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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ

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373.忘却のオプタティオ14

 見せられた景色は世界で一番綺麗だった。

 ゆっくりと回るアルム。アルムに抱えられている私にとっては、ちょっとした旅をしている気持ちになる。

 ずっと見ていた白い花園。この子と出会った思い出の地。

 景色が変わりながらも私という現実は希薄になり、幻想へと還っていく。

 サルガタナスというカタチはすでに、崩れた積み木のようだった。後は残骸が順番に消えていくだけ。

 それでも感謝したい。

 核を完全に破壊されなかったからこそ、今こうして最後の時間を私は記録する事が出来る。

 

「……師匠」

「ん?」


 こうして、アルムとの会話も最後かと思うと名残惜しい。

 けれど、自立した魔法になるまでの時間をこうして楽しむ事が出来るのは予想外だった。


「俺……何かを隠す時や誤魔化す時、わかりやすいって言われるんだ。無表情って言われるのにだ」

「うん、だって君……すぐに顔に出る、じゃないか……」

「師匠も気付いてた?」

「ああ、だからいつの日か……傷を、隠していたのも……すぐ気付いたろう?」

「だから、あれは気にしてなかっただけだって」

「一緒さ」

「……俺の表情って、師匠の真似をしてたらいつの間にかなってたんだよ」

「そうだね……私に似たのは、よかったのか、それともわるかったのか……」

「うん……でも、なんでわかりやすいって言われるのかわかった。ああ、俺ってこんなわかりやすかったんだ……」

「どう、いう……?」


 景色が止まっていた。

 いつの間にかアルムは回るのを止めていたようで……私がアルムを見ると、抱きかかえる私の顔をじっと見ている。


「師匠……。眉間に皺寄ってる」

「え……?」

「あの時と一緒だ。隠していた俺の傷を治していた時と……」


 咄嗟に眉間に手を当てて確かめる事も出来ない。

 けれど、私は怒ってもいないのに何で眉間に皺を寄せてるのだろう?


「今、気付いた……これ……怒ってたんじゃなくて……緊張してたんだ……。あの日は、俺についた傷に初めて触れたから……。今も……きっと、俺の傷に触れようとしてる……」

「なに、を……。あの日以来ずっと、君の怪我を治してやったじゃないか……今更……」

「うん、だから……今回は怪我じゃない場所に、触れようとしている……」


 アルムが何を言いたいのかがわからなかった。

 私はアルムの言葉を待つ事しかできない。


「間違ってたら、ごめん……俺、察しが悪いから……」


 アルムは途切れ途切れの深呼吸を一つすると、言った。


「おれ……忘れたく、ないなぁ……!」

「――っ!」


 ひどく悲しい微笑みだった。今まで我慢していた分が声とともに溢れ出したかのように大粒の涙が私の体に落ちていく。

 気付か、れた。

 私が何をしようとしているのかを。


「師匠の能力を聞いた時……もしかしたらって、思ったんだ……! だから……俺の思い過ごしなら……違うって言ってくれ……!」

「アル……ム……」


 ……私が、こんな顔をさせているのか?

 今、私が泣かせているのか?

 この子の心の(きず)を無にしたい……私を思い出して泣かないようにと、悲しみを生まないようにしたいと願ったのに。

 私の願いがアルムにこんな……辛そうな表情をさせているのか?

 まるで、親を殺さないでと懇願する子供のような――。


「師匠、覚えてるか……? 腕の怪我を治してもらった時だ」

「……ああ、よく……覚えているよ」

「師匠は、言って……た。俺の傷は周りにいる人全てのものだって。俺が傷付くのは俺が思っている以上に……大事な事なんだって。でも……これだけは駄目だよ……! これからつくこの疵は、俺にとって一番大切なものなんだ……!

