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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ

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369.忘却のオプタティオ10

『変質……いや、もはや存在の"変生"か……!』


 互いの命運は今、あまりに不確定にたゆたっている。

 魔法生命とは、その伝承と生前の在り方によって"現実への影響力"が決定する。

 ミノタウロスの迷宮という特定の概念に対する支配も、紅葉(もみじ)のような異界の呪術も、自身の能力もそうだ。

 自身の能力は魔法生命の中でも特に多く、汎用性と殺戮能力を誇っている。本来なら負ける道理も無い。

 だが、目の前の生き物は生きたまま人間から魔法生命に変わったイレギュラー。

 異界で記録された伝承による推測すらできず、何が飛び出してくるかもわからないブラックボックス。


『いや……』


 こいつは初めからそうだったか。

 貪欲に欲望を突き進みながらも、万物を見る審美眼と思考が目の前で大嶽丸を冷静にさせた。

 小通連(しょうとうれん)を破壊し、ガザスの反撃を可能にしたのはこの男。

 今、霊脈への道筋に立ち塞がっているのもこの男。


『ああ、元を辿れば余の"敵"は最初から……貴様だったいう事か』


 何の因果か……敵の存在は何から何まで自身と対極だった。

 アルムが纏うは白い魔力、大嶽丸が纏うは黒い魔力。

 アルムの髪は黒、大嶽丸の髪は白。

 そして互いの欲望は片や守り、片や奪う。

 似ているようでその実全く似ておらず、どちらも自分が正しいと信じる道を行きながらも決して同じ方向を向くことはない。


『【氷鉾(ひょうむ)】』


 大嶽丸の周囲に展開される氷の武器。

 立ちはだかるアルムという存在を排除すべく、大嶽丸は自身の能力を行使する。


「『魔弾(バレット)』」


 対してアルムが唱えるは無属性魔法。

 光を纏った右腕に五つの白い球体が展開された。

 放つのも同時。

 氷の武器と白い球体がぶつかり合い、"現実への影響力"をもって互いの攻撃を相殺した。


『魔法――!?』


 魔法生命は魔法を使えないはず。

 そう言いかけた大嶽丸は思い出す。

 無属性魔法。この世界で作られた魔法という現象のきっかけとなった原初の魔法でありながら、魔力と魔法の狭間に位置する曖昧な欠陥魔法。

 魔法生命が魔法を使えないのは、魔法という現象が持つ魔力はすでに"変換"と"放出"を終えており、魔法という現象を支える属性魔力になっているからだ。魔法生命が持っている魔力も魔法生命という現象のための属性魔力であり、すでに純粋な魔力とはかけ離れているために魔法は使えない。

 だが……目の前の魔法生命(アルム)は違う。


「『準備(スタンバイ)』」


 彼の魔力はどれだけ"変換"しようとも、どれだけ"放出"しようとも純粋なまま。

 そして魔法生命となった今でさえ、彼の魔力には魔法という現象を完成させるための属性が欠落してる。


『ちっ! 無属性の魔法生命だと――!』


 舌打ちする大嶽丸に向けてはアルムは剣の切っ先を向けて、


「『光芒魔砲(パイルシャフト)』」


 魔力とも魔法とも定義されない力を放つ。

 

『!?』


 大嶽丸はその一撃を自身の守護刀、顕明連(けんみょうれん)で切り裂きながら受け止める。

 『準備(スタンバイ)』によって強化され、そして"放出"された無属性魔力の単純なる砲撃。

 それは夜空を横切る流星のように大嶽丸が纏う鬼胎属性の魔力を削っていく。


『ぐっ……! ごれが……欠陥だと――!?』


 その"現実への影響力"に大嶽丸は戦慄する。

 顕明連は使い手の復活という力を使い、大嶽丸の命と同化している最後の守護刀。大嶽丸がいる限り決して破壊されることはない武器だ。

 顕明連で防がなければいけないという直感が大嶽丸を救った。

 生半可な術で対抗しようとしていたら突破されていただろう。


 いや、それよりもどういうことだ?

 無属性魔法は欠陥魔法のはず。その現象の不安定さゆえに"現実への影響力"が低く、他の属性魔法以下にしかならないはずの魔法。

 今放たれた魔法は知らないが、宿主の知識によれば『魔弾(バレット)』という魔法は貴族ならば子供でも唱えられるような弱い攻撃魔法。

 それがどうやって【氷鉾(ひょうむ)】と相殺するほどの威力になっている――!?


