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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
368/1050

323.■■日15

「かっかっか!」

「……!」


 大嶽丸(おおたけまる)が振るう二本の刀。相対するアルムの白い爪。

 どちらも触れれば小間切れにされるであろう光の線が交差する。

 "現実への影響力"はほぼ互角といった所だろうか。

 大嶽丸はアルムが纏っている魔法の隙間からアルムの体を切りつけるべく狙う。鎧の隙間を突くと思えば造作もない。

 しかし、それをアルムも許さない。魔力をつぎ込んだ爪で刀を弾き、反撃で核のある首を狙う。


「その容赦の無さ……実によいな!」


 首を狙った白い爪を大通連(だいとうれん)で受け止め、上機嫌な表情を浮かべる大嶽丸。

 アルムは白い爪を受け止められたまま、力任せに振るう。


「くかっ――!」


 その場から弾け飛ぶアルムと大嶽丸の体。

 『幻獣刻印(エピゾクティノス)』によって強化されたアルムの膂力が大嶽丸の巨躯を近くの壁まで無理矢理に押し込む。アルムは大嶽丸の背中を壁に叩きつけたかと思うと、


「あああああ!!」


 建物の壁で大嶽丸の体を削るかのようにただただ力任せに引きずり回した。

 ガリガリガリ! と大嶽丸の背中で壁は破壊されて建物は崩壊していく。


「があああああ!!」

「――!」


 そして勢いのまま、一軒の崩れかけた建物へとアルムは大嶽丸を蹴り飛ばす。

 勿論その蹴りは大通連によって防がれるが、崩壊する建物の瓦礫や木材が大嶽丸の頭上には降っていく。


「【風と成れ】」


 聞き取れない文言と共に大嶽丸の手にあった大通連の姿が変わる。

 大通連は刀の姿から一つの竜巻へと姿を変え、降ってきた瓦礫や木材を周囲へと吹き飛ばす。

 そして――再び一本の刀へと戻り、持ち主を理解しているかのように大嶽丸の手に収まった。


「風になる武器……まるで魔法だな」


 そんな感想がアルムの口から出てくるほどには、大通連の変化は唐突で淀みが無い。

 

「かっかっか。ただの刀ではない」

「それはかたなというのか」

「ああ、余の国の……武器だ!」


 大嶽丸の行動はアルムからしたら理解し難い。

 自慢げに武器の事を語っていたというのに、大嶽丸はその武器をあろう事かアルム目掛けて投げてきた。

 投げた? 何故?

 そんな疑問が一瞬、アルムの判断を遅らせるが、『幻獣刻印(エピゾクティノス)』の速度は狂暴化した魔獣の反射と同等かそれ以上。武器を投げつけられた程度では揺るがない。

 無造作に白い爪を振るい、アルムは投げつけられた刀――大通連を弾こうとする。

 だが――!


