351.ガザスの反撃2 -ハミリアの才女-
「ターゲットが王都に侵入しました!」
「マヌエル殿! お願いします!」
「承った」
シャファク城の観測室。
事前に張られていた感知魔法が大嶽丸の侵入で破壊されたことにより、大嶽丸の侵入を観測する。
声とともにガザスの感知魔法の使い手五人が集まる部屋に一人……後方支援のために抜擢されたタトリズ魔法学院の生徒マヌエル・ジャムジャが立ち上がった。
「【永久舞台開幕】」
観測室に響き渡るはジャムジャ家の血統魔法。
その血統魔法は決して、感知魔法などではない。
この場での変化はないが、感知魔法の使い手達は事前に張り巡らせていた感知魔法によってマヌエルの血統魔法の"放出"を確認する。
「人造人形の生成を確認!」
「こちら観測室! 陛下! ターゲットが第三区画の門から侵入! そしてマヌエル殿の血統魔法の発動を確認しました!」
『ラーニャです。私達も第三区画に急行します。手筈通り人造人形を使って足止めを。それとヴァームホーン部隊を動かすように。マリーカに連絡を』
「了解! こちら観測室。ヴァームホーン部隊どうぞ!」
『了解しました。マリーカ・ヴァームホーン、シクタラス及び水源の奪還任務開始致します』
通信用の魔石からラーニャやマリーカの声が観測室に響く。
ラーニャ達は勿論、感知魔法の使い手五人とマヌエル、水源を奪還すべく動いているマリーカの部隊や王城に待機しているアルム達、そして住民の護衛にも事前に通信用魔石が配られている。ガザスが現在保有している通信用魔石三十の内半分が今回の決戦のために使われていた。
「視界情報をマヌエル殿に!」
「わかってる! 【黒羊の囁き】!」
感知魔法の使い手の一人が血統魔法を発動する。
同じ国のマヌエルですら、今回の作戦まで名前を知らない魔法使いの血統魔法。
マヌエルの前に召喚の魔法式が現れ、ぴょこん、と小さな羊型の人造人形が現れると、
「ぬお!?」
マヌエルの体をちょこちょこと昇っていき、実体を持っていないのかマヌエルの頭の中にぬるっと入っていく。
中々にホラーな状態に驚いていると、マヌエルの脳内に自分の視界とは違う視界が現れる。
今頭の中に入ってきた羊型の人造人形が王都の各地に召喚されているのか、その羊型の人造人形が見た光景がマヌエルの脳内に映し出されているようだった。
使い手である男性は目を瞑ったままだ。
「各地に召喚した俺の人造人形に俺の視界を映して、それを共有する魔法です。最初は混乱すると思いますが、慣れてください!」
「これは凄いですが……事前に何が起こるか教えて貰いたかったですな。頭の中に入られるというのは中々に恐怖体験でした」
「俺達の血統魔法は魔法機密なので念のために使う時まで隠すように命令が……すいません……」
「いえ、これで……私の人造人形も動かしやすい」
自分が見ている視界とは別の視界があることに違和感を感じつつも、マヌエルは突如脳内に現れた視界を確認して敵を見る。
「っ……!」
「ひっ……! あ、く……!」
ターゲット。
そうとしか教えられなかったその姿にマヌエルは途方もない威圧感を感じた。マヌエルだけでなく、自分の視界を貸してその姿をマヌエルに見せている血統魔法の使い手も恐怖で全身から汗を噴き出させながら声をあげている。
今マヌエルが見ているのは王城から離れた第三区画を歩いているターゲットの姿に過ぎない。
決して自分の目の前にはいないというのに、その存在感は見ているだけで押し潰されそうだった。
(ベラルタの留学生達は……あれと生身で戦ったというのか……!)
何だあの化け物は。
マヌエルの本能で感じる危険信号が挑んだ者の勇気を賞賛させる。
「じ、自殺と変わらないではないか……!」
例えば、台風に挑もうとする者がいるだろうか? 雪崩に立ち向かおうとする者がいるだろうか?
