378.お誘い
「ごきげんよう皆様、あなた方は帰郷期間をどうお過ごしになりますの?」
「……急に何?」
「言葉通りですけれど?」
アルム達が実技棟から学院の本棟に戻ると、本棟の入り口付近でサンベリーナが仁王立ちをしてアルム達を待っていた。その一歩後ろでは飴を舐めているのか、片側の頬を少し膨らませながらカラコロと音をさせているフラフィネが会釈をしてくる。
エルミラが、この人ずっと待ってたのかしら、と思いながらもサンベリーナからの質問に答えようとすると、
「具体的にはベネッタさん、どう過ごすのです?」
スイーツ好きの友人であるベネッタを何かに誘うとしていることを隠そうともしないサンベリーナの補足に、エルミラは言うのをやめてベネッタに視線を送った。
ベネッタは自分を指差すとサンベリーナが頷き、ベネッタはそのまま自分の唇に指を当てた。
「えっとー……今年はニードロス家が補佐貴族じゃなくなりましたし、家に帰ると家を継げ継げってお父様がうるさそうで、どうしようかと思っていたところですー」
「それなら、南部……ラヴァーフル領で過ごしませんこと? ご招待いたしますわ」
「え? ボクが行っていいんですかー?」
「勿論です。同じスイーツ好きの友人としてご紹介したいお店が南部にはいっぱいありますし、特に帰郷期間は夏ですから……おすすめしたいジェラートを扱っているお店があるんですのよ」
「じぇ、ジェラート……」
「それと私のオススメは花や果物の香りがするアイスクリームでしょうか。口の中で広がる花や果実を口に含んでいるかのような芳香は一口食べればもう虜……あのアイスは新しい世界を開く鍵と言っても過言ではありません!」
完璧なプレゼンですわ、という自信を表すかのように勢いよく扇を開くサンベリーナ。
ベネッタもサンベリーナのプレゼンにすっかり虜になっているのか、
「アイス……」
と呟きながら頭の中でその味と香りを想像しているようだった。
「今なら私オススメの飴を一つ差し上げますわ。これも南部のお気に入りのお店から送って貰ってますの」
サンベリーナは小ビンを取り出すと、その中に入っている飴を一つベネッタの手に落とす。
それは駄目押しのつもりなのかわからないが、フラフィネが飴を口の中でカラコロとさせている理由が判明した瞬間であり、フラフィネもこうして誘われたのだろうと容易に想像がつく。
「ちなみに、エルミラさんとその後ろにいらっしゃるアルムさんのご予定は? ミスティさんとそこのルクスという男は四大貴族なので自領に戻らないといけないでしょうが……そこのお二人はガザスでの縁もありますから、ついでに招待して差し上げてもよくてよ」
ベネッタが想像している間に、サンベリーナはアルムとエルミラの予定も聞いてくる。
ついでに、と正直に言ってしまっているがこれもサンベリーナなりの気遣いなのだろう。
「ありがたいが、俺は無理だ。もう予定がある」
しかし、アルムは申し訳なさそうにしながらも即座にサンベリーナの誘いを断った。
隣のミスティは頬を染め、心なしか下を向いて顔を伏せている。
「あら、カレッラとかいう村に戻りますの?」
「いや、ミスティに誘われて北部に行く予定なんだ。ミスティは仕事があるから、俺は後から合流して数日だけなんだが、南部に行っている時間は流石に無いと思う」
「へぇ……仲がよろしくてなによりですわ」
「うわぁ……大胆だし……」
感嘆の声とともにサンベリーナとフラフィネの視線が突き刺さり、ミスティは二人の事が直視できず頬を赤らめながら目をそむける。
ルクスとエルミラ、そしてベネッタはすでに知っているので反応を示さなかったが、言うまでもなくすでに色々とからかわれた後である。
「アルムさん、あなた夜道に気を付けたほうがいいですわよ?」
「みんな何でそんな夜道にこだわるんだ……?」
「……何のお話ですの? まぁ、夜って色々と都合がいいからではなくて?」
「そうか……」
「ではあなたは? エルミラさん?」
