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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第一部:色の無い魔法使い
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34.出発

 二週間が経つ。

 アルムを襲ったダブラマの密偵はあれから音沙汰は無く、結局最後の一人が見つかる事も無かった。

 密偵と思わしき四人が運んできた縦長の何かも見つかっていない。

 あの密偵が何をしにきたのか掴めないままでいたが、その後街にも生徒にも何も起こる気配は無かった。

 直接襲われたアルムはしばらく帰宅する道を変えたりしていたが、特に何も起こらない。

 不気味なほど静かに、実地の日は訪れたのだ。



 学院に来てから一か月。ひと月も経つとなると魔法儀式(リチュア)を一回もしない生徒などほとんどおらず、入学当初にあった生徒同士の壁は徐々に無くなっていった。

 実地までは準備期間とされており、何もせずに実地に同行した者にばれるなら魔法儀式(リチュア)をしてばれてしまったほうがいいと思う者は一定数いるようで、学院内では魔法儀式(リチュア)の回数も急激に増えた。

 魔法儀式(リチュア)をした者同士で組む者もいれば、元から関わりのある家で組む者、少数派だが、逆に全く知らない相手と組む者もいた。

 実地は自分の魔法がばれてしまう機会でもあるが、逆に知らない相手の魔法を知る機会にもなり得るのである。


 生徒自身が自分にとってのメリットを考えて実地に臨む。

 それが短いながらも準備期間が設けられている理由でもあった。


「馬車って乗る時わくわくしないか?」


 ベラルタの門近くにある馬車の待合所でアルムは呟く。

 ミスティ達は馬車を選びに行っていており、その呟きを聞いていたのはルクスだけだった。


「……いや?」

「……そうか……そうだよな」


 共感を得られなかった妙な寂しさがアルムの胸に大挙する。

 馬車に乗ったのはカレッラにベラルタ魔法学院の使いが迎えに来て以来だ。

 それもあってアルムは少し浮かれている。

 冷静に考えれば馬車どころか馬に乗る機会もあるであろう貴族のルクスに共感を求めてしまうのは間違いだった。


「まぁ、でもアルムにとっては珍しいものなのかもね。未知のものや憧れたものに対する期待はわかるさ」


 共感こそしなかったものの、ルクスのフォローは温かい。

 ルクスは自分の基準で人間関係を構築しているおかげか、貴族と平民という身分での価値観の差がある事を承知しているものの貴族と平民という基準でアルム本人を見ることはない。

 最初こそ拗れた出会い方だったものの、今ではよい友人だ。

 顔が広いにも関わらず今隣に友人として立っている事にアルムは感謝した。


「……今度はどうしたんだい」

「喜びを噛みしめてる」


 胸に手を当てて目を瞑るアルム。

 アルムの胸中が自身への感謝であるなどとルクスが気付くはずも無い。


「二人ともー! 決まったよー」


 馬車を選びに行っていたミスティ達の中からエルミラの声が二人を呼ぶ。

 二人が外に出ると、目的地へと向かう馬車が門の前に停まっていた。

 三頭の馬に御者台、そしてその後ろに箱型の乗客席だ。

 五人乗れるのもあって馬車は大きい。一番後ろに載せてある荷物を入れてもまだ余裕を感じる大きさだ。


「おお、俺が乗ってきたのより大きいな」

「まぁ、五人乗れるやつだからね」


 馬車の傍には御者であろう男が立っており、その男が頭を下げる。


「御者を務めさせていただく"ドレン"です。お二方もよろしくお願いします」


 すでにミスティ達には自己紹介を終えているのか、それは後から来たアルムとルクスの二人に向けてのものだ。

 御者のドレンに向けて会釈しながら二人は馬車に乗り込んでいく。

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。えっと……お金ってどうするんですか?」


 乗り込む直前にアルムがした質問にドレンは一瞬きょとんとする。

 しかし次の瞬間、真剣な表情で答えを待つアルムを見て笑い出した。


「はっはっはっは! 学院から頂いてますんで、お気になさらず!」

「ああ、よかった……それじゃ改めてよろしくお願いします」

「お任せください!」


 ほっと胸を撫で下ろしてアルムは馬車の中へと進む。

 アルムをカレッラに迎えに来た馬車は細部にも装飾が施されており、高級感を漂わせる内装だったが、今日乗る馬車はそういったものは無く落ち着いた内装となっていた。

 しかし、内装が貧相なわけでなく、綺麗にしてあるのは勿論、乗客用のクッションや窓にはカーテンも付いていて乗客への配慮が見える。


「あのね……学院の課題で行くんだから、当たり前でしょ……」


 すでにミスティ達は片側に寄って座っており、その向かいの席にルクスが座っていた。

 どうやら男女で座る場所を分けているらしい。

 馬車の外での話を聞いていたのか、エルミラは呆れていた。

 

