表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
373/1050

327.笑顔で塞いで

 大嶽丸の侵攻後――日も傾き、ガザスは夜に包まれた。

 避難した住民達はそれぞれの家に帰ったが、毒を撒かれた第三区画と第四区画の井戸は一時的に封鎖され、飲み水は別区画から用意するようにと通達された。

 当然、第三区画と第四区画の安全を不安に思う者、そして大嶽丸の侵攻によって家を壊された者もおり、そういった住民には第一区画と第二区画の宿泊施設を開放して対応している。

 毒は水源から流されたからか水を汲み取った井戸によって効力に差があり、毒を撒かれた区画の住民全てが毒に侵されるという事は無かった。

 しかし、それでも毒に侵された住民は第一区画の病院に五十七人、王城には二百人以上の住民が寝かされており、ガザスの動きを鈍くしているのは間違いない。

 夜の闇より恐ろしい悪鬼が魔法使い達の活躍によって撤退したと住民達には伝えられ、王都シャファクはある程度落ち着きを取り戻していた。

 それが本当に安心によるものかは……さておきだが。


「幸運だった」


 酒呑童子の声がこの場にいるルクスやヴァン、ファニアというマナリル側の三人の神経を逆撫でしたのは間違いない。

 傍らに座るラーニャでさえその物言いは不快に感じ、酒呑童子の隣に立つエリンでさえも酒呑童子の無神経な言葉にきつい視線を送った。


「奴を撤退させたのはカエシウスの血統魔法だとはいうが、こちらの感知魔法は途中からミスティを観測できなくなっていた為に詳細は不明だ。だが、何はともあれ奴は撤退したという事実が喜ばしい」

「酒呑」

「奴に侵攻されてこの被害の少なさ……更にはあのアルムの戦果。ある意味で痛み分けと言っていい。ガザスからは当然、奴を食い止めてくれた数名には報奨を約束する」

「酒呑。そんな言葉ではありません。このお二人が聞きたいのは。負傷者の容態を早く報告して差し上げてください」


 非難するようなラーニャの声に従い、酒呑童子が手元に持っている書類をめくった。


「まず、エルミラ・ロードピスは一命を取り留めた。ガザスの治癒魔導士と途中から参加したベネッタ・ニードロスによって命に別状はないところまで持ち直した。後は数日の間、治癒魔法を繰り返せば治るそうだ。念のため、今はシャファク城の旧居館(パラス)でベネッタ・ニードロスと同じ部屋に寝かせている」

「エルミラ……よかった」


 ルクスは心底からの安堵を息とともに漏らす。

 シャファク城についた時、ルクスが目にしたのは治癒魔導士二人がかりで治療されていたエルミラの姿。制服は血で塗れていない場所のほうが少ないほどの有様だった。

 ピリピリとした緊張感がルクスからほんの少しだけ緩むのをこの場にいたものは感じた。


「フラフィネ・クラフタとサンベリーナ・ラヴァーフルも問題ない。フラフィネはすぐに気絶したおかげで必要以上の怪我を負わずにすんだようだ。サンベリーナのほうは重体だったが、エルミラと違って回収が早かったのと……本人の生命力が凄まじかったらしい」

「本人の生命力」


 ついツッコむような口調のヴァン。

 報告というにはあまりに抽象的な理由だと思ったからだ。


「私にもわからないが治癒魔法には大事な事だと治癒魔導士は言っていた。"現実への影響力"にかかわるらしい」

「私は信仰属性に詳しくありませんが……これも魔法の神秘ですね」


 うんうんと頷くのはファニア。

 ヴァンは何となく納得いっていない様子だが、ファニアは寛容に受け止めたようである。


「ベネッタ・ニードロス……これも無事、どころか……活動に支障をきたす傷を自分で治した後すぐに国の治癒魔導士に加わって治療に参加したと報告が上がっている。念の為、感知魔法による情報取得を警戒して止めようとしたうちの治癒魔導士に治癒魔法の許可証を叩き付けて色々と立ち回ったらしい。あの少女の行動力と豪胆さは意外……でもないな。あの女子(おなご)は私にも臆していなかったから当然と言える」

「ベネッタは結構度胸がありますからね」

「そして最後に……アルム」


 ベネッタの様子を聞いて安心の色を見せたルクスの表情が強張る。

 ルクスだけでなく、ヴァンもごくりと生唾を飲み込んでいた。


「ベネッタ・ニードロスの全魔力を使った治癒魔法とうちの治癒魔導士によって一命を取り留めた。先の報告の者達と同じく、今は王城の旧居館(パラス)に寝かせている。うちの衛兵達とラーニャの妖精、それにエリンの結界で固めているからこの五人が奇襲される心配はない」

「一命をって……あの傷で? 本当に?」


 アルムが無事な事は喜ばしい事ではあるのだが、ルクスにとっては俄かには信じ難い。

 アルムは間違いなく胸を貫かれていた。恐らくは心臓を。ガザスの治癒魔導士が優秀だったとしても、ベネッタがアルムを治すのに慣れていたとしても……果たして本当に無事で済むものなのだろうか?


