377.夜道に気を付けろ
ガザスから帰国してから一月ほど経ち、夜気に紛れていた冬の気配が完全に消えた頃。
今年も帰郷期間が近付く中、アルム達はベラルタ魔法学院での日常を過ごしている。
この一月の間にマナリル国王カルセシスとガザス女王ラーニャの間では復興の支援を条件に、酒呑童子によってガザスが得ていた常世ノ国と魔法生命の情報、今日までにガザスが掴んだカンパトーレの動き、更には大嶽丸との戦闘で鬼胎属性がもたらした被害や恐慌に陥った人間の状態の詳細な報告などを引き渡す取引がされたりなどがあったが……そのほとんどはまだ学生であるアルム達が関わることなく終わっていた。
アルム達が関わったのは完成した称号がガザスから送られてきた時くらいだろうか。
ラーニャが作らせた称号である"国境無き友"という称号を使者として来たエリン・ハルスターがアルムに贈った際、流石のカルセシスも目を丸くしていたのはミスティ達の記憶にも新しい。
「ふう……」
「……どしたの?」
実技棟を一つ借り、エルミラとルクスが魔法の撃ち合いをしている中、ルクスに若干の疲れが見えていたことにエルミラは気付き、魔法の"変換"を止めた。
ルクスから飛んできた雷属性の矢を強化された拳で弾くと、ルクスに小走りで駆け寄る。
「いや、最近なんか体がだるくてね……今日も少し体が重いんだ」
「風邪?」
「咳は出ないんだけどね……もしかしたら引き始めなのかもしれない」
「最近あったかいからって体冷やすんじゃないわよ? とりあえず体を温かくしとけば大抵の病気は大丈夫になるんだから」
「うん、ありがとうエルミラ」
「うつされるのが嫌なだけ……というか調子悪いなら無理しないでよ。練習相手ならあそこにもいるわけだし」
エルミラが二階の観客席のほうに目をやると、順番待ちをしているようにアルムとミスティ、ベネッタの三人が座って何かを話している。
ベラルタ魔法学院は実力重視のために各地の依頼を解決する実地や魔法儀式による模擬戦を繰り返し、生徒達に経験を積ませ続けて生徒達を成長させるのだが……経験を積んだ結果、測定用の魔石を用いた実技の授業では訓練にならない生徒達が現れ始める。
測定用の魔石を、本当に測定用でしか使えなくなるほど実力を持つ生徒達はこうして実技棟を借りて、魔法儀式未満練習以上の訓練を行うのである。
「エルミラの相手は僕がしたかったから」
「はいはい……じゃあ少し休憩する?」
「うん、悪いね」
備え付けられた階段を使うことなく、エルミラとルクスの二人は強化で上がった身体能力に任せて観客席へと飛び上がる。
「あはは、ルクスもそうやってくるのね」
「どういう意味だい?」
「私やアルムの微妙に雑な性格がうつったんじゃない? 色んな意味で貴族の鑑みたいなお坊ちゃんだったのに」
「そうかな……? まぁ、僕はそういうのうつされても嬉しいかな」
「……風邪の話じゃないわよね?」
「さあ……?」
何よその返し、とエルミラがぼやきながら座ると、アルム達が声をかけてくる。
「二人にしては早いが、どうしたんだ?」
「ルクスが調子悪いっていうからちょっと休憩」
「ルクスくんがー? 大丈夫ー?」
「うん、少しだるいだけだから問題ないよ。今日は早く寝ることにする」
「うふふ、エルミラは少し消化不良みたいですね」
「そりゃね、魔法儀式の戦績抜きで格上と相手できるなんてチャンスだもの……あんたらは何の話してたの?」
エルミラの問いにアルムとミスティは顔を見合わせると、ベネッタのほうに視線を送った。
ベネッタは何故か照れがちな笑いを見せながら頭をかいていた。首元で切り揃えてショートボブにした髪がふわふわと跳ねている。
「ベネッタがタトリズ魔法学院のセーバさんと文通をしているらしく、差し支えない範囲でどんなやり取りをしているかお聞きしていたんです」
「ええ!? まじ!?」
エルミラも知らなかったのか、驚いた様子でベネッタに詰め寄る。
ベネッタは改めて確認されたことに照れながら頷き、そのまま目を伏せた。
