374.手にしていたもの
大嶽丸撃破後……アルム達は師匠と師匠の宿主を弔った。
別れを空に告げる時間は祈りそのもので、師匠がリクエストしていたシスターのシチューを食べながら明かすその日は夜が明けるのもアルムにとっては早く感じた。
その後、アルム達はヴァルフトの回復を待ってから王都シャファクへと向かった。すでに通信用魔石で大嶽丸の撃破をラーニャ達には伝えていたため、カレッラを発ったのは三日後だった。
アルム達からの報告を受けていたラーニャ達は歓喜し、全てが終わったことをすでに国中に通達していた。
占拠されていた水源近くの町シクタラスもタトリズ魔法学院学院長マリーカ・ヴァームホーン率いる部隊がカンパトーレの魔法使い達を殲滅して奪還したことがアルム達に伝えられ、大嶽丸によってもたらされたガザスの危機はほぼ去った。
大嶽丸の存在が消えたことで、大嶽丸の尾を踏まぬように領地で動かずに待つしかなかったガザスの各領主達も動き始め、カンパトーレが追撃できぬようにカンパトーレとの国境の警備を強化、感知魔法による密偵の排除などを行い始める。
ガザス国内は大嶽丸との戦いが終わった後のほうが目まぐるしく動き……これから復興の道を辿っていくことだろう。
そして大嶽丸という最大の危機が去ったことにより、コルトスへ避難していた王都の住民達、そして護衛の衛兵や魔法使い達は避難先のコルトスで休んだ後、順次王都シャファクへと戻り始めている。
今回一番の被害を被った彼らは疲労の色も濃かったが、危機が去ったという事実、そしてカンパトーレとの戦いに自国が勝利したという通達により安堵と笑顔が浮かんでいた。
「シラツユー!」
「皆さんお久しぶりです! わっ!」
「ボクもー!」
シャファクの王城ではコルトスを奪還したシラツユとラーディスが待機していた。
客人として旧居館に部屋を用意されており、廊下で待っていたシラツユとの久しぶりの再会にエルミラはその胸に飛び込み、ベネッタもそれに続いた。
「うふふ、しばらく見ないうちに甘えん坊になられたんですか?」
「何言ってんの、再会のハグなんて……普通じゃない」
「そうかもー……」
「……!」
二人の様子が少し寂しげなことに気付き、シラツユは両手で二人の背中を擦るように包み込む。
何かあったんだ。
二人の様子から魔法生命と関わりのあるシラツユはすぐにわかった。
「やあやあ、久しぶりだな君達。ここに勇猛果敢な次期トラペル家領主ラーディス・トラペルもいるんだ。一人くらいはこっちに飛び込んできてもいいのでは? 紳士な俺はしっかり受け止めるぞ?」
そんなしんみりとした雰囲気にいい意味でマイペースに割って入るラーディス。
エルミラとベネッタにとって少しばかりありがたい。
「ああ、ラーディスじゃん」
「ラーディスさんおひさー」
「お、お前ら……俺の言っている事は無視か……そしてそれが助けにきてやった学友への態度か……」
「気兼ねなく接することができるということですよ、坊ちゃん」
「シラツユ……気休めにもならんフォローはやめたまえ」
抱き合っている三人の横でラーディスがぽつんと寂しく立つ中、遅れてアルム達が歩いてくる。
「お久しぶりです、シラツユさん、ラーディスさん」
「久しぶりですシラツユ殿、それにラーディス」
「御無事でなによりです、ミスティさん、ルクスさん」
続いて再会したミスティとルクスの雰囲気も、どこか複雑そうなことにシラツユは気付く。
勝利とは別のところで、何か思う所があったかのような。
「お久しぶりですお二人とも」
「出た出た、ラーディスのこの変わり身」
「ボクはわかりやすくて嫌いじゃないよー」
「うるさいぞ下位貴族共」
隣でラーディスがエルミラとベネッタがああだこうだと言い合っている中……一番変化のあった知人とシラツユは対面する。
「アルム……さん……」
「久しぶりだな、シラツユ。ラーディスも。コルトスの件は本当に助かった。ありがとう」
