319.■■日11
正直、別になりたかったんじゃないわけよ。
たまたま生まれた家が貴族だから、たまたま才能があったってだけだし。
ベラルタ魔法学院に入ったのだってとりあえず卒業しとけば何か楽そうだなって思っただけで、別に落ちても何とかなるっしょくらいに思ってた。
ま、実際受かっちゃったわけだけど。
そんな理由で入っちゃったもんだからうちに大層な目標とかは無いわけ。
魔法使いになる為にここまで来た平民とか、まじかって最初は笑っちゃってたし?
魔法使いなんて大した事無いじゃんって、思ってたし。
うちのパパだって魔法使いだけど、すごいと思った事無いっていうか、多分血統魔法抜きならうちのが上手くねとか思う腕前だし……ぶっちゃけ魔法使いって感じはしないわけ。
魔獣の討伐は金の無い貴族に任せて事業優先。パパも今年は皮革がくるって言って――多分これ失敗するけど――材料と資金集めしてる。
そんな親とか見てたり、大した目標なんて無い私が才能だけで目指せちゃう辺りさ。
魔法使いってこんなもんか……って思っちゃうわけよ。仕方なくない?
楽できるかも、なーんて軽い気持ちしか無いうちが目指せちゃうんだし?
魔法を使って守って、戦って、救うなんて幻想よ。
弱い人の為に戦う魔法使いって。建前でしょそんなん。
本気で弱い人の為に戦う魔法使いになろうとしてるやつなんて本当にいるのかって感じだし。そもそも人の為ってのが馬鹿らしいし?
人と人との関係って薄っぺらいものばっかだし、親でさえ建前ばっかで……友達だって貴族界隈だと大体上辺だけだし、簡単に裏切るじゃん?
ベラルタ魔法学院に来た奴等だって、大体卒業後のコネとか繋がり目的で来たやつばっかっしょ? 卒業は難しいらしいけど、卒業できれば箔がつくし? できればラッキーみたいな?
って、思ってたんだけど……さ。
うち、見ちゃったわけ。
エルミラ・ロードピス。
金無し領地無しの没落貴族。名前を聞けば、
「滅んでなかったんだあの家?」
って大体の貴族は思っちゃう典型的な昔だけ凄かった家。
クラフタ家が西部の貴族とやり取りしてるのもあって噂だけは知ってる。
先祖からの借金を膨らませた父親に逃げた母親。
そんな親持ってよくこの学院に入れたなって思ったし。
家の再興を目指してるっての聞いて、それはまぁ頑張れば? って感じ?
あんま関わりも無いし、正直馬鹿にしてたのもあってこれからも無いだろうなって。
でも……うち、見ちゃったし。
あの短い時間で、私の――フラフィネ・クラフタっていう人間の価値観はぶっ壊されたわけ。
うちが今まで見ていたのは、知ってたのは……魔法使いなんかじゃなかったんだって。
黒雲から降り注ぐ氷の雨。
空に輝く灰の爆炎。
鮮血が散る中、一歩も退かずに立ち向かうあの子。
なんというか、口に出すのもすんごいだっさいし、恥ずかしい話なんだけどさ。
多分。多分だけど。
うちは、憧れた。
血塗れになっていくあの背中にうちは――本物の魔法使いを見てしまったから。
「合わせろし! サンベリっち!!」
「呼ぶならベリナっちにしなさいと言いましたでしょう!」
それは恐怖に抗う為の軽口か。
フラフィネとサンベリーナは大嶽丸という敵を挟みながら、まるで昼食時に向かい合った時のようなどうでもいい掛け合いを見せる。
「【三明二腰・大通連】」
フラフィネが振るう巨槍が届く直前、大嶽丸は悠然と唱えた。
腰から何かを抜く動作とともに現れる黒塗りの刀が巨槍の穂先を受け止める。
「ほう、中々に強力」
巨槍の勢いを受け止めた衝撃で大嶽丸がいる場所の石畳がえぐれるように削れていく。
大木が如き巨槍を奇襲でぶつけたにもかかわらず、大嶽丸に出来た隙は一瞬。
しかし、欲しいのはその一瞬!
「今だし!」
「【天鳴の雷女神】!」
その間隙を突くように、サンベリーナが血統魔法を唱える。
重なる声は讃美歌のように美しく、荘厳にこの場に響き渡った。
鐘のような音とともに顕現するは五メートルほどの巨躯と四本腕を持つ女性型の巨人。
羽衣を纏ったような姿は全身に雷を帯び、四本の腕には剣を象ったような雷が握られていた。
四百年の歴史を誇るラヴァーフル家の血統魔法。女神のようなその姿はサンベリーナを体現するかのような美しさと強さが同居する芸術。
フラフィネが作った一瞬の隙。
大嶽丸の背後にその芸術が四本の雷剣を振るう――!
