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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第六部:灰姫はここにいる

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388.実感

「ベラルタに比べると普通の学校って感じね」

「だねー」


 翌日。エルミラとベネッタの二人はローチェント魔法学院へと訪れた。

 ベラルタ魔法学院と比べると敷地も常識的な範囲であり、四階建ての本棟と三階建ての研究棟の二つ、そして中庭があるだけのようだった。

 ベラルタ魔法学院のようにすっきりとしたデザインとは違い、貴族の通う学院らしい歴史を感じさせる。ベラルタ魔法学院の建物は攻撃魔法を想定しているのか耐久性を重視しており、どれも建築者の意匠を込めたような装飾が少ない。

 良く言えば無駄がなく、悪く言えばつまらないのである。尤も……そんな理由で向上心が無くなるようならベラルタにいる資格は無いのだが。


「でもこの普通具合が今はありがたいわ……昨日は言われ放題だった上にリニスがきたりとストレスが凄い一日だったもの……実際いらいらしてるし……」

「でもリニスさんは今回味方っぽいよー?」

「そうなのかもだけど、私あいつの魔法で肩とか食い千切られてるのよ? 今回は味方だから安心して、って言われて納得できるほど物分かりよくないわよ……。全く、ストレスで禿げちゃわないかしら」


 エルミラは髪を弄る。相変わらず細くて柔らかいお手本のような猫ッ毛だ。


「えー!? エルミラの髪が無くなるの嫌だー!」

「冗談よ。あー……でも私の父親借金のストレスで禿げてるからありえるのかしら」

「つるつるのエルミラかー……それはそれで可愛いけど……」

「そんな私が可愛くてたまるか。あんた以外の需要が無いっての」


 中庭を突っ切る二人。

 ベラルタ魔法学院ほどの広さは無いが、生徒達の憩いの場としては充分であり、なにより様々な種類の花が植えられていて華やかだ。


「そういえば調査ってどうするのー? シラツユさんじゃあるまいし、ボク達じゃ霊脈なんてわかんないよー?」

「だからあの糞……じゃない。ディーマ様は見張れみたいなこと言ってたでしょ。霊脈のことがわからなくても、ここにいるのがおかしいやつがいたらそれは充分異変でしょ」

「ここにいるのがおかしいやつかー……」


 ベネッタはきょろきょろと周囲を見渡す。


「ボク達のことだねー」

「ま、そういうことになるのかもね」


 ローチェント魔法学院についてから、エルミラとベネッタには絶えず突き刺さる周囲の視線があった。

 ここはローチェント魔法学院であり、制服もこの学院指定のものがある。黒を基調として下には白シャツとネクタイと、ベラルタ魔法学院の軍服と折衷したようなデザインとは違ってシンプルだ。

 そんなローチェント魔法学院で、ベラルタ魔法学院の制服を着た二人組がうろついているとなれば目立つのは必然。

 中庭にいる生徒達どころか、本棟の窓からエルミラとベネッタを見ている者もいる。


「何でベラルタの制服がいるんだ? 視察か?」

「見ない顏だな……どこの家だ?」

「けど、この時期にローチェントに来れるってことは二年だろ……少なくとも生き残ったやつらってことだ」

「どこの上級貴族だ……? くそ、どこかのパーティで会ってないか……? 思い出せねえ……」


 ホームだからか、それとも全員が同じように噂話をしているからかローチェントの生徒は声を潜めようともしていない。


(下級貴族なんで永遠に思い出せないですよー……)

(パーティなんて招待すらされたことないっての)


 噂話に辟易しながらも周囲に目を光らせる二人。

 ざわつく生徒達は異変ではなく、当然の反応だ。


「やっぱベラルタの制服は目立つねー」

「それも目的でしょ。私達がいることで抑止になるならそれに越したことはないもの。魔法使いの世界じゃベラルタに所属すればそれだけでエリート扱いだし、勘付かれたと思って諦めてくれればありがたいわ」

「エリート……えへへ、ボクがかあ……」

「あんまり調子に……いや、ベネッタはもうちょっと調子に乗ってもいいか」

「だ、大丈夫! まだまだって自覚はあるよ!」


 鼻を鳴らして控えめに拳を作るベネッタ。

 自分のやるべき事を自覚し、自分をしっかりと知っているからこそ、彼女は自惚れない。


「……羨ましいわ」


 そんな大切な友人がエルミラの目には羨ましく映った。


「失礼。そこの御二方」

「はい?」


 やっとか、という内心の不満を漏らしながらエルミラはその声に振り向いた。

 振り向いた先にはローチェントの男子生徒。穏やかそうな雰囲気で話しかけてきているものの、その表情は貴族特有の作り笑いであることがすぐにわかった。


「初めまして。僕はモルグア・クローレンスと申します。ベラルタ魔法学院の生徒の方がローチェントに一体何の御用でしょうか?」


 予想通りの問い掛けにエルミラは安堵する。

 自分達から異変を聞いて回る手もあったが、それでは何かあったとローチェントの生徒達に不安を与える可能性が高く、騒ぎになる可能性もゼロではない。そういった事態を避け、視察という装いを崩さないためにあえてエルミラとベネッタはただ見て回るだけを続けていたのである。