あの男はそんなどうしようも出来ない存在と同じだ。決して触れてはいけない災害そのもの。
魔力を持つ者は特に……そのドス黒い属性魔力に吐き気を催すだろう。
「全く……ルクス殿だけでなく他の者まで自信を無くさせてくれる」
後方支援で安全な場所から戦おうとしている自分を情けなく感じるも、自分の仕事が直接あのターゲットを叩くことではない事をマヌエルは理解している。
マヌエルの仕事は王都に展開した自身の血統魔法……【永久舞台開幕】によって召喚した百を超える人造人形による足止めと魔力削り、そして数の補強だ。
「死ぬなよマルティナ殿……ナーラが悲しむぞ……」
人造人形を操りながら、あのターゲットと相対する予定の友人の無事をマヌエルは願う。
だが、それは無理な話。
マルティナにとって大嶽丸は……父の仇である。
「つまらぬ歓待だ。拍子抜けといっていい」
大嶽丸の周囲に現れる人造人形の数々。
その姿は一定ではなく、騎士のような甲冑のもあれば、土に塗れた骸の形をしたものもある。中には馬や牛の人造人形まで。
先日の襲撃の際に破壊された家屋の瓦礫で人造人形の材料は王都に有り余っている。加えて、ジャムジャ家に保管されている良質な材料を総動員した結果……今王都には百を超える人造人形の大軍が召喚されていた。
「確かに数の利はあろうが……それは人間同士の話であろう」
悠々と第三区画を歩き進める大嶽丸に背後から騎士の甲冑姿の人造人形が斬りかかる。
およそ騎士らしい正々堂々さは無い。それも当然。これは騎士の形をした人造人形であって、騎士ではない。
「貧弱な人造人形がいくらおってもな……」
無論、そんな奇襲が大嶽丸に通じるはずもなく……大嶽丸は体を半分回転させ、後ろから斬りかかってきた人造人形を薙ぎ払うように殴り飛ばした。
大嶽丸の怪力は人造人形をただの瓦礫や土塊に戻すのに十分すぎる。
「む?」
しかし、騎士の人造人形が砕ける光景が大嶽丸の目の前に広がらない。
斬りかかった騎士は大嶽丸の怪力によって甲冑を破壊されるも、その人型の形状を保ち、石畳の床で勢いを殺すと再度大嶽丸に襲い掛かる。
退屈に満ちた大嶽丸の表情には一瞬興味が戻り、無造作に蹴り飛ばすと今度こそ向かってきた騎士の人造人形を粉砕された。
「かっかっか! 余の打撃を一撃耐える人造人形……血統魔法か! 中々の使い手がいる!
先の戦闘で破壊した瓦礫を素材にしておるようだな。今から町を破壊すればそれすらも材料にする覚悟があるという事か」
大嶽丸に向かってくる人造人形の数と、その素材はまさに王都が戦場になることを厭わない覚悟の表れ。
人造人形の材料なら町中にある。破壊されればその瞬間から、人造人形の素材候補になるということだった。
「王都を戦場にする気があるという事は……ビクターとラドレイシアはしくじったか」
住民が王都に残っていればラーニャはこんな戦法はとらない。
今こうして人造人形が大嶽丸に向かってきているのは、王都を戦場にしても構わないという意志だろう。
つまり、コルトスを支配していた大嶽丸の部下であるビクターとラドレイシアは殺されたか捕まったか。
「まぁ、どうでもよいな」
雇った部下の生死など一瞬で彼方へ消え、大嶽丸は突進してきた馬型の人造人形を床に叩きつけ、無造作に踏みつけて破壊する。
「かっかっか! 去年来た時にはこれほどの召喚魔法の使い手は現れなかったはず……ラーニャのやつめ、前菜としては中々ではないか。拍子抜けは撤回してやろう」
破壊。破壊。破壊破壊破壊。
向かってくる人造人形の強度は大嶽丸の怪力に耐えうる耐久性こそ備えているが、大嶽丸を倒す力があるかと言われれば話は変わる。
普通の魔法使い相手ならばこのレベルの人造人形の集団攻撃は堪えるだろうが、大嶽丸は魔法生命。マヌエルの操る人造人形を遊戯のように破壊し続ける。
