番外 -あなたじゃない-
本当に……厄介なことだ。
理性ではわかっているけど、どうしようもない。
私エリン・ハルスターは完璧な女性やら、ハルスター家の才女やら周囲に持て囃されたりするけれど……全ては過分な評価。
感情的で色々な物事を割り切れるような性格ではないから、理性でわかっていながらも平気でひどい事を考えられる人間なのだ。
「確認します。名前はアラタ・ヤマグチ。ガザス入国の記憶は無く、あるのは常世ノ国での記憶だけ……間違いありませんね?」
「はい……」
シャファク王城の尋問部屋。
窓も無く、ガザスでは珍しい何の装飾も施されていない部屋で私はとある男と対面している。
私は後ろに立っている補佐官に視線を送った。補佐官の瞳には感知魔法によって魔力光が輝いており、私の対面に座る男をじっと観察してくれていた。
「魔力に揺らぎはありません。嘘はついていないかと」
「間違いないですか?」
「はい、少し緊張はしているようですが……それは単にこの状況によるものでしょう。エリン様の結界に反応が無いようでしたら感知魔法に対する魔法も行使していないでしょうし、間違いはないかと」
「ええ、私の結界にも反応はありません……どうやら本当のようね」
私の対面に座る男はシュテン……と同じ姿をしているアラタという男だった。いや、正確にはシュテンがこの男の姿をしていた、か。
魔法生命は最初から人の姿をしているわけではない。異界から来たばかりの彼らには実体を持てるほどの力は無く、この世界での楔になる宿主が必要になる。
魔法生命は力を取り戻すと宿主の人格を侵食して肉体の主導権を奪うのが普通だが、稀に共存したりもするという。一つの体に二つの意識があるために、共存できるのは本当に稀でよほど相性がよくないと出来ないそうだ。
基本的には宿主の人格を乗っ取るしか選択肢が無い。
……まぁ、全てシュテンの受け売りですけどね。
つまり、目の前の男はシュテンの宿主だった男というわけだ。
シュテンが死んだ事で侵食されていた人格が元に戻ったが、シュテンの時の記憶はほとんど残っていないらしく、私や陛下の顔すら覚えていない。
「魔法生命の情報については知っているのですね?」
「はい……常世ノ国での実験などは……ですけど、詳しい情報は持っていません。僕は宿主にされてから家でほとんど幽閉されていましたから」
「幽閉?」
「常世ノ国では結構よくある事でして……有望な跡継ぎは家に閉じ込められたり、自主的に閉じこもったりするのです。閉じ込もる事情は家に寄りますが、魔法による儀式を行ったり、その……」
アラタは言いにくそうに言葉を止めて、私から目を逸らした。
シュテンだった時ならば、こんな事はしない。あいつはずばずば言う性格だったし、良しも悪しも隠さない。
こうして対面していると、本当に何もかもが違う。
シュテンの時は上品ですらりとした体格に落ち着いた表情をしていたが、目の前の男は敵地という状況のせいもあっておどおどとしている。落ち着きも無い。
本当に、目の前の男はシュテンではないのだなと思い知らされるようで少し……辛い。
「言いなさい。常世ノ国の大体の事情はあなたに宿っていた魔法生命から聞いています。今はただ事実確認をしているだけですから」
「……っ。その、人体実験を繰り返す家が……検体であり跡継ぎにもある子供を逃がさないようにと……」
「あなたもですか?」
「いえ、僕は閉じ込められていただけで……」
私がもう一度補佐官に視線を送ると、補佐官は頷いた。
どうやら嘘はついていない。
魔法生命や常世ノ国の情報についてはシュテンから聞いている。シュテンも常世ノ国の情報などは宿主の知識から引っ張り出していると言っていたから、この男から得られる情報はほとんど無いだろう。
「わかりました。あなたは今後、ガザスに監視されながら生きていくことになります。緊急時以外の魔法の使用の禁止や移動制限を課してこの国の平民として生活し、時には情報源としてガザスへ常世ノ国や魔法生命の情報提供を行う事。よろしいですね?」
「……はい」
「……不自由な生活とまではいきませんが、それなりに制限されるというのに……随分聞き分けがいいですね?」
「ああ、その……僕に宿っていた魔法生命に少し、教えてもらっていたので……」
「記憶が無いという話でしたが……?」
「その、常世ノ国にいた時です。僕の魔法生命はなんというか正直で……近々常世ノ国は滅ぼされ、俺達は常世ノ国を出ると打ち明けてくれたんです……だから故郷に戻れない事は、わかっていたというか」
「そう……ですか」
不意に、アラタの口からシュテンの気配を感じさせられて言葉に詰まった。
「僕の人格を乗っ取ってしまうことも、事前に教えてもらっていて、彼はすまないとも言ってくれました。だから、僕は死ぬんだなと常世ノ国ですでに覚悟をすませていたんです」
「……」
「家に幽閉されていた時も暇を潰すように僕の話し相手になってくれて……」
アラタは思い出すかのように包帯の巻かれた首元を触る。そこはシュテンが死んだ時に出来た傷があるところで、シュテンの核があった場所だった。
「なんというか、こんな事言うのもあれというか……魔法生命の被害に遭った国の人に言うべきではないんですけど……」
「……」
「いい人、だったんですよね……こうして生きて思い出せるような状態になってようやくそう思えます」
申し訳なさそうに笑うアラタに、私は少し唇をつぐんだ。
余計なことを口にしないように。
「……あなたの監視を担当する方は後程決定します。しばらくは軟禁状態が続くと思いますのでご理解を」
「わかりました」
「部屋に案内してあげてください」
「了解です。アラタさんこちらへ」
補佐官に案内されて、アラタは尋問部屋を出ていく。
どうやら逃げ出す気もないようで、ぺこぺこと頭を下げながら大人しく指示に従っていた。
常世ノ国の貴族であったようだが、常世ノ国が滅んだ事を知っているからかそんな肩書が意味を為さないことを理解しているのだろう。
聞き分けもよく、自分の置かれた状況も把握できている賢い男とみていい。
「……」
それが、なんだっていうのよ。
「……っ!」
一人になった尋問部屋で、そう言いたくなるのをぐっとこらえた。
私は出来た人間じゃない。
だから、平気でひどい事を考えられてしまう。
シュテンが生きていたらどれだけよかっただろう。
宿主の人格など、二度と出てこないほうがよかった。
あのまま……シュテンのままその体を弔えたらこの気持ちもはっきり整理できたのだろうか。
宿主だったあの男がどれだけの善人であろうと知ったことじゃない。
あの男の話を聞けば、シュテンが宿主を生かそうとしていたのはすぐにわかる。
きっと自分が死んだ後に宿主が迷わないように宿主に全てを伝えていたのだろう。故郷ではない場所で生きることを割り切らせるために。
でも……それでも思ってしまう。
あの宿主の男より、シュテンが生きてくれたらよかった。
最低な考え方なのは知ってる。でも、そう思ってしまう自分がいる。
「いい人だった……って?」
一人なのをいい事に、私は涙を隠さなかった。
私の瞳から溢れるものが机を濡らしていく。
いい人だったなんて……そんなの、知ってるわよ。あんたなんかよりも絶対に知っている。
だから私はシュテンに生きていて欲しかった。
人間である私よりも人間が好きだったあの鬼に、ガザスで生きていて欲しかった。
そして願わくば――
「当たり前じゃない……! そうじゃなきゃ好きにならないわ……!」
願わくばずっと……私の隣にいて欲しかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
嫌な考えだとわかっていてもそう思いたい時があったりします。




