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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ

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356.ガザスの反撃7 -手を伸ばす少年-

 心臓の鼓動が早い。かちかちと歯が鳴るのを隠すためにぎゅっと噛み締める。

 勝てるわけがない。

 目の前の敵は人型である事以外は人間とはかけ離れているというのがわかる。

 伝わってくる魔力はセーバの本能に叫ばせる。逃げろ。媚びてでも。膝をついて傅いて、それでも駄目なら頭をこすりつけて許しを乞うんだ。

 そんな生き延びるための本能の声をセーバは全て無視した。


『……無価値ではない』


 自身と目を合わせ続けるセーバを大嶽丸は評する。


『纏う空気は平凡。魔力も普通。凡百(ぼんぴゃく)と変わらぬ脆弱さだが……魂には一筋の輝きがある。凡人よ、何を求めて余の前に立つ? それとも……何かを取り戻しに来たか?』

「……やっぱり覚えてないですね」

『ん? 何処かで余を見たか?』


 大嶽丸は本当にセーバを覚えていないようだった。

 当然かとセーバは笑う。自分はあの二人と違って怯えて逃げていただけの……それこそ凡人だ。

 この敵にはきっと、映ってすらいなかったのだろう。


「いいや、きっと……今の俺とは初めましてですよ」

『む?』

「きゃっ!」

 

 大嶽丸は気配を感じて即座にマルティナ向けて大通連(だいとうれん)を振り下ろす。

 しかし、その直前。大嶽丸がセーバに気を取られるその隙にマルティナを抱きかかえて救出した少女がいた。


「な、ナーラちゃん……!」

「ま、まま、マルティナ様! 掴まっててくださいね!!」


 それはマルティナの友人であり、セーバのお願いでついてきてくれたナーラ。

 大嶽丸を直視することすら出来ないナーラは、強化をかけたその足を全力で動かす。

 押しつぶされそうなほどに濃い鬼胎属性の魔力の中、マルティナを助けるという事だけに精神の全霊を傾け、ナーラは恐怖を押し殺していた。


『もう一人か。拙い時間稼ぎだな』

「ありがとう……ナーラ!!」


 セーバはこんな無謀な相手に動いてくれた友人に礼を言って、


「【聖火の義者(アシャクスティ)】」


 たった三分を駆け抜けるべく、自身の全てを血統魔法に懸けた。


『【風と成れ】』


 響く歴史の合唱を無視して、大嶽丸は無慈悲に一撃での決着を疑わず術を唱える。

 ゴウッ! と風に変わった大通連がセーバのいた場所に吹き荒れ、斬り刻んだ。

 そこにはもうセーバはいない。転がっている瓦礫だけが今の攻撃の被害者だ。


『強化か』


 大嶽丸は即座にセーバの姿を捉えた。

 血統魔法を唱えたからか姿が変わっている。

 大嶽丸の側面に回り込むセーバは炎を纏っていた。別段驚くようなことではない。火属性の強化ではよくある形式だ。


『【氷鉾(ひょうむ)】』


 大嶽丸の周囲に氷の武器が展開される。

 ラーニャの妖精がいなくなったことで術の魔力が吸収されることもない。


『斬り刻め』


 大嶽丸の合図で大嶽丸の周囲の武器はその切っ先はセーバに向けて放たれる。


「奇遇……ですね!」


 セーバが燃える腕を振るうと、大嶽丸がやったのと同じように炎の武器がセーバの周囲に展開される。

 ぶつかりあう炎と氷の武器。剣と槍が。矢と剣が。矛と斧が。

 空中でぶつかりあった互いの攻撃は燃え溶ける。


「ぐっ……!」


 しかし、一本防ぎきれなかったのか、セーバの腕を氷の剣が掠った。

 血統魔法を纏ったその上から軽々とセーバの体は傷つけられる。


「っ……!」

『まだやるか?』


 ただの掠り傷。そう自分の言い聞かせてセーバは跳ぶ。

 さながら宙を舞う炎。炎の中にはセーバという人間が大嶽丸を狙っている。


『やる気か』

「!!」


 大嶽丸は無造作に大通連を振る。

 どうやってもセーバには届かない距離だが、そんな無意味な行動をしてくるはずもない。

 セーバは咄嗟に炎を蹴って(・・・・・)空中で方向を変える。


『よく動く鼠だ……【凍嵐(とうらん)】』


 大嶽丸は即座に、腕を振るう。

 酒呑童子と同じような鋭い五爪。そこから放たれるは極寒の冷気と衝撃。

 纏う炎ごと凍らせるべく方向転換した先のセーバを襲う。


「ぎ……ぐ……!」


 セーバの体を襲う衝撃を纏う炎を使って流し切る。それでも完全には受け流せず、馬車に轢かれたかのような衝撃が襲った。いや、それよりももっと強い。血統魔法で強化していなかったらもう決着はついていただろう。

 骨が折れた痛みに顔を歪めながらセーバは走る。

 止まるな。止まったらその瞬間死ぬ。そのくらいわかってる――!


