380.休暇前の依頼
「何にせよ創始者の自立した魔法について予測交じりの情報しか渡せない……引き続きこちらでダブラマと連絡をとってみるさ。そして……ここからが君達を呼んだ本題になる。この国にいる魔法生命の場所については、少し気になる情報が入ってきてる」
オウグスの表情に真剣さが増す。
ベネッタなどはその声色につい背筋を伸ばしてしまっていた。
「君達、反魔法組織クロムトンは知っているかな?」
ぎくっ、という心の声がエルミラやベネッタの心の中から聞こえてくる。
ミスティやルクスは流石というべきか、眉一つ動かさなかった。
「反魔法組織……前にミスティからそんな話をしてもらったような気がするな」
「ええ、入学して少しした頃にそんなお話をしましたね、懐かしいです。」
(そ、そうだった……アルムはあの時いなかったから……!)
(アルムくんはシスターさんがクロムトンの元メンバーだって知らないんだー……!)
アルムはミスティ達四人がシスターのことを思い浮かべていることなど知らず、去年のことを思い出していた。
呑気に、懐かしいなぁ、などとアルムが言っている横で、エルミラとベネッタは内心カレッラにいるシスターのことについて言及されるのではとひやひやしている。結論から言えばその心配は杞憂なのだが。
「これは偶然カルセシスが調べさせていたんだが……その反魔法組織クロムトンが数年前から霊脈を捜索していたことがとある情報提供者の話から判明した」
「何で反魔法組織が霊脈を……?」
エルミラが呟く。
反魔法組織の構成員はほとんど平民。アルムみたいな例外でもない限り平民が霊脈の魔力を利用できる手段は現状存在しない。
平民にとって霊脈は魔力で光るただの綺麗な場所であり、観光名所以外の価値はほとんどないのである。
「カルセシスもそこが謎だったのか調査を開始したらしくてねぇ、丁度君達がガザスに行っていたくらいの頃にはすでに調査員を送っていたんだよ。だが、その謎も魔法生命がマナリルにまだいるとなれば謎も解ける。魔法生命の手にかかればほぼ平民で構成されている反魔法組織の掌握なんて簡単なはずだし……力に訴えなくても組織に潜り込んで、魔法使いの成長を手助けする霊脈を破壊するために霊脈の位置を調べよう、なーんてふざけた提案をしてやって誘導するだけでもいい。自分の動きを悟られずに霊脈を把握するには都合がいいのかもしれないねぇ」
「ちなみに学院長、情報の精度は?」
ミスティが聞くと、オウグスは机の上に置いてあった資料を手にとった。
「勿論その情報を基にマナリル側が調査した。なにせ情報提供者が"カトコ・タカハシ"という常世ノ国の貴族だったからね。罠の可能性も考えて調査した結果、確かにクロムトンのメンバーが数か所の霊脈付近で活動していたことが判明した」
「え? カトコさん?」
情報提供者の名前に反応したのはルクスだった。
自然と、全員の注目がルクスに集まる。
「ん? 聞き覚えのある名前なのかな?」
「え、ええ……数年前に母の墓参りに来てくださった方です。常世ノ国で母の家の使用人をしていたそうで、マナリルに来る際に別れてしまってからそれっきりだったらしく……最後まで母の傍に入れなかったことを悔やんでいました。それ以来お会いしていませんが……」
「そうか、君の母親は常世ノ国の女性だったね……ちなみにルクス、君の母親の名前と母親がいつ頃マナリルに来たのかはわかるかい?」
何か言われずともこれが確認だということもルクスにもわかる。
思わぬ所で情報提供者の素性を証明する人物が現れたのだから当然だろう。
「名前はアオイです。アオイ・ヤマシロ。母が来たのは今から二十年ほど前です」
「ふむふむ、資料と一致するねぇ。確かにこのカトコという人物は常世ノ国でヤマシロ家という場所に仕えていたと言っていたらしいし、マナリルに来た時期も一致する……君とこのカトコという人が口裏を合わせる理由も無いし、思わぬところで素性を確かめられたかな。ありがとうルクス」
「いえ、すいません。話の腰を折りました」
話を遮ってしまったからかルクスは律義に頭を小さく下げる。
オウグスは資料に何か書き込むと、話を本題へと戻した。
「さて続きだ。情報提供者の情報の正確さが調査によって明らかになり、さらにアルムの師匠によって魔法生命の存在が示唆された今……次の段階として魔法生命に対抗できる戦力を現地に送りたい、というのがカルセシスの考えでね……そこで魔法生命との実戦経験があり、実地という名目で現地に行きやすい君達にご指名というわけだ」
オウグスは両手の人差し指でアルム達を指差した。
また面倒事が回ってきた、とエルミラはため息をつく。
「とはいっても、厄介なことに……今回はアルムとエルミラ、それにベネッタの三人だけになっちゃうんだけどねぇ」
「三人だけ?」
「はぁ!?」
意味がわからないと言いたげなエルミラの不満そうな声。