「【氷と成れ】」

「!!」


 弾くその瞬間、大嶽丸の口から再び何らかの文言が発せられる。

 大通連は白い爪とぶつかりあうその一瞬に刀の形状から冷気へと変わった。


「ぐっ……!」

「風だけとは言っておらんだろう?」


 咄嗟にその場を離れようとするも少し遅い。

 能力を見せられた思い込みが仇となる。あの武器は風に変われる、そう思い込んでしまったがゆえに他への変化を想定していなかった。

 無論、普通なら武器が自然現象に変化するなど想定できるはずもないのだが、無策でただ刀を弾こうとした自身の判断をアルムは悔やむ。

 冷気に変わった大通連によって足や手が氷漬けになり、アルムはその場に拘束される。

 『幻獣刻印(エピゾクティノス)』を纏っているおかげで氷漬けとなった手足の痛みは無いが、動きが封じられたまま大嶽丸の怪力を受ければ人間がどうなるか想像に難くない。

 先程までの剣戟が示していた通り、大嶽丸の武器と『幻獣刻印(エピゾクティノス)』の"現実への影響力"はほぼ同等。ならば、この拘束は必然だった。


「終わりか? 呆気ない」

「"放出領域固定"!」


 大嶽丸は地を蹴り距離を詰めると、手元に残った小通連をアルムの頭目掛けて振り下ろす。

 しかし、この程度で終わるなら……アルムという人間はとっくに魔法生命に殺されている。


「【一振りの鏡(スティラクラス)】!」

「!!」


 突如消えるアルムの纏っていた魔法。

 そして頭上からの気配に大嶽丸は一歩後ろに下がる。

 降ってきたのは見た目のみずぼらしい、割れた鏡のようだった。


「なに!?」


 アルムを氷漬けにしていた氷が砕け散る。

 降ってきたその鏡の欠片のようなものをアルムは力強くその手に掴んだ。

 鏡の剣はアルムと周囲の光景だけを映し出し……大嶽丸の姿はその鏡面に映らない。


「次から次へと……面妖とはこの事だ! えぇ!? アルムとやら!?」

「お前に言われたくないな」


 愉しげに笑う大嶽丸の手元に、アルムを凍らせていた大通連は当然のように刀の形になって戻っていく。

 アルムもアルムなら大嶽丸も大嶽丸。

 どちらもこの世界における唯一であり異質な存在。

 そういった意味で、アルムと魔法生命は似通っている。


「誰に会った?」

「ん?」

「どの魔法生命に会った?」


 突如、大嶽丸はアルムに興味を抱いたのか問いかける。


紅葉(もみじ)と……百足」


 律義にもアルムはその問いに普通に答えてしまっていた。

 アルムが答えた瞬間、大嶽丸の口角がゆっくりと上がった。


「かっかっか……! そうか、お主か……お主があの大百足(おんな)を殺ったのか! 何があったのかはわからぬが、あれを倒すには普通の魔法使いを百並べても足りぬだろう。霊脈に辿り着いていたのならば尚更だ。あれを倒すのはお主のような異質な者が相応しい」


 大嶽丸の声色は大百足の死を一切嘆いていない。

 それよりも、大百足を倒した者との出会いを喜んでいるようだった。

 だが、アルムには一つ譲れないものがある。


「俺じゃない。その場にいた皆のおかげだ」


 大百足を倒したのは自分だと決めつけられるその一点にアルムは噛みついた。


「謙遜するでない」

「していない。俺一人では不可能だった」


 あれは自分だけでは成し得なかった事であるとアルムは譲らない。

 譲らないアルムを見て、大嶽丸は話をそこで終わる。これ以上の問答には意味が無いと感じて。


「ふむ、ミノタウロスの名前を挙げなかったな。ミノタウロスを倒したのはさっきの金髪の小僧か」

「そうだ」

「奴が出ていったのはもう数年も前の事……それだけの時間があれば迷宮を支配していたであろう。迷宮を支配した状態のミノタウロスを打ち倒したとすれば……いや、ミノタウロスを倒したという事はやつの構造に気付いたのか。どちらにせよ中々にやれるらしい。余の本体の一端を抑え込んでいるのも納得がいく」


 ここまで聞こえてくる轟音は巨人と悪鬼のぶつかり合う音。

 外では巨人と悪鬼が互いの手を握り潰す勢いで掴み合い、"現実への影響力"を削り合っている。

 雷属性の魔力と黒い靄は入り混じり、外の魔力は混沌としていて空気が重い。

 恐らくは、常人ではすでに近寄りがたい空間へと変わっているだろう。


紅葉(もみじ)は……よくあのグレイシャという女と紅葉(もみじ)の二人を御せたな?」

「どういう意味だ?」

「あの二人は、ある意味余やあの大百足(おんな)よりも呪いそのものだ。怪物の振り撒く呪詛ではなく、人が作る呪詛。余やあの大百足(おんな)が与えるような恐怖とはまた違う。人の心に曇りを与え、穢していく。やがて人心(じんしん)を支配するほどに。紅葉(もみじ)の声は心の隙間に闇を作り、グレイシャの在り方は人が人のまま狂気に陥ったがゆえに恐怖を生む」


 大嶽丸は自分の手に持つ二本の刀を見せつけるような挙動を見せる。

 まるで宿主と魔法生命を例えるように。


「あの二人は目的こそ違えど、呪いという点に於いてはまさに一心同体だった。純粋に自身の在り方を狂気的に求める宿主と、純粋であるがゆえに自身の在り方を拒まれた過去を持つ鬼女(きじょ)。あの女達はまさに調和していた。正直言って……あの大百足(おんな)が死んだのならば、マナリルを支配するのは奴等だと思っていた。あの二人は鬼胎属性という人心が生む恐怖を司る属性に相応しすぎていた」