「いや、万が一自分達でとなると不安で……学院からの補助で何とか生活してる身だから……」

「アルムくん庶民的ー」

「庶民なんだよ」


 アルムが座ったのを確認するとミスティが御者台に向けて声を掛ける。


「ドレンさん、よろしくお願いしますわ」

「それじゃあ出発しまーす!」


 ドレンの声と馬の手綱を振るう音とともに馬車は動き始める。

 門をくぐるまでは石の道でがたがたと少し音が大きかったが、街道に出ると音も小さくなる。

 この馬車はスピードを抑えているのか揺れも小さい。

 アルムはカーテンを開け、窓から外を見る。


「ベラルタは外も綺麗だな……」


 流れていく景色は草原の作る緑の地平線に高い空。

 建物も無く、自然だけの光景が流れていくのが少し懐かしかった。


「こちらも窓も開けてよろしいですか?」

「うん、閉めっぱなしなのもなんだしね」

「いいよー」


 両隣の二人の許可をとり、ミスティも馬車の窓を開ける。

 風はミスティ達のいる方から吹いているようで、ミスティが窓を開けた瞬間、アルム達の座る方の窓に風が通るのを感じた。


「ん……何の匂いだ?」


 それと同時に、アルムの鼻に何かが香る。

 濡れた草と土に匂いに混じった花のような果物のような香り。しかし、外は見渡す限りの草原であり、見る限り花は咲いていない。木はそこらに立っているが果物を実らせるような種類も無かった。


「ミスティの香水のことかな?」


 アルムの疑問にベネッタが答える。

 エルミラとベネッタは両隣なのもあってミスティが香水を付けていることに気付いていたようだ。 


「ああ、香水だったのか……」

「普段は付けないのですが……ラナが馬車のように狭い場所に長時間乗るようならと今日は付けてくださったんです……その、苦手なようでしたら申し訳ありません」


 それを聞いてアルムは立ち上がる。

 天井に備え付けられた手すりを掴み、ミスティに体を近づけた。


「あ、アルム……?」


 集中するかのようにアルムは目を瞑り、ミスティの目の前まで近付く。

 何事かと周りが見つめる。


「いや、いい香りだ。香水はよくわからないが、瑞々しくて甘い。ミスティによくあっている。フリージアのような香りがするな」


 そして、アルムはただミスティの付けた香水を褒めた。

 それだけという訳ではないが、何が使われているかも一応当たっており、ミスティの今日付けている香水にはミスティの住む地域に咲く花が使われている。


「は、はい……そうなのですが……あ、アルム……その、近いです……」


 ミスティの声でアルムは目を開ける。

 目の前には恥ずかしそうに顔を背けて身を目一杯引くミスティ。

 それを見てアルムはすぐに席に戻る。


「すまん」

「ははは。さすが大胆だなぁ」


 申し訳なさそうに頭を下げるアルムの隣ではルクスは面白そうに笑っている。


「アルムくんはデリカシーが無いよね」

「うっ」

「そうだそうだー、そういうとこだぞー」


 ベネッタもアルムのこの感じに慣れたのか、驚くことなく悪い部分を指摘する。

 エルミラもそれに乗って面白がるようにアルムを非難した。

 アルムが離れ、ミスティは自分を落ち着かせるように深呼吸する。


「い、今のように女性の香りを露骨に嗅ぐのは失礼に当たります、以後気を付けてくださいませ」

「わかった、すまない」


 女性陣からの非難の声を受け止めるアルム。

 そんなアルムにミスティは微笑みかけた。


「ですが……褒めてくださったのは嬉しかったです。ありがとうございます、アルム」


 ミスティは普段香水を付けない。

 女性を飾るものではあるとわかってはいるものの、どこか周りの印象を変えてしまうような気がして敬遠していた。

 今日もラナに勧められたとはいえ、普段付けないものを付けて周囲にどう思われるか少し不安だったのだ。

 しかし、アルムはそれを褒めた。

 彼の口から出たのは気遣いやお世辞でもない素直な言葉。

 感謝は素直に褒めてくれたことと不安が和らいだ事の二つに対してのものだったが、そんなことはアルムには知る由も無い。


「今度はもっとさりげなくであれば殿方として問題ないと思いますわ」

「さりげなく……」

「アルム苦手そう」


 エルミラの一言は的を射ていた。

 さりげなく褒めるとはどういう事なのか、アルムには具体的に想像ができなかったのだ。


「勝手なイメージだけど、アルムは香水とか苦手だと思っていたよ。故郷は自然に囲まれてるって言ってたからわざとらしく思うのかなって」

「香りで着飾るのは珍しいことじゃないし、こういうのは適度かどうかだと思う。過度に香るようなら確かに不快に感じるかもしれないな」


 一瞬、馬車の中が静まり返る。

 驚くような視線がアルムには集まっていた。

 また何か言ってしまったかと四人の顔を窺う。


「な、なんだ?」

「アルムがまともな事言ってる……」

「そんなに普段まともじゃないかな?」

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