『凍らない……?』


 大嶽丸はつい疑うように自分の手を見た。

 今のは先程酒呑童子を吹き飛ばした時の術だ。酒呑童子が凍らないのは仕方ない。魔法生命の"現実への影響力"を貫通できるほどの術ではないと理解している。だからこそ自身の怪力と一緒に乗せて酒呑童子を撃ち抜いたのだ。

 だが……あれは人間だろう?


「燃やし尽くせ!!」


 セーバは手を動かして炎を操る。

 炎は壁に。浮かぶ武器に。そしてセーバの拳へと変わる。

 セーバの意思で纏う炎は自在に代わり、大嶽丸へと襲い掛かった。


『……あの血統魔法か』

 

 呟き、大通連を振る大嶽丸。

 セーバの操る炎をその一振りでほとんどが防がれた。

 炎の武器は吹き消され、壁は切り裂かれる。


 そう……偶然にも、セーバの血統魔法は大嶽丸の操る術と相性がよかった。

 ルータック家の先祖はある日見てしまった。カエシウス家の作り出す氷の世界を。

 自然と、彼の家系は氷漬けの世界を恐れ、決して消えず、氷に支配されない火を求めた。

 時代遅れとされる古い魔法まで遡り、その全てを子孫に伝えながら……彼らは火をただの現象ではなく自由に解釈するまでに至る。

 決して凍らない命。極寒に生をもたらす希望。凍結の性質を持つ魔法のみに対するカウンター。

 火への解釈とそのカタチは自由自在。命ある限り決して消えない聖火の担い手。それこそがルータック家の血統魔法。

 血統魔法の発動中、彼は決して大嶽丸の術で凍ることはない。


『存外……厄介なものだな!』

「はああああああ!」


 炎を纏った拳でセーバは大嶽丸に殴りかかる。

 しかし、


『身の程を知るがよい』

「っ!」


 大嶽丸がその場で足を床に叩きつける。

 地面は揺れ、鬼胎属性の魔力が迸り、衝撃は周囲の床や瓦礫を吹き飛ばした。

 ただの人間がやってもこんな事は起きるはずがないが、大嶽丸は魔法生命。

 その存在は魔法であり、彼の持つ"現実への影響力"はこのような離れ業も可能にする。


「がっ……! ぶぼ……!」


 セーバもその衝撃に巻き込まれる。できるだけ身を屈め衝撃を最小限に、纏う炎もまたセーバへの衝撃を受け流すが、それでもダメージを抑えきれない。

 ルータック家の血統魔法は確かに大嶽丸の氷の術と相性がいい。だが、それだけで圧倒的な差を埋められるはずもない。

 大嶽丸がセーバを殺す方法などいくらでもある。


『かっかっか! 震えて止まれ凡人よ。山に挑む姿勢は買おう』

「……!」


 それでも、セーバは止まらない。

 吹き飛ぶ体は即座に体勢を立て直す。

 止まるな。攻撃を加え続けろ。

 瓦礫の平野となりかけている場を、彼は地に這うほど腰をかがめて走り続ける。


『死ぬまであがくか。それもよい』


 遮蔽物など崩れた瓦礫と無事な人造人形(ゴーレム)数体だけ。

 その中をセーバは走る。纏う炎は燃え続け、大嶽丸の目を引くように輝き続けていた。


(現実への影響力が違いすぎる……! 炎をばらつかせても意味が無いなら――)


 次の手を考えていたその時、彼は気付く。

 今の一撃が押し殺していた恐怖を呼び起こしたのか……自分の足が震えて上手く動いていない。

 纏う炎が周りからその弱さを隠していた。


(何……!)


 その足を見て……セーバの頭は沸騰する。


(何震えてんだ!! 動け足!!)


 怒りに任せ、セーバは走りながら震える足を殴りつける。


(動け馬鹿足! 今動かないなら……斬り落として人造人形(ゴーレム)の足とつけかえるぞ!!)