見れば指差したオウグスの指は三本に増え、アルムとエルミラ、そしてベネッタの三人に向いていた。
「理由をお聞かせしてもらっても?」
「ミスティ殿と同じく……理由が無ければ納得がいきません」
冷静に理由を問いただそうとしているが、ミスティとルクスの声は抗議に近い。
気持ちはわかると言いたげにオウグスは両手で制止するような仕草をとる。
「君達を行かせられないんだよ。なにせ行先は南部のダンロード領……つまり"ダンロードの庭"だからね」
それを聞いたミスティとルクスは眉をひそめた。
不満そうではあるものの、それ以上二人から抗議の声が上がることは無い。
何故ならオウグスの言う通り、ミスティとルクスは確かにそこに行くことが出来ない場所だったのである。
「なるほど、それなら確かに……これ以上無い人選かと思われます」
「たまに聞くんだが……ダンロードの庭って何なんだ?」
アルムが聞くと、ミスティは内心の不満を押し殺してアルムの疑問に答えてくれる。
「ダンロードの庭はダンロード家を中心とした南部特有の政策のことで、その政策に参加している貴族達の領地全体のことを指します……簡単に言えば、王族の独裁や権力の増長を防ぐために南部は南部での政治や文化の保護を行う、という政策のことですね」
「へぇ……同じ国なのにやり方が違うのか」
「法のほとんどはマナリルのものに則っていますし治める税は勿論あったりするのですが……一番厄介なのは南部での経済の安定化や発展、それと文化の保護を理由に、南部以外の貴族の行き来をかなり制限してしまっていて、権力のある貴族ほど入れない閉鎖的な環境になってしまっていることなんです」
「あ、だからミスティとルクスは駄目なのか……」
「はい、四大貴族は影響力が大きすぎるのもあってダンロードの庭に直接入ることはまず不可能なんです。商人を介して間接的にお話を聞くことはあるのですが……私もダンロード家の方とお会いした機会はほとんどありません」
去年までのカエシウス家が北部全土を領地としていたほどでは無いものの、ダンロードの庭は南部の貴族のほとんどが参加しているために必然ダンロード家の力も大きい。
ダンロード家そのものが四大貴族の中でもカエシウス家に次いで古い貴族なのもあって、カエシウス家ですら下手にそのルールを破るわけにもいかないのである。
ちなみに、ラーディスのトラペル家やサンベリーナのラヴァーフル家などは南部の貴族ではあるが参加していなかったりする。
「そのダンロード家が今回の情報提供者であるこのカトコという女性の監視役も務めている。ミレルのシラツユの監視役であるトラペル家のような立ち位置だね。今回は状況が状況だけに、一番戦力として信頼できるダンロード家が任されてるってわけ」
オウグスがヴァンに向けて指を動かすと、ヴァンは懐から手紙を取り出す。
封蝋に刻まれる王家の印を見るに命令書で間違いないだろう。
「アルム、エルミラ・ロードピス、ベネッタ・ニードロスの三名は三日後にベラルタを出立し、現地にいる調査員及び王都からの魔法使いと合流。調査に加わった後、南部の反魔法組織の狙いを看破、もしくは国への不利益になり得る事態の対応にあたるように。詳しいことは王都からの魔法使いから改めて説明があるとのことだ」
「王都から……宮廷魔法使い?」
「ファニアだ。ガザスの通信の一件で宮廷魔法使いの任を下ろされた――」
「え」
「えー!?」
聞き慣れた名前に安心したのも束の間、まさかの事実が間髪入れずにヴァンの口から飛び出してくる。
エルミラとベネッタの二人からはつい声が出るも、最後まで聞けとヴァンはそのまま続きを話した。
「……という表向きの設定で今回南部に入るのを許可されたんだよ。面倒なことになりかねないので口外はしないように」
「び、びっくりしたー……」
「私もよ……」
「出立時にはオウグス・ラヴァーギュよりベラルタにある通信用魔石を一つ持たせるように。期間は解決の目途が立つまでとの事だ。以上」
ヴァンは読みあげた命令書をアルム達に一度見せると、そのまま懐へとしまう。
すると、何か気になる点があったのかミスティが恐る恐る手を上げた。
「あ、あの……少しよろしいですか?」
「ん?」
「解決の目途が立つまでということは……三人の帰郷期間はどうなるのでしょうか……?」
「……期間はさっきまで言ったように解決の目途が立つまでだ」
「つまり……」
ミスティが口をわなわなさせていると、オウグスがにこっと笑いかける。
「……帰郷期間までに終わるといいねぇ」
「そ、そんなぁ……」
突然の命令を下されたアルム達三人よりもショックを受けるミスティ。
そのまま床に座り込んでしまいそうなほどに肩を落とすミスティを連れて、アルム達は学院長室を後にした。
いつも読んでくださってありがとうございます。
昨日は体調不良のため更新できず……。明日は普段なら更新お休みですが、昨日の分まで更新します。




