370.忘却のオプタティオ11
「ねぇ、私達も……!」
「駄目だ! 僕もエルミラも魔力を失いすぎてる……ヴァルフトも僕達をここまで連れてきたせいで魔力切れで気絶してる! ここはアルムに任せるしかない!」
「そうだけど……! わかってるけど……!」
アルムと大嶽丸が頭上でぶつかりあう中、倒れる師匠と寄り添うミスティとベネッタにエルミラとルクスは合流していた。ルクスの背中には魔力切れで気絶したヴァルフトが背負われている。
空を見上げ、アルムを見ながらエルミラは悔しそうに拳を握った。
「また……! また私何もできてないじゃない……!」
「エルミラ……そんなことはない」
「また……アルムに……!」
いつまで、自分はあの背中を見るだけなのか。
大切な人を傷つけられたアルムが戦っているのに、自分はまたこうして応援することしかできない。託すことしかできない。
「師匠ちゃん!」
そんなミスティ達の下に大斧を持ったシスターが駆けつけた。教会についた火を消せたのだろう。
シスターは師匠の白い装束が血で赤くなっているのをみて青褪めた。
「お、おい! 大丈夫なのか!?」
「傷は……塞いだんですけど……」
言いにくそうにベネッタは俯く。
その言葉の続きは師匠が引き継いだ。
「すまないシスター……私は、人間じゃなくてね……核という場所が傷付けられるともう駄目なんだ……不甲斐ない事にさっき君を襲っていたやつにやられてしまってね……」
「な、なんか方法はないのかい!? ま、魔法で……!」
「無い。どんな手を使っても破壊された核は再生しない。今も……徐々に崩壊していっている……私の命はもう少しで尽きる……」
「そ、そんな……!」
ミスティはよろよろと駆け寄ってくるシスターを見て、この手を握るべきは自分じゃないと師匠から手を離して師匠から少し離れる。
シスターは泣きそうになりながら大斧を捨て、師匠の手を握った。
「らしく、ないな……シスター……」
「うるさい……! もう、駄目なのか……?」
「ああ、駄目だ……」
「そう、か……」
シスターは肩を落としながら空を仰ぐ。
そこには、さっきシスターが見た師匠のような姿となって大嶽丸と戦っているアルム。
「アル……ム……!」
あの化け物とアルムは真正面から戦っている。
その姿を空に身て、シスターは目尻に溜まっていた涙を拭いた。
「なら……何かしてほしいことはないか……!? あんたの願いを聞いてやる! 大サービスだ!」
「そうだな……それなら、私を連れていってほしい……」
「連れて……? ああ、任せな! 私がどこでも連れていってやるさ!」
何処に、というのは聞くまでも無かった。
シスターは師匠がどれだけアルムのことを思っているかを知っている。最後に居たい場所なんて一つしかない。
「私が、案内するから……君達も、ついてきてほしい……」
「はい。お供いたします」
「僕達も……いいのかな?」
「どっちにしろ放っておけないでしょ!」
「う、うん! いこ!」
シスターの傷をベネッタが治すと、シスターは師匠を背負おうとすると、師匠は言いにくそうに口を開いた。
「あ……シスター……我が儘を言ってすまない……上が見たいんだ……」
「上!? よ、よし!」
言われた通り、背負うのを止めて、シスターは師匠を横抱きにして抱えると走り出した。それを護衛するようにミスティ達もついていく。
元々この山にシスターは慣れている。強化を使った魔法使い並の速度でシスターは目的地へと駆けていった。
山を駆ける中、懐かしさとともに自分の存在が崩れていくのを師匠は実感し続けていた。
「ちゃんと見えてるか!?」
「ああ、ありがとう……」
木々の葉は邪魔だったが、月と星、そしてアルムの魔力の輝きによって空は見えていた。
師匠は走るシスターに揺られながら、その輝きをずっと追っている。
月よりも星よりも、その輝きが愛おしい。美しい。
「よし次は!?」
「あっちだ……」
師匠は行くべき方向を指差す。
本来ならば隔絶されたはずの場所を目指して駆けていく。
「ただの森にしか見えないが……本当に霊脈はあるのかい?」
「はい。私この目で見ておりますから。カレッラに泊まった時にアルムに連れていって貰ったのです」
その会話が師匠の耳に入ったのか、一瞬師匠はミスティのほうを向く。
(アルムが……)
師匠は少しだけ微笑むと、再び空を仰いだ。
アルムと大嶽丸の持つ互いの魔力が弾きあう閃光が夜空に走る。
呼吸すら苦しくなり始めたのを感じながら師匠は願い続けた。
「うお!? こ、こんな風になってんのか……」
やがて何度かの師匠の指示を経て、シスターの足は白い花園に辿り着く。
この山を知り尽くしているシスターでさえ来た事の無い場所。
夜闇に逆らうように白く輝く花々の密集地。
アルムと師匠の秘密の場所に。
「何度見ても……綺麗な場所」
「これは……すごい……! なんて魔力濃度……」
「霊脈の魔力が花にまで……素敵……」
「ここがアルムくんの……綺麗……!」
その白い花園が広がる光景はミスティ達貴族にとってもまさに幻想だった。
霊脈という名称を知っていても、ここが夢の中だと錯覚してしまうような。
上を見上げれば木々が形作る何の邪魔もない星空が広がっていて、まさに秘密の場所というに相応しい美しさが夜闇の中に輝いている。
「シスター……あそこに……」
師匠はシスターの腕の中である木を指差した。
そこは白い花園の外に生えている一本の木だった。
「え? あ、あそこかい? この花畑の中じゃ……?」
「いや、あそこでいいんだ……頼む……」
「よ、よし!」
師匠以外にその理由がわかるのはミスティだけだった。
アルムに連れてきてもらった時に教えてもらった師匠の定位置。
その何でもない一本の木は師匠がずっと背にして、アルムを見守り続けていた特等席なのだから。
「ここだね!?」
「ああ……その木に……寄っかからせてくれ……」
師匠の指示通り、シスターは師匠をその木を背もたれにして座らせる。
もう師匠は自分で自分の体をほとんど動かせなかった。
そんな師匠の体をシスターは横で支えるようにしながら座った。
「ああ……アルム……」
「戦ってるな……」
師匠やシスターだけでなく、ミスティ達も空を見上げた。
「ああ、戦っている……正しい道を歩きながら」
「大きくなったな……あの子……」
「そりゃそうだ。君の息子、なんだから……」
「あんたの息子さ」
「違うよ。あの子は……私の弟子だ」
大嶽丸と戦うアルムの姿に喜びを感じるも、体の中では傷つけられた場所から核の崩壊が近付いている。刻一刻とサルガタナスという魔法生命のカタチがこの世界から消え始めていた。
(頼む……もう少しだけ、もう少しだけもってくれ……)
師匠は空での戦いを見届けながら、きゅっ、と強く唇を閉じた。
自分の命がほんの少しでも出ていきませんように。そんな祈りがこもった抵抗だった。
死ぬのはいい。元々望んでいた結末で自分の願いのために必要なことだから。
けれど……もう少しだけ。もう少しだけこの世界にしがみついていたい。
(お願いだ……! もう少しだけでいい……! 世界で一番の……。私の弟子のかっこいいところを、この目で見届けさせてくれ……!)
師匠が見つめるは夜空で戦う自分の弟子。
全てを奪う悪鬼からこの地を守るべく戦うその姿に、出会った頃に泣いてうずくまっていた小さな背中はもう無かった。