 そんな非現実的でありながら本気の脅しを自分にぶつけて、ようやく足の震えはましになった。


『【雷と成れ】』

「うご……けぇえええええ!!」


 大通連は一振りで姿を変える。迸る黒い雷は雷鳴を不規則にセーバの周囲を焼き焦がす。

 ぎこちない動きをし始めた自分の足に情けなさを感じながらも、怒りに変えて地を蹴った。

 躱す。躱す。

 二本の雷撃を躱し、一本の雷撃は纏う炎で横に受け流す。


「ぐ……ぞ……!」


 だが、それは魔法使いが使うただの雷撃ではない。

 受け流しきれない斬撃がセーバの腕を斬り刻む。流れ込む鬼胎属性の魔力が脳内に悲鳴を流し、セーバの精神を汚染し始めた。


「それが……どうじだ……!」


 セーバは自分に失望する。動いてもなおさっき震えた自分の体への怒りが収まらない。

 守ってくれる人達が周りにいる。たった三分の先に勝機すらある。

 そんな恵まれた環境の中ですら……お前はまだあれに立ち向かわない理由を作ろうとしてるのか?

 恐くて動けなかった。

 ああ、確かに相手はガザスを脅かす怪物だ。戦わない理由としては充分だろう。逃げる理由としてこれ以上のものはないだろう。


「それ、でも……!」


 お前は貰っただろうセーバ!

 あの二つの背中に勇気を貰ったんだろう!?

 助けがくるかもわからない状況で立ち向かった二つの背中に。隣国から来た二人の少女に!

 戦わない理由がどうした臆病者。何が逃げる理由だ糞食らえ。

 あの二人の何分の一。いや、何百分の一の勇気を奮い立たせろ!

 ここはどこだ!?

 ここはガザスだ!

 俺の住む国だ!


「何だよ案外……大じだ、ことない!」

『震えながらよく吠えるな。嫌いではないぞ小僧』


 それ以上の理由なんていらない!

 俺は……俺はこの国の"魔法使い"になるんだから!!










『陛下……! 陛下!』

「ん……!」


 瓦礫の中で通信用魔石から聞こえてくるマヌエルの声でラーニャは目を覚ます。

 妖精達に守られていたため傷は大したことはない。


「マヌエル……私、どれだけ……意識を……」

『ほんの一分ほどです! 何とか戦局の建て直しを! 』

「他の者は……!」

『マルティナ殿は現場に駆け付けたナーラが援護しております! シュテン様はすでに身を潜めて……ラーニャ陛下も備えを!』

「ナーラが……? ……え?」


 一体どういう状況なのかラーニャには想像がつかなかった。

 ナーラが来てマルティナを保護?  酒呑が身を潜めている?

 いや、それではおかしい。自分がいなくなった今、一体誰が大嶽丸を抑えているのだろう? エリン? それともマヌエルの人造人形(ゴーレム)だろうか?


「え……」


 何が起こっているかを確認するため、ラーニャは瓦礫の陰から轟音のするほうを慎重に覗き見る。

 その状況にラーニャは驚愕せざるを得ない。


「セーバ……!? 嘘……あなた……?」


 そこには一体化して本当の悪鬼の姿となった大嶽丸が様々な術で周囲を破壊する姿……そして、その悪鬼に立ち向かい、肉薄する平凡な少年がいた。







『かっかっか! 身を焦がすとはまさにこのことか! よいぞ小僧! 平凡さは拭えぬ! それでも余を興じさせる気概はある!』

「うる……ざい……!」


 攻撃が通らない。どれだけ火をぶつけても全て防がれる。

 わかってはいたが本物の怪物。

 こっちが魔力を全て燃やして、体もボロボロだというのに、この怪物にとっては難なく防げる攻撃しか来ていないというわけだ。


「上等……!」


 それでも防がせている事を誇れ。

 こいつの時間を削ってる事に意味がある。

 燃やせ。たとえ喉が焼けても。

 絶やすな。自身の纏うこの炎を。

 生き続けろ。ここにいる意味をたった三分に乗せて――!!


