41.領主の意向
「お初にお目に掛かります、プラホン殿。代表のルクス・オルリックです」
突然の領主の登場にもルクスは狼狽えない。
自己紹介と共に手を差し出す。
オルリックの名を聞いて、ルホル・プラホンと名乗った男はわざとらしく口に手をあてた。
「これはこれはオルリック家の長男がこの地に来ていたとは……知っていれば歓待の席を設けていたというのに失礼をした」
「いえ、この町の異変を解決するほうが先ですから」
ルホルは言いながら差し出された手を握る。
その手には手袋がつけられたままではあるが、ルクスが気にすることはない。
というよりも別に気に掛ける事がある。
何故今この地に来たのか?
ルホルの後ろにいるのは使用人らしき老人と昨日会った町長夫妻だ。
町長が領主に調査しにきた自分達を報告するのはわかるが、いくらなんでも到着が早すぎる。
「おや、後ろにいるのはカエシウス家の次女殿では?」
ルクスがルホルを観察する中、ルホルは後ろに立つミスティに気付いてルクスの後ろを覗く。
名前を呼ばれてミスティは少し前に出た。
「ミスティ・トランス・カエシウスと申します。お会いするのは初めてですね、ルホル殿」
「ええ、ええ! お会い出来て嬉しく思います! カエシウスの方がいらしたのであれば尚更歓迎できなかったのが悔やまれます……!」
「いえ、あくまで調査で来ているわけですからそういったものは不要です。
領主の方がいらしてくれたのであれば紹介する必要がありますね。こちら今回の異変を私共と一緒に――」
「ああ、いや結構! 異変の解決を急ぐ必要があるのだろう?」
ミスティの紹介を遮り、ルホルは本題に入ろうとする。
ミスティとルクスの紹介は握手も込みで聞いていたにも関わらず、他の三人に関してはルホルは聞こうともしなかった。
「むかつくやつ……」
「典型的な上に媚びるタイプですねー……お父様もこんな感じですー」
アルムの後ろで小声でエルミラとベネッタがルホルに対するよくない感想を漏らす。
そこでアルムはたまにミスティ達が家柄がどうとか話している時の事を思い出していた。
会話から察するにこのルホルという男のプラホン家はミスティとルクスの家よりは小さい家なのだろう。
「この地を救わんとする若者に助太刀しないなどプラホンの名折れだ、そうであろう執事?」
「おっしゃるとおりでございます」
「なら早く本題に入るのは必然だ! さあ、聞かせてくれたまえ君達が何をしていたのかをね!」
早く行動に移したかったが、領主が状況を聞きたいとあらば話さないわけにはいかない。
ルクスは昨日までの自分達の動きと考察、そして今日の行動予定をルホルに話した。
「ふむふむ、スクリル様の怒りを買うかもと山に入らなかったのは間違いだったか……魔獣が狂暴化してると踏んで指示したのだがね。その調査に間違いはないのかい?」
ベネッタの血統魔法については伏せる。
魔法使いの調査は魔法を使う者も多い。魔法は魔法使いの大切な情報だ。
血統魔法でなくとも調査に何の魔法を使ったか明かせなどと強いることはできない。
流石にそれは理解しているのか、ルホルも具体的な事を聞こうとはしていないようだった。
「はい、平原で町民が襲われた状況を見ても間違いないかと。魔獣が戻ってくることも想定して念のため戦闘に秀でた三人で山に入るつもりです」
自分を含めてミスティとアルムのほうに手を広げる。
ルホルもそれを見て納得するように頷いた。
しかし、
「なら止める理由も無い……だが!」
ルホルは勢いよく指をさす。
その指はアルムに向けられていた。
「ん?」
「そこの平民が山に入るのは許可できないな」
「何故ですか?」
疑問はアルムの口よりも先にルクスから。
やれやれと、わざとらしいジェスチャーをしながらルホルは答える。
「そんな事もわからないのかね、ルクス殿……彼は平民なんだろう?」
「……それがどうかしましたか?」
ざわつくのは領主が町に来たとあって周りに集まる住民達。
ルクスが否定しないのを見るとこそこそと住民同士で話し始めた。
「言ったろう、あの山は神聖な場所だと。何せあのスクリル・ウートルザに縁ある場所だ!
