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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第六部:灰姫はここにいる

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387.痕跡無き異変

「そうだ。リニス・アーベント……彼女が反魔法組織クロムトンのメンバーを見張っていた調査員だ」

「はぁ!?」

「ほんとだったんだー」


 露天風呂で出会ったリニスが言うには、自分こそが今回の件の調査員ということだった。

 その真偽を確かめるべくエルミラとベネッタが拠点としている宿屋に帰るとリニスの言う通り……ファニアはリニスの存在に驚く事も無く疑っていた二人に真実を告げた。


「なんでこいつ!? ダブラマの内通者なのに……!」

「そういうやつだからだ。いわゆる非公式の民兵のようなものだな。それが魔法使いとあらば戦力にも数えられる。魔法使いは徐々に減っていっているからな……たとえ罪人であっても使えそうなら使うべきだというのが陛下の考えだ。私達が汚い手を使わなければいけない時もこういった者がいれば押し付けて処理できる」


 このように、王族や宮廷魔法使いは公式の部隊とは別に個人で雇っていたり、利害関係の一致から罪人と手を結んでいる者も少なくない。それが魔法使いというのは珍しいが、リニスもそういったケースの一つである。

 魔法を使えるという戦闘力がありながら、罪人であるために汚れ仕事も任せることのできる都合のよさはこれ以上ないほどの人材といえよう。


「今は私の手足の一つとして動いてもらっている。私がガザスに行っている間、南部でずっと見張りを続けていたのもリニスだ」

「こいつが言う事聞くとは思えないんだけど……」


 エルミラが壁を背にしているリニスをちらっと見ると、リニスは口元で笑う。


「何を言っているエルミラ。私ほど信頼のおける罪人もいないだろう?」

「どの口が言ってんのよ!?」

「あんなに熱く抱き合った仲じゃないか。そう邪険にしないでくれたまえ」

「いやあれは――!」


 戦闘の最中の出来事をわざと語弊のある言い方を選んで口にするリニス。

 エルミラが反論する前にベネッタとファニアの目がエルミラに向いた。


「おや、そういう仲だったのか?」

「そ、そうなのー? エルミラ……?」

「ちが……いや、違くないけど意味が違う!! てかベネッタは騙されかけるんじゃないわよ!!」


 リニスはエルミラが言葉に困っている様子を見てくすりと笑った。

 エルミラがぎゃーぎゃーとベネッタの頬を抓り始めた時、部屋の扉が開く。 入ってきたのは町の散策に出たいといって出ていったアルムだった。


「戻りました」

「遅かったなアルム」

「道に迷いまして……親切な人達に連れられてここに……」

「フォルマで迷ったのか……?」

「はい、都会は凄いですね……」

「いや……ああ、そうか……気を付けたまえ」


 この町フォルマはわかりやすく道が整備されている。目的地さえわかっていれば絶対に迷う事はないとまで言われる町なのだが……アルムにはあまり関係無かったようである。


「アルム! 見てこいつ!!」

「ん?」


 エルミラはリニスを指差す。

 アルムとリニスの目が合い、リニスはひらひらとアルムに手を振った。


「あれ? リニスじゃないか。久しぶりだな」

「久しぶり。元気だったかい? アルム?」

「ああ、お陰様でな」

「コーヒーは飲めるようになったかい?」

「いや、もっぱら紅茶だな。いつも一緒にいる友人に紅茶好きがいるのもあって」

「そうか、では久しぶりに私がコーヒーを淹れてやろう。南部の豆は少し苦みが強いから君の口に合うかどうか」


 リニスがここにいることには驚いたようなリアクションは見せるも、特に大きな反応はアルムには見られない。それどころか雑談をし始める二人に、エルミラは我慢できずに二人の間に割って入った。


「あんたら何でそんな普通に会話できるのよ!?」

「何でって……知人、少なくとも俺はリニスを友人だと思っているからな」

「私もだ。友人同士の会話ならば普通だと思わないかい?」

「友達ってこいつはダブラマと通じてた内通者で罪人よ!? それになんでここにいるとか思わないわけ!?」


 アルムのいつも通りの調子が却ってエルミラを興奮気味にさせる。

 エルミラが指摘すると、アルムは首を傾げた。


「ここにいるのには驚いたが……罪人になったら友人じゃなくなるのか?」

「うっ……そ、それは……」


 アルムに言われてエルミラは言葉に詰まる。

 貴族ならば自身の家名の汚点にならぬよう、罪人となった友人など知らぬ存ぜぬで通すかもしれないが……アルムにそんな普通は通用しない。普通は、という改め方を説こうにも、ミスティやルクスといった四大貴族の友人がいる所から普通ではないのですることができない。アルムはアルムの基準で人間関係を決めているのである。


「はい、エルミラの負けー」

「う、うっさいわね……まぁ、そうね……人間関係は自由よね……」

「そうとも」

「で、でも……こいつが裏切るようなことがあったら……」

「それはない」


 エルミラの危惧をファニアはきっぱりと切り捨てる。


「リニスが父親のためにダブラマの手助けをしていたのは調査済みだ。そして、こいつは父親の無事と引き換えに私の手足になる取引をしている。裏切ればすぐに父親は処刑される。まぁ、こいつがこの国では珍しい夜属性でなかったらその取引も無かったのだがな」