師匠が死んだら悲しいよ。きっとずっと悲しい。思い出したら辛くなる時だってある……泣きたくなる日だってくるかもしれない……! でも……! それを忘れるのだけは違うだろ……!」

「アル……ム……」

「悲しいのは、一緒にいてずっと嬉しかったからだ! 辛いのは、楽しかったからだ! 泣くのは……失った人が、どれだけ大切だったかを思い出すから、なのに……。師匠は、そんな……俺の中の幸せまで、忘れさせちゃうのか……?」


 それは何よりも恐いことを伝えられているかのようだった。

 落ちる涙が、アルムの必死さと忘却を望まない訴えそのもの。

 寂しげに(かげ)る表情と震える声。忘れた後の自分の世界を想像し、何よりも恐怖してアルムは絶望しかけている。

 ……痛い。

 痛覚なんてこのカタチからはとっくに消え失せているはずなのに。

 胸がこんなにも、痛い。動いていないはずの心臓が急に動き出したかのような……。

 違う。こんな顔をさせたかったわけじゃない。

 頭が真っ白だ。初めて見るアルムの表情。どんなに魔法が使えない日々を過ごしてもこんな表情は浮かべなかった。この世の終わりに匹敵する恐怖は感じていなかった。


「俺の中の大切なものを、師匠が……奪うのか……? 遺すんじゃなくて、奪うのか……?」

「あ……」


 言われて息を呑んだ。

 私は、馬鹿か……?

 ここまで言われて、ようやく気付いた。

 私の選択はアルムのためにと思ったことだが……アルムは望んでいない。

 望んでいないのに、私はアルムから私を奪おうとしている。自分のエゴで。

 いや違う。何が、アルムのため……!

 この願いは自分のためだ。

 恐かったんだ私は。私の死がつける疵が、アルムをずっと苦しませるのが。

 だから、逃げようとしていたんだ……。自分の存在を忘れさせるなんて、子供じみた願いを抱いて。 

 これでは、これではあいつと――大嶽丸と一緒だ――!