「くかっ!」
「な――!」
大嶽丸は体を反転させながら受け取めていた巨槍を無理矢理逸らし、地面に叩きつける。
そして――
「ぬ……!」
「硬い……ですが! 届きましたわね!」
振るわれた四本の雷剣の内三本を大通連で受け、無理矢理に捌く。
だが一本。一本の雷剣が大嶽丸の腹部に届き、魔法生命の纏う外皮とぶつかりあった。
油断していた大嶽丸にさらに念を入れた奇襲によって作った隙。
その隙を突いて一つの攻撃が届く。
雷の女神が振るった雷剣は魔法生命の外皮を破りながら、大嶽丸の体を近くの家屋の壁へと叩きつけた。
「畳み掛けるし!」
「当然ですわ!」
二つの血統魔法によって崩した体勢。
届いた攻撃は奮い立たせる自信に変わる。
フラフィネは巨槍をその小さい体で操り、サンベリーナの雷の女神は四本の雷剣を再び壁に叩きつけた大嶽丸へと振るう。
恐らくは、この二人は大嶽丸と戦う事は無かっただろう。
二人を変えたのはエルミラが見せた自分の在り方。
大嶽丸の攻撃を防いでいた二分足らずのあの背中が彼女達を変え、大嶽丸に掠り傷を負わせる。
たかが掠り傷。されど掠り傷。
大嶽丸の体に何の支障も無く、けれど間違いなく大嶽丸にとっては負うはずの無かった傷だった。
その傷は証。
きっかけ一つで人々は未曽有の災害に立ち向かう意志を持つ事ができるその証明。
サンベリーナとフラフィネは災害を打倒すべく、血統魔法を振るう!
……だが。
「かっかっか! 興が乗ったぞ」
災害とは、人々を容易く捻じ伏せる。
まるでその思いを――嘲るように。
「【悪鬼禁獄神虚】」
重なる声は嘲笑。
地の底から響くような日の光よりも暗い音。
サンベリーナの本能が感じ取った悪寒が走った時にはもう、遅かった。
「え……?」
轟音とともに、何かがサンベリーナの横を通り過ぎる。
背筋に走った凍るような悪寒が一瞬、その光景を瞳に刻ませなかった。
通り過ぎた何かは壁に叩きつけられたのか、凄まじい音だけが耳に届いている。
「ふ……フラ……フィネさん……」
振り向いた先には叩きつけられた衝撃で髪の団子は解け、髪と一緒に力無く崩れ落ちるフラフィネの姿。
フラフィネが操っていた巨槍がゆっくりと消えていく。消えていった血統魔法が、フラフィネの意識が消えた事を示していた。
「あ……」
サンベリーナはゆっくりと視線を戻す。
フラフィネを吹き飛ばしたその正体だけでも確認する為に。
それはサンベリーナの血統魔法と同じ程の巨躯を持った人型の怪物だった。
全身に纏う黒い魔力の靄と、隆起した筋肉との目立つ肉体。下半身はサンベリーナの見た事の無い甲冑で守られている。
夜より黒い靄を纏っていながら日月のように輝く瞳。黒い靄から覗かせる人喰いの牙。そして頭部から伸びる天を突く二本の角がその怪物の正体を象徴していた。
魔法の正体。怪物の正体は鬼。
ここより遠き異界に於いて三大妖怪とまで評された悪鬼が今――ここに顕現する。
「かっかっかっか! 全く……その服を着てる女は何故こうも余好みな者ばかりなのだろうな? 滾る。滾る。よもや余を滾らせる為に出てきているのではあるまいな?」
もう声など聞こえない。
春先だというのに体の芯まで凍るかのような空気。
目の前の怪物を前にして、まるで玩具のように感じてしまう自身の血統魔法。
この怪物は血統魔法?
いや違う。
サンベリーナはふと、マナリルが発表していたカンパトーレの魔法兵器の話を思い出していた。
ああ、あれは嘘だ。
あれはこの世にこんな怪物がいると人々に知らせないための偽りだったのだと悟る。
これは、怪物だ。生きている。魔法でありながら生きている。
「む? なんだ? 戦意を失ったか……?」
呆然とするサンベリーナを見て、大嶽丸はつまらなそうに大きなため息をついた。
皮肉にも……そのため息がサンベリーナに戦意を取り戻させた。
血塗れのエルミラの姿と崩れ落ちるフラフィネの姿がサンベリーナを奮い立たせる。
決して、自暴自棄になったわけではない。受け取った役目を果たす覚悟を改めてしただけの話。
「冗談でしょう? まだ、やれますわ……!」
「かっかっか! そう来なくてはな?」
逃げなさいと叫ぶ本能を捻じ伏せ、サンベリーナはフラフィネをかばいながら大嶽丸に立ち塞がる。
サンベリーナにとっては命を賭した時間稼ぎ。大嶽丸にとっては一時の戯れ。
数分の抵抗を終えると雷の女神は破壊され、サンベリーナの体は赤く染まって大通りに投げ出された。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今日は短編の更新もしますので是非読んでやってください。