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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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354.ガザスの反撃5 -偽りの女王-

「戦況はどうなってますの!?」

「あら……」

「うお、びっくりした」

「びっくりしたー」


 シャファク王城。

 アルムの部屋にサンベリーナが飛び込んでくる。後ろにはまだ包帯を巻いているフラフィネと、若干大人しめなヴァルフトがいた。


「私は止めたし」

「フラフィネさんだー、あれ? グレースさんは?」


 フラフィネは一瞬、瞳が銀色に変わっているベネッタにぎょっとする。

 魔力光を見て何らかの魔法を使っているのだと自分で納得した。


「グレっちはネロエラの護衛についてコルトスに行くって言ってたし」

「へぇ……あの二人知り合いだったのかしら」

「みたいだし」


 サンベリーナを止めたとは言いつつも戦況が気になってはいるのか、フラフィネはベネッタと話しながらもアルムの持っている通信用魔石に目がいっている。


「サンベリーナ殿。大丈夫なのかい?」


 ルクスがつい立ち上がって迎えると、サンベリーナはふふんと得意気に鼻を鳴らす。


「この私サンベリーナ・ラヴァーフルが傷如きで寝込み続けるわけありませんでしょう?」

「いや、サンベリっち治癒魔導士の治療断っているから全然怪我人だし」

「フラフィネさん? 私の事はベリナっちと呼びなさいと仰ったでしょう?」

「ベリナっちはちょっと恥ずいし……」

「サンベリっちと何が違いますの!?」


 今まさに大嶽丸とラーニャ達の戦闘が繰り広げられているというのに、今この一瞬だけ日常と同じような雰囲気をアルムは感じ取る。

 サンベリーナやフラフィネとはそんなに付き合いがあるわけではないが、同じ魔法生命と戦ったからか奇妙な連帯感のようなものがあった。


「お前……大丈夫なんかよ?」


 サンベリーナとフラフィネが横で言い合っている横をヴァルフトはすり抜け、一目散にアルムの目の前まで来てそう問いかける。


「ああ、今はすっかり」

「……そうかよ」


 いつもと違う大人しさに疑問を抱くも、そこを指摘する気にはなれない。

 それよりも、アルムにはヴァルフトに会えたら言わなければと思っていた事があった。


「すまないヴァルフト。協力してもらったのに勝てなかった」

「――」


 アルムがそう言うと、ヴァルフトは言葉を失う。

 首を一度横に振って、それでも言葉が出なかったのか、壁のほうに歩いていって寄りかかった。


「アルムさん! その魔石で戦況を聞けますの!? 私にもお聞かせくださいまし!」

「ああ」


 フラフィネとのどうでもいい言い合いが終わったのか、サンベリーナはアルムの持つ通信用魔石に気付いた。

 サンベリーナはアルムが腰掛けるベットまで足早に近付くと、アルムの隣に腰掛けた。

 普段なら貴族の令嬢として男が座っているベッドに腰掛けるのを躊躇うところなのだが、自分の戦った敵がどうなっているのかが気になって今はそんな場合ではないらしい。


「!!」


 一方、サンベリーナが座った反対側に腰掛けていたミスティが驚いたような顔でサンベリーナに視線を向ける。

 アルムの右隣にはミスティ。左隣にはサンベリーナと、見るものが見ればちょっとした両手に花状態だが、アルムは手に持った通信用魔石に集中していた。


「それで、戦況は?」

「観測室と繋がっていてたまに繋がって声が聞こえてくるんだが……今は互角ってところか。悲観的な情報は流れてこない。遠くでよし!とか言う人もいるから悪い状況ではないはずだ」

「私を倒したあれと互角とは……ガザスも中々……あなた方は援護にいかなくてよいのですか? あなた達はあの敵についてお詳しいんでしょう?」

「俺達まで行ったらそこでの戦闘を放棄して住民を狙い始める可能性がある。あっちはここでの決着を急ぐ必要は無いからな。行かないんじゃなくて行けないんだ。避難してる人達が安全に避難するためにも、ここで動きを見張る必要がある」


 そう言って、アルムはベネッタのほうをちらっと見た。ベネッタはアルムに向けて任せて、と親指を立てる。

 大嶽丸の動きに備えて、ベネッタの瞳は銀色に輝き続け、王都のほうで戦っている大嶽丸の核と刀を捉え続けていた。


「だから決める時は逃げる間も無いような一撃で……あいつの核を破壊しないとけいけない」


 集団ではなく、個であるがゆえに逃亡も潜伏も容易。絶対の力を持っているがゆえに、彼らは自由。

 それはマナリルが魔法生命に対する対策がとれずにいる理由でもある。





 








