335.故国からの助け
「ロベリア」
「……なによ兄貴」
最近出来た友人と第三寮から学院へと向かおうとしたロベリア・パルセトマが後ろから呼び止められる。
呼び止めたのはロベリアの実の兄であるライラックなのだが……学院に向かうべき時間だというのに身支度がすんでいないままエントランスに出てきていた。
「休みは昨日で終わりよ? ボケた?」
「違います。大事な用件があるので残ってください」
「大事な……」
また呼び出しかよ、とロベリアは舌打ちする。
「ごめんフレン……先に行っといて」
「うん、わかった」
ロベリアの隣にいたフレンと呼ばれる桃色の瞳をした女子生徒はライラックに一礼して第三寮の扉に手をかけた。
「本当にお兄さんと仲いいよね?」
「よくないわよ!」
去り際にロベリアをからかうような言葉を残すと、フレンはそのまま出ていった。
恥ずかしさを誤魔化しているのか、フレンが出ていくとロベリアは淡い紫色をした自分の髪をくるくると指でいじりはじめる。
「仲がいい……いい子だな。フレンさんは」
「黙れ。で、何? 定期連絡は一昨日したはずでしょ」
何の用件かはライラックがフレンの前で何も言わなかった事から察している。
二人に学院での目の役目を任せているカルセシス――正確にはその側近ラモーナからの連絡だろう。
「トラブルか、新しい任務か」
「ったく……めんどくさ……」
ぼやきながらもロベリアとライラックは第三寮の庭の方に出る。
生徒は学院に向かい、寮長は寮内の掃除を始める頃だ。一般の人間は寮に入ってはいけない為、一時的に人のいない穴場と化している。
「あの側近いけ好かないから嫌いなのよね」
「ラモーナ様ですよ、ロベリア。嫌いならばいつも通り、僕が喋りますからあなたは話だけ聞いておきなさい」
「はいはい。感謝してますよライラック」
「感謝しているのなら、お兄様と呼んでくれていいんですよ?」
ロベリアはライラックの馬鹿げた提案をそっぽ向いて無視。
ライラックは妹の態度にやれやれと嘆息しながら、通信用魔石を取り出して魔力を通す。
「お待たせ致しました。ライラック・パルセトマにロベリア・パルセトマ、両名揃っています」
『朝からご苦労』
魔石から聞こえてくる声に二人は少しばかり驚いた。
今までは側近のラモーナを通しての通信だけだったのが……今日は何故か違う声。マナリル国王カルセシスの声が聞こえてきたのだ。
「へ、陛下? どうされたのですか?」
『いや、俺は今回経由役に過ぎん。お前らと連絡をとりたいという者がいてな。そいつらに言われてお前らに連絡をとったのだ。今その者に代わる。通信自体は俺も聞いているから発言には気を付けよ』
「は。それは勿論……」
カルセシスの通信用魔石を使って自分達に連絡をとるとはどんな人物なのかと二人が身構えていると、魔石が切り替わるように明滅した。
『ロベリア。ライラック。アルムだ』
「あ、アルム先輩!?」
聞こえてきた声に、だんまりだったロベリアが身を乗り出しながら声を上げる。
心なしか、アルムの声が少し弱々しい事も気になったが、驚きの方が勝っていた。
「ど、どど、どうしたんすか!? え? え? ていうか、カルセシス陛下の魔石経由して何を!?」
『その辺は後で……少し時間が無い。二人に頼みたい事がある』
「何か知りませんけど、任せてください! うちらに出来る事なら!」
『実は……』
アルムはガザスで起きた経緯を端的に話す。
そしてガザスの住民が毒に侵されている事、その毒がガザスでは見ない毒物である事、そして毒物を扱っていた二人に心当たりを話してもらうべく連絡した事を伝えた。
毒に侵されている住民達の症状と感知魔法でガザスが得た情報を、ロベリアとライラックに話すとすぐに答えが返ってくる。
「やたら時間かかる性格悪いやらしさ……ダブラマのアロソスって魔獣のです!」
『わかるのか?』
「はい! 毒殺には不向きな毒なのであまり使われない上に、ガザスはダブラマとの関係も希薄ですし、ダブラマと戦争もしていないのでわからないのも無理ない……っす!」
『解毒の方法は?』
「パルセトマ領で解毒薬になるニーロアって薬草を山ほど栽培してますし、解毒薬も在庫があるはず……です! パパは少しでも役立ちそうな薬は赤字出してでも保存する性格なんで!」
ロベリアが少し興奮気味に説明すると、魔石の向こうからはアルム以外の喜ぶ声も聞こえてきた。
通信用の魔石越しに、自分が役に立てたという充足感がロベリアを包み込む。
「アルムさん、ライラックです」
『ああ』
「緊急のご利用のようですし、僕達から父上に話を通して優先的に用意してもらいます。あまり使われない薬ですし、ロベリアが頼み込めば父上なら喜んで用意してくれるでしょうから」
『助かるが……そこまでしてもらっていいのか?』
「……私達との魔法儀式の時、ロベリアが言っていた事を覚えていませんか?」
『ん? どれの事だ?』
「謝罪させたら、何だって言う事聞いてあげていいと妹は確かに言いました。ならば……今がその時でしょう」
ロベリアはよく覚えてたなと言いたげな目でライラックを見ていた。
しかも、アルムに積極的に協力しようとしている事が少し意外だった。