この地に住むドラーナの住民ですら立ち入らない場所に他所から来た平民を入れてはその威光を汚すようなものだとは思わんかね!?」
後ろで聞いているエルミラはわかりやすく怒りの表情を表す。
声にも出さずこらえているのは横にいるミスティがさりげなく手で制止しているのと、直接友人を侮辱しているに等しい言葉を目の前で聞きながらも我慢するルクスがいるからこそだ。
「アルムはすでに昨日山に入っていますが、それでもでしょうか?」
「それは仕方あるまい。私が来る前の出来事だ、調査の為と行動したのも理解できる。それを咎めるような事はしないさ。
しかし、私が知ってしまっては見過ごすわけにはいかない。ドラーナは観光に来る者も多く、貴重な財源だ。山の神聖さを落とすような事をされてはドラーナのこれからに関わる……私にはこの町を守る義務があるのだからね!」
外部に異変を任せた無責任が何を言っているのか。
この少しの間でルクスは目の前の男によくない感情を抱いていた。
だが、それを顔に出すことはない。
こういう都合のいい言葉を並べる人間を相手するのは慣れている。
「領主であるあなたの意向ということですね」
「その通りだ。この地を救わんと駆け付けた平民くんには申し訳ないがね」
ルホルは申し訳なさの欠片も無さそうな顔をアルムに向ける。
にやにやとアルムの様子を窺うような表情だ。
「ん……?」
しかしアルムはそんな悪意ある表情には気付いていない。
そういった悪意に鈍いのは勿論あるが、別に気になることがあったからだった。
そしてそれとはまた別の問題が周囲に起こっていた。
「平民……?」
「私達と同じ? 平民が魔法学院に?」
「何かの実験なの?」
「そんなのをここに寄越したのかよ国は……」
疑惑と不安が入り混じった声と視線がアルムに集まる。
魔法使いといえば貴族がなるもの。それが常識だ。
力ある貴族だからこそ魔法使いという力あるものへの無条件の信頼が成立する。
それに比べ、平民とは長年の歴史で魔法の才無しと淘汰された力無きものだ。
そんな存在が魔法使いになるなど何かの間違い。そして魔獣に怯える町の住民にとっては不安を煽る事実だ。
本当に魔法なんて使えるのか。本当に魔獣から自分達を守ってくれるのか。
そんな疑いが住民達の胸に湧き上がる。
普段なら魔法学院に入った平民という存在は同じ平民を勇気づけるようなニュースだろう。
しかし今にも対処しきれない魔獣が来るんじゃないかと恐れている住民からすれば異変を解決しに来たのが同じ平民というのは安心には程遠い。
何故魔法使いに依頼を出したのか。
それは力あるものの手による安心が欲しかったからに他ならない。
「代わりといってはなんだが、私が同行しよう」
「……ルホル殿が?」
そんな住民の不安を掬い上げるように、領主が声を上げる。
不安に満ちた住民の前でこの地を統治する本人が異変の解決にあたるという宣言。
本来当然のことだが、それを指摘する者などいなかった。
今住民の目の前にいるのは紛れも無くドラーナの為に自ら解決を名乗り出た偉大なる領主なのだから。
「君達に指示をするのだからそれくらいの対価は差し出そう。これでも魔法使いの端くれだ、戦力としては申し分あるまい?」
昨日ここに向かうまでの馬車内でルホルの魔法の腕前の噂についてはミスティがすでに語っている。
だからといって、あなたでは不安だ、と面と向かって言うわけにもいかない。
実力が不明瞭とはいえ相手はれっきとした魔法使いだ。魔法使いの卵である学院の生徒がそんな泥を塗るようなことを言えば拗れるのは間違いない。
それに今まさにアルムを平民だからと山に立ち入らせないようにしている男だ、この男にそんな事を言えば、礼を払えない人間を山に入れるわけにはいかないと言いがかりをつけて全員に山に入らないよう言ってくるかもしれない。
住民達の怒りを買う可能性もあるだろう。
ルクスは内心で舌打ちする。
アルムの同行が実力を加味したものだと口にできるタイミングがもう無い。
現役の魔法使いが同行すると言っているのに、魔法使いの卵、その上平民であるアルムを推すにはあまりにも無理がある。
加えて、ルホルの実力がどの程度のものかも知らないルクスが言っても説得力が無い。
「失礼ですが、山を登る際には体力が必要です。ルホル殿はそういった経験がおありで?」
魔法使いとしてではなく、ルホルの他の部分を心配する方向にシフトする。
何とかルホル自身に諦めさせる方向に持っていきたいが、難しいことは重々わかっている。
周りの空気はすでにルホルが同行する空気になっている上に本人が"山に行きたそうにしている"ような節がある。
それを後押しするように、ルクスの問いには後ろの使用人の老人が答えた。
「ルホル様はこう見えましても昔から活発なお方で野外での活動を好むお方です。体力のほどはこの私めが保証致しましょう」
「執事。一言余計だったぞ」
「申し訳ありません」
「まぁいい。そういう事だ、おぶってほしいなどとは間違っても言わないから安心したまえ!」
ルホルの表情を見てルクスは諦める。これから何を言っても恐らくこのルホルは山に来る。
