番外 -私のお友達-
皆さんこんにちは。私、フレン・マットラトと申します。
マナリルの東部に領地を持つマットラト家の次女で魔法の才能はそこそこ。お母様譲りの桃色の髪と瞳が自慢で、今年ベラルタ魔法学院に入学した新入生です。
入学したばかりで同級生のほとんどは魔法儀式を前に自分の情報を抜かれまいと警戒していて、ギスギスした雰囲気で少し息苦しくもあり……実力重視のこの学院で私なんかが生き残れるのだろうかという不安もあるものの、なんとか今日まで過ごすことができています。
そんなしがない下級貴族である私の今の癒しはやはり……新しく出来たお友達でしょうか。
「おはようございます。ミスティ様」
「おはようございます。ロベリアさん……そちらの方はお友達ですか?」
「はい、この学院に来てから知り合った子です」
涼しい風と春の陽気が気持ちのいい朝。
学院の門の前で注目を集めながら立っていたミスティ様に私を紹介してくれたのが新しく出来た私のお友達ロベリア・パルセトマちゃん。
薄い紫の髪と瞳がとても綺麗で美人なかっこいい女の子であり、四大貴族パルセトマの家名を持つ貴族でもあります。
私が相手してもらえるか怪しい四大貴族の方で、入学当初は予想通りといいますか想像通りといいますか周囲を寄せ付けない雰囲気でしたが、とある時から柔らかい雰囲気に変わり、私相手にも気さくに接してくれるようになりました。
あんなに格下とか関わりませんみたいな雰囲気だったのに一体何があったのでしょう? 入学したばかりで緊張でもしていたのでしょうか?
え、なにそれ、そうだったら可愛い……。
「フレン……?」
「はっ……!」
いけない! ついロベリアちゃんの可愛さを想像してしまっていました!
ロベリアちゃんの顔に泥を塗らないよう、丁寧にそれはもう丁寧にミスティ様にご挨拶をしなければ!
「フレン・マットラトと申します。お会い出来て光栄です、ミスティ様」
「マットラト……」
ミスティ・トランス・カエシウス。古い国の王族の血筋であり、王族以外で唯一名前を三つ持つことを許されたこの国最高の貴族カエシウス家の次女にしてカエシウス家の次期当主。当然、ベラルタ魔法学院に通わなければ私なんかが接する機会の無い御方だ。
そんなミスティ様は間近で拝見すると嘘のような美しさで、一瞬見惚れてしまう。
小柄なお身体ながらその存在感は際立っており、淡い水色の銀髪は朝日で煌き、宝石を髪にしたかのよう。瞳は海のような深い青をされていて、肌はさながら透き通った氷がごとき美しさでした。
「どうかされましたか? フレンになにか……?」
「いえ、なんでも。お二人とも学院生活はどうですか?」
「はい、うちは何とか慣れてきました。魔法儀式を警戒してるせいか若干寮とかはピリピリしてますけど……」
「入学したばかりですものね、私達の時もそうでした。誰かが魔法儀式をし始めると我先にと皆さん開放的になったりしますから、もう少しの辛抱だと思います」
「ミスティ様に魔法儀式を挑む方とかいらっしゃるんですか?」
「勿論です。この学院はやる気に満ちた方々ばかりですから」
「……負けた事とかあったりするんです?」
「ロベリアさんはどう思いますか?」
「いや、そこはその……他の家の手前ノーコメントにさせてください……」
「うふふ」
私からすると信じられない光景だあの四大貴族のお二人が私の前で会話していらっしゃる。
二人の美少女が目の前で……なんという眼福。この学院に入ってよかったなぁ……。うふふふ。
「今日はお兄さんはご一緒じゃないんですか?」
「兄貴は隙あらば一緒にとうざいんで……登校する時はいっつもフレンと……フレン? フレン?」
「はっ……! ご、ごめんねロベリアちゃん!」
いけない! あまりの幸せに意識が飛びかけていた。
よだれ出てないかな。……よし出てない。危ない危ない。
「寝ぼけてる? 昨日寝れなかったん?」
「ううん、大丈夫! ミスティ様もお話を遮ってしまってごめんなさい!」
「構いませんよ。体調が悪いようでしたら無理はなさらないでくださいね、環境が変化して大変な時期だと思いますからお気をつけて」
優しいいい! え? 四大貴族って才能だけじゃなくて人柄まで完璧なの!?
微笑みかけてくれるミスティ様に私はついふらっとする。私の中の汚い貴族像が浄化されていくみたい。
本当に余裕がある方は違うのね……! ずるい! 可愛い!
「そういえば、ミスティ様は門の前で何を……?」
「え? ええと……その……」
ロベリアちゃんが聞くと、今まで堂々としていたミスティ様が何やらお困りのようだった。
言われてみれば門の前で何をしているのだろうか? 門の前なのだから当然といえば当然だけど、目と鼻の先に学院があるというのに何で中に入らないのだろう?