「【氷と成れ】!」


 大通連が冷気に変わる。

 冷気は地を這い、酒呑童子とマルティナは建物の上に跳んで躱すが、大嶽丸に向かっていく人造人形(ゴーレム)達の足は凍り付き、その足は止まった。

 

『しまった……!』

「消え去れ石くれ」


 大嶽丸の背後の巨体――悪鬼がその剛腕を振るう。

 冷気で足の止まった人造人形(ゴーレム)がその一撃に耐えられるはずもない。

 地響きにも似た衝撃と共に足の止まった人造人形(ゴーレム)は一撃で粉砕されていく。

 いくら酒呑童子の力で強化されているとはいえ限界はある。


「ただの力のカタチとはいえ余の力……流石に人造人形(ゴーレム)で受け止める事はできぬか」

「酒呑! 手筈通り。私が」

『ああ!』


 笑う大嶽丸。

 しかしラーニャ達もこの段階は想定内。


「【妖精遊戯(さああそびましょう)偽礼王冠(ようせいのふりをして)】」


 ラーニャはこの世界では言語すら正確に伝わらない術を唱える。

 すると空にいる妖精達を残して、糸を配置すべく飛び交っていた妖精達がラーニャの下に集まった。

 一匹の妖精がラーニャの頭の上を飛ぶと、ラーニャの頭上には光る王冠、妖精が背中に触れると四枚の羽根。

 その姿は飛び交う妖精そのものだが、王冠と羽根の輝きにも負けない美しいダークブラウンの髪がラーニャの存在が人なのだと主張する。


「なんだ……?」


 去年戦った時には見せなかった姿に大嶽丸は目を奪われる。

 しかし、そんな視線を無視してラーニャは大嶽丸の後ろで剛腕を振るう悪鬼に向けて術を唱える。

 

