350.悪鬼侵攻
大嶽丸がガザスに執着する理由は単純である。
「さて、私はもう行くよ」
「ああ、余との契約は終わった。今日までご苦労だったな」
白い髪に白い肌、そして生気を感じさせない顔色を持つ女性が服を着る。
ゆったりとした服の上からローブを纏い、自分の身丈ほどの杖を持つと用は無いと言わんばかりに、大嶽丸を一瞥もせず部屋の扉を開けた。
その姿はアルムに師匠と呼ばれる女性だった。
「そういえば、お前は余が王都を襲ってる間どこにいたのだ?」
「興味の無い質問で私を引き止めようとしているのかい?」
「今日まで余の戯れに付き合ったのだ。少しばかり興味が沸いてもおかしくはなかろう? ましてやお前は余と同じ魔法生命……さらにいえば余に協力を申し出た変わり者だ」
「最初にも説明をしたが……常世ノ国を出てから思うところがあってね。私では神の座に辿り着けない。ならば、可能性のある者に恩を売るというのはおかしな話ではないだろう? 常世ノ国を出てから私も少しは処世術とやつを学んだのさ」
「かっかっかっかっかっか!!」
師匠の返答に大嶽丸は大声を上げて笑った。
この場に普通の人間がいれば鬼胎属性の影響で気絶するのではないかと思う程の魔力だが……この部屋に普通の人間はいない。
「お前が!? かっかっか! お前でも冗談が言えるのだな!? ああ、だが……常世ノ国にいた時よりは何故か、女らしさを持っておるな。前は人間の振りをしているだけのようでつまらなかった。その体の記憶に引っ張られておるのか?」
「私に限った話ではないだろう悪鬼。君も常世ノ国にいた時は喋り方も今のようではなかったぞ。まぁ、今は影もないがね」
「ああ、そんな事もあった。紅葉のように宿主との相性がよければ楽だったのだがな。まぁ、ここまで人格を支配しきれば関係はない。お主は楽だったろう? 最初から人格が同居していなかったのだから」
「さあ? 私にはその感覚もわからないからね……そもそも、生きるという時間が私には新鮮だ。知っての通り、私は人間が生み出した幻想だ」
「かっかっか! そうじゃったな」
大嶽丸の気分によって交わされた雑談も終わり、今度こそ師匠は部屋の扉を開ける。
「君と会うことはもうないだろうが、精々頑張ってくれたまえ」
「そうか? 余はお前ともう一度会う気がするぞ」
「それは無いだろう。では今度こそ失礼するよ悪鬼」
「かっかっか! ではな悪魔。余に抱かれたくなったらまた来るがよい。生の実感を味わわせてやろう」
その聞く者が聞けば最低と罵るような声に応えることなく、師匠は部屋を出ていった。
「人間らしくなったものよ」
大嶽丸がガザスに執着するその理由――それは、ラーニャが大嶽丸にとっていい女だから。
大嶽丸の行動理由はある意味単純だ。ただ欲しいもののために動く。感情であれ食い物であれ、物であれ命であれ……大嶽丸は自分が欲しいという欲望を満たすために動き、最も心地のよい手に入れかたを選ぶのだ。
ただ奪うだけの時もあれば、幸福を享受させてから剥奪したり、目の前でこれみよがしに奪ったりもする。
「食ってみてもよかったが……まだその時ではないな」
親の目の前で子供を喰う時もあれば、助かるという希望に縋って命令を聞き続けた人間を気まぐれに壊す事もあるという事だ。
全ては大嶽丸がその時が奪うに最適なタイミングだと判断したから。
大嶽丸が欲しいと思ったものには彼なりの価値が生まれ、奪うその時にこそ彼の中の価値が決まる。
気まぐれに壊された人間は大嶽丸にとってその程度でしか無く、喰った子供には親の目の前でそうする事に価値が生まれると大嶽丸が判断しただけに過ぎない。
そしてこのある意味単純な行動理由を貫くエゴこそが……彼という存在の"現実への影響力"をここまでにした。
「さて……あちらはそろそろ貰い受けよう」
ガザスを狙う理由。それはラーニャを屈服させるため。
人間を無闇に食い荒らさない理由。それは自身が手を伸ばす神の座に近付くため。
彼の中に温情は無い。壊すも見逃すも彼にとって明確な理由がある。
「ラーニャの次は……あの制服を狙うのもよいな」
ガザスの衛兵の服を身に纏うと、大嶽丸は拠点にしていたシクタラスの町を飛び立つ。
王都に向かいながらも、大嶽丸は自分に歯向かってきたマナリル魔法学院の制服を着た人間達を思い出していた。
予定通りの遭遇ではあったが、喜ばしい事にいずれも心を折りたい人間達であることに大嶽丸は自然と口元に笑みを浮かべていた。
その中でも一際……小通連を破壊したアルムという人間が大嶽丸の頭をよぎる。
「あの大百足を殺っただけのことはある」
大嶽丸は自身の能力でアルムの位置を確認する。
まだ王都を離れてはいない。それどころか自身を脅してきた血統魔法を持つミスティも、アルムと同じく纏う空気の違っていたルクスも、氷天鉾を防ぎきったエルミラ、そして妙な眼を持つベネッタも王都を動いてはいない。
健気にも、毒に蝕まれた住人達を憂いているのか?
宿主の精悍な顔立ちの中に大嶽丸の持つ邪悪が合わさる。ラーニャ達のついでにあれらも一緒に食ってしまおう。
「かっかっか!」
特に……大嶽丸の見立てではアルムの傷は間違いなく癒えていない。
当然だ。小通連で胸を突き刺した際にどれだけの鬼胎属性の魔力がその体に流れ込んだか。
その魔力は信仰属性の治癒を邪魔をして、間違いなく戦えるレベルにまで治癒できていないはずだ。
だが、満足に戦えない状態でもあれは立ち向かってくるだろう。それをいたぶった後に食う瞬間は最高の快楽を齎してくれるに違いない。
右腕を喰ってどう鳴くか? いや、あれは右腕では鳴かないか。
左足を喰ってようやく鳴くだろうか? それでも耐えたら面白い。
「おっと、余としたことが……」
王都が見えて来たので大嶽丸は降り立つ。
城壁の上から飛んで侵入するなどということはしない。
何故なら、この王都はこれから自分の物になる。自分の家にわざわざ侵入する家主はいないだろう。
「今戻ったぞガザス。余を迎え入れる準備はできておるか?」
門をくぐり、大嶽丸は王城以外無人となっている王都へと侵入した。
言われずとも準備はできている。
ガザスを恐怖で支配せんとする悪鬼を滅ぼすため……王都の町並みを犠牲にし、ガザスは最後の決戦を大嶽丸に仕掛ける。
「【永久舞台開幕】」
大嶽丸の侵入を確認した瞬間、王城で一つの血統魔法が唱えられた。
それこそは無尽騎隊ガザスと呼ばれる象徴の一つ。その血統魔法を合図に、王都は戦場へと変貌する。
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