉に入る』
「わかりました」
『カンパトーレは金さえ出せば仕事をする連中が大抵だ。雇ったのが反魔法組織という可能性もあり得る。監視対象のコルトゥンという男の尻尾を早く掴めることを願っている』
「お任せを」
カルセシスには見えていないが、ファニアは通信用の魔石に向けて一礼する。
当然カルセシスにファニアの姿は見えていないのだが、こういった事は相手に見えているかどうかではない。自分が常に礼節を持って振舞えるかどうかを示すための所作である。
『そしてアルム』
「はい」
『クエンティを引き下がらせたこと……流石の力量というべきか。戦力としてお前を南部に送り込んだのはやはり正解だった。引き続き頼んだぞ。期待している』
「ありがとうございます」
カルセシスはアルムに賞賛と激励を送ると通信を切った。
ファニアは通信が切れていることを確認すると、すぐにベラルタとの通信に入る。
その間に、エルミラはアルムを肘で小突く。
「よかったわね、また褒美が貰えるんじゃない?」
「そういうものか? まぁ、貰えるならありがたいがどっちでもいい」
ありがたいと言いつつも、あまり興味が無さそうに言うアルム。
知らないものが聞けば嫌味にも聞こえそうだが、エルミラはアルムが本気でそう思っていることがわかってしまう。
アルムにはそういった欲がない。やってきたことが結果的に実績になり、褒美に繋がっているだけ。
――そうやって、色んな人に認められていったんだ。
はっ、とアルムをじっと見つめていたことに気付いてエルミラは目を逸らした。
今私……羨ましいって思った? アルムがどれだけ苦労したのか知ってて?
ぶんぶんと首を振って、エルミラはベラルタとの通信が繋がるのを待つ。
少しの間、ベラルタからは応答が無かったが……数分後、無事にベラルタと通信が繋がる。
その数分がエルミラにとっては妙に長く感じた。
『なーんにも掴めてませーん……』
通信が繋がると、疲労を絵に描いたようなオウグスの第一声が届いた。
息切れしかけているように呼吸も少し荒く、魔法を使える者なら魔力切れ寸前の声だと容易に想像がつく。
「大丈夫ですか学院長」
『やあアルム……全く大丈夫じゃないねぇ……元宮廷魔法使いの私ですら何の痕跡も掴めないとかクエンティという魔法使いは中々にやるよ……これは四大貴族クラス間違いなしだね、うん、そうに違いない。きっとそうだ、うん』
必死に敵を上げ、成果が無い事を正当化しようとするオウグス。
それだけ魔力切れで参っているということだろう。恐らくは普段の余裕そうな表情も見られない。
『というかねぇ……本当に何も無いんだよねぇ……だから君達に連絡を受けても特に伝えられることがない。わかっているのはサンベリーナに変身していたこと、第一寮で何かやっていたことくらいと……ああ、あとグレースに変身していたことがわかったくらいかな』
「グレースに?」
『ああ、多分サンベリーナに変身してボロを出さないためにサンベリーナと交友のある人間に変身して調べていたんだろうね。グレースはあまり人と積極的に関わらない子だから都合がよかったんだろう』
そういえば、とアルムは南部に来る前にサンベリーナがグレースに話しかけた時に無視されたという話を思い出す。
グレースは確かに自分から関わろうとはしないが、話しかければ何だかんだと一緒に帰ってくれたりするような人物だとアルムは知っている。
だからこそ違和感を抱いていたのだが、中身が別人だったのならサンベリーナが無視されたという話もすとんと腑に落ちた。
『というかねぇ……君達の話を聞いても敵の狙いが全くわからないんだよ……その能力でわざわざ偽物だとわかりやすいようにベラルタを出ていく理由もよくわからないし、そもそもそちらで自己紹介する意味あるかい?』
「それは思いました」
オウグスの疑問にアルムは難しそうな表情で頷く。
というよりも、誰もが思っている事だろう。クエンティの魔法を考えればクエンティという魔法使いを認識させないほうが間違いなく楽なはずなのだ。
にも関わらず、クエンティはわざわざサンベリーナの姿をとってベラルタを出発し、ダンロード領で名乗りを上げてサンベリーナに変身してみせた。
まるで、ベラルタにクエンティがいた事実と南部の一件をわざと繋げたいかのように。
「学院長を疲れさせたいって狙いならがっつり成功してるわよね」
「確かにー、学院長へとへとだもんねー」
『そうだとしたら陰湿過ぎて笑えてくるねぇ……笑う元気無いけどさ……わかってはいたけど学院長兼ベラルタの総指揮って私の負担多すぎだと思わないかい?
そりゃ学院長やりたいって言ったのは私だけどさぁ……』
泣きぼくろも本物の涙になりそうなオウグスの愚痴はさておき。
クエンティとその雇い主の目的がわからない今、引き続き調べるしかないという結論に達するのが自然である。
現状、情報源になりそうなのはやはり反魔法組織のコルトゥンという男。リニスが監視している中、本人は特に変わらない生活をしているらしいが、クエンティを雇っているとなれば話は別だ。
もしかすれば平民に変身したクエンティと接触してアルム襲撃を指示した可能性だってある。
『ともかく、ベラルタでそのクエンティが何していたかは調べているから……何かあったらこっちから連絡するよぉ……』
「学院長、しっかり休んでくださいね」
「学院長がんば」
「ちゃんと寝てねー」
『うっ……! 魔石越しに感じる生徒の優しさが眩しい……! 学院長になってよかった……! 生徒達に何も教えた覚えないけど!』
白々しく芝居がかったオウグスの声にアルム達は呆れる。どうやらまだほんの少し余裕があるようだ。
「ではオウグス殿。引き続きよろしくお願いします」
『流石に厳しいけど、なんとか頑張ることにするよ……』
「それではまた――」
用件も伝え終わり、ファニアが魔石の魔力を切ろうとすると、
『あ、通信はそのままにしてくれたまえ。特にアルム』
「俺?」
オウグスが最後に、妙なことを言い残して声が聞こえなくなる。
アルムは不思議そうに自分を指差した。
通信用の魔石はしばらく無音が続き……かすかに声が聞こえてきたと思うとまた静かになる。
ファニアの手に光る魔石から何か聞こえてくるまで待っていると、
『あ……アルム……ですか?』
「ミスティ」
魔石からはアルム達の大切な友人の声が届く。
通信を繋げたままの意味を察して、ファニアは通信用の魔石をアルムに手渡した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
便利な通信用魔石。マナリルだと貴重だったりします。