「おはようミスティ」
そんな時、大通りの中からミスティ様の名前を呼ぶ方が歩いて来た。
「おはようございますアルム。あら、エルミラはご一緒じゃないんですか?」
「ああ、寝不足だったのか何か寝ぼけてた……目閉じながら歩いてたぞ」
「うふふ! もう……エルミラったら……」
その人はこの学院では誰もが名前を知っている人だった。
この国では珍しい黒髪と黒い瞳を持ち、それ以外には特徴が無いというのにこの学院でミスティ様と並んで目立っている生徒。
貴族界隈でも度々話題に上がる謎の平民アルム……さん。
入学早々オルリック家のルクス様を決闘で下し、マナリルの領土を変えかねなかったカエシウス領で起こった事件を解決、さらには今マナリルで問題となっているカンパトーレの魔法兵器の破壊に貢献し続け、王家から勲章まで授与されている嘘みたいなお人。
マットラト領のカレッラという村出身らしいのだけど……領主の娘である私ですらカレッラって聞いたことありません。何処にあるんでしょうかその村。
私の疑問はともかく……私達の前で会話する二人は傍から見て仲睦まじいの一言に尽きる。
特にミスティ様の頬はほんのり桜色になっており、私達に向けていた微笑みとは違う気を許した笑顔を見せていて破壊力は抜群という他ありません。
「あ、アルム先輩……。おはよう、です」
「おはようロベリア」
先輩?
私はロベリアちゃんがアルム……さんを先輩と呼んでいる事に驚いた。
「い、いい天気っすね……」
「ああ、いい天気だな。そうだ、この前のお礼をしたいんだが……」
「え? いいっすいいっす! あれはうちなりのアルム先輩へのケジメというかですね……!」
「いや、だが……」
「本当に大丈夫ですから! お互い様ですお互い様!」
「なら今度ご飯でも奢らせてくれ。俺が奢れるものなんてたかが知れてるから俺の自己満足かもしれないが」
「そ、そんな事ないっす! その……喜んで!」
ロベリアちゃんの態度がいつもと違う。
真っ直ぐと見られているのが恥ずかしいのかあちこちに逸らしている目。
もじもじと忙しない両手。
そして先輩という呼び方。
ミスティ様に見せているようなしっかりとしたロベリアちゃんでもなければ、お友達の私やお兄さんの時に見せるような言葉遣いが荒可愛いロベリアちゃんでもない。
誰かこのロベリアちゃん記録用魔石に映像として残していませんか? お父さんのへそくり全部あげるので買い取らせてください。
「隣の人は……?」
「あ、うちの友達です。 最近学院に行く時は大体一緒で……」
「ロベリアの友達か。アルムです、よろしく」
「……」
「フレン? なんでうちのこと見てんの?」
「はっ……! し、失礼致しました。フレン・マットラトと申します。以後お見知りおきを」
危ないです。つい私の脳内に記録しなければとじっと見過ぎてしまいました……。
くう……記録用魔石の希少さが口惜しい。オルリック家かラヴァーフル家あたりが早く流通させてくれないでしょうか。
「アルム、そろそろ時間になってしまいますわ」
「ああ、そうだな。じゃあ二人ともまた」
「は、はい!」
ミスティ様に促されてアルム、さんとミスティ様のお二人は学院の中へと入っていく。
そんなお二人の背中に私は一礼して見送った。
「エルミラ間に合うんだろうか……」
「教室の扉を、セーフ、と言いながら開ける姿が目に浮かびますね」
「ははは、確かに……」
そんな会話をしながらお二人は並んで本棟のほうへと歩いていった。
さっきの会話から察するにミスティ様はどうやらお友達のアルムさんを待っていたようですね。
「ふう……緊張したぁ……」
平民と四大貴族という並びも凄まじいですが今は置いておくことにして、やはり私が気になるのはロベリアちゃんのほうです。
まさか、まさかとは思いますが……いや、そんなこと有り得るはずがないとは思うのですが、先程のロベリアちゃんの様子から聞かないわけにはいかないでしょう。
「あのね、ロベリアちゃん」
「ん? なに?」
「間違ってたらごめんね? ロベリアちゃんってもしかしてアルムさんの事……」
「ふぇ!? ち、違う違う! 全然そういうのじゃないから! ただ、その……」
「ただ?」
ロベリアちゃんは恥ずかしそうに目を伏せて、困ったようにその綺麗な薄い紫の髪を自分の指でくるくると弄り始める。
少し考えたかと思うと、
「尊敬、はしてるっていうか……認めてほしいっていうか……その、先輩って呼びたくなる人っていうか……だから、えっと……な、なんだろ? ねぇ、フレン? これって何なのかな……?」
そう言って、上目遣いで逆に私に聞き返してきた。
ああ、ロベリアちゃんが世界一可愛い。
私は抱きしめたくなる衝動を何とか抑えて、鼻血を出すだけに留めるのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エルミラはセーフでした。