噛み合っているような噛み合っていないようなアルムとの会話を終えて、サンベリーナはエルミラに改めて問う。
「家に帰る気は無いから去年と同じでベラルタに残ろうと思ってたけど……」
「あら、では丁度いいですわね。ベネッタさんと一緒においでなさいな」
「うーん……」
エルミラは恥ずかしそうに顔を俯かせるミスティを肩越しに見てから、隣のルクスをちらっと見る。
「ベネッタ、ベネッタ。そろそろ戻ってこないと淑女としてあるまじきものが口から流れそうだよ」
「はっ! ご、ごめんルクスくん……今ボクの頭の中でジェラートとアイスの大群がお花畑から攻めてきててー……」
「たくましい想像力で何よりだけど……はいハンカチ」
「お、お恥ずかしい……ありがとー……」
そしてすぐにサンベリーナに視線を戻した。
「…………ま、考えとくわ」
「そうですか、気が向いたらいつでも私に言ってくださいな。飛び込みの客人の一人や二人をもてなすくらいこのサンベリーナ・ラヴァーフルにかかれば余裕を通り越して日課ですわ」
「日課的に誰かをもてなしている人間に見えないんだけど……まぁ、ついでとはいえ誘ってくれた事に関しては礼を言うわ」
ちょっとむかつくけど、と心の中で付け足しておく。
金持ち貴族への嫉妬五割、金持ち貴族への苛立ち二割、誘いへの感謝二割、そしてもう一割あるほんの少しの期待を含めての心模様は顔には出さないエルミラなのであった。
「答えを急いでいるわけではありませんので、ベネッタさんもエルミラさんもいつでもこの私にお声がけくださいな。まぁ、南部のスイーツ巡りをできる機会な上に私の誘いを断るなんてことはないでしょうが」
「今アルムっちに断られてたし……」
胸を張り、自信に溢れたサンベリーナをじとっとした目で見ながらフラフィネが言うと、サンベリーナは扇を閉じながら鼻息を鳴らす。
「先約がありましたのでノーカウント! ですわ!」
「さっきグレっちにも断られてたし……」
「グレースさんは……断られたのではなく無視されただけなのでノーカウントにしておきましょう」
「サンベリっち滅茶苦茶だし……」
「ベリナっちとお呼びなさいな」
何を言っても自信を失わないサンベリーナ。
呆れたようなため息が自然とフラフィネの口から漏れた。
「無視?」
だが、アルムにはほんの少しだけ違和感があった。
「ええ、お声がけしたら私のほうに視線を送ってすぐにどこかへ行かれてしまいまして……」
「グレースが……?」
アルム自身、同じ寮なだけでそこまでグレースと親しくないのはわかっている。
それでも、知人の声掛けを無視するような少女だとは思えなかった。
初対面の、しかも名前すら覚えていないような自分と帰り道を同じにするような少女が知人を無視するだろうか?
「ええ、まぁ、人間ですし、不機嫌な時はあるでしょうから私は気にしていませんが……お誘いできなかったのだけが残念ですわね」
「無視されても誘うって……態度だけじゃなくて心も広いのね」
「ええ、私はネレイア海のように全てが大きく広い人間なので」
「皮肉も通じないから無敵ねあんた……」
「それが私ですもの」
感心せざるを得ないサンベリーナのぶれなさを実感したところで、ミスティが前に出てくる。
染まった頬が元に戻ってる辺り、恥ずかしさの世界からは帰ってこれたようだ。
「サンベリーナさん、私達そろそろ……」
「あら、引き止めてごめんなさい。何か用事がありまして?」
「はい、少し……」
そう、アルム達が学院の本棟に戻ったのは何も自分の鞄を取りに来たわけではない。
「学院長室に用事があるんです」
ゆるりとした日常の空気を満喫してはいるものの、アルム達の頭の中には時折ちらつく影がある。
それは幾度となく対峙し、打倒してきた敵。後手に回らざるを得なかった状況から一歩前に進むべくマナリルは今動いている。
アルムの師匠――サルガタナスが遺した遺言を手掛かりに。
いつも読んでくださってありがとうございます。
飴はどうしても舐めているうちに最後噛んじゃうらむなべです。