『【凍嵐(とうらん)】!』


 空中を引き裂くように腕を振るい、アルム向けて極寒の冷気と不可視の衝撃が入り混じった術が放たれる。

 大嶽丸の声によって生じる現象はそのままアルムを襲おうとするが


「『防護壁(プロテクション)』」


 アルムの周囲を囲んだ魔力の壁によって防がれる。

 冷気も衝撃もアルムへは届かない。防御魔法が砕けた音だけが辺りに響く。


『また無属性魔法で……!』


 宿主の知識が大嶽丸に違和感を伝える。

 あれも無属性魔法。下位の攻撃魔法を防ぐのも難しい防御というには弱すぎる壁。

 そんなものにこの能力が防がれるはずがない。はずがないというのに……現実には防がれている。

 何が起きているのかが全くわからない。

 不意を突かれているわけでもなく、単純に理解が及ばない。


「【火息吹(かぶき)】!」

「【幻想となれ(きえろ)】」


 鏡が割れるような音が空に響く。

 同時に、大嶽丸が吹いた火炎はただの息へと変わり……その色を失った。


『――っ!』


 驚愕を顔に出しながらも顕明連を振るう。

 大嶽丸の守護刀に共通する斬撃を伸ばす力。

 その斬撃も、アルムはただ斬撃の方向に剣をかざしただけで防がれた。


「――固いな」

『!!』


 アルムは斬撃のほうをみながら感想を零して、


「削ろうか」


 ただ一言呟いた。


『貴様それは――!』


 白い翼が羽ばたく。

 魔法による飛行ではなく、生命の機能としての翼がアルムに飛行を可能にする。

 その翼の働きに迷いは無く、大嶽丸に防御を強いるほどにアルムが空を駆ける速度は速かった。


『ぢい!』


 顕明連を持っている右腕と逆。左肩に振り下ろされる白い剣。

 大嶽丸は体を反転させてその一撃を払いのける。


『なっ……!』


 だが、その一撃の衝撃は防いでもなお腕に残る。

 鬼のような怪力を思わせるほどに腕はびりびりと痺れていた。


「力勝負はできないか?」


 弾かれた勢いでアルムは体を回転させる。

 白い翼が大嶽丸の視界を遮ったその瞬間。


『ぎ――がっ――!』


 白い軌跡が大嶽丸の胸部に叩きこまれた。

 その正体はアルムの回し蹴り。

 閃光のように夜空を切り裂き、大嶽丸を後方へと蹴り飛ばす。


(なんだこの重さは――!)


 空で踏ん張りながら大嶽丸は信じられない現象の連続に表情が歪んだ。

 胸部からはじんじんと痛みを訴える感覚が伝わってくる。

 魔法生命に変生したとはいえただの蹴りのはずだ。何故ここまでのダメージを与えられる?


『貴様……! 一体何をした……!? 鬼のような怪力……異常な無属性魔法、それに……余の能力を消す離れ業まで……! 魔法生命になったとはいえあまりに不可解すぎる!』


 魔法生命に変わったとはいえ元は人間のはず。

 異界の記録も伝承も持たず、その在り方に信仰も恐怖も無いはずの人間が何故ここまでの存在になる?

 ああ、認めよう。目の前の男は今、最初の四柱――大嶽丸と戦える存在になるまで上り詰めている。

 だが、その絡繰りがわからない……!


「何をと言われても……この魔法は俺が生きてきた今までが作らせてくれたものだ。俺はそれを魔法生命というカタチにしただけにすぎない」

『そのような綺麗事を聞きたいのではない!』

「綺麗事じゃない。お前達(・・・)も今の俺を作ったんだろう」

『な、に……? お前……達……? 一体どういう――』


 そこまで言い掛けて、大嶽丸は何かに気付き声が止まった。

 ただ思い出しただけだった。自分達がどうやってこれほどの"現実への影響力"を持っているのかを。


『待て……まさか……そういう、ことなのか……?』


 魔法生命の"現実への影響力"と能力は異界の記録や伝承、そして在り方によって決まる。

 自分が日の本を魔国へ変える悪鬼であるように、ミノタウロスが迷宮を支配する怪物であるように。

 ……ならば、アルムは?


「もう一度言おう。俺は何一つ捨ててなんかいない。俺はここまで歩いてきたアルムという存在だ。ようやく気付けた……俺が夢見たものも、俺がやってきたことも、ずっとずっと歩いてきた道は全部、決して無駄な時間など一つも無かったんだ。お前が……いや、お前達が一番実感しているはずだ。そうだろう? 魔法生命?」


 そう、魔法生命はその存在の記録や在り方が"現実への影響力"となる。

 サルガタナスに力の使い方を授けられ、大百足を倒し、鬼女紅葉(もみじ)を倒し、ミノタウロスには戦闘を拒否され、酒呑童子は希望と評した。

 アルムのやってきたことは一つ一つが波紋となって人に、そして魔法生命に伝わり……ついにはアルムはこう評される。


 ――魔法生命の天敵。


 魔法生命を倒す魔法生命。それこそが、魔法生命に変わったアルムの力。

 魔法生命の術を幻想(まりょく)に還す声と魔法生命に対してのみ威力と防御力が上がる無属性魔法。

 今、アルムの振るう力の全ては魔法生命に対する絶大な"現実への影響力"を有している――!


「さあ、決着をつけよう悪鬼。気を付けたほうがいいぞ。お前達の天敵はここにいる」

『くかっ――! かっかっか!』


 大嶽丸はその事実を悟りながらも笑い、そして顕明連を構えながらアルムを切り裂かんと空を駆けた。


『面白い! 疑問は消えた! やるべきことは単純明快! 貴様が余の天敵だというのならその在り方全てを奪ってやろう! 貴様の命を奪い、その血を啜り! この地の霊脈を奪って証明しよう! ここに余の天敵などいないということを!』

「いいや! もう何も奪わせない! 俺が積み上げてきたもの全てに胸を張れるように俺は生きていく! 今までも……そしてこれからも!!」


 アルムも剣を構えて大嶽丸を迎撃する。

 向かってくる黒い軌跡からは迷いも動揺も消えていた。


『余は大嶽丸! 貴様の全てを奪い神の座へと上り詰める!』

「違う! ここで終わりだ! お前が手に入れられるものなんてここには決してありはしない!」


 互いの主張は決して交わることはない。

 白い魔力と黒い魔力はぶつかり合う。

 アルムと大嶽丸。互いの存在が消えるまで、この戦いは決して止まることはない。

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― 新着の感想 ―
[一言] ”ミ ノ タ ウ ロ ス に は 戦 闘 を 拒 否 さ れ” ここ草
[良い点] なるほど、アルムが歩いてきた道、アルムのこの世界における伝承がアルムという魔法生命の現実の在り方なのですね。 魔法生命の天敵 師匠が気まぐれで与えた在り方が、今やアルム自身を指すようになり…
[良い点] やっぱりアルムはカッコいい!!! [気になる点] あんまり使いすぎると人間に戻れなそうで怖い
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