それは違和感があるほどに、自然な声色で。
変わらぬ無表情であるはずなのに、今日までにどれだけ涙を流したのかわからないほど目の下が赤く腫れているシラツユの恩人――アルムがいた。
「君か……ふん、不本意だったが、シラツユが行くときかなくてな。助けにきてやったぞ」
「ああ、ありがとう。ロベリアとライラックも来てくれたらしいが……来てるのか?」
「いや、あのお二方がカルセシス陛下に報告する為にマナリルに帰ったよ」
ロベリアとライラックは全てが終わったと知らされた後、すぐにマナリルへと帰還した。
カルセシスへ直接報告しなければならないという都合もあるが、カルセシスが独断でガザスに私兵を送った事をマナリルの貴族からつつかれないためだった。
王族と貴族は決して全員が仲良しこよしというわけではない。当然、カルセシスを支持しない者もいる。
「非公式の護衛だが、俺達と違って明確にカルセシス陛下と繋がりもあるからガザスに滞在するとこじれる可能性もなくはない。平民にはわからない事情だ」
「そうか……ならベラルタに帰った後でちゃんとお礼をしないとな……」
「アルムさん」
「ん?」
シラツユはエルミラとベネッタから離れ、白い髪と紙に巻かれた白い布を揺らしながらアルムの前に立つ。
「シラツユ?」
「失礼致します」
そして一礼すると、シラツユはアルムの手を優しくとった。
ミレルで泣き崩れ、殺してくれと懇願していた自分が、アルムにそうしてもらった時のように。
あの日貰った優しさをほんの少しでも、返せるように。
「お久しぶりですアルムさん。あの時の恩をほんの少しだけ……返しに参りました。私が受けた恩に比べれば些細ではありますが、あなたが助けたシラツユとラーディスというあなたの友人が恩義を感じ、あなたの力になりたいと思い続けているという事を覚えておいてくださいますよう」
「恩返しなんて必要ないよ。あの日俺を動かしたのはお前だシラツユ」
「いいえ。いいえ。それは違います」
シラツユは強い意志を持って首を横に振る。
「私を助けたのはあなたですアルムさん。あの日、あの場にいた私を、他の方々を動かしてくださったのはあなたなんですよ。まるで当たり前のように助けようとしてくれたあなたに……私は恩返しをしたいのです」
アルムはその言葉にどこか既視感を感じた。
最近、同じことを言われた気がすると記憶を探ると……そう、ウゴラスという人に言われたのを思い出した。
自分がカレッラを出る前に、カレッラに迷い込んできたガザスの魔法使い、もう会えない人のことを。
"いいや、それは違う。私を助けたのは君だよアルムくん……君なんだ"
傷を治したのは師匠だったのに、頑なに自分が助けたと言い張っていた人だった。
それだけは譲れないというかのような言葉の意味は聞いた時にはわからなかった。けれど、同じことを目の前でシラツユは言っている。
アルムは手を握られながら隣にいるミスティとルクス、そしてシラツユの後ろにいるエルミラとベネッタに順番に視線を向けた。
四人ともが、シラツユの言葉を肯定するように頷いている。
「……っ」
ようやく、頑なに言い張られた意味を知った気がしてアルムの視界が滲んだ。
自分の在り方はとっくの昔に周りの人に肯定されていて、魔法使いにと歩んできた道は、もう誰かにとっての救いになっていたんだと思い知らされて。
自分が選んだ人生と、この人生を送れるようにしてくれた師匠への感謝が涙となって溢れてきた。
自分の生き方の中にずっと、師匠の願いがある。そう思えた。
「ありがとう、シラツユ」
「はい、アルムさん」
零れていく涙の中、アルムはシラツユの手を握り返す。
シラツユは応えるように優しく微笑んだ。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エピローグまで後三話!です!