「おっと? 次の料理のおでましか?」
だが、そんな事は使い手であるマヌエルも承知している。
あくまでこの人造人形の軍勢は……大嶽丸のための本命の戦力が滞る事なくぶつかるための足止め役に過ぎない。
大嶽丸の視界の先で、ポニーテールが風で揺れた。
「こちらマルティナ。ターゲットと接触します」
ただ一人、タトリズ魔法学院で大嶽丸と戦うに値すると選ばれた生徒……マルティナ・ハミリアと大嶽丸の目が合う。
『酒呑童子だ。マルティナ。自分の状態は?』
「魔力は肌に伝わってピリピリとしますが……連日のシュテンさんとの模擬戦のお陰か落ち着いています」
『よし、それでいい。ラーニャ達が合流するまで任せたぞ』
「了解しました」
通信用魔石での短い通信を終え、ポニーテールを揺らしながらマルティナは大嶽丸と向かい合う。
大嶽丸は立ち塞がるように道の先に立つマルティナを見て、満足そうに笑った。
足下に這ってきた小型の人造人形を無造作に破壊しながら、顎に手をあてる。
「ふむ、見ない顏……いや? 何処かで見たような女子だな」
「……気付かないか?」
「ふむ、これだけいい女子を余が忘れるとは思えないのだがな……はて」
大嶽丸の様子にマルティナは苛立ちで歯を鳴らす。
「気付かぬなら、教えあげましょう」
そしてマルティナは懐から……針の止まっている懐中時計を取り出した。
マルティナが魔法を使う際の切り替えのスイッチであり、父の形見。
その懐中時計を手にしてようやく、
「それは――」
大嶽丸は去年戦った相手のことを思い出した。
そう、その懐中時計は去年ガザスを初めて襲撃した際に戦った男が持っていたのと同じ物。
先程とは違う意味で、大嶽丸は笑う。さっきの下卑た笑いではなく、より邪悪に。より悪辣に。
「ああ、なるほど……あの男なら今でも思い出せる。そなた……ヨセフ。余に食われたヨセフ・ハミリアの血縁か」
「私はマルティナ・ハミリア……ヨセフは父だ」
「そうかそうか。それで? ヨセフの娘が余に何の用だ? まさか、父に代わって余を殺しに来たというわけではあるまい?」
「そのまさかだ」
「かっかっか! なるほど、父より冗談は上手いと見える。お主がヨセフより腕がいいとは思えんが?」
「……その通りだ。私は未熟で、父に匹敵するには実力がまだ足りない」
「自覚があって何より。だが、自覚がありながら余に立ち向かうのは利口とは言えんな? 父の仇と無闇に突っ込んでくるか? それとも幽世に行った父に会いに行きたいのか? それなら……興醒めも興醒めだがな」
マルティナは深呼吸を一つする。
言う通り、父親に比べれば魔力も少ない。
言う通り、父親と比べれば魔法も未熟。
人望も無ければ、実績も無い。戦う理由も父のように立派ではない。
それでも、たった一つだけ……マルティナには父を上回っているものがある。
「勝手に萎えていればいい」
マナリルの四大貴族カエシウス家では……幼いながらに才能の差を決定づけられた事例がある。
妹ミスティと姉グレイシャ。ミスティは十歳で血統魔法に目覚めたとはいえ、その時点での魔法の腕はグレイシャのほうが上であった。
どちらも才能に溢れる姉妹なのは当然だったが……ほぼ全ての人間が妹ミスティのほうが才能があると断じている。
そしてグレイシャ本人でさえも、魔法の腕は追い付かれていないというのに……妹のほうが才能があると結論付け、狂気に身を落とした。
――何故か?
「その間に、私はお前の首を刈り取ろう」
それは魔法使いにとって最も得難い才能。
貴族達が自分の家の伝統と歴史を重んじる理由。
ミスティという少女は、魔法使いにとって最も得難い才能に恵まれていた。
そして――ここにもその才能に恵まれた者がいる。
「【死屍殺せ我が四騎士】」
マルティナ・ハミリア――彼女は……血統魔法に愛されている。