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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ

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357.ガザスの反撃8 -二人の鬼-

「厄介なのは武器の破壊だ」


 エリンの結界が張られた執務室に主要メンバーを集め、酒呑童子は大嶽丸攻略の中の最難関を語る。呪法に引っかからないような言葉を慎重に選びながら。

 大嶽丸の二本の守護刀……小通連(しょうとうれん)大通連(だいとうれん)

 それを破壊しなければ大嶽丸には届かない。


「小通連をアルムに破壊されたことによって()はそれを特に警戒してくるはず。加えて……あの刀の能力は厄介だ。とにかく破壊しにくい」

「確かに……武器の状態じゃなかったら手出しできないわよね」


 エリンの言う通り、大通連は存在そのものを自然現象に変える。小通連と違い、常に刀の状態で大嶽丸の手の中にあるわけではない。

 自然現象は消えることや止まることはあっても、破壊する事はできない。

 ゆえに、自然現象に変わった状態では大通連を破壊することができないのだ。

 ラーニャ達が狙えるのは……刀になったその時だけ。


「ぞっとしますね。小通連があるままだと考えると」


 ラーニャが言うと酒呑童子が頷いた。


「ああ、ただでさえ破壊が難しいところに破壊を狙う血統魔法まで読まれたらまず破壊できない。アルムのおかげで俺達には可能性が生まれた……そして何より、もう一つ大事なヒントを残してくれた」

「ヒントとはなんでしょう? 失礼、我々はその戦いすら目にしていないもので……」


 ソファに座るマヌエルが聞くと、マルティナやラーニャ、酒呑童子の隣に立つエリンも気になるのか酒呑童子に視線が集中する。


「……この世界は俺達が生きていた時代とは違う(ルール)で術や能力が行使される。魔力を使って引き起こされる全ての現象が、現実の現象や物の在り方に強く影響を受ける。それは魔法生命の能力も例に漏れない。……俺達の在り方も能力も全ては"現実への影響力"によって決定される。だからこそ鬼としての在り方を貫く奴は強く、人間の味方をしている俺は奴より弱い」

「シュテン……」

「だからこそ、出来る策がある。奴の唯一の欠点は強大な鬼であるがゆえに欲望に忠実で自身の欲求に逆らわないこと。興味を示せば問い掛け、向かってくる者がいれば相手する」

「策が、あるのですか……?」


 ラーニャに聞かれて酒呑童子はラーニャとエリンの顔を順に見る。

 そして天井を少しの間見上げたかと思うと、意を決したように口を開いた。


「ああ。士気を上げるために言うのではなく、この策はここにいる全員の力が必要になる。勝負は一瞬。そのタイミングを作れれば絶対に、ガザスは奴に勝てると信じている」












「ハミリアに勝利を!!」

『第一命令受諾。ハミリアに勝利を! 勝利を!! 勝利を!!!』


 何だこの感覚は――?

 大嶽丸の疑問はマルティナにでも、マルティナが身に纏っている外套(がいとう)のようになった魔力が喋ったことに対することでもない。

 言いようのない背筋の悪寒に大嶽丸は困惑する。

 魔力の外套(がいとう)で隠してはいるが、マルティナは頭から血を流し、左腕は折れてほとんど使い物にならない。

 そんな女にまさか……自分の体は危機を感じているのか?

 後ろでガシャン、と何かの瓶を割る音が鳴る。


『酒の匂い――!』

『ギハハハハ! 準備は整った! ()りにいくぞおお!!』


 叩きつけられる空の酒瓶。

 セーバの作った三分の間に酒を飲み、酒呑童子は一時的に"現実への影響力"を底上げする。

 魔法生命に共通する酒を供物にして"現実への影響力"を底上げする能力だが、酒呑童子のその力は他の比ではない。


『死にぞこないが吠えるか! 【凍嵐(とうらん)】!』

『ラーニャ!』


 酒呑童子の声でラーニャも瓦礫の陰から飛び出す。


「『雪が降ってきた(くもからのおくりもの)』!」


 酒呑童子を守る六花(ゆき)の盾。

 大嶽丸の術の魔力を吸収しながら砕けていく。


『ラーニャ……!』

「『綺麗な巣ができたのね(かがやくはくものいえ)』!」


 すかさず魔力を吸収する糸を周囲に展開する。

 どこに隠れていたか妖精達が大嶽丸の周囲に集まり始め、けらけら笑う。


『マヌエル! 残りの人造人形(ゴーレム)を手筈通りに!!』

『承りました!』


 大嶽丸向けて駆ける酒呑童子に合わせて周囲の人造人形(ゴーレム)も大嶽丸目掛けて進む。

 だが、大嶽丸が一体化した今となっては人造人形(ゴーレム)は戦力というにはあまりに脆い。

 酒呑童子の能力で強化されているとはいえ、今の自分の敵ではないことは大嶽丸にはわかっていた。


(狙いは酒呑とあの女のみ!!)


