375.戦った者
「ネロエラ! フロリア!」
「お疲れ様みんな」
シラツユとラーディスの二人と一旦別れると、アルム達はネロエラとフロリアが寝かされている部屋に飛び込んだ。
二人はまだ無理な移送とカンパトーレの魔法使いとの戦闘での傷が響き、安静を余儀なくされている。
ネロエラとフロリアもすぐにアルムの目の下が赤く腫れていることに気付いたが、それには触れない。
「ラーニャ様からアルムくん達が全部終わらせたって聞いたの。流石って感じね」
「なにいってんの。今回あんた達も凄かったでしょ」
「私達もお二人がどれだけ私達の助けになってくれたかを聞いていますよ」
ミスティがそう言ったのを聞き、フロリアは照れたように頭を掻く。
補佐貴族でなくなったとしても、フロリアがミスティを信奉し、憧れた人物であることに変わりない。
「ミスティ様にそう言って貰えるなんて……あ、でも一番頑張ったのはネロエラですよ」
喜びを隠しきれないにやけた顏のまま、フロリアは隣で眠るネロエラのほうを指差す。
アルム達の視線が一斉にネロエラに向いたことに恥ずかしくなったのか、ネロエラはごそごそと体を下にずらして顔をベッドの中に隠した。
「ネロエラってばもう……手足ボロボロの癖に器用なんだから……」
「まだ治癒魔法終わってないのー?」
「そりゃガザスの人達優先だから……最低限のはしてもらったけどね」
「じゃあボクがやってあげるー、ネロエラちょっと手足のどれか出してー」
ベネッタがネロエラのベッドに駆け寄ると、ネロエラはそっとベットから足を出す。
(ハムスターみたい……)
ベネッタはそんな事を思いながら微笑み、その出てきた足に治癒魔法をかけ始める。
「ネロエラ」
ベッドの中でアルムの声が聞こえ、ネロエラはびくっと体を震わせる。
「ありがとう。本当に助かった」
潜り込んだベッドの中で聞こえるアルムの声に、ネロエラは顔だけをひょっこりベッドの中から出す。
「あー、ネロエラは今筆談できないから……」
「ま……」
フロリアがネロエラは今話しにくいと伝えようとすると、ネロエラのほうから小さく声が聞こえてきた。
その聞こえてきた声に部屋にいた全員の視線は再びネロエラに集まり、ベネッタも治癒魔法をかけていた手が一旦止まってしまう。
ネロエラの事情を知っているからこそ、この場にいる者全員が驚かざるを得ない。
全員の視線が集まる中、ネロエラは少し躊躇い、顔を赤らめながらもゆっくりと口を開く。
普段ならアルム達にすら見せない自身の白い牙をネロエラは見せていた。
「ま、任せてくれ……何度でも、助けにいく」
ネロエラは短く言い終わると、再びベッドの中に潜ってしまった。
微笑ましい様子とは裏腹に自信のこもった言葉は頼もしい。
「ありがとう、二人とも。また頼む」
アルムはもう一度お礼を言った。
自分達を助けるために疾走してきた友人達に。
「結局、私達は何もできませんでしたわね」
お気に入りの扇を勢いよく開き、サンベリーナは真剣な表情を隠す。
同じ席に座るのはヴァルフト・ランドレイト、フラフィネ・クラフタ、そしてグレース・エルトロイ。
今回の件にほんの少しでも関わったアルム達を除いた留学メンバーだった。
「ま、私に至っては逃げてただけだし」
「そんなことはありません」
自虐に等しいグレースの発言をサンベリーナが否定する。
「あなたは常に怪我人や避難する人につく選択をしただけのこと。重体になっていたエルミラさんを運び、ネロエラ・タンズークを護衛しながらのコルトスへの避難したことといい、あなたは逃げてなどおりません」
あの恥知らず達に比べれば勲章ものですわ、と付け足しながらサンベリーナは一瞬軽蔑の目の色を浮かべる。
恥知らずとは残りの留学メンバーの四人の内三人の事だった。アルム達やサンベリーナ達以外の四人の内の一人はただ大人しくしていただけだからよかった。
しかし、残りの三人は今回の件が終わったと知るや否やガザスの責任問題について抗議しようとしていたのだ。
