333.情報共有3
部屋の前で待機していたルクス達と騒がしくしていたラーニャ達をミスティが部屋に招き入れると、まずはベネッタが治癒魔法で傷の具合を確認した後にミスティ達はアルムのベッドを囲むように集まる。
心配そうに四人がアルムのベッドに集まる中、ミスティは再びアルムの手を握り直していた。
「気分はどうだいアルム」
ベッドの傍に立つルクス。その目の下には隈が出来ている。
きっと、自分を心配してくれたのだとアルムは思った。
「ちょっと、ぼーっとするな……だが、俺よりエルミラとかベネッタのほうが……」
「馬鹿。あんたが一番重傷よ。一日で目覚めるのは流石だけどね」
ベッドの足元辺りに座るエルミラは包帯だらけで、無理に元気な振舞いを見せているようだった。
いつも通りに振る舞う事で心配をかけないようにしてるのかもしれない。
「ああ、魔力切れじゃないからな」
「そこはボクの治癒魔法のおかげって言ってよー」
ベネッタの顔はまだ腫れていて、顔には疲れが見えた。
治癒魔法を怪我人や自分達にずっと使っていたに違いない。
「ああ、悪い……ありがとう。ベネッタ」
「えへへー! アルムくんの怪我は任せてよ。慣れっこだからね」
「この子、私とアルムに治癒魔法かけてる間大泣きだったらしいわよ」
「何で今言うのー!?」
「うふふ、ベネッタったら」
そう言って笑うミスティも目の下は腫れていて、頬には涙の痕がある。なにより、ミスティの涙をアルムは起きた時も見ていた。
ずっと、傍にいてくれた。本気で泣いてくれた。
「ミスティ殿も号泣してたよ」
「る、ルクスさん!?」
「取り乱してて大変だったんだから」
「エルミラ……」
「ずっと傍にいますって頑固だったんだよー」
「べ、ベネッタまで……」
「ありがとう、ミスティ」
「……は、はい」
なぜか、目覚める前よりも友人達の顔がよく見えるような気がした。
自分がどれだけ心配をかけていたのかが四人の様子や振る舞いから伝わってくる。それはもしかしたら、あの記憶のおかげなのかもしれない。
少しの間、そんな雑談のような会話だけが続くと、一歩引いた場所でその光景を眺めていたラーニャが咳払いをしながら切り出した。
「水を差してしまって申し訳ありません。皆様で喜んでいる所に。アルムさん、お話をすることはできますか?」
「はい、大丈夫です」
アルムが頷くと、ラーニャ達と同じく一歩引いた場所にいたヴァンやファニアも交えてラーニャの口からアルムが意識を失った後の顛末を聞かされた。
王都シャファクに出た被害がアルム達のお陰で最小限に抑えられた事によるお礼に始まり、シャファクの住民達の毒の被害、大嶽丸が撤退した経緯は謎だという事、そして毒で住民達の症状が重くなり、不安と恐怖が頂点に達するであろう二週間後に再び大嶽丸が攻め込んでくるであろう事を。
「本当によくやってくれた。俺からも感謝する」
そんな絶望的な状況で尚、酒呑童子は謝罪しようとするアルムの声を遮って称賛の声を送った。
酒呑童子の一人称が変わっている事に何人かは気付いたが、こちらが素なのだろうかと指摘はしない。
「よく奴の小通連を破壊してくれた。本当に感謝する。やはりお前が希望に見えたのは間違っていなかったようだ。あれを破壊してくれたおかげで、ガザスはほぼ詰んでいるが、戦える状態にはある」
「あれ、能力ー……」
さりげなく酒呑童子が大嶽丸の能力を言ってしまっている事に気付くベネッタ。
しかし、酒呑童子の身に呪法が発動する気配はない。
「あの刀はただの能力ではない。奴の核を守っている守護刀の一つでな。あれを破壊しなければ奴の核には攻撃が届かないが、一度破壊すれば核と同じく再生する事は無い。だから呪法も発動しないんだ、もう失った能力だからな」
「だからあの時、核を破壊できなかったのか」
アルムは大嶽丸の首に鏡の剣を突き刺した時の妙な感触を思い出していた。