 大嶽丸にとって脅威になり得るのは魔法生命である酒呑童子と奇怪な血統魔法を身に纏うマルティナのみ。

 人造人形(ゴーレム)は脅威に値しない。使い道といえば二人の盾くらいだろう。

 ラーニャの鬱陶しい妖精術がある今、わざわざ特に脅威でも無い雑兵を相手する理由もない。


『【雷と成れ】!』


 酒呑童子目掛けて放たれる黒雷。

 不規則な軌道で迸り、斬撃のような鋭さで酒呑童子を襲う。


『心外だな! 雷で怯む酒呑童子と思うたか!!』


 黒い五爪で捌きながら酒呑童子は突き進む。

 一撃。また一撃。弾かれた雷は地面に、瓦礫に衝突して弾けていく。


『来い! マルティナ!!』

「はい!」


 酒呑童子の合図でマルティナも動く。

 時間差で向かってくる二方向からの敵、飛び交うラーニャの妖精に苛立ちながら大嶽丸は選択する。


(あの女の血統魔法は大通連を破壊できない! ならば狙うはお前しかなかろう!)


 マルティナの血統魔法は特化し過ぎているがゆえに大通連を破壊できない。

 いくらマルティナの攻撃が通るといっても、大通連があれば核への攻撃は通らない。

 ならば、大通連を破壊できる酒呑童子を優先するのは必然。

 狙うは酒呑童子の核。去年の時点ですでに首にある事はわかっている。


『まさか余がお前を殺すことになろうとはな!』

『ギハハハハ! 俺を殺せる気でいるのか!?』


 振るわれる斬撃の衝突。

 大通連の斬撃と酒呑童子の五爪はぶつかることなく、空中で金属音を鳴り響かせる。

 互いの斬撃は弾かれて横に。

 向かってきていた人造人形(ゴーレム)の一体がその斬撃を受けて砕け散った。


『こちらに戻ってくればまだ生きていられたものを!』


 大嶽丸も地を蹴る。

 酒呑童子の爪から放たれる斬撃を躱し、平地となった王都を駆けた。


『はっ! お前の下など死んでも御免だ! 舐めたな悪鬼! 俺は酒呑童子! 大江の山を支配した鬼の頭目! お前など俺にとってはただのゴロツキに過ぎん!』

『その酒呑童子が人間を庇護するか! 京の都を震え上がらせたあの酒呑童子が!!』


 怪力に任せた跳躍。そして着地。

 砕ける家屋は蹴って二体の鬼はさらに跳躍する。山を駆けるが如く。


『勝手に人間が震え上がったに過ぎん! いつだって俺は自分のやりたい事をする! 今も! そしてこれからも! 俺の欲望は常に俺の中にだけあるんだよ!!』

『それが人間を守ることか!?』

『それが俺という鬼だ! 狂ったと蔑むか!? 否! 俺の底を見る眼はお前には無いだけのこと!!』


 魔法生命同士。鬼同士。

 それでも相容れない。分かり合えない人間同士のように。

 同じ種族かどうかなど関係ない。今この時、大嶽丸と酒呑童子は互いの存在がこの上なく邪魔だった。


『【炎と成れ】!』


 問答はもう不要。大通連の一閃は炎に変わる。

 酒呑童子の着地を狙い、その場所を黒い炎で燃やし尽くす。


『ギハハハハ! それがどうした!』


 酒呑童子はその身を焦がしながら炎の渦から出てくる。

 酒によって強化された酒呑童子の"現実への影響力"は如何に大嶽丸の術といえど、生半可なものでは貫けない。


「『リアナ・リングレット(くるくるとまいている)』!」

『さっきの……!』


 大嶽丸が大通連を振ったその一瞬を狙い、ラーニャは術を唱えた。

 一体化する前の悪鬼を封じ込めていた光の蔓が今度は大嶽丸本体を拘束する。


『今更こんなもので余を拘束できると思ったか!!』


 大嶽丸は手に戻ってきた大通連を振るう。

 拘束されていたその両手は自由となるが、次から次へと光の蔓は地面から現れて大嶽丸に巻き付いていく。

 ラーニャは残り魔力も僅か。その全てをこの術に注ぎ込む。


「酒呑!」


 その拘束に乗じて接近する酒呑童子。

 両手の五爪を首の横に構え、大嶽丸の体を引き裂かんと黒く輝く。


(風を――いや――!)


