394.拠点に戻って
「ふむ、学生にしては腕がいい……というよりも慣れているのか。"現実への影響力"に迷いが無いな」
「はい、アルムくんの怪我はそれはもう治し慣れてますからー」
「その治癒魔法の腕に加えてそこらの魔法使い相手に自衛が可能な戦闘経験……これはローチェントの治癒魔導士教育課程も真っ青だな」
エルミラとベネッタは先に宿に帰ってきており、アルムとファニアを待っていたら帰ってきたのは傷だらけのアルム。
ベネッタが慌てて治癒魔法をかけ始めたのは言うまでもない。
アルムの怪我は大きなものはなかったが、所々に切り傷と打撲の跡がある。治癒魔法によって綺麗に治っていく傷を見て、ファニアは感心していた。
「この腕なら専属も狙えそうだが、指名は来ていないのか?」
「あはは、ボクなんかがそんないいお話貰えるわけないですよー!」
「専属というのは?」
ベネッタとファニアの間では話が通じているようだが、アルムには専属が示す意味がわからなかった。
アルムは破れた頬を治してもらいながら、ファニアに尋ねる。
「そのままの意味だ。魔法使いが個人で雇う専属の治癒魔導士だな。任務の危険度によっては任務に同行させてサポート役を兼任させる者もいるな。腕前や雇う者が出す条件にもよるが、給金の相場は通常より高いぞ」
「なるほど……治癒魔導士にも色々あるんですね……」
「陛下にも専属がいる。君達も見たことがあるだろう。陛下の傍にラモーナという女がいたはずだ」
「えっと……」
「あー! あの人、治癒魔導士なんですねー!」
自己紹介しなければ人の顔を覚えられないアルムはさておき、ベネッタは勲章授与の時に見掛けているのでしっかりと覚えていた。
ベネッタの目に尊敬が浮かぶと、ファニアは嬉しそうに頷いた。
「陛下に心酔している奴でな。宮廷魔法使いと兼任している。とはいっても、奴は陛下の秘書みたいなものでもあるから私とは仕事内容は違うがな」
「お友達なんですかー?」
「友人というには少し歳が離れているが……まぁ、それなりに話す間柄ではあるな」
「国王様の専属ってことは凄いんだろうなー……!」
うっとりとベネッタはラモーナの治癒魔法を想像しながらも、アルムの傷を順調に治していった。
これで指名の話が無いのか。ファニアは内心で呟く。
軽傷とはいえ、雑談の片手間にスピードを落とすことなく治せる魔法式の安定感はファニアの目から見ても中々だ。留学時にガザスの治癒魔導士に混じってアルムやエルミラの治癒をしていただけのことはある。
「はい終わり! 後は大丈夫ー?」
「ああ、いつも助かる。ベネッタ」
「アルムくんの怪我はもう任せてって感じだよー」
誇らしげに胸を張るベネッタ。
ベネッタの言う通り、アルムの怪我はもう手慣れたもので何度治したかわからない。
「……」
そんなベネッタをエルミラはじっと見つめていた。
「それにしても反魔法組織かと思ったらカンパトーレも噛んでいるとはな……これはカトコ殿の情報は確かかもしれん。魔法生命に備えねばならんな」
「そのクエンティ? って人はどんな事してくるのー?」
「変身だった。流血はさせたが、どう傷をつけたのかはまるで想像がつかない」
エルミラとベネッタの頭の上に疑問符が浮かぶ。
変身は密偵が使う弱い血統魔法という認識はどの家にもある。二人にはアルムが苦戦する図が思い浮かばなかった。
そんな二人のために、アルムは戦いの様子を一から説明する。刃物から蛸、そして水にまで……詳細を伝えるにつれて、二人が気味悪がっているのが目に見えてわかった。
「本当だとしたら滅茶苦茶ね……それどうやって血統魔法維持してるのかしら……名前と同じで自己の否定になりそうなもんだけど……」
「自分の元々の姿を捨ててるらしい。あの女の肉体っていう定義が無いから可能なんだと。本人は魂がどうこう言っていたが……」
「理屈も滅茶苦茶ね……アルムみたい」
「え?」
真面目な表情でアルムを例えに出すエルミラ。
アルムは予想外といった表情だ。
「あ、ボクも思ったー」
「え?」
続けて、ベネッタもエルミラに同意する。
アルム本人的には全く似ていないと思っていたのだが、どうやら満場一致らしい。
「あんたの魔法だって滅茶苦茶なの多いじゃない。魔法になったり魔法生命になったり」
