386.再会と不自然な見送り
「ぶばぶぶぶぶぶぶぶー!!」
領主であるディーマと情報提供者であるカトコとの顔合わせも終わり……昼からプラデライ温泉に再び訪れたエルミラとベネッタ。
ここの露天風呂が広大である理由を示しているかのように数十人以上の客が集まっている。湯に浸かりながら雑談に花を咲かせたり、湯に浸かりながらボードゲームをする客などもいて夜とは違う賑やかな雰囲気だ。
二人が再びここに訪れたのはこの露天風呂が気持ちいいからというのもあるが、当然、主な目的はエルミラのストレス解消である。
エルミラは鼻から下を湯に浸からせ、声に出すのも憚れるありとあらゆる罵詈雑言を湯の中に吐き出していた。
「びっばぶぶばぶぶびび!!」
「うんうん、よく耐えたねーエルミラー」
そんなエルミラの頭を隣で優しく撫でるベネッタ。
周囲の賑やかさもあって特別目立っているわけではないが、数人の男はちらちらとベネッタに視線を送っていた。悲しくも正直な男の性である。
湯の上に出ている頭半分だけでもわかる凄まじい剣幕のエルミラに圧されているせいか、声をかける者はいない。
「気にしない気にしないー、ニードロスの無能貴族とかー、没落した馬鹿貴族とかー、欠陥品の平民如きがーとかボク達はそういうの言われ慣れてる慣れっこ三人組でしょー?」
「そういう問題じゃないのよ……! ああ、むかちくぅ……!」
ディーマに怒っているのもそうだが、エルミラを今口汚くさせているのは自分自身の至らなさだった。
ディーマの物言いも確かにむかついた。だが、もっとむかつくのは自分の甘さ。
アルムとベネッタの認められるような評価を先に聞いて……あろうことか、自分も同じような褒め言葉に近いものが貰えるのではと期待してしまったのだ。四大貴族の現当主の一人からお墨付きを貰えるのではと。
今思い出すだけでも恥ずかしい。羞恥で胸を掻きむしり、出来ることなら一瞬でも期待した脳髄を丸洗いしてしまいたいと思う程だった。
「殴りたい……! 殴りたいわ……! 誰か……この際魔法生命でもいいから時間を戻して……!」
「時間戻っても駄目だよ殴っちゃー」
「私が私を殴りにいくだけだから別にいいでしょ……未来が変わっても私のほっぺたが腫れるくらいの変化しか起こんないわよ」
「エルミラを二人目撃する事になるボク達はどうすれば……」
ぺちぺちとエルミラは自分の頬を何度も叩く。宣言通り自分の頬を腫れさせようとしているのだろうか。
「あの人が言うことは見透かしてたみたいに当たってたけど……それが全部正しいかどうかなんてわからないし、気にする必要無いってー。いい言葉はありがたく受け取って、悪い言葉は受け流しちゃえばいいんだよー」
「……」
「図星だったら何か思うところもあるかもしれないけどさー、ボクはエルミラが弱いだなんて思ったこと……あ、でも意外に涙腺は弱いよねー」
「うるさい」
「あて」
エルミラはこつん、とベネッタの頭を軽く小突く。
「貴様は何だ……ね」
そんなの、私が一番知りたいわよ。
エルミラは再び口元まで湯につけて、ぶくぶくぶく、と言葉にならなかった息を吐き出す。ストレスも一緒に湯の中に溶かしてしまえたらいいのに。
「ほらほら、ゆっくり浸かっておいしいもの食べに行こうー。夜までは自由時間になったわけだしさー」
「ぶぶぶ……」
「ぶぶぶじゃないのー」
「すまないが、隣を失礼するよ」
「あ、どうぞー」
ゆっくりと沈むエルミラとそれを引き上げるベネッタの隣に一人の女性が座る。
その女性は長身で、すらりとした手足を伸ばしながら一息をつくと、切れ長の眼で二人の様子を見て笑った。
「相変わらず、仲がいいな君達は」
「よく言われ……え!?」
「ぶぶ!?」
エルミラとベネッタは隣に座る女性を見て驚愕を露にする。
その女性はここにいるはずのない者。かつてのベラルタ魔法学院に通っていた学友だったのだから。