 大通連を風にしたところで今の酒呑童子には通用しない。先程の黒炎のように無駄に終わる可能性が高いだろう。

 大通連がある限り酒呑童子の攻撃で核を破壊することは出来ないが、こちらの四肢を引き裂くことは出来る。

 そうなれば大通連が無防備になり、刀に戻った瞬間を狙われる。

 ならばやる事は一つ。

 魔法生命の弱点。核の破壊。酒呑童子の爪が自分の体を引き裂けるように、大嶽丸の大通連もまた酒呑童子の核を貫ける。


『それで核を守ったつもりだったか!? 酒呑!』


 ラーニャの光の蔓を引きちぎり、大嶽丸は大通連を振るう。

 横からの斬撃は両手の五爪で防ごうとしているようだが、正面からの攻撃には無防備な体勢。

 向かってくる酒呑童子の首目掛けて放たれる大通連の突き。

 刃は魔法生命の外皮を突き破り、そのまま酒呑童子の首を貫いた。


『がぷっ……!』


 その一撃で首にあった核は破壊される。その感覚は刀の冷たさや飛び散る血よりも明確に死の感触を酒呑童子に呼び起こした。


『かっかっか! 呆気――』


 だが、その瞬間こそが彼の狙い。

 酒呑童子の死を大嶽丸が確信したその瞬間――


「いま゛だ!!」


 喉が裂けんばかりに酒呑童子は叫んだ。そして大通連を力の限り掴む。抜かせない。その意思が酒呑童子に最後の力を振り絞らせる。


『この死に損ないが――!』


 先程の酒呑童子の声が誰かへの合図であることは明白。大嶽丸は視線を送って警戒する。

 ラーニャか? マルティナか?


エリン(・・・)!!」


 しかし、酒呑童子が呼んだのはこの場にいないはずの名前だった。


『【永久舞台開幕(マスラフレルアバト)解除(・・)!!』


 その瞬間、これ以上無いタイミングでマヌエルの血統魔法が解除される。

 ……何故、酒呑童子の能力は人造人形(ゴーレム)を強化し続けたか?

 いくら普通の人造人形(ゴーレム)より強いといっても、一体化した大嶽丸には通用しないのはわかりきっている。

 それにも関わらず……何故残っている人造人形(ゴーレム)への強化をかけ続けていた?


『馬鹿な――!!』


 全てはこの瞬間。この時のため――!


人造人形(ゴーレム)の中に――エリンだと!?』


 周囲に集まってきていた人造人形(ゴーレム)の形が崩れ、その内の一体からエリン・ハルスターが飛び出す。

 深い茶色の髪と腕の通っていない片袖を揺らし、涙を流しながら彼女は駆ける。

 そう、人造人形(ゴーレム)全てに酒呑童子が強化をかけていたのは、人造人形(ゴーレム)の中に潜んでいたエリンにかかっている酒呑童子の強化――鬼胎属性の魔力を違和感なくさせるため。そして人造人形(ゴーレム)の中にエリンがいると悟らせないため。

 この瞬間。この時のためだけに温存された大嶽丸に対抗できる最後の戦力。

 言うまでもなく、酒呑童子の首に大通連が突き立てられたのも策の内。

 そうするように誘導した酒呑童子の捨て身の策――!


『【風と成れ】!』


 エリンが来る前に大嶽丸は大通連を酒呑童子から引き抜こうと、大通連を風に変えようとする。


『何故変わらない――!?』


 しかし、大通連は酒呑童子の首に突き刺さったまま。

 文言の通りに風となる事は無く、酒呑童子の首に刀として在り続ける。


『不勉強だったな……!』

『!?』


 血を吐き出しながらも酒呑童子は勝ち誇る。

 最後の力をラーニャ達に授け続けながら――!