「学院長から視察に行けって言われたから来たのよ。許可はとってるから安心して」

「やはり視察の方でしたか、ローチェントはどうです?」


 そう言うと、モルグアはにっこりと笑ってエルミラの隣について一緒に歩き始めた。

 エルミラ自身モルグアの魂胆がわかっているのでうざったいと思いつつも、色々現状を聞けるチャンスではあるので我慢する。


「いいとこだと思うわ。落ち着く雰囲気だし、なにより町が賑やかで退屈しなさそうね」

「そうでしょう。設備はベラルタに負けているとは思いますが、ここも中々のものです」


 モルグアは手を広げ、自分の通う学院を誇らしく見せる。


「そうね、生徒も好奇心旺盛でずっと私達のこと見てるし」

「不快にさせてしまったのなら僕から謝ります。ですが、ベラルタの制服というのはやはり気になってしまうものでして……」

「気にしてないから大丈夫よ。急に変なやつが入ってきたら気付くのは当然だもの。最近ローチェントで何か変わったこととかある? 勿論私達以外で」

「いえ、特には……強いて言えば花壇が充実したことくらいでしょうか?」

「花壇?」

「ええ」


 モルグアは立ち止まって中庭に並べられている花壇を指差した。

 花壇は中庭の中央から見て五つに別れており、その花壇の周囲にはいくつものベンチが設置されている。今もそこでお昼を食べている生徒達が何人も見られた。


「庭師の方が気合いを入れているのか、最近特に華やかになりまして……色彩豊かな中庭にお昼をここで過ごす生徒も増えてきています」

「へぇ……いいわね」

「綺麗ですよねー、ここの中庭」

「ええ、こうした変化があると一層僕達にも力が入ります」


 エルミラは一瞬、アルムの故郷の霊脈を思い出した。

 ベネッタがモルグアの相手をしている間思考するも、別にここの花は霊脈の魔力を帯びて輝いているわけではない。反魔法組織がわざわざ花を植える理由もよくわからないので保留にする。


「ところでお二人のお名前は? ベラルタの生徒がよくダンロードの庭に入る許可が得られましたね?」


 モルグアが訊くと、エルミラは意味ありげな笑みを見せた。


「エルミラ・ロードピス」

「ボクはベネッタ・ニードロスですー」

「ロードピスにニードロス……ですか……」


 二人の名前を聞いて、モルグアの表情が若干崩れた。

 何かを思い出そうとしているように、視線が上に逸れた。大方、覚えている上級貴族の名前を頭の中で並べているのだろう。

 なので、エルミラは手っ取り早くモルグアの期待を砕く事にした。


「こっちは北部の下級貴族、私に至っては没落してるわ」

「え?」


 一瞬、モルグアの時間が止まったようだった。

 モルグアは嘘だろう、と言いたげに二人を交互に見るが、どちらも否定しない様子を見て足を止めた。


「はぁ……なんだよそれ……時間の無駄じゃねえか」


 そのため息からは、モルグアの二人に対する失望と蔑視が手に取るようにわかる。

 苛立ちを表すような舌打ちを一つすると、二人の隣に並ぶのをやめて戻っていく。


「すっごい変わり身だー……」

「そりゃあわよくばコネを手に入れてやろう感ばりばりに出てたもの」


 モルグアは同じく中庭にいた数人の友人らしきグループのところに行くと、さっそく今の話をしているようで、エルミラとベネッタを見る目が悪い意味で変わった。


「は? 没落貴族に北部の下級貴族?」

「ああ、時間無駄にしたぜ。せっかく顔を売っておこうと思ったのにさ」

「ニードロス家ってあの無能のでしょ?」

「あんだよ……ベラルタって入ったら案外ちょろいのか? 俺がベラルタにいったほうがましだろ」

「コネにもならないとか使えねえ……」


 耳を傾ければそんな心無い言葉が聞こえてくる。

 明らかに陰口という声量ではない。エルミラとベネッタの地位の低さがわかったからか、二人の耳に届いても構わないという雰囲気だ。

 

「やっぱどこも同じだねー」

「そりゃそうでしょ。貴族って基本そういうもんじゃない。見下せるやつ見下して陰口とにやけ笑いのオンパレードに満足する性格悪いやつらの集まりだもの。話聞けただけよかったわ」

「そうだけどさー……ミスティとルクス元気かなあー……」

「あの二人なら元気でしょうよ。……いや、ミスティはアルムがいなくてちょっとへたってるかもしんないけど」


 エルミラは花壇の前で足を止める。

 花が色彩豊かに咲き誇っているものの、花壇なのだから当たり前だ。土が新しく花は咲いていたものをどこからか植え替えたようで、庭師が気合いを入れているという話は本当のようだ。

 そんな花壇を見つめながらベネッタがぼやく。


「ボク達友達に恵まれたねー」

「そうね」

「なんか寂しいねー」

「……」

「寂しいねー!!」

「聞こえてる! 聞こえてるわよ! はいはい! そうね!」


 エルミラから同意を引き出すと、ベネッタは満足そうに笑った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

なんかいつもいる人がいないと寂しくなりませんか。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ダンロードの庭って制度があるならそもそも入国してくるのは上級貴族以外と推測できるのではないのでしょうか? それか、何か自分が読み違えているのか
[良い点] やはり、ここまで来ると5人1セットって感は否めませんね。 読者がそう思う位だから、彼らはなおのことそう感じている事でしょう。 しかしまぁ、コネ作りとして声をかけたのなら、最後までやり通せ…
[良い点] 第一部からエルミラとベネッタは支え合っていますね 支えるにあたって寄り添うという意味で物理的にも立場的にも近い位置にいるベネッタと傍から見て上にいるルクスでは支える箇所が違いそうです 今…
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