「いや、あれは敵に対抗するために仕方なくだな……」
「自分の魔力で馬車にはねられたんじゃないかってくらいの大怪我するしー、あれ治すの大変なんだからねー? 内側から破裂したみたいになっててー」
「その節はお世話になってます」
「うむ。何度でもお任せあれー」
似てるかなあ……とアルムはこっそりぼやく。クエンティの魔法には感銘を受けていたものの、戦っている時に言いようの無い奇怪さを感じたために若干複雑な気持ちのようだ。
「変身ってそんなやばい魔法になるのね……」
「ねー、ボクが言えたことじゃないけど、微妙な血統魔法ってイメージだったー」
「いや、血統魔法だけで見れば……恐らく強いほうではないと思う」
そう言うアルムの表情は真剣だった。
ベネッタとエルミラは勿論、ファニアも意外そうな目をアルムに向ける。
「凄い魔法ではあった。けど、どんな姿になろうと実体は普通にあった。あくまで普通の人間の構造になってないってだけで無敵じゃない」
アルムは最後の一撃とバルコニーで見た血を思い出す。
手応えがないと思われた攻撃は手応えが無かっただけで当たってはいたのだ。でなければ、バルコニーが血で濡れるはずがない。
「厄介ではあるし、戦いにくいが……言ってしまえばそれを強みにしているだけなんだ。ミスティやルクスみたいな相性とか関係なく"現実への影響力"で圧倒できるようなどうしようもない魔法じゃない」
培ってきた知識と今までの経験からアルムはクエンティの魔法を分析する。
異質であり、変身の魔法の限界を破ったような魔法だが……その事実を気後れする理由にする必要は無い。
あくまで客観的に。正確に敵を把握する。アルムはしっかりと冷静な頭でクエンティを捉えている。
「つまり……過度に恐れるべきではないと言いたいのだな」
ファニアが言うとアルムは頷く。
「はい、厄介ではあるので能力を念頭に置けば対処は可能だと思います」
「魔法使いの戦いはまず相手を恐れたら終わりだからな……こちらの構築能力が著しく下がる。流石に潜り抜けてきた修羅場が違うな、よくわかっている」
「問題は……何故クエンティが姿を見せたのかですね。あの能力で何故堂々と仕掛けてきたのかがわからない」
そう、あの能力なら奇襲が一番理に適っているはずなのである。
自由自在の戦闘能力の高い変身とはいえ、本質はやはり変身。旧知の間柄に化けるのもよし、物に化けて待ち伏せするもよし、風景に溶け込み虚を突くのもいい。
少なくとも真正面から戦うのが最善手ではないはずなのだ。それにも関わらず、クエンティはわざわざ自分から話しかけ、戦闘へと移行した。
「自信があるにしても不自然よね、変身の血統魔法を持ってる魔法使いがわざわざ……それこそクエンティがいるって知らない時に町中でアルムのことを襲えばそれだけで有利なはずなのに……」
「エルミラの言う通りだ。わざわざ名乗って来たし……戦闘中も一瞬おかしな時があったりして妙な違和感があった」
「カンパトーレの魔法使いって傭兵でしょー? 雇い主が何かやってるのかなあ?」
いくら考えても理由がわからない。
これではまるで調査している自分達にここには何かあるとアピールするために出てきたような――?
いつどこからくるかわからないクエンティの存在で疑心暗鬼にさせてこちらの精神を擦り減らる作戦だろうか。真意がよくわからなかった。
「とりあえずアルムの怪我も治ったから陛下に報告しよう。アルム、クエンティについては君の口から頼む。戦った人間のほうが説得力があるからな」
「わかりました」
ファニアは懐から魔法石の腕輪取り出して手首にはめる。
反魔法組織とカンパトーレの魔法使い。絡み合っているのは結びついているのかよくわからない南部の組み合わせを報告すべく、通信用の魔法石は南部と遠い王都を魔力で繋げた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
相手をわざわざでっかく見てやる必要は無いのです。
『ちょっとした小ネタ』
治癒魔法は同じ相手にずっとし続けると、使い手が慣れて自然と"現実への影響力"が高まります。
アルムを治しまくってるベネッタにとってアルムの治療はお茶の子さいさいって感じです。




