382.見送りは自然に?
「じゃあエルミラ、カトコさんによろしく言っておいてくれ」
「情報提供者だから普通に会うでしょうしね、任されたわ」
命令書の予定通り、ベラルタの馬車の待合所にアルム達の迎えの馬車が到着した。その馬車は王都から送られてきた割には比較的貧相という他なく、豪華さは存在しない。
馬車の御者も王都から送られてきた御者にしては装いが平均的な平民のようだった。身分を証明するように見せられた命令書とマントの裏に縫われた王家の印が無ければ勘違いしてもおかしくはないほどに。
南部を根城にしている反魔法組織クロムトンは、反魔法組織と言うように魔法と魔法使いを敵視している組織だ。王都から送られた割に目立たない馬車や御者の装いはつまり、襲撃を回避するための偽装という事なのだろう。
「いつでもこちらにいらしてください、とも伝言を頼んでいいいかい?」
「そのくらい任せなさいってば」
「ありがとうエルミラ、助かるよ」
エルミラはつい口元で微笑んだ。
言ってしまえばなんて事の無い伝言。南部に行く三人の誰かなら誰でもよかったのかもしれないが、どんな小さな事だとしても信頼されているという実感はいつだって悪くない。
「通信用の魔石は?」
「さっき貰ったばっかだから大丈夫だよー」
ベネッタはシャツの袖を少しめくって左腕に付けている腕輪を見せる。待合所に来る前に、学院でオウグスから受け取ったものであり、腕輪の真ん中には加工された魔石が埋め込まれていた。
「南部はここより暖かいけど、まだ夜は冷えるだろうからちゃんと体を暖かくして寝るんだよ。長期の滞在の可能性もあるから土地が変わった影響で体調が崩れる可能性も……」
「あんたは私らの父親か! 大丈夫よ! 大丈夫だから!」
「ルクスくん今自分の体調悪いから心配性って感じー?」
ベネッタが言うと図星なのか、ルクスは口をつぐんだ。
「そうよ、体調がどうとかいうのはあんたじゃない。今日はどうなの?」
「今日はまぁまぁ……でもないかな。でも普通の生活は出来る程度の元気はあるから、単純に疲労からとか、ベラルタに戻ってきて気が抜けただけなのかも」
「あんたこそ見送り来るくらいなら寝てなさいよね、今日休みなんだし」
「いや、それは……まぁ、僕が見送りたかったからで許してほしいかな」
「っ……!」
困ったように眉を下げたルクスの笑顔とその理由に、エルミラは何も言えなくなる。
「そ、それなら……まぁ、仕方ないわね」
「見送ったらすぐに休むことにするよ」
「そうしなさいそうしなさい」
「そろそろ出発します!」
「あ、はーい! じゃあ行ってくるねー!」
御者の声でベネッタはルクスと、アルムと無言で向かい合っていたミスティに手を振りながら馬車へと乗り込んだ。
いつもとは打って変わって少し気まずそうな二人を少し心配するも、ベネッタはそのまま馬車へと入っていく。
「ミスティ、そろそろ行かないといけないみたいだ」
「……そのよう、ですね」
「ミスティ、俺はミスティが何を怒ったのか今でもあまりよくわかっていない……」
「……」
アルムの言葉にミスティは黙ってしまう。
帰郷期間に間に合わなくなるかもしれないのは決してアルムのせいではない。仕方ないというアルムの言葉通り仕方のないことだ。
それでも、人の感情は正論とは別の場所にある時もあり……今まさにミスティの感情は正論とは別の場所に位置するものだった。
喧嘩をしたからとはいえ、嫌な態度をとってしまっている事を自覚しながらもミスティは何故か自分の態度を改めることができなかった。
嫌われたかもしれない、そんな不安がミスティの頭に浮かぶ。
「だからせめて、帰郷期間に間に合うように出来るだけ頑張ってくるよ。約束は守りたいからな」
だが、そんな不安はアルムには不要だった。
笑顔を向けてくるアルムを見て、ミスティは小指にはめられた指輪を、ぎゅっと握った。