 自分のため全てを奪おうとしていた……あいつと。


「アル……ム……」


 ずっと……この願いのために死に向かっていたのに。

 ああ、私は間違えていたんだ。

 アルムに道を違えるなと言っておきながら……自分が師匠としての道を、間違えるところだった。

 そうだ、私にはまだやるべき事がある。

 私という命の終わりの後も続く……アルムの人生に記憶として寄り添う責任が。

 生きた意味(・・・・・)として、アルムの心に居続ける責任が。

 私はその責任を今放棄して、自分だけが楽になる結末を……選ぼうとしていた。


「ごめん……。ごめん……ごめんアルム……! ごめん……! 君に、そんな顔をさせて……!」


 謝罪を繰り返しながら視界が滲む。頬に温かく流れるこれは何処から流れるものなのだろう。

 正しい道に戻ったのを知らせるかのように、どこからか風が吹いてきた。涙を拭うかのように優しい春の風が。

 わかっていたことだけれど、私はなんて駄目な師匠なんだろう。

 生きる意味も、死ぬ意味も……生きた意味も。

 全部。全部、私は君から教わっているよ。

 意味を持たず、空っぽだった私はこの子に答えを貰い続けて、こんなにも救われている。


「遺して……いいのかい?」

「うん」


 涙を流しながら、アルムは頷く。

 それがこんなにも嬉しい。


「忘れないで、くれるのかい?」

「うん」


 涙とともにアルムの口がゆるんだ。

 覚えていてくれることが、こんなにも嬉しい。


「私は、師匠で……いいのかい?」

「当たり前、だよ……! だって、師匠はずっと……俺の、魔法使い(あこがれ)だった……!」


 違う……君だ。君なんだよ、アルム。

 君が私を師匠にしてくれたんだ。魔法使いにしてくれたんだ。

 生きる意味がわからなかった空っぽな私を満たしてくれた。幻想のまま浮かんでいた私を現実にいさせてくれた。

 君と一緒にいるのは魔法のような日々だった。

 私を師匠と呼んでくれた時からずっと……君は私にとっての、魔法使いだった。


「ご飯……ちゃんと食べてる?」

「ああ」


 君が食べる姿をもっと見ていたかった。


「本読んで夜更かしてないかい?」

「正直、してる、かな……」

「駄目だよ。しっかり寝ないと。人間は脆いからね」

「ごめん」


 夜更かしして本を読む君を怒ってみたかった。


「素敵な友達を持ったね」

「ああ」


 君の話す友達の話に頷きたかった。


「学院でいじめられたりしていないかい?」

「……多分?」

「君は鈍い……からな。嫌な思いをしていないなら……いいんじゃないかな?」

「みんなのお陰で……楽しいよ」


 学院での生活を聞いてみたかった。


「ならよかった……君くらいの人間は恋をするものだが、恋人はいたりしないのかい?」

「いないよ、貴族ばかりだから俺みたいな平民と恋人になろうなんて物好きはいないさ」

「そうかな?」

「そうだよ」


 君が初めてする恋を応援してみたかった。


「もしかしたら……いるかもしれないよ」

「いないさ。それに、色恋はまだ……俺にはよくわからない」

「そっち方面は私もさっぱりだ。苦労をかけないように学んでいきなさい」

「誰に?」

「さあ?」


 君が愛する人と歩く姿を祝福したかった。


「お願い……」

「なに?」


 こんなにも死にたくない。でも、死に際に死にたくないと思える私を……私は誇りに思えていた。

 だってそれは、私という命が生きた証だから。

 他愛のない会話を繰り返して、最後に(せき)を切ったように私の本当の我が儘が顔を覗かせた。


「お願いアルム……私の事を……。私の事を忘れないでくれ……! 私がこの場所にいた事を、私が生きていたことを……! 忘れないでほしい!」


 これは呪い? それとも願い?

 どっちかな。

 君の涙が増えたから、もしかしたら呪いなのかもしれないね。


「忘れるわけない……! 忘れるわけないよ……!」


 アルムが力強く、私を抱きしめてくれた。耳元ですすり泣く声は子供のまま。

 私をこの世界に抱きとめるかのような、壊れてしまいそうな強い抱擁が嬉しかった。

 なんて可愛らしくて、愚かで……愛おしい私の弟子。


 私は何をごちゃごちゃと考えていたんだろう。私の一番の願いなんてこれしか無かったじゃないか。

 お願い私の敵。

 私の一番の願いを叶えてほしい。

 この子だけは。この子だけは幸せにしてあげて。

 ああ、お願い私の敵。祈れというなら祈るから。


 お願い……お願い神様!


 悪魔の祈りなんてあなたは拒絶するかもしれない。あなたがこの異界を見ているかなんてわからない。でもどうか、どうかこの願いだけは叶えてほしい。お願いだから、この子だけは幸せにしてあげて。

 私を八つ裂きにしてもいい。溶かした鉛を飲んだって構わない、火炙りだって歓迎する。ありとあらゆる責め苦を受けたって構わない。

 だから……お願い。

 どうか、どうかこの子だけは幸せにしてあげて。

 たとえ、この子が私のことを忘却したとしてもこの子だけは幸せにしてあげて。


 そして……どうか――この子の幸せだけは忘れさせないで。


「アルム……」

「なんだ?」

「君……幸せかい?」

「ああ……幸せだよ。師匠のお陰で……!」

「そうか……そっか……」


 最後の一欠片が崩れる音がする。私というカタチが完全に消えていく。

 ぼやけていく視界の中、私の死を悲しむ君がなんて嬉しい。私のために流す涙がなんて恋しい。

 君がいて、君が生きている事が――なんて誇らしい。

 未練などあるはずもなく、私という人生は君との出会いから始まって君との別れで終着する。この、白く輝く花園で。

 駆け巡る思い出はあまりに燦然と輝いていて、嘘のように空っぽだった私を満たしていた。

 幻想から生まれた私には……勿体無い幸福な時間。


「アルム……」

「師匠……?」


 私は忘却の悪魔。

 忘却を司る、生まれた頃より定められた神の敵。

 代価と引き換えに人の願いを叶える怪物。

 紙の上で生まれ、本物の悪魔となり、神となるべく異界に降りた。


「アルム……君をずっと、愛してる」

「師匠……。俺も、俺もだよ……! ありがとう……!」

「こっちの……台詞さ……。あり、がとう……アルム……」


 私は師匠。

 蘇った目的を忘れて、二度と忘れない思い出を胸に。

 人々に神と崇められるよりも――



"なら、あなたは師匠?"

"師匠?"



 ――たった一人に、師と呼ばれる幸せを知った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

第五部最終章、忘却のオプタティオ終了です。次の更新からエピローグに向けての更新となります。

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― 新着の感想 ―
神が日曜日の次に作った話
[一言] 「おれ……忘れたく、ないなぁ……!」 心に刺さるわぁ(泣)
[良い点] 泣く以外に何があるのか
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