引率であるヴァンとファニアに止められていたが、それだけでサンベリーナの怒りは治まらない。
無知な平民が騒ぐならともかく、まさか誇り高くあるべき貴族が他国、しかも友好国であるガザス相手にそんな恥知らずな抗議を行おうとしていたことにサンベリーナは腹を立てている。
それはマナリル王家がすることであって一生徒としてガザスに来た自分達がすることではないし、そもそもカンパトーレからの攻撃なのだから友好国である自分達の矛先はカンパトーレに向くべきだ。
今回の一件でガザスからの情報を円滑に得るためにも国交を強化すべきタイミングだというのに、そんな事もわからないのかという失望とそんな低レベルな連中が自分と同じ留学のメンバーに選ばれている事にサンベリーナはため息をつくばかりだった。
当事者だったがゆえに、今回の一件の中心にしたアルム達とその不甲斐ない連中を比べてしまう。
これでは下級貴族や没落貴族、そしてあの平民のほうが誇り高いではないかと嘆きたくすらある。
「足を引っ張らないだけ私達はましかもしれませんが……それだけであるのも事実」
「でもここはマナリルじゃないわけだし、サンベリっち気にしすぎじゃない?」
「ベリナっちとお呼びなさいフラフィネさん。それに……ここがマナリルだとして結果は変わっていたでしょうか?」
サンベリーナの問いに同じ席に着いた三人の口は開かれない。
もしここがマナリルだったら結果は違ったか?
ここにいる誰もがそうは思えなかった。戦うやつは戦って、逃げるやつは逃げただろう。
それほどに、今回の一件では圧倒的な個の力がガザスを襲っていた。
「彼らに比べ、力不足を痛感したのでは? 特に私とフラフィネさん、そしてヴァルフトさんは」
「……」
「……」
名前を呼ばれても二人は閉口したまま。
閉ざされた口は肯定の意味だった。
サンベリーナの言う彼らとは言うまでもない。
「だからこそ、何も出来なかった自分を誇りましょう」
「え?」
「ああ?」
サンベリーナの言葉は予想外のものだった。
フラフィネとヴァルフトはつい声が出てしまう。
「そうでしょう? 私達は何もしなかったわけではありません。本気で立ち向かい、そして何も出来なかった。これは私達の魔法使いとして足りないものがただ力不足という一点だけだったという事を示したのだと思いません?」
「サンベリっち……ポジティブだし……」
「だからこそ、出来なかっただけの自分を誇るべきなのです。相手がどれだけ強大であっても動く事が出来た自分がいることをまずは褒め称えましょう。私達が格上と戦うなどと、ベラルタ魔法学院に通っていてもまず経験できないことですから」
「いや、そりゃそうだけどよ……」
「ただ力不足を嘆くのではなく、力以外の素養があったという確信と経験はきっと価値あるものになりますことよ」
パチン、とサンベリーナは扇を閉じる。
隠していた真剣な表情はいつの間にか清々しさの残る笑みを浮かべていた。
「見ていらっしゃいカンパトーレ、そして魔法生命とやら。魔法使いの卵に無力感を味わわせるのがどれほどの成長を促すか……思い知らせてやりますわ!」
「要するに……悔しかったって話をしたかったわけね」
ぎくり、と。グレースに図星を突かれ、サンベリーナは再び扇を広げてその表情を隠す。
たった今した高らかな宣言とは裏腹な静けさにヴァルフトとフラフィネも呆れる。
「わかりにくいのかわかりやすいのか微妙なお嬢様だな……」
「サンベリっち強がりでもあるし……」
「強がりでなくては魔法使いは務まりませんわ」
今回の一件で味わった敗北。そして同級生の本当の実力、その精神。
魔法使いとして先を行く背中を見た経験は彼らにとっての糧となる。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今週中には第五部は終わりそうです。