『恩に着る二人とも。頼んでいいか?』
「お任せを」
「はい! 任せてください!」
『ありがとう。カルセシス様に代わる。詳細はカルセシス様にお願いしてる』
アルムがそう言うと、先程と同じように魔力が明滅した。
『カルセシスだ。話は聞いたな?』
「陛下。一つ問題があります」
『何だライラック?』
「パルセトマ領からガザスまで届けるとなると距離が……幸い西部から東部にかけてマナリルは平地が多いですが、馬を交換しながら進んでもガザスの王都までは二週間以上はかかってしまいます。解毒薬を届けても半分以上の人間は恐らく手遅れになるでしょう。特に体力の無い女性や子供は間違いなく間に合いません」
パルセトマ領はマナリルの西部。対してガザスは東部の向こうにある国。
解毒薬は用意できても、時間が足りないのだ。
しかし、カルセシスは問題ないと告げる。
『その問題については今こちらで試験運用している輸送部隊に補わせる。まだ正規の部隊ではない俺の思いつきに等しい部隊だから今は自由に使える。ちょうどパルセトマ領に滞在しているから丁度いい。馬車よりも早く、そして馬車とは違い、護衛無しでも戦闘をこなせる輸送部隊、になる予定だ』
パルセトマ領パルセトマ家の邸宅。
貴族である事を主張するかのような巨大な邸宅に、カルセシスの言う件の輸送部隊は滞在している。
「ふ、夫人の肌……ツルツルすぎますよ!」
騒がしいのはパルセトマ邸のサンルーム。
朝のティータイムに洒落こんでいるパルセトマ夫人クレドア・パルセトマと同じ席についてお茶をご馳走になっている二人の片割れ、フロリア・マーマシーが声を上げていた。
「ひ、秘訣とかあるんでしょうか!? 特別な薬草使ってるとかですか!?」
パルセトマ夫人クレドアは今年五十になる。
しかし、そうとは思えない美貌にフロリアは驚きっぱなしだった。
滑らかな紫の髪に湯上りのようにつるつるの肌……歳をとった時にもこんな美貌を維持したいというフロリアの欲望がマックスである。
「あらあら、フロリアちゃんたらお上手なんだから。でも残念。企業秘密なの」
「もしかして夫人が出資してる所の化粧品に秘密が……?」
「それは想像にお任せするわ。でも凄いのはネロエラちゃんよ。この天然ものの肌……若いっていいわねぇ!」
お茶請けである砂糖のまぶしたフルーツを口に運ぶネロエラに二人の視線が向いた。
当のネロエラは口に含んだフルーツをどうすればいいかわからないまま、フロリアとクレドアの両方の視線に慌てて、筆談用の本を取り出し始めた。
「くう……! ネロエラってば最近まで化粧なんて全くしてなかった癖に……」
ネロエラは先程フルーツを手に取った際、細い指についた砂糖をハンカチで拭うと、急いで筆談用の本にペンを走らせる。
《色素が薄いだけです》
「フロリアちゃんもネロエラちゃんも北部の出身だものね……日焼け止めとか大変じゃなあい?」
《はい、そもそも化粧するという発想が私にはありませんでした》
そのネロエラが書いた文字を見て、クレドアは信じられない、といったような様子で口に手をあてる。
「勿体ない! ネロエラちゃんは元はいいんだから化粧でいくらでも雰囲気を変えられるはず……フロリアちゃん、ちゃんと教えてあげるのよ?」
「はい! お任せください!」
ネロエラの前でネロエラを置いてけぼりの同盟が設立される。
パルセトマ領についてからというもの、フロリアとネロエラはパルセトマ夫人であるクレドアに妙に気に入られており、今も本来なら最寄りの町の宿屋に宿泊する予定がパルセトマ邸に好意で招かれている。
パルセトマ夫妻は非常に寛容で、ネロエラが率いる魔獣エリュテマ四匹も害が無いとわかるや否や歓迎し、庭園の一角を貸し出す優遇っぷり。
流石は四大貴族の一角という事だろうか。そこらの貴族とは度量が違うようである。
「ネロエラ殿。フロリア殿。ここにいらしたか」
「あら、あなた。おはようございます」
「おはよう。私のクレドア」
そんなサンルームを覗く温厚そうで髭の似合う男性が一人。
現パルセトマ当主のヴァーレオ・パルセトマが杖状の通信用魔石を手に持って現れた。
「おはようございます。ヴァーレオ様。奥様のご好意に甘えさせて頂いています」
ネロエラとフロリアは立ち上がり、一礼する。
「ああ、二人ともおはよう。妻が招待した客人なのだから気にする必要は無い。それより優雅な歓談の途中に割り込むようだが……陛下から二人に連絡がきている」
「へ? 私達にですか?」
「緊急の用件らしく、私の通信用魔石に連絡が入っていてね」
そう言って、ラグドラは杖状の通信用魔石をフロリアに手渡した。
「……まだ期日に余裕ある……よね?」
フロリアが確認を求めると、ネロエラはこくこくと何度か頷く。
何の連絡か予想がつかず、内心不安になりながらも二人は魔石に魔力を通した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ようやく五部の終盤に突入し始めました。
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