こんな見送りかたをすればきっと、アルムが戻ってくるまでに自分は後悔し続けるだろうと。
「いってらっしゃいアルム。私、待っていますね」
「ああ、行ってくる。ミスティ」
最後には笑顔で、ミスティは馬車に乗るアルムを見送った。
乗り込む直前まで手を振るアルムにミスティはずっと手を振り返す。
そんな二人の様子を見ていたエルミラとルクスは安心したように互いの顔を見合わせた。
「じゃ、行ってくるわ」
「エルミラ」
「ん?」
「ああ、いや……うん、また話すよ。帰ってきた時にでも」
「……? そう?」
「ああ、いってらっしゃい」
最後に、エルミラが乗り込むと、御者の掛け声とともに馬車は出発した。
蹄が石畳を蹴る音と、大きな車輪の音が鳴り響きながら馬車は徐々に小さくなっていく。
ミスティとルクスはアルム達の馬車が門をくぐるまで見送り、その頃には次に出発する馬車が待合所の前へと走ってきていた。
「……ミスティ殿は変わりましたね」
馬車が見えなくなったと同時に、ルクスがぽつりと呟くようにそう言った。
「変わった……ですか?」
「ええ、前は親しみやすいながらも精神的に一線を引かれていたというか……接しやすいながらも見せないようにする部分があるイメージでしたけど、今は色々な顔をするといいいますか」
「そう、でしょうか……?」
「少なくとも、以前のミスティ殿だったらあんな風な態度はアルムに見せなかったんじゃないかなと思います」
「かも……しれませんね」
けれど、それは精神的に強くなっているのか弱くなっているのかミスティはどうにも判断がつかなかった。わかっているのは今、自分が救われている、という事ただそれだけ。
この迷いが、血統魔法の発動の不安定さを生んでいるのか。それともまた別の要因があるのか。
ルクスに言われた変化はミスティという自分にとっては確かにプラスかもしれないが、魔法使いになるミスティ・トランス・カエシウスとしては果たして――?
「では帰りましょうか。エルミラに言われた通り休まないと……エルミラなら今すぐ戻って頭をはたいてきてもおかしくない」
「うふふ、そうですわね。今日明日は学院もお休み――あら?」
ルクスとミスティが各々帰るために振り返ると、その向こうからサンベリーナが歩いてきた。
朝日を浴びて一層輝く金糸を編んだような髪を揺らし、並んでいるミスティとルクスにも劣らない美貌を振りまいている。
「おはようございますサンベリーナさん、どうされたんですか?」
「ごきげんよう、ミスティさんにルクスさん。それがどうやら私の領でトラブルがあったらしく……すぐに戻らないといけなくなりましたの」
「何があったんだい?」
「私だって知りませんわ。お父様ったらすぐに戻ってきなさいだなんて言って手紙に内容を書かれないんですもの。全く……すぐに帰郷期間だというのに慌ただしくて仕方ありません」
サンベリーナはため息をつきながら、待合所の前に来た馬車の御者に荷物の確認などをする。
確認が終わると、ミスティとルクスに向けて見惚れるほど綺麗なカーテシーを見せた。
「それではお先に失礼しますわ」
「ええ、いってらっしゃいサンベリーナさん」
「気を付けて」
サンベリーナが馬車に乗り込むと、御者の掛け声とともに馬車は出発する。
再び蹄の音と、大きな車輪の音が辺りに鳴り響き、馬車は門の方へと走っていった。
「……?」
「ルクスさん? どうされました?」
「ああ、いえ、なんでも……」
ミスティとルクスはサンベリーナの乗った馬車を見送ると、今度こそ体を休めるべくミスティは自分の家に、ルクスは第一寮に帰っていった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
立ち上がりが少しゆっくりでしたが、ダンロード領へと向かいます。