『この世界で使う能力は全て"現実への影響力"でその在り方が決まる! 今お前が使っているのは武器(・・)だ! 決して風にはなり得ない!』


 "現実への影響力"という不自由でもあり自由でもある(ルール)

 魔法による現象は全てがこの"現実への影響力"によってその在り方が決まる。

 酒呑童子の言葉通り、酒呑童子の首に突き刺さる大通連は今生き物を刺し殺すための武器。

 断じて吹き荒れる風などではなく、首を貫くその武器は刀としての在り方を強制されていた。


『一撃だぞエリン』

「……当然だ」


 酒呑童子の声に応え、エリンは温存していた魔力全てを"変換"する。

 流す涙でぼやけた視界。

 それでも……酒呑童子の黒い五爪がエリンの道標となった。


「【煌光の聖域(フィリアイエロ)】」


 涙声を混じらせて、その血統魔法は響き渡る。

 魔法名とともに放たれる一閃はハルスター家の血統魔法。

 領域と領域を分け、空間を隔てる結界……ハルスター家が得意とするその魔法は本来防御として扱われるが、ハルスター家はその解釈を真逆に変えた。

 結界を作り出す光の壁を全てを両断する光の刃に。

 ハルスター家の歴史の結晶が今、大嶽丸と酒呑童子の間を走る!


『大……通連……!』


 エリンの放った光の刃は大嶽丸と酒呑童子の間にあった空間を両断する。酒呑童子に突き刺さっていた大嶽丸の大通連もろともに。

 鬼胎属性の魔力を霧散させながら消えてゆく黒い刀。

 大嶽丸の核を守る二本目の守護刀――大通連はこの世界から消滅していく。


『貴……様らあああああああ!!』


 激昂する大嶽丸。

 怒りに任せて自身を縛っていたラーニャの術を引きちぎるが。


『吠えているところ悪いが遅い』


 酒呑童子の言葉通り。

 その一撃は大嶽丸の背後から訪れる。


「砕けええええええ!!」


 視界から外れていたマルティナの黒槍が大嶽丸の背後から首を貫く。

 その狙いに迷いはなかった。核の位置はすでに先の襲撃の時にベネッタが暴いている――!


「終わりだ……! 悪鬼!!」


 貫く黒い騎士槍はハミリアの敵全てを殺す血塗られた血統魔法。

 どれだけ硬かろうとも、不死であろうとも、魔獣であろうとも魔法生命であろうとも関係ない。

 使い手の魔力全てを捧げて解放されるその切り札は魔法生命の外皮を軽々と貫き、大嶽丸の核を破壊する。


『馬、鹿な……!』


 後手に回らざるを得なかった大嶽丸の魔力の解放など間に合うはずがない。

 ラーニャ達にとって全ては策通り。

 マルティナの血統魔法が最終段階に至ったその瞬間から、この結末までの流れこそ酒呑童子の策そのまま。

 大嶽丸にわかるはずもない。読めるはずがない。まさか鬼が。自分と同じ鬼が。

 人間のために自分の命を、焦がれるほどに求めた第二の生を捨てる策を組んで来ようなど――!


『音に聞こえし大嶽丸……! 討ち取った……り……!』


 片方は驚愕を、片方は勝ち鬨を上げて倒れていく。

 倒れるのはどちらも魔法生命。どちらも鬼。

 飢え渇き、その欲を叶えんとする者。

 この場でどちらの欲望(エゴ)が勝利したかは言うまでもない。

 消えゆく自分の命を感じ取りながら……人を庇護した鬼は笑った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

少し遅れましたが無事更新できて一安心……。

第五部もラストまで後もう少し……読者の皆様どうかお付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか、酒呑が身を捨てて大嶽丸を・・・! この、彼の鬼としての想いが熱いですね。 ここまで、やればガザス側の勝利です。 ただし、ここで終わればですが。 この後の展開を考えると、アルム達の…
[一言] ガザスのみんなで討ち取った…が、鬼は鬼と相討ったか。 でも、ここでアルムたちが出番がなかったことを考えると、第二戦がありそうな…師匠はここからすでに離れるようなことを言ってたような気がする…
[良い点] うおおおおおお!! ガザスの皆凄い!! 頑張った!!! まさか酒呑がここまで本気でガザスのために命をかけるだなんて…… 頭目として、護るべきものをみつけたんですね 前部のミノタウロスは…
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