3. 追い払われたのに気付かない
学院に着くと、すでに数人が門の前に集まっていた。
ベラルタ魔法学院は学年ごとに制服が少し違っており、門の前に集まる数人は全員同じ制服を着ているので同期生ということがすぐにわかる。
門には入学式を行う講堂の場所と開始時間が記されていた。
「でかいな……」
アルムはそれよりも学院の広大さに圧倒されているようで、横にずっと続いている壁を左右交互に見ていた。
この壁はどこまで続いてるんだろうかなどと暢気な事を考えながら。
「まだ大分時間があるようですわね」
「そうなのか、じゃあそんな急ぐ必要無かったな」
「ええ、人もまだまばらなようですし」
貴族と言っても多忙な家から暇な家まで様々だ。
それを考慮してか、入学式の時間は大分遅く設定されているようで、アルムとミスティはむしろ早い部類に入るらしい。
アルムは朝に集合と聞かされていたが、案内に書かれた時刻は昼近い。
別にいいのだが、少し騙された気分だ。
すでに集まっている自分の同期もその口かとアルムは目をやる。
「ミスティ殿じゃないですか」
「はい?」
その同期生の中から一人、ミスティを知っている者がいたようでこちらに歩いてくる。
二人の目の前まで来ると、その少年は小さく頭を下げた。
「"ルクス・オルリック"です。以前父の付き添いでお見かけした事が」
「ああ、オルリック家の。お話するのは初めてでしたね、ミスティ・トランス・カエシウスと申します」
ミスティも小さく頭を下げる。
そこでようやく隣のアルムに気付いたかのようにルクスと名乗った少年はアルムと目が合った。
ルクスはアルムと同じくらいの背丈の金髪の少年で、和やかな表情を浮かべている。
顔立ちがよく、すっと通る鼻梁に大きな瞳と中性的だ。
もっとも、振る舞いやがっちりとした体に女性らしさは無い。
自分のいた村では見かけたことのないような美男子だった。
「こちらの方は?」
「カレッラから来たアルムです」
視線をミスティに戻し、ルクスが紹介を求めようとすると、ミスティが紹介する前にアルムは直接それに答える。
しっかり名乗れという忠告を律義に守っているがゆえである。
「アルム……申し訳ない、家名は?」
「いや、俺は平民だから家名は無い」
「……平民?」
それを聞き、ルクスは和やかな表情から一変する。
他の同期生もそれが聞こえたのか、一斉にこちらを向いた。
「平民?」「そういえば今年は平民が一人いるって」「本当かよ、何かの間違いじゃなくてか?」
値踏みするような視線と囁き声がアルムに注がれる。
まだ学院に着いているのは数人だが、ここに他の生徒が集まっていたとしたらちょっとした騒ぎになっていただろう。
「……そうだったのか。今年は一人平民が入ってくるという話だったが、君がそうか」
「一人?」
「当然だろう。普通は貴族しか魔法使いにはなれないからね」
「ああ、それは聞いてたけど……。そうか……一人か」
「心細いとでも?」
遠くを見ながら呟くアルムに鋭い目付きでルクスは問う。
対してアルムは。
「いや、思ったより自分は幸運だったんだなと噛みしめていた」
「幸運?」
「ああ、だって普通じゃなければ平民でも魔法使いになれるって事だろ」
「……っ」
自分には特別な才能があると言っているかのような宣戦布告ともとれる発言。
それがルクスには傲慢に映る。
しかし、実際はそうではなく。
アルムは自分が師匠に出会った事が普通じゃないという意味で口にした。
元々なれないと思っていた子供に巡ってきた幸運に改めて感謝したのだ。
「そうか、大した自信だ」
「自信?」
アルムは身に覚えがないと言いたげに首を傾げる。
そんな所作も受け取り手のルクスにとっては不快で、アルムを見る瞳はもう冷たい。
「そうだ、すまないアルム。ミスティさんとお話したい事があるんだが少し席を外してくれないかな」
ルクスはすぐに和やかな表情に戻るが、そこには非友好的な感情が混じっている。
わかりやすいくらいの意志表明だ。
「おっと、そうなのか。じゃあ俺はどっか行ってるよ」
「すまないね」
「いや、いいんだ。俺にはわからない話もあるだろう」
アルムはそんなルクスの様子を気にする事も無い。
話があるというのだから自分には聞かれたくない話なんだろうと足を動かす。
「あ、アルム……」
「さぁ、ミスティ殿。あちらで他の方々にも紹介を」
「え、そ、それでしたら、アルムもご一緒に……」
「何言ってるんだ、気を遣わなくてもいいよ」
自己紹介なんていつでも出来るだろうし、などとずれた考えでアルムは断る。
他の貴族には違うように映ったようで、小声で"立場を弁えてはいるな"などという声が集団からは聞こえてきた。
ルクスはそれを見て少し怪訝な表情を浮かべる。
「またなミスティ」
「え、ええ……また……」
ミスティは小さく手を振る。
アルムは学院の門をくぐりながら、それに応えるようにミスティに小さく手を振り返した。
ルクスもまた、その背中に視線を送っていたことにアルムは気付かない。
「さて、とりあえず片っ端から場所を覚えよう。今度は迷わないようにしないと」
別れる事に名残惜しさすら見せることなく、アルムはきょろきょろと学院を見渡す。
先程まで街で迷子になっていたからか、せめて院内で迷う事はないようにしようと意気込んだ。
「校内で迷ってもまたミスティみたいな親切な人に出会えるとは限らないからな……あぁ、早く魔法使いたい。皆どんな魔法を使うんだろうか……」
自分が貴族たちに冷遇されていた事など露知らず。
中毒のような台詞を口にしながらアルムはこれからの学院生活に思いを馳せる。
村とは違いここは魔法の使える者が集う楽園だ。
自分の師匠しか魔法使いを知らない彼はそれを見るだけでもどんなに楽しいだろうかと顔を綻ばせる。
その目は絵本が現実になるのを期待する子供のようで。
何より、ここがその期待に応えてしまうような学院だという事を彼はすぐ知ることになる。