379.冴えてる思考
「残念なことに……あまりいい知らせはないね」
ベラルタ魔法学院の本棟にある学院長室。
タトリズ魔法学院の学院長室を知った後だからか、ベラルタの学院長室は高価な調度品やソファが揃っているにも関わらず机は質素だったりと、そのちぐはぐさは学院長であるオウグス・ラヴァーギュがいかに部屋にこだわっていないかがわかる。
そんな学院長室に集められたアルム達を待っていたのは、そんなオウグスと難しい顔をしているヴァン・アルベールの二人だった。
「この一月の間の状況がどうにも芳しくない。手掛かりを残してくれた師匠とやらには悪いけどね」
「伝えられた自分もよくわかってはいないので……」
マナリルが今行っているのはダブラマにいるとされる『スピンクス』という魔法生命からの情報提供に関する交渉と、創始者の自立した魔法についての資料の収集、そしてマナリルにまだいるとされる魔法生命の捜索の三つだった。
特に魔法生命の捜索についてはかなりの人員を用いており、霊脈周辺で起きる事件について目を光らせている。
「まず……ダブラマにいる魔法生命の情報を拾うのはほぼ不可能だねぇ。少なくとも現状は」
「どうしてでしょう? マナリルとダブラマは今休戦中なはずです」
ルクスは言うと、オウグスはため息をつく。
「そうだねぇ、マナリルとダブラマは休戦中だ。普通なら快く協力してくれるだろう、向こうも魔法生命の一件については不安定過ぎて早く解決したがってるだろうし……」
「もしかして、カンパトーレが妨害を?」
「いや、違う……ともいえないのかなぁ? 一枚かんでてもおかしくないけど、連絡がこないんだよねぇ、君達がガザスの留学に行く少し前からマリツィア・リオネッタからの連絡も途絶えてるんだよ」
「ダブラマ国内で何か起こってるのでしょうか?」
「だろうねぇ、こちらから手出しして何かに巻き込まれるのも嫌だし……現状は定期的に通信を試みるくらいしかできないねぇ」
「当然ですわね、過度な介入でもしマナリルに問題が持ち込まれるのは避けたいですし……」
解せないのはやはりタイミング。
休戦した直後に連絡が途絶えれば当然信用問題に関わってくる。魔法生命が亡命してきているという事実も加えて、やはりダブラマはカンパトーレや魔法生命の組織コノエと繋がっているのではと思われてもおかしくない。
(果たしてそれにメリットがあるのでしょうか……? 休戦した意味が無くなってしまいますが……)
ダブラマ国内で何が起こっているかこそ掴めないものの、ミスティはそれにメリットがあるとは思えなかった。
大嶽丸という強大な魔法生命が倒された今、尚更カンパトーレと結託する理由が感じられない。
ミスティは様々な憶測を立てるも、情報が少なすぎるためダブラマについては保留にする。
「次に創始者の自立した魔法の話だが……色々と資料を集めてはいるものの、やっぱり彼らの手記などは見つからないね。わかるのは彼らのおかげで今私達が魔法を扱えているという事実とどうでもいい歴史、そしてこの世界に理を敷く"自立した魔法"となった彼らの魔法だけだ」
創始者のかつての血統魔法はその全てが自立した魔法となっており、彼らの死後からこの世界に遺された。
地属性創始者スクリル・ウートルザの"無との共生"を可能にした【原初の巨神】。
信仰属性創始者マルタ・ハエルシスの"言語の統一"を可能にした【天幕の一声】。
雷属性創始者ネコ・バルツの"魔力の不変"を可能にした名称不明の理。
光属性創始者イルミナ・ヴァルトラエルの"天体の観測"を不可能にした【星辰よ、魔を閉ざせ】。
水属性創始者ネレイア・スティクラツの"大海の踏破"を不可能にしたネレイア海に作られる名称不明の滝。
火属性創始者リアメリー・アプラの"生命の不死"を不可能にした【静謐の業火】。
風属性創始者マエーレ・アルベールの"天への到達"を不可能にした【自由の白翼】
そして闇属性創始者オンブラ・フレンジーの"時間の干渉"を不可能にしている名称不明の理。
これら八つの自立した魔法については魔法使いの間で定期的に話題に上がり、今に至るまで様々な考察がされている。
「私達が今更彼らの意図などわかるはずもない……なにせ今までに彼らの魔法を調べようとした魔法使いはごまんといるわけだからねぇ。けれど……魔法生命であったアルムの師匠が触れるということはそれなりに予測することもできる」
