幕間 -会いたくなかったのよ-
なんというか、目が覚めて一番会いたくなかった奴がいる。
「さ、エルミラ。治癒魔法かけるからちょっとじっとしててねー」
「言われなくても痛くて動かしたくないわ。というかベネッタ、魔力は大丈夫なの?」
「ちょっと寝たし、スープも飲んだから大丈夫じゃないけど、エルミラの傷を早く治さないとねー! 致命的な場所はガザスの治癒魔導士さんが治してくれたけど、まだあちこち傷だらけだからさ」
ベネッタはセーバが使用人に持ってこさせたであろうスープを飲み終わると、すぐ私に治癒魔法をかけようとしてくれていた。
ベネッタは私の体にかかっているブランケットをめくり、手首に巻いている十字架を取り出した。
私の体は包帯だらけで、体のラインが少し、その、強調されるような薄く白い服を着ていた。これがガザスの病衣なのだろうか。正直ちょっと恥ずかしい。デザインは可愛いけど。
ベネッタもそれを着ているが、特に恥ずかしがっている様子はない。
「歩く時きついだろうから足から先にやるねー」
むかつくのは、普段着痩せして隠れているこいつのでかい胸が丸わかりな事だろうか。
私の胸は決して小さくないのだが、同じ服を着ていると少しの差も大きく見える。
ベネッタは太っているわけでもないからそのサイズは特に強調されていた。
「……」
「エルミラー?」
「あー、うん、なんでもないわ。お願いできる?」
「任せてー!」
屈託の無い笑顔を見せられて、私は今日の所は負けを認めた。
真剣に治癒魔法を私の足にかけ始めるベネッタを前に、こんな小さな事を考えてしまったのだから仕方ない。
二度ほど治癒魔法を私の足にかけると、ベネッタは大きなため息をついた。
「うーん……魔力が足りないー……!」
「あんたも休めってことよ。充分ありがたいから今日はやめときなさい」
「うん、これ以上使っちゃうと気絶しちゃいそうだからやめとくー」
正直、私はベネッタに自分の顔を先に治してほしいと思っていた。
せっかく可愛らしい顔をしているというのに、青く腫れていて何とも痛々しい。
ベネッタ・ニードロスという私の友人は贔屓目なしに可愛いのである。
ミスティのような絶世の美しさは無いが、愛嬌ある顔と感情豊かな表情。
お菓子に対して食い意地を張っている割にはスタイルも結構よくて、本人は最近足がちょっと太っているのを気にしていたが、本人の気のせいである。着痩せするせいで隠されているその胸も男にとっては女の子としての魅力の一つだろう
何より、魔力切れが近く、自分の傷もあるのに甲斐甲斐しく私に治癒魔法をかけてくれるこの性格。
ベラルタ魔法学院の男共は下級貴族だからと見下す者も多く、この子がどれだけ女の子として優良物件かに気付いていない。馬鹿共め。自分の見る目の無さを将来呪うがいい。
「ふいー……」
だるそうな様子で、ベネッタは自分が寝ていたベッドに戻った。
明らかに疲れている。アルムのほうの怪我も治していたというのだからよっぽどだろう。
ベネッタがベッドに潜り込んだのと同じくらいに、ドアがノックされる音が聞こえてきた。
「はいはい! どうぞー!」
ベネッタが入るように促すと扉が開く。
「げ」
「失礼するよ」
入ってきたのは、私が今一番会いたくなかったルクスだった。げ、とか言ってしまう。
腕を少し動かしただけで傷が痛む私と違ってルクスには傷一つ無い。制服も綺麗なものだ。
……私とは全然違う。
「よかった、起きてたね」
そのルクスといういけ好かない男は私が起きているのを見て、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
ルクスは部屋に入ると、椅子を私達のベッドの間に運んで当然のように座る。
「ルクスくんだー! 大丈夫ー?」
ベネッタはルクスがベッドの間に椅子を持ってくる間にいそいそとブランケットを首元まで持ってきていた。一応この服に対して思うところはあったらしい。
「僕は大丈夫だと。ベネッタはお疲れ様だね。怪我のほうはどうだい?」
「ボクは全然大丈夫ー! 顔はちょっとこんなんだけどね……」
「痛むかい?」
「へっちゃら!」
「流石ベネッタ。でも、痛むようだったら先に自分を治癒したほうがいいよ。君がいるのといないのとじゃ状況が変わる。ベネッタの治癒魔法をあてにしているからね」
「うん……ありがと、ルクスくん」
ベネッタの顔を見ても、ルクスは極端な反応を示すことはない。
それどころか、ベネッタが一番喜ぶであろう言葉をしっかり伝えていた。これがただのお世辞であればいいのだが、この男は本気で思っているのがまたむかつく所である。
そんなむかつく男が、私のほうを向いた。
「エルミラ」
「……なによ」
「よく頑張ってくれた。ありがとう」
「っ……!」
ああ、本当にむかつく。
むかついて、私は言葉に詰まった。
「……あれを止められなかった嫌味かしら?」
「違うよ」
「は。包帯だらけの私見て大丈夫か聞くより先にそれって……嫌味以外だったらなんだっての?」
ああ、むかつく。
むかついて、こんな悪態をついてしまった。本当は違うとわかっているのに言いたくもない言葉が口から出てきてしまう。横目に見えるベネッタは心配そうにルクスのほうを見ていた。
あんたの心配は杞憂で終わるわベネッタ。
むかつく事に、返ってくる反応は想像ついてるのよ。
「違うよ。ただ……君が何をしたか知ってるから」
そう、この男は真剣に私の言葉を受け止めて。
「君の傷を心配するよりも、君がした事を見るべきだと思ったんだ。君のお陰で、シャファクの人達は無傷だった。そして僕達は間に合った。だから、ありがとう」
私が欲しかった言葉を簡単に選べてしまうのだ。
そう。この男にだけは第一声に何て無茶をしたんだ、とかだけは絶対に言われたくなかった。傷だらけの私を見て、大丈夫か、と心配もされたくなかった。
私がルクスから欲しかったのは、女だからとか、友達だからとか、怪我人だからとかよりも――魔法使いとして戦った者同士の対等な言葉だった。
「……そ、それくらい、私にかかれば当然でしょ」
声が震えるのを抑えながら、ルクスと顔を合わせないよう反対側のほうに首を向ける。
顔が熱い。鏡を見なくても自分が赤くなっているのがわかる。
「うん、そうだね。当然だ」
多分、私が泣きそうになっているのに気付かれたけど、ルクスは気付かない振りをして、ただ私の言葉を肯定していた。
見透かされたようで悔しい。
ああ、くそ。だから会いたくなかったのよ。
ルクスならきっと、私が言われたい言葉を言ってくれるんだろうなとか思っちゃったから。
いつも読んで頂きありがとうございます。
次の更新から反撃開始編の更新になります。
第五部も終盤……最後までお付き合いくださいませ!