『【風と成れ】!』


 大嶽丸の一振り。無数の風の斬撃がセーバに向けて放たれる。


「うああ゛ああ゛あああああ!!」


 その斬撃にセーバは突っ込む。

 体を小さく屈め、纏う炎で体を隠し、最小限の動きで躱す。

 斬り刻まれる今自分がいた場所の石畳、自分の代わりに破壊される瓦礫。

 風で引き裂かれる自分の炎に自らの結末を見ながらも彼は退かない。限界を迎える体をさらに前へ。前へ。前へ。

 ただただこの怪物の敵で在り続けるために彼は突き進む。


『【凍嵐(とうらん)】!』


 無手となった両手を大嶽丸は無造作に振る。

 五爪から放たれる極寒の風と衝撃。

 床を凍り付かせながら家屋を楽々と倒壊させる衝撃がセーバの道を阻む。


「燃やし尽くせ!!」


 真っ向から突っ込んだセーバに残されている選択肢は迎撃しかない。

 こちらも両手で纏う炎を全て操り、壁とする。


「が……ぎひ……!!」


 本来炎にカタチなどない。衝撃をそのまま受け止めるのではなく流動させて受け流す。

 それでも纏っていた炎を操る手は大嶽丸の術の衝撃でぐちゃぐちゃに引き裂かれていく。

 剥がれた爪が顔の横を飛んでいく。折れていく指は変な方向を向いていて。肌色よりも赤が多い。

 決死の覚悟で防いでも魔力はひっくり返したバケツの水のように消えていく。

 

『かっかっか! 防ぐか! 余裕があるな小僧!』

(あるわけないだろう……!)


 大嶽丸にとってはお遊びのような術の応酬だったのかもしれない。

 術の衝撃は収まるも、セーバの魔力は枯れかけて纏う炎は使い手の限界に小さくなっていく。

 それでも前に。前に。前に。

 大嶽丸の目の前に。いや――


『勝てぬと理解して向かってくるか! この大嶽丸に!!』

「ぞのために……! ごこにぎたんだ!!」


 その手はすでに拳を作ることなどできなかったが……炎が彼の意思を代弁する。

 大嶽丸に向けて振るわれる炎の腕。炎は拳を形作り、大嶽丸に最初で最後の一撃を与えた。


『……気はすんだか? 小僧?』

「……」


 ぺちっ、と炎の拳は大嶽丸の胸に受け止められる。

 その皮膚には火傷すら出来ない。すでに限界を迎えた腕は強打することすらかなわなかった。

 セーバの纏う炎はゆらゆらと揺れて小さく消えていく。


『これがお前が全てを燃やした結果だ。誇るがよい。この大嶽丸に触れたこと』


 無造作に、大嶽丸はセーバを殴り飛ばす。

 強化されている体など関係ない。ただその怪力だけで限界を迎えたセーバを吹き飛ばす。

 骨の折れる音と飛び散る鮮血の中で、


「三分、だ……! ぐそ……やろう……!」


 大嶽丸は彼の勝ち誇った笑みを見た。


「ありがとうナーラちゃん……セーバくん……」

『!!』


 そう。彼の目的は大嶽丸に勝つことではない。

 彼が求めたのはあくまで勝利のための三分間。あの日出来なかった事。

 ただ一人で戦っている大嶽丸にはわからない。後の全てを託し、自分の全てを懸ける少年の姿など。


『魔力簒奪終了。真なる主(マスター)の身体限界突破』


 マルティナの手に持った天秤が最後の通告を伝え、崩れ去る。

 その中から……禍々しい魔力が吹き荒れた。


『それは……何だ?』


 大嶽丸の目に映るマルティナの姿が変化する。

 その手から奇妙な天秤は消え、代わりに禍々しい黒い騎士槍。

 吹き荒れる魔力が集まる。集まった魔力はマルティナの体を這い上がり……彼女に"黒"を纏わせた。


『【第四の騎士】解放。【死屍晒せ我が四騎士(ペイルライダー)】完全放出』


 その手に持つのが騎士槍ではなく鎌だったのならこう思ったかもしれない。

 ――あれは死神だと。

いつも読んでくださってありがとうございます。

一区切りまで駆け抜けますよー!

感想返信はお待たせして申し訳ありません……!今日明日には全て返していきますのでお待ちを!

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― 新着の感想 ―
[良い点] セーバ君、良く頑張りました! 大嶽丸相手に3分は、殊勲賞です。 胸を張って、魔法使いと名乗れる偉業です。 恐怖を抱かない者より、恐怖を抱きつつもそれを乗り越える者に私はより価値があると思…
[良い点] やりきった! この3分を耐えきるのがどれ程の功績か! セーバもナーラも出来ることを尽くしましたね 頑張った! 凄い! ちゃんとベネッタも見ててくれたはず だから死ぬんじゃないぞ! ベネ…
[一言] 武器だけ進化しても使い手がソレに伴わないと… 当たらなければどういうことはない展開になりかねないぞ
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