「加えて……小通連にはこちらの魔法や能力の持っている"現実への影響力"を暴く能力がある。前回俺達が敗北したのはその能力で自分を傷つけられるほどに強力だったり、厄介な"現実への影響力"を持っている魔法や能力全てを事前に察知されていた。血統魔法や異界伝承もな」
「うわ……反則……。だから私の魔法の能力とかわかってたのか」
「そういえばボクの血統魔法にも何か言ってきてたー……」
納得してしまうベネッタに舌打ちするエルミラ。
ただでさえ強力な魔法生命がこちらの手の内を看破できるとあらばそれは厄介なんてものではない。
「だが、奴はアルムの魔法を看破できていないようだった。だからこそ小通連を破壊され……アルムは生き残っている」
「……どういう事でしょう?」
ミスティが聞くと、酒呑童子の目が変わる。
「うちの治癒魔導士の報告によれば……アルムの傷の角度を考えるに間違いなく心臓を貫かれていたとある」
「な……!?」
先に聞かされていたルクスやヴァン、報告を知っているラーニャ達以外は一斉にアルムのほうに視線を向けた。
だが、現実にアルムは生きている。呼吸もしているし、ミスティが握り続けている手は温かい。
「しかし、現実には……お前の心臓は傷一つ無いらしい」
「そりゃそうだ……」
「アルム、あの魔法は何だ? 以前聞いた時は追及しなかったが……お前の技術は誰から教わった? お前の魔法はガザスの感知魔法でも読み取る事ができなかった」
厳しい視線の酒呑童子、その陰でラーニャもじっとアルムを見つめている。
ミスティはアルムの手を握る手を強めた。第一区画で出会ったアルムの師匠を名乗る女性……アルムにも言い損ねていたそれを今ここで言うべきかどうか。
アルムに視線が集まる中、アルムは困ったようにうーん、と声を上げる。
「あの魔法は自分自身を魔法に変える魔法だ。持ってた鏡の剣は自分という世界の"現実への影響力"を上げる補助としての武器にすぎない。あいつが飛びあがる直前……あのしょうとうれんとかいう武器は刃毀れしていた。ギリギリ魔法に変わった俺の"現実への影響力"があの武器を上回っていたんだろう。だから俺の心臓を傷つけられなかった……だけだと思う。感知魔法で引っ掛からなかったことについてはよくわからん。俺のオリジナルの魔法だからなのか、無属性魔法だからなのか……」
自分を魔法に変えるというアルムの説明に絶句していたのは、ルクス達よりもヴァンやファニアなどの正規の魔法使い達だった。そんな馬鹿な事考えるやついたのかという目でアルムを見ている。
血統魔法のために、自分の体を改造する昔の魔法使い達のアプローチのほうがまだ健全に聞こえる。
「待てアルム。そんな事をすれば……体が……」
つい、ファニアは口に出していた。
宮廷魔法使いともなれば当然魔法への造詣も深い。アルムの口にした魔法は生命の拒絶に近い事も察しがついた。
自分の姿を変える魔法は難しいが当然ある。しかし、それは魔法になっているわけではなく、魔法によって体を別の姿に変化させているだけに過ぎない。
だが、アルムははっきりと自分を魔法に変えると言った。
それは人間という生命である自分を捨てるという事。生命を自分から拒絶する……いわば自殺に近い。
「はい、なので最終的には自滅します。勿論、そうなる前に魔法は解きますけどね、魔力をつぎ込むのをやめれば止まりますから」
「じめ……」
二度目の絶句だった。
その事実を理解して戦っていたその事実に。
ファニアはアルムの魔法の仕組みについてをすでに聞いている。カルセシスや他の宮廷魔法使いも驚く技術ではあった。机上の空論に近いそれを可能にする魔力量に恵まれているとさえ思った。才能の有無を乗り越えられる唯一の手段だなと。
しかし、この覚悟を前に……ただ恵まれているな、と言えるか?