 鬼胎属性。

 それは人の心中の恐怖を糧に"現実への影響力"が上がっていく魔法属性であり、常世ノ国(とこよ)以外の国で生まれるのは珍しい。

 大嶽丸もまたその鬼胎属性の魔法生命であり、王都シャファクに単身で侵攻した今も徐々に人々の恐怖を"現実への影響力"に変えている。

 ゆえに、自身に恐怖している人間が大嶽丸には手に取るようにわかってしまう。

 ここに来るまでに自分に立ち向かってきたエルミラ達でさえ恐怖があった。その恐怖を捻じ伏せて立ち向かってきたからこそ、大嶽丸はエルミラ達を気に入っている。

 だからこそ、目の前に立っているアルムという人間の異質さに関心を持ってしまう。


「だが、お主からは恐怖を感じぬ。余に恐怖しないのであればきっと、あの大百足(むかで)にも恐怖しなかったのであろう。そしてグレイシャと紅葉(もみじ)を倒したのならば、奴等にも恐怖しなかったのだろう」


 恐怖を捻じ伏せているわけでもなく、恐怖しないまま立ち向かってくる存在。

 自分の武に自信があるような英傑には見えない。神の加護があるようにも見えない。

 だというのに、生前自身を殺したあの英傑のように立つ目の前のアルムが大嶽丸には不可解だった。


「何がお主をそうさせる? 恐怖を感じぬほど……壊れているのか?」


 ただ純粋な興味本位でされた質問。

 この時間にきっと意味など無い。ただ大嶽丸が人間を、アルムを理解するだけの時間がここにはある。


「俺だって恐い事くらいある。あんたの事だって恐い」

「嘘を言う」

「けど」


 アルムは子供の頃を思い出しながら答えた。

 自分が最も恐怖する事を。


「自分の夢が叶わない事以上に、恐い事なんて俺には無い」


 それ以上の恐怖をアルムという人間は知らなかった。

 それは自分という在り方の否定でもあり、自分を導いてくれた人達の否定でもあると思っているから。

 大嶽丸はその答えに満足そうに笑った。


「それに比べれば確かに、あんたは恐くないかもしれないな」

「かっかっか! なるほど、これは手強い!」


 問答は終わり、大嶽丸は二本の刀を構える。

 対するアルムも鏡の剣を構えた。問答の間もゆっくりではあるが魔力はつぎこんでいる。

 両者が駆け出さんとしたその時――


「【千夜翔ける猛禽(イルシオン・ロックバード)】!」

「ほう?」


 海を撫でる烈風のように歌う声。

 大嶽丸はアルムの背後に見える空に目を向けた。

 魔の門から現れ、空を翔けるは緑色の魔力光を纏った巨大な白い鳥。

 その巨鳥はアルムの頭上を越え、風を巻き起こしながら大嶽丸へと突っ込んだ。

いつも読んでくださってありがとうございます。

感想、ブックマーク、下部の☆を使っての応援、SNSでの読んだ報告などなど、いつもありがとうございます。今週は土曜日までは毎日更新できそうです。


『ちょっとした小ネタ』

今回『幻想刻印(エピゾクティノス)』がすぐに解除されたのは【一振りの鏡(スティラクラス)】によってアルムが自分を魔法に変えたからとなっています。

魔法は魔法を使えないというこの世界の法則によって消えています。

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― 新着の感想 ―
ヴァルフトきちゃー
[良い点] アルムが恐怖していない理由が明かされました。 幻想刻印が解除された理由に納得です。 ルクス(とヴァン?ヴァンは救助班?)はそういう分断で戦っていましたか。 ここでヴァルフト!参戦が幸と…
[良い点] なるほど、あとがきで得心がいきました。 やはり、アルムの戦闘シーンが読んでいて1番熱くなりますね。 ここで、追加戦力投入! ミスティは間に合うのでしょうか? ・・・早く続きが読みたくて…
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