「う、うん……で、でも書いてあるのはただの近況報告だからー……シャファクの復興の具合とか、マルティナさん達が頑張ってるとかー……」
「そりゃ検閲もあるんだから近況報告を書くしかないでしょうよ! あんた宛の時点で普通にアプローチしてきてるじゃない!」
「で、でも外国のお友達とお話したいだけかもしれないしー……」
「いやいや、ガザスでのこともあるし――」
「まぁまぁエルミラ、受け取り方はベネッタ次第だよ」
「うっ……そ、そうね……確かにそうだわ……」
ヒートアップしかけたエルミラをルクスが宥め、ベネッタもどう捉えていいものか悩んでいるかもしれないと気付いて言葉を引っ込めるも、
「な、なんかあったら教えてよ?」
「あはは、わかったー」
やはり友人の、しかもベネッタに訪れた色恋の気配は気になってしまうのか、こっそりと耳打ちしていた。
ベネッタからの照れ笑いを頂くと、エルミラはわざとらしい咳払いを一つして話題を変える。
「手紙といえばアルムって手紙とかでやり取りしたことあるの?」
「やり取りは無いな……カレッラにはそもそも手紙が届かないからな」
「山奥だし、普通の人じゃ入っていけないもんねー」
カレッラは山奥に存在する村とすらも言えないような場所だ。
平民の郵便馬車では当然入っていけるわけもなく、いけるのは貴族の使者くらいなものだろう。
そもそも、ベラルタに来るまでカレッラ以外に行ったことのないアルムには手紙を送り合うような知り合いもいないのだ。
「ああ、だけど、ベラルタに来てから手紙は何度か貰ってるんだ」
「どなたからだったのですか? シスターさんからでしょうか?」
「いや、差出人が書いてなくて誰かはわからないんだ。寮の扉の前とか隙間から投げ入れられたりしてるんだが、夜道に気を付けろ平民、って心配してくれるような手紙を貰った」
明らかに心配の意味ではない手紙の内容にエルミラは悩ましそうに額に手を当て、ルクスとベネッタは苦笑いを浮かべる。
差出人不明でその内容だとすればどう見ても善意の意味ではない。ベラルタにおけるアルムの立ち位置を考えれば脅迫であり嫌がらせなのは明白である。
「いや……あのねアルム、それは心配だからとかじゃなくて……」
「まぁ! 親切な方がいらっしゃるんですね!」
「ちょ、やめてミスティ。あんたまでボケにまわらないで。アルムで手一杯だから」
「あははは!」
「笑ってんじゃないわよベネッタ!」
言いにくそうにエルミラが真実を伝えようとすると、珍しくミスティの天然が畳み掛けるように合わさり、話がややこしくなり始める。
ミスティのお嬢様具合を思い出させるような発言を止めさせ、エルミラは改めてアルムに届いた手紙の意味を説明した。
「い、嫌がらせだったのか……いい人がいるもんだと保管してあるぞ……」
「あんたは基本嫉まれるポジションにいるってことを自覚しなさいよね……みんなミスティやルクスにびびって直接かかわってこないだけなんだから」
中々に衝撃だったのか目を見開いて驚いているアルム。
これを見ると誤解したままのほうがよかったかもとエルミラは一瞬思うも、嫌がらせされている事を自覚していないのも危ないのも事実。
アルムは世間知らずなのだから少しは危機感を持たせるべきなのであるとエルミラは自分に言い聞かせる。
「じゃ、じゃあエルミラ……その後届いた、お前の歩く場所全部夜道にしてやる、って手紙も……?」
「なにその遠回しで壮大な脅迫!? 絶対同じやつが書いてるでしょ!?」
「そこまでいくとちょっと面白いな……いや、嫌がらせだから面白がるのもいけないんだけども」
「嫌がらせの世界にも色々な言い回しがあるんですのね……」
「ねー、ボクはそんなの貰ったことないけどー」
いつも読んでくださってありがとうございます。
第六部『灰姫はここにいる』更新開始です。
更新開始とともに、先月頂いたレビューのお礼を後書きに書いていなかったことに気付き青褪めていたので、ここで改めてお礼とお詫びの二つの意味での謝意をさせて頂きます。
GPさんお礼が遅れて申し訳ありません。そしてレビューありがとうございました!