「魔法生命は当時にも存在していた可能性が高い……ですね?」
ミスティがそう言うと、オウグスは指を鳴らした。
「その通り。そうだとすれば、唯一意味不明だった大蛇とアポピスというワードもある程度想像がつく。魔法生命に使っていた魔法名か、それとも当時の魔法生命そのものか、とかね」
「当時の魔法生命だとしてー…今その名前が出てくるということはどこかで息をひそめ続けているとか?」
「かもしれない。もしかしたら創始者の自立した魔法がその二体を封印しているとかもあるかもしれないねぇ……ま、今のところ集めた資料は自立した魔法に対する考察くらいしか書かれていないからあくまで予想しかできないんだけど」
オウグスがてきとうな予想を付け加えると、アルムとベネッタの顔からさーっと血の気が引いた。
「ど、どうしよう……【原初の巨神】……こ、壊してしまったんだが……」
「ぼ、ボクも……核にばーんって魔法撃って壊しちゃった……」
「んふふふふ! 妄想みたいな会話だけど事実なのが笑えるねぇ!」
「まぁ、有り得てたまるかって話なんですが……事実なのがこいつらのこわいところですね」
オウグスは二人の様子に可笑しそうに笑い、ヴァンは呆れたような視線を向ける。
ヴァンはボサボサの頭を面倒そうに書くと、二人の不安を取り除くような事実を伝え出した。
「安心しろ、風属性創始者の自立した魔法【自由の白翼】はすでに破壊されてる記録がある」
「へ?」
「俺の……アルベール家に残ってる記録だから間違いない。アルベール家が魔法の発展を妨げると判断して当時の魔法使い達の協力の下破壊してる。当時魔法生命なんてもんの記録が無いところを見ると、たとえ自立した魔法があいつらに何か影響があったとしても一つ二つじゃ変わらないだろう」
「よかったー……っていうのもどうかと思うけど、よかったー……」
「……待てよ?」
アルムは呟くと、真剣な表情で顎に手を当てる。
その呟きはミスティ達やオウグスの注目も集め、アルムは何かに気付いたように顔を上げた。
「アルベール……もしかしてヴァン先生は創始者の……?」
アルムは気付く。風属性創始者の家名とヴァンの家名が同じなことに。
自分らしからぬ冴えた思考にアルムが驚きながらヴァンに視線を送ると、ヴァンは困ったように頬をかいていた。
「ああ、いや……別に子孫とかではないからな……?」
「あ、そうですか……」
どうやら冴えた思考などではなかったようで、アルムが気付いた家名の一致はヴァンに即座に否定された。
よくよく考えれば、アルム自身ヴァンの血統魔法をすでに見ていることに気付く。
本当に創始者の子孫だったのだとすれば創始者の血統魔法を継げばいい。創始者が存在したのは千五百年前……その歴史があれば四大貴族など目ではない。マナリルでの地位は何もせずとも約束されるだろう。
「あんたね……国王にもアルベールって名前ついてるでしょ……」
「あ……た、確かに……」
エルミラは呆れるようにアルムが気付いていなかった事実を突きつけ、
「アルム、アルベールという家名はまだ貴族以外からも魔法使いの才が目覚める可能性があった時代、王家の名前の一部を頂き、その名の威光によって貴族となるという考え方から当時人気だった家名なんですよ。ですから今でもアルベールの家名を使っている貴族が複数いらっしゃるんです」
「そ、そうなのか……」
ミスティからは親切にもこの国の歴史を教えてもらい、
「アルムくん、マナリル史の勉強あんましてないでしょー? 駄目だよー、魔法以外も勉強しなきゃー」
「うっ……! す、すまん……」
ベネッタには学生としての正論を説かれ、
「まぁまぁ、アルムは貴族じゃないんだからこれからさ。だろう? アルム?」
「そうだな……が、頑張ろう……!」
ルクスのフォローの爽やかさに救われる。
なんとも素晴らしい友人達に囲まれるアルムを見て、オウグスは自分には無い青春を感じながら指を指した。
「見てごらんヴァン。あれがこの国を何度も救ってる子の姿だよ……びっくりするくらい初々しいねぇ」
「今それ言われると信じられなくなるんで……」
いつも読んでくださったありがとうございます。
嬉しいことに再びレビューを頂きました!アゲハさん本当にありがとうございます!!




