幕間 -私の主人その2-
こんにちは。私はカエシウス家ミスティお嬢様付き使用人ラナ。
カエシウス領都市スノラで生まれ、十四で使用人となり、ミスティ様が五歳の頃にお会いしてから今に至るまで誠心誠意お仕えしております。
ミスティ様はこの国で最も高貴でありながら平民にも分け隔てなく接してくださる理想の貴族を体現した御方であり、仕事上だけでなく個人的にもお慕いし続けているのです。
幼い頃からミスティ様を見続けていた私は、ミスティ様が見せる表情のほとんどを知り尽くしているといっていい……。
いい……はずなのですが……。
「はぁ……」
私の目の前にはこれ以上ないほどソファに身を預けているミスティ様がいた。
普段からミスティ様と仲良くしているアルムさんにエルミラさん、ベネッタさんの三人の御友人のお見送りに行かれて、帰ってきたかと思えばこんな状態になっているのである。
その様は夏の熱気で溶ける氷菓のようで……何と言いますか、こんな事を口にすれば使用人として失格ではありますが、中々こうしたミスティ様を見れるのは悪くありません。
ラナは常々思っておりましたが、ミスティ様はトランス城でもこの家でもしっかりしすぎておりますから。
「どうされました? お友達のお見送りに行かれたのでしょう?」
だらけた姿を見れるのは役得ですが、先のため息は無視できません。
きっと何かあったに違いない。確信を持って私はミスティ様に問う。
「ええ……」
「お見送りする時に何かあったのですか?」
「ラナ……人間とはいざという時なんて小さいのでしょうね……」
ミスティ様は遠い目で何もないところを見つめ始めた。
南の方角……どうやらあのお三方は南部のほうにいかれたらしい。
「今こうして考えてみれば、私に怒る資格はないんです……それなのに悪気の欠片も無い言葉を槍玉に挙げて詰め寄ってあんな態度を……果てにはあちらの優しさに甘えて気を遣わせて……自身の心の狭さを思い知らされたようですわ」
何か高尚なことを仰っていますが、ソファでしゅんとしているミスティ様が可愛すぎて何も耳に入ってこない。今すぐ宮廷画家を呼んでこの様子を描かせるべきではないだろうか? 来世は宮廷画家になってこの美貌を後世に残そう。
詳細はわかりませんが、なにやら反省しているご様子。使用人としてやれることは多くない。
私はすぐさまキッチンに向かい、お茶の用意をする。
鍋で水を沸騰させ、茶葉を加えて茶葉が開くまで待ち……その後ミルクを加える。
軽くかき混ぜ、泡が表面に出始めたらまた蒸らす。
蒸し終えたものをこしながらティーカップに注げば、ミルクティーの完成です。ミスティ様の気が落ちている時はこれがいい。特別なもの。
「どうぞ」
「ありがとうラナ……ふふ、ミルクティーだ」
もし女神がいるとすれば今この時のミスティ様の微笑みのような美貌に違いない。
つまり……ミスティ様こそが女神なのでは?
「私の出来ることは少なく、このような月並みな言葉しか言えませんが……どうか元気を出してください。そのように自省できるミスティ様の心が狭いなどと仰られては心の広い方がぐんといなくなってしまわれます」
「いいえ、私は今までこんな自分を知らなかっただけなんだわ……だから、こんな風になってしまうの」
「自分の知らない自分を見つけるのは成長と呼んで差し支えないのではないしょうか?」
「そう、かしら?」
「ええ、今は落ち込んでいられるようですが……私にはむしろミスティ様がいい方向に変わっている途中なのではと思われます」
「ふふ、ラナは慰めるのが上手いわね」
「ミスティ様限定の特技でございます。他にもミスティ様をからかうのも得意です」
「そちらは得意にならないでほしかったのですが……でも、ラナにからかわれるのも気が紛れていいのかもしれませんね。今日からはアルム達がいないから…………」
そう言うと、ミスティ様はぴたりとティーカップを持つ手を止めた。
どうされたのかと眺めていると、ミスティ様は恥ずかしそうに頬を染める。
「ミスティ様?」
「どうしようラナ……私、口にしたら急に寂しくなってきたわ……こ、子供みたいだと思わないでくださいね?」
「かっ……わ……!」
反射で声になりかけた衝動を私は意地で抑える。とっさに唇を噛まなければ言葉になっていただろう。
恥ずかしそうに頬を染め、上目遣いで私を見つめるその姿はあまりに反則の破壊力だ。競技のようにルールがあれば一発で退場させられること間違いない。
「かわ?」
「いえ、洗濯物が乾きやすい天気だなと思っただけです」
「え? そうね、今日はいいお天気だもの」
ミスティ様は窓の外を見ながら、ティーカップを口に運ぶ。
「おいしい……」
「光栄です。ミスティ様」
ああ、やっぱり……来世で宮廷画家になるのは諦めるしかない。
来世になってもこの方がいるのだとしたら、私はきっと今と同じように……この方の傍に居れるような使用人になっているだろうから。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の幕間となってます。