……言えるのか? ファニア・アルキュロス?
そう、自問した。
そんな軽口を吐くかもしれなかった自分を恥じた。もし言っていれば、この場で自害すべきとさえ思う羞恥が襲う。
「ヴァン殿……」
気付けば、ヴァンのほうを見ていた。
「……ああいうやつだ」
呆れながらも、ヴァンはアルムがどんな人間かをわかっているようだった。
昨日ヴァンに語ったマナリルの魔法使いらしくないという自分の高説さえ恥ずかしい。
自分はあの時何と言った? マナリルの利益?
そんな糞食らえの考え方をしていた自分は一体何様だ?
この少年は見知らぬ誰かのために覚悟できてしまう人間なのだと知って、ファニアはアルムへの認識を変えた。
「俺の技術については、師匠からとしか言えないな」
「師匠?」
「俺の故郷に放浪してきた魔法使いだ。魔法の三工程をやり続けて無属性魔法の"現実への影響力"を底上げし続けるっていう技術はその人に教えて貰った」
「アルムにそれができるだけの魔力量があると知っていてか?」
「いや、俺の魔力は後天的なものだ。そうするしか道が無いから魔力をずっと上げ続けていた。その方法も師匠に教えて貰った」
「……そうか」
誇らしそうに話すアルムとは裏腹に、酒呑童子の表情はアルムが語るその師匠という人物を胡乱な目で見つめているようだった。
酒呑童子の頭によぎるのは大嶽丸とは別の魔法生命の可能性。自分の記憶にある白紙の部分にいたはずの誰かであり、ガザスの情報網を人々の記憶を忘却することで封殺した厄介な敵。
アルムを疑う事に根拠はない。だが、自分が魔法生命だからだろうか。
魔法生命である酒呑童子からするとアルムの技術はまるで……魔法生命を倒す為の技術に見えてしまう。まるで魔法生命に詳しい人物が教えたかのような。
だが、アルムはしっかりとその師匠という人物を覚えている。
流石に無関係かと酒呑童子はそこで追及を終える。
「それより……ガザスは大丈夫なのか?」
「正直……ほぼ詰んでいるといっていいでしょう」
不幸中の幸いというべきか、毒を撒かれた区画の人間全てが毒に苛まれる事は無かった。
それでもガザス全体の動きは鈍くなっている。治癒魔法では毒を取り除けないし、使われた毒が何なのかがわからず、解毒すらできないというのが現状だった。
そして、最悪な事態はもう一つある。
「奴が潜伏してるであろうシクタラスの町だけでなく、国境近くのコルトスの町もカンパトーレの魔法使い部隊によって制圧されている事がわかりました」
「ファニアが受けていた報告か」
ヴァンがファニアを見ると、ファニアは頷く。
大嶽丸が攻め込んでくる少し前、ヴァン達はガザスと隣接しているマナリルのマットラト領から国境近くで怪しい動きがあると報告があったという話をしていた。
「指揮していたのはビクター・コーファーというカンパトーレの魔法使いだそうです」
「ちっ……なるほど、だから毒か」
「ヴァン先生ご存知なんですか?」
舌打ちするヴァンにルクスが聞くと、ヴァンは頷く。
「ああ、二十年くらい前にダブラマが雇ってた毒使いだ。属性は水。水源から毒を撒くなんてどんな奴かと思ったが……まぁ、やるだろうな」
「国境を押さえられてる……」
流石のアルムもそれがまずい事だというのはわかった。
ガザスはマナリルとカンパトーレと隣接しており、後は海と山に囲まれている。まさか海や山に魔法を使えない住民を放り出すわけにもいかないし、カンパトーレ方面はもってのほか。消去法で、いざとなれば国境を跨ぎマナリルへと逃げられるマナリル方面に避難させるのが確実なのだが、その手段が封じられているという事だ。
「再び王都が戦場になる可能性を踏まえて住民達をコルトスの方面に逃がしたいのですが……これでは無理です」