「り、リニス!? リニス・アーベント!?」
「なんでここにー!?」
そう、二人の隣に座ったのはリニス・アーベント。
去年ベラルタを脅かした【原初の巨神】侵攻時に核の捜索を妨害し、エルミラと戦って敗北した女性。
二人の反応に満足したように彼女は笑った。
「どうだい? 久しぶりの再会が裸の付き合いとは、中々素敵なものだろう?」
温泉特有の匂いの中にふわり、と風に乗ってコーヒーの香りが漂う。
その香りこそ、彼女がいつものように日課を続けられている何よりの証明だった。
一方、アルム達が出発してから三日後に遡る。
週末の二日の休みが明けた次の日に……ベラルタでもとある問題が起きていた。
「え?」
「ん……?」
アルム達が旅立ち、すでにミスティのテンションがしおしおになり始めていたのをルクスが感じ始めていた頃。
ミスティとルクスが食堂に入ると、そこにはいるはずのない人物がいた。
「あ、あれ? サンベリーナさん……?」
「サンベリーナ殿!?」
二人の視線の先には同じ机を囲んでいるフラフィネと、三日前に見送ったはずのサンベリーナがいた。
声でミスティとルクスに気付き、フラフィネは会釈をして、サンベリーナはフォークに伸ばしかけていた手を止め、座りながら体ごと振り向いた。
「あら、お二人ともごきげんよう。そんなに狼狽えてどうされたのです? ミスティさん? ついでにルクスとかいう男も」
ミスティが混乱していると、代わりにルクスが今二人の共通の疑問をぶつけた。
「サンベリーナ殿……! な、何故ベラルタにいるんです?」
「何故って……あなたという男は本当に癪に障りますわね。休み明けに会って早々喧嘩でも売られてますの? ベラルタ魔法学院の生徒なのですからいて当然でしょう? この私が退学になるはずないのですから」
不快そうに眉をひそめながらもサンベリーナはすかさず懐から扇を取り出し、ばっ! と広げる。
当たり前で確信するまでもない話なのだが、その自信に溢れる決め姿は間違いなくサンベリーナだった。
「あ、あのー……」
話が見えないものの、ミスティとルクスの二人が困惑しているのだけはわかるフラフィネがおずおずと手をゆっくりと挙げる。
「サンベリっち、休みの間はうちの部屋に泊まってましたよ……? もしかしてサンベリっちが何か急ぎの用件とか忘れてたし……?」
「ベリナっちと呼びなさい。ミスティさんからの用事を忘れるはずがありませんし、この男から私に急ぎの用件なんてあるはずありませんわ。ちゃんと他に予定が無いことを確認してフラフィネさんのお部屋にお邪魔させて頂いたんですから……一体どうされましたの?」
フラフィネからの証言とサンベリーナ本人の言葉もあって疑う余地などあるはずもない。
それでも、混乱からかミスティは問う。
「自領でトラブルが起きて、戻られるというお話は……?」
「ラヴァーフル領ででしょうか? 初耳ですけれど……トラブルがあったとしても後一月もすれば帰郷期間ですし、お父様とお母様は優秀ですから私の手を借りるために呼び戻したりはしませんわ。魔法の才は私のほうが上ですが、事業に関しては私はまだまだひよっこ同然……これから精進する身ですから」
本人からここまで言われれば、もう誰でもわかる。
ミスティとルクスの二人がアルム達の後に見送ったサンベリーナはサンベリーナではなかったのだと。
だが、あの日出会ったサンベリーナが他人のそら似、もしくは見間違いであるはずがない。
二人が見たのは確かに、サンベリーナの姿そのものだったのだから。
「あ、あの日馬車に乗っていったのは……!?」
「誰だ!? 一体誰だったんだ!?」
いつも読んでくださってありがとうございます。
ここで一区切りとなります。一体何が起こっているのか?第六部も是非お付き合いください。
明日の更新はお休みとなります!