「『リアナ・リングレット(くるくるとまかれている)』」

「なに!?」


 大嶽丸が出したのは十メートルを超える悪鬼。自身の力をカタチにしたもの。

 ラーニャが何かを唱えた途端、その悪鬼の足元から光る蔓のようなものが生え、その手足を縛り始める。


「ぬ……! 魔力が……!」


 悪鬼は引きちぎろうと動くが、次々と地面から生えてくる蔓は悪鬼の自由を奪い、その魔力を吸収していく。

 その影響は当然本体である大嶽丸にも現れた。


「あっ……! っく……!」


 しかし、その負担はラーニャにも。魔力を吸収する度、鬼胎属性の魔力がラーニャの精神を侵す。

 ラーニャが使っているのは自分と妖精の繋がりを強固にする強化にも似た術。

 先程までは人間の負の感情を受け止めたところで意にも介さない妖精達が吸収した鬼胎属性の魔力を受け止めていたが、今はラーニャ本人にも流れ込んでしまっている。

 魔力を通じて伝わる過去からの悲鳴は、耳を塞ごうが脳髄に刷り込まれていく。


「それが……なんですか……!」


 嘘だ。こんなの強がりだもの。

 本当はこんな声聞きたくない。一秒だって。

 人の恐怖は、怒気は、怨嗟は、痛みはこんなにも苦しい。

 こんなの耐えたくない。逃げ出したい。今すぐにでも。

 ――ああ、こんな事を考えてしまう自分は本当に弱い。

 もし妖精なんかに目を付けられず、普通に違う世界で生まれていたら。

 そんな無意味な想像をする自分がいる。


「ラーニャ! 見た目だけの女が余を封じ込めるなど――!!」

「わかっている。そんな事――!!」


 なにもない女王。本当は王家の血筋ですらない。血統魔法も使えない。自分の正体は、たまたまこの国の王家で生まれた子と取り替えられた……普通の子。

 自分の人生が常に何者かの気紛れで動いていることをラーニャは自覚している。

 妖精の気紛れでここに生まれて、大嶽丸の気紛れで今日まで生き延びて。

 人ですらない者達に自分の運命は遊ばれ続けている。

 身分も偽り。本当はきっと自分は普通の子だ。だってこんなにも恐い。

 力も偽り。妖精の力を借りているだけで自分の力なんかじゃない。この力が無くなったら自分は平凡でそこらの魔法使いと大差ないのかもしれない。


「でも私は――!」


 だから……これだけは。


「私はラーニャ・シャファク・リヴェルペラ!!」


 生き方(・・・)だけは誇りたい。


「この国の……! ガザスの……!」


 去年、初めて大嶽丸の襲撃を受けた日。周囲は恐怖と悲鳴で溢れていた。

 助けて、と自分を見ながら食われていく魔法使いの目。

 痛い、と四肢を折られていく平民の声。

 危ない、と庇ったことに誇りと後悔をごちゃまぜに死んでいく衛兵の表情。

 女王なら記憶に刻むだろう。民の最後の目を。民の最後の声を。民の最後の表情を。

 自分が女王だというのならきっと、刻んだその記憶から逃げ出すことだけはしてはいけない。

 偽っているのなら、偽ったまま死ぬ。

 あの日死んだ民達が、あの女王のために死ねたならとあの世で誇れるために。

 今を生きる民達が、あの女王が治める場所で生きたいと思えるように。

 未来に生きる民達が、あの女王はまぁまぁだったなんて語れるように。

 あれは女王なんかじゃない。そう言われる生き方だけはしない。

 だから、流れ込んでくるこいつの魔力などへっちゃらだ。刷り込まれるような悲鳴だって全部受け止める。


「ガザスの女王ですから!」


 自分はガザスの女王。

 墓にまで持っていくこの偽りこそが、私がこの世界で受け取った一番の幸福なのだから――!


「死ぬまで私は食らいつく!! お前にいぃ!!」

「あくまで……! 余のものになる運命を阻むか――!!」


 ラーニャに大通連を向けようとした大嶽丸の背後から酒呑童子、前方からはマルティナが畳み掛ける。

 十メートルを超える悪鬼はラーニャが封じ、動けるのは宿主の状態の大嶽丸だけ。

 周囲には酒呑童子の力を受けている人造人形(ゴーレム)がまだ五十体近く待機している。


「酒呑――!!」

『存外余裕が無いな!? ああ!?』


 酒呑童子の五爪と大通連がぶつかり合った。衝突で散った黒い魔力光が映す表情はあまりに対極だった。

 魔法生命としての力で勝っているはずの大嶽丸が怒り、劣っている酒呑童子には余裕がある。


『ギハハハハ! 玩具の反逆に苛立つか!? だがな、お前の苛立ち以上にこいつらはお前に怒りを抱いている! 恐怖を塗りつぶすほどに!! その怒りは人間に鬼を越えさせる!!』

「戯言を! 人に殺されたからと人を持ち上げるか!!」

『今にわかる! 怒りに満ちた人間は飢え渇く俺達(おに)を越えるのだから!』


 大嶽丸を煽りながら酒呑童子は空中を舞う。

 まるで感情を表す舞踊のように、酒呑童子は笑っていた。

 しかし、そんな声では大嶽丸の精神は崩れない。それは酒呑童子にもわかっていた。


「くかっ――! かっかっか! ならばやってみせよ! この大嶽丸を越えるというのなら!!」


 大嶽丸は自身のありとあらゆる欲望を満たすために動く鬼の中の鬼。

 玩具だと認識した者が強者だったのならそれはそれ。玩具相手には玩具相手の、強者相手には強者相手の(よろこ)びがある。

 笑い声とともに、大嶽丸はラーニャ達への認識を玩具から強者へと切り替えた。


「はあああああああ!」

「くかっ!」


 大嶽丸から油断は削ぎ落され、切りかかってきたマルティナの赤い剣を受け止める。

 魔法生命の外皮すら切り裂くこの剣は厄介であるものの、その斬撃を当てる技術が無い。

 酒呑童子の攻撃を捌きながら警戒していれば……。そんな分析をしていた最中、


「剣が……!?」


 大通連で防いだマルティナの赤い剣がひび割れる。

 一瞬、武器に限界が来たのかと大嶽丸は思ったが――すぐに、そんなことはないと理解する。


『【第三の騎士】解放。真なる主(マスター)の身体負担を無視。魔力簒奪の速度を上昇します』


 何故ならマルティナの手には口のついた奇妙な天秤が握られており……その天秤は意味不明な言葉だけを大嶽丸に残して。


「シュテンさん! 陛下!」

「来ましたね!」

『さあさあ! もう一度笑ってみせろそびえ立つ弧峰! もう一度笑い飛ばせるというのなら!!』


 ラーニャ達には希望を与えていたのだから。

いつも読んでくださってありがとうございます。

毎回なのですが、その部の終わりが近づいてくるにつれて緊張してくるんですよね……。第五部は特に長かったので緊張が倍くらいになっている気がします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 酒呑童子もかっこよかったですがラーニャも王としてかくあらんとする姿勢が描かれ、惚れ惚れします。全員の連携あってこそですがラーニャと妖精さんがいることで防げている相手の大技があり大きな戦力と…
[良い点] 女王が最前線に出て果たして良いものか? 彼女が狙いなのでは? などなど、色々と疑問に思ったりもしましたが、彼女無しでは立ちいかなく、その存在そのものを賭けて戦っている事が良くわかります。 …
[一言] ソシャゲ脳とレトロゲー脳が複合したせいで消え去れ石?そんなアイテムあったかな?と思ったけど、そんな物はなかったぜ 緊迫したバトルの中で一人だけ違うバトルしてるミスティは癒しw
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