実力を知っているアルムが同行できないのは自立した魔法を相手にする際に不安が残るが、ここからアルムを同行させる話にはもっていけまい。
「……わかりました」
「ルクス!」
「アルム、いいかい?」
仕方ないとルホルの提案を受け入れ、エルミラの声を無視してルクスはアルムに問う。
今話題に上がっているのはアルムの同行についてだ。
ここで不満の声を上げられるのだとすれば本人だけだ。
「ああ、現役の魔法使いが行ってくれるなら安心だ」
「中々話が分かる! 名誉や賞賛に目が眩まないとは賢明だね、君!」
「っ!」
本人がこう言っているのにこれ以上口を出すわけにはいかない。
エルミラはやりきれない感情を押し殺す。
わかっていた。元々アルムは自己評価が低い上に魔法使いを夢見た人間だ。
現役の魔法使いが代わりにやると言えば何の疑いも無く譲るだろう。
「それでは私も用意することにしよう、執事!」
「かしこまりました」
「町長、どこか部屋を案内してくれたまえ」
「はい、こちらへどうぞ」
善は急げといわんばかりに、話が落ち着くとルホルは町長に準備のための部屋を案内させる。
今しがたアルム達が出てきた宿に案内しないとこを見ると領主用の部屋を用意してある宿があるのか、ルホルは町長と使用人を連れて移動する。
それを見送ると、ルクスは申し訳なさそうにアルムに謝罪した。
「アルム、すまない……」
「いや、気にするな。自立した魔法があるかもしれないというのに行けないのは少々歯痒いが……領主の望みなら仕方あるまい」
ルクスの謝罪はルホルのアルムを軽んじた言動に対して何も言い返さなかったことに対するものだ。
アルムは少し勘違いしているが、正しく伝わっていたとしても気にするなと言うだろう。
わざわざ正すのも野暮な気がしたルクスは申し訳なさだけを心に残す。
「ねぇ……私もついていく?」
エルミラはミスティに聞いた噂を気にしてか小さく手を挙げる。
ルホルという男の魔法の腕前がどうにも不安なエルミラはアルムの穴を埋めようと同行を提案した。
「いや、エルミラは予定通り残ってほしい。ルホル殿の実力がどうであれアルムの破壊力が無いのであれば自立した魔法があったとしても無理はしない。
魔獣が山から逃げているのだとすれば山に拘束するような魔法ではないはずだ、スクリル・ウートルザの墓やそれらしいものを確認したら一旦山から降りることにする」
エルミラの不安を和らげるようにミスティも補足する。
「まだ自立した魔法があの山にあると決まったわけでもないですからね」
「自立した魔法が本当にあったら万全を期すのを理由にして全員で行くよう押し切って見せる。だから一旦我慢してほしい」
「……わかった」
エルミラは渋々、頷く。
同行を提案したのはルホルの腕前を疑っている事よりもミスティとルクス、二人の身を案じているからという理由のほうが強い。
しかし、ミスティとルクスの諭すような優しい口調にエルミラは何も言えなかった。
「アルムくん、結構ひどいこと言われてたけど……大丈夫ー?」
「そもそもひどい事とは思ってないから大丈夫だ。領主が入るなという場所に入らないのは当たり前だからな」
「謙虚というか世間知らずというか……アルムは戦う時以外は基本こういうやつだからね……。
自分の扱いが良かろうが悪かろうが、そういうものかって受け入れちゃうんだもん。損してるわ」
エルミラの口から語られる自身への印象。
しかしそれよりも、思ってもいなかった言葉を付けられていたことにアルムは傾げた。
「戦う時は違うか?」
「え? うん、だってルクスと決闘してた時は口調とかあらっぽかったよ?」
「あれは怒ってたからじゃないか? 僕がアルムの師匠を馬鹿にしたから」
「あらっぽかった、か……」
同行できないことやルホルからの扱いよりも、エルミラの言葉のほうが気になるようでアルムは腕を組んで考え込み始める。
ミスティは珍しそうにその顔を覗き込んだ。
「あら、気にしますのね……何か思うところが?」
「言われてみればルクスと戦った時はそうだったなと……師匠が馬鹿にされた事以外でもルクスを挑発していたような気がするから……」
心当たりがあったようでアルムは普段と違う自分について考えていたようだった。
本格的に悩みそうになっているアルムにミスティは笑いかける。
「戦う時とあらば熱くなる事もあるでしょう、気にしなくてもよろしいのでは?」
「まぁ、今となっては新鮮だけどね」
「ちょっと見たかったなー、あらっぽいアルムくん」
「ベネッタびっくりするよ、結構強気なの」
「へー!」
荒っぽいのに見たいのだろうか。
アルムは不思議に思いつつも、さっきまでのよくない空気が薄れていくのを感じて内心ほっとする。
いくら鈍くても、自分の為に皆が怒っていたことくらいはアルムでもわかっていた。
鈍い自分の代わりにルクス達が怒ってくれたことに感謝しつつ、一つ考えてもわからないことに思考を傾ける。
引っ掛かったのはルホルのとある確信めいた言動。
答えが出るはずもないとわかりつつもアルムはその事が気になって仕方なかった。