「ああ、致命的にも思えたあの傷だが……いや、実際に致命的になるところではあったのだが、心臓に全くの傷が無かったおかげで何とかなったそうだ」

「え?」

「傷の位置を考えれば心臓を斬り裂いていたはずとあるが……恐らく、直前まで使っていた魔法の影響だろう。他には内部から皮膚や血管が裂けたような傷も多かったという話だ。アルムの傷だけは明らかに異常だという報告内容がきている」


 アルムの魔法は内にある膨大な魔力をつぎ込み、無属性魔法という曖昧な魔法の"現実への影響力"を上げるというのが基本。

 しかし、一定の魔力を超すとアルム自身の体を魔力が焼き始める諸刃の剣。

 これこそが世にも珍しい人間の過剰魔力状態であり、アルムは自分の体や魔法を使っていくらでも再現できる。その状態になる為の途方もない魔力量を一度にコントロール出来ることこそが、アルムという人間が魔法使いに手を伸ばす為の武器といえよう。


「今回シャファクの戦いを感知魔法で観測していたガザスの魔法使いは五人いた。中には魔力と魔法から"現実への影響力"を観測できる魔法を持つ者もいた。五人ともが観測できなかったのは呪法の影響を避ける為にあえて観測しなかった大嶽丸の力を除けば二つ……血統魔法放出前後のミスティの魔法と存在、そしてアルムの魔法だけ。この二つは何らかの妨害によって感知魔法での観測ができなかったと報告が来ている」


 酒呑童子はめくった書類を元に戻した。マナリル側に伝えるべき負傷者はこの五人だけ。

 しかし、酒呑童子はこれだけ聞かねばなるまいと続ける。


「問うて答えが返ってくるとは思えんが……あれ(アルム)は一体何者だ?」


 答えを待つ前に重ねて。


「一度目に話を聞いた時は問わなかった疑問だが……一体、誰があれ(アルム)に魔法を教えた?」


 その答えは当然、返ってこない。

 返せるとすればルクスだけだが……それも、アルムの話の中だけに出てくる、師匠という謎の人物の事を語ることしかできないのだから。












「ん……?」


 知らない天井がエルミラの目に飛び込んでくる。

 空ではない。ガザス特有の幾何学模様が織りなす天井装飾だった。


「……とりあえずあの世ってわけじゃなさそうね」


 どうやら自分はベッドに寝ているようで。

 エルミラが自分の体を見ると至る所が包帯で巻かれていた。体を少し動かせばどこかの傷が痛むような状態だが、死にかけていたあの時よりは呼吸が楽だ。


「っつ……!」


 体中が痛い上に貧血のせいか頭がぼーっとする。

 確か自分は……?

 記憶が曖昧で、何故ここにいるのかはわからなかった。


「エルミラ……起きたー?」

「ベネッタ……?」


 声がするほうに顔を向けると、隣のベッドでは自分と同じようにベッドに寝かされているベネッタがいた。

 ベネッタは起きてくれた事に安心したかのような優しい目でエルミラを見つめている。

 一方、まだ微睡みの中にいたエルミラの目はベネッタを見て一気に覚めた。

 ベネッタの顔は痛々しく腫れて痣がある上に、髪は最後に見た時と長さが違う。


「あんた、それ……!」

「えへへ。ちょっとやられちゃったー……でも、エルミラに比べたら全然大した事ないよー。今は魔力切れでだるいだけだから……とりあえず今は大丈夫だからゆっくり休んでー」


 ふにゃっと笑うベネッタ。その表情は安心しきっていて、今が切羽詰まった状況にあるとは思えない。

 恐らくは、自分が寝ている間に事は終わった。

 だが、エルミラが今一番気にしているのはそこではない。


「あんた……髪……!」

「あ、これー? ちょっと色々あってさー……ミスティまではまたちょっと遠くなっちゃった」


 休息日の前日に伸ばしていると言っていた髪が、少し短くなっている。

 誰かにカットしてもらったか、自分でカットしたかは定かではない。

 けれど、伸ばしていると言っていた髪が今日昨日で短くなったという事は、間違いなくベネッタの意思で短くなったわけではないだろう。

 その痛々しく腫れたベネッタの顔が何があったのかをエルミラに想像させてしまう。

 

「言ったでしょ……あんたは長くても短くても似合うわよ」

「今みたいにちょっと中途半端でもー?」


 エルミラは一瞬泣きそうになり瞳が潤んだが、この場で自分が泣くのは違うと、涙を意地で飲み込む。


「……当たり前じゃない。あんたはちゃんと……可愛い顔してるんだから」

「へへ……そっかー……」


 微笑んでそう言ってくれたエルミラに、ベネッタは痛々しく腫れた顔を感じさせない、いつもの笑顔で笑い返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりベネッタは最高やでぇ涙 エルミラもベネッタへの対応最高やでぇ涙 べリナっちの生命力!強い! 明日になったら色々どうなっているか、、気になりますね。。 少なくとも完治までは何事も…
[気になる点] 卵が先か鶏が先かみたいな話しですけど、アルムってたまたま元から膨大な魔力をもってたんですか?それとも師匠の指導や他の要因があって膨大な魔力を保有しているんですか? [一言] 重症だった…
[良い点] とりあえず、物語の鍵はやはりベネッタが握っている模様(笑) あの子の活躍無しに彼らの生存はありませんからね。 やはり、ヒーラーは大事です。 そして、アルムの方は一振りの鏡の影響なんでし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