「そういうことだから安心してくれていいよエルミラ」

「まぁ、そういう事なら……」


 渋々、リニスが今回の一件に関わっていることを呑み込むエルミラ。

 それでも怪しいと疑う心は抜けきらない。直接戦った敵同士だったゆえに。


「リニス、監視対象のコルトゥンはどうだ?」

「変わった動きはありませんね。監視をかなり警戒しているのか、毎日同じような動きしかしません。起床、朝食、町を散策して昼食、そしてしばらく教会に滞在して酒場で飲んでから宿に帰宅……この流れをずっと続けています」

「そうか……今は?」

「いつも通り教会におります。しかし、何処にいても警戒しているのか落ち着きが無い様子ではありますね」

「まだばれてはいないが、監視されている事くらいは気付いているようだな……ご苦労」


 ファニアはリニスの報告を受けて少し考えると、アルムとエルミラ、ベネッタの三人に向き合った。


「今までは人手も時間も足りず、積極的な調査が出来なかったが、君達のお陰で状況は進展させられそうだ。明日はエルミラとベネッタがローチェント魔法学院を……私とアルムがイプセ劇場を調べることにする。地道な作業になるが、些細なことでも奇妙だと思えば記録して私に報告するように。リニスは引き続き監視対象の監視を続けろ。いつも通り深夜は私と交代し……いや、そうだな、アルムにも監視の手伝いをしてもらうことにする」

「はい」

「……はい」

「はいー!」


 アルム達三人の返事はそれぞれ違う声色だったが、基本的にファニアの指揮には異論ない。


「ここはダンロード家のお膝元。魔法生命がいない事に越したことはないが……もしいるのだとすれば、解決の暁にはダンロード家へ大きな貸しができる。我々の手で存分に恩を売ろう。以上だ」







 同時刻。ベラルタ魔法学院。

 こちらではミスティとルクスが見た謎の誰かについての調査が進められていた。


「問題があるねぇ」


 難しい顔をしながら、オウグスが呟く。

 何か判明したのかとミスティとルクスは期待するも、それにしてはオウグスの表情が合っていない。


「何も問題がなさすぎる。そしてそれが一番の問題だ。サンベリーナの姿をしていたなら第一寮で何かがあったかと思えば……生徒の誰かが貴重品を盗られたわけでもなければ、何かが破壊されてもいないし、なんらかの感知魔法をしかけられている様子もない……逆に奇妙だ」

「それでいて偽サンベリーナはしっかり寮長や他の生徒に目撃されているのが不気味ですね。ミスティとルクスが見送った朝、確かに第一寮で寮長が挨拶を交わしてから出ていったと証言してる」


 ヴァンが調査した第一寮の寮長によれば、その偽サンベリーナは朝に挨拶を交わした上、寮長としばらく雑談してから出掛けていったというのだ。

 その後、お昼にフラフィネと一緒に再び寮から出掛けているところを見ており、いつ帰ってきたのかと少し不思議ではあったらしい。しかし、報告するような事だとは思えなかったので報告しなかったのだという。

 当然だ。もしサンベリーナが寮長がいない間に帰ってきていたのだとすれば、なんら矛盾していない行動なのだから。


「んふふふふ。同じ寮で本物のサンベリーナがフラフィネの部屋で寝泊まりしている時に、普通に出歩けてしまうその大胆さは常人ではないねぇ」

「他の生徒に比べて目立つサンベリーナの姿を選んでいるのも豪胆ですね……潜伏していたのは恐らく空き部屋でしょうか」

「だろうねぇ。何人か退学者は出ているし……誰もいない部屋を覗くような酔狂な人物はいないだろうから、それはもう潜みやすかっただろう。出歩きたい時に姿を変えれば大して怪しまれないだろうし」

「少なくとも住んでいる僕は気付きませんでした」


 ルクスとベネッタは第一寮に住んでいる。

 だが、おかしな点は正直無かった。いつも通りの寮で、出会う人間もいつも通り……だったはずだが、その中に本物の姿ではなかった異変が混ざっていたのだとすればぞっとする。


「確かにいる事はわかった。けれど、何をしていたかが全くわからない……か」

「ごほごほ……」

「ん? 風邪かい?」

「はい、少し体調を崩したみたいで……」


 ルクスは咳払いをして喉を整える。

 ルクスが落ち着くと、ミスティが手を挙げた。


「私達が見た偽サンベリーナさんがここで何をしていたかはわかりませんが、ここを出ていったということは……こう判断してよいのでしょうか?」


 ミスティが言うと、オウグスはこくりと頷いた。

 恐らく、この場にいる四人はみんな同じ予想をしている。


「君の言う通り……その偽物がここでやることはもう終わっている、という事だろうねぇ」


 ベラルタを去ったということは、ベラルタに滞在する意味を失ったという事……つまり、ベラルタに潜んでいた何者かは何かを終わらせてここを発った。

 だとすれば、その偽物は一体……何を終わらせたのだろうか?

 被害も痕跡も無い不気味さだけがベラルタに残り続けていた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

感想をくださった方お待たせしました。遅ればせながら本日返信し終えたので、よろしければ見てくださると嬉しいです。

出来るだけ早く返せるようにしますので、また感想をくださると嬉しいです。質問などにも随時答えておりますので是非是非。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さすがアルム、とても自然なリニスとの会話 リニスー 勘違いベネッタ ルクスは大丈夫だろうか、、 ベラルタでやることをやったと、、わざわざ自分が去った事を盛大に知らせているようにしかみえな…
[良い点] アルムはやはりアルムですね。 平常運転。 貴族のしがらみ無い分だけ自由です。 蹴落とし合う世界で生きてきた彼女達には中々出来ない事でしょうね。 そして、ベラルタの件も気になる所で。 ルク…
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