ラーニャは唇を強く噛む。住民だけでもという思いが伝わってくるようだった。
「一番問題なのは、俺やエリン、ラーニャ……後は今回奴と戦ったアルム達が動けば奴にばれてしまう事だ。奴は毒が住民達に回る時にまた来るとは言ったが……俺達が動いた時、奴がただ黙ってるとは思えない。今の状態でもう一度王都に侵攻されたら今度こそ大勢の人間が死ぬ。間違いなく住民達を守り切れない」
「何でアルム達の動きがばれると言い切れるんですか?」
何故か、アルム達の動きがばれると断言する酒呑童子にルクスが問う。
酒呑童子は言葉を選ぶように少し黙ると、その疑問に答えた。
「……俺は奴や大百足と同郷だ。奴等の伝承はある程度把握しているし、一度戦ってもいる。わかるな?」
「まだ能力があるのか……!」
つまり、大嶽丸には感知魔法のような能力も備わっているという事。
酒呑童子の言い回しは呪法を回避するためのものだとすぐにわかった。能力の詳細を共有すらできない歯痒さがルクスの顔を歪ませる。
「かといって何もしないままでいると毒で住民達が命を落とし始めます。動かない私達や陛下を不審に思って信頼も揺らぐででしょう。それに恐怖も今の比ではありません。そうなれば……」
鬼胎属性は人々の恐怖を糧が"現実への影響力"に直結する。
つまり、大嶽丸が取り返しのつかないほどの力を取り戻す可能性があるという事。
何とかしたいのに、どうにも出来ない。
反撃する戦力があったとしても、反撃できる状況と余力がガザスには無かった。
そんな中、アルムがミスティに握られてないほうの手をゆっくりと、小さく挙げた。
「マナリルに救援は頼めないか?」
「……国家間での通信はたとえ緊急でもマナリル側の宮廷魔法使いが感知魔法で調査する時間がありますから、申請から一日か二日は経たないと無理なのです。すでに申請はしていますが、かかるでしょう。時間が。
ごめんなさい、あなた方ベラルタの生徒さんの件だけでも確認をとりたいのですが……」
「とれますよ」
部屋中の視線が一斉にその声の主へと向かう。
その視線に見せつけるように、声の主――ファニア・アルキュロスは通信用の魔石を取り出す。
「私は宮廷魔法使いファニア・アルキュロス。カルセシス陛下個人の通信用魔石への直接交信権を持っていて当然でしょう?」
「い、いえ、ですが……宮廷魔法使いが非公式に肩入れをする事になります。他国であるガザスに」
宮廷魔法使いは国の魔法使いの象徴。その象徴がガザスの為に個人的にマナリルの国王に連絡をとるとなれば……それはあらぬ疑いをかけられてもおかしくない。それこそガザスに買収されただの、賄賂を受け取っただの。
ガザスとしては願ってもない提案だが、ファニアの地位や家名としては何の得も無い提案だった。
「お言葉ですがラーニャ陛下。私は今ベラルタ魔法学院の生徒の提案を受けたにすぎません。引率として、カルセシス陛下の判断を仰ぐ必要があると思ったに過ぎません。このような切迫した事態ですから、通信用魔石を使うにもガザス側の監視が必要でしょう。ゆえに……偶然私を監視するガザスの方々の意見や救援要請がカルセシス陛下の耳に入るのは仕方のない事ではないでしょうか」
そんな建前をファニアは悪びれもなく口にする。
元々、カルセシスに判断を仰ぐべき事態ではあったため嘘ではない。通信用魔石を使う許可を得ようと考えていたところに、ガザス側もマナリルと通信したい状況にあるというだけの、これはそんな単純な利害が一致しただけの話。
ファニアがそんなこじつけたような建前を使うタイプではないと思っていたミスティ達は、目を丸くしながらファニアを見つめていた。
「いいのかファニア?」
「ええ。私も……正しい事をしたくなった」
いつも読んでくださってありがとうございます。
情報共有が毎度長くなりがちですね……。