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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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318.■息日10

「何だ?」

「妙に暗いですね……?」


 ミスティが買った茶葉を抱えるアルムとミスティが店を出た頃、メインストリートの空気は一変していた。

 穏やかな休息日を楽しむ空気から、何かを恐れる暗い空気。

 衛兵の誘導によって人々の足は王城の方向にしか向いておらず、その足は重い。住民達の表情を見れば何かを恐れているかのようだった。

 そして変わったのはこの場の空気だけでない。

 快晴だったはずの空が――暗い。

 第三区画の方角の空に、店に入る前には無かった黒雲が立ち込めている。


「黒い雲……?」

「嫌な雰囲気が……すいません、何かあったんですか?」


 黒雲から何かを感じ取り、アルムが近くの衛兵に問い掛ける。

 衛兵はアルムとミスティの制服に気付くと、住民達の不安を煽りたくないのか耳打ちするように顔を寄せてきた。


「先程、第三区画と第四区画に毒が撒かれたらしく……それに乗じてカンパトーレの魔法使いが一人攻め込んできたようです。今、何者かが食い止めてくれているようでその間に住民の避難を行い始めた所です」

「……一人?」

「はい、第三区画に現れたと報告が……すでに第三区画にある門の警備は全員……」


 最後のほうの声はより一層小さくなる。

 もう一度、同じ質問をぶつけそうになった。

 一人?

 大勢の衛兵が警備し、魔法使い候補やガザスの魔法使い達がいる王都にそんな愚行に近い無茶苦茶な侵攻を行うだろうか。

 しかも、今はベラルタの留学メンバーまでいるというのに。


「……! アルム!」

「!!」


 ミスティが黒雲が立ち込める空を指差す。

 その指の先では、黒雲を阻むように広がる大量の灰。

 アルムとミスティは瞬時に理解する。衛兵の言う、カンパトーレの魔法使いを食い止めている何者かが誰なのかを。


「エルミラ……!」

「ミスティ! この区画の誘導を手伝ってやってくれ! この店の人みたいに気付いてない人がいるかもしれない!」

「アルムは!?」

「第三区画に行く! 多分……」


 いや、アルムの直感が告げていた。

 多分などではなく、間違いなく。

 アルムはミスティが買った茶葉を店先に置くと走り出す。


「魔法生命だ!!」

「アル――」


 直後、黒雲から災害が降り注ぐ。それを防ぐ灰と空に響き渡る爆発音。

 空気が震える中、ミスティはその背中にかける言葉を飲み込んで店の中へと戻って行った。















「ふむ……出てこぬな」


 エルミラとの戦闘を終え、人気の無くなった第三区画の大通りを歩きながら大嶽丸は王城のほうに目を向けた。

 大嶽丸(おおたけまる)の黒雲は日に何度も出せる術ではない。

 それにもかかわらず使ったのはエルミラという少女の言葉に乗せられたのもあるが、ラーニャ達を誘い出せるとも思ったからだった。

 だが、王城のほうに動きは無い。妖精の偵察も来ない。


「律しているのか? かっかっか」


 大嶽丸は笑う。

 黒雲を見せて尚出てこないラーニャの心中が、穏やかではない事が手に取るようにわかった。

 今頃は唇を噛み切る勢いで歯を食いしばり、手の平に爪の痕を残すほど悔しがっているであろう姿を想像して大嶽丸は(たぎ)る。

 折れぬからこそ、生きる姿が美しい。

 折れぬからこそ、奪う時が心地いい。

 先程の少女のように、気高くあろうとする女がこの世にいる事がどれほどの幸運か。


 大嶽丸の行動は理に適っていない。

 ガザスを墜とすのも霊脈ではなく、気に入った女――ラーニャを手に入れるという目的の為だけ。ただ欲望のまま、趣味のままに彼は動く。

 魔法生命にとってのエゴ。大嶽丸はこの世に生まれ変わったその時からそのエゴを貫き通している。

 一見、無意味だと思われるその欲望こそが、大嶽丸が現存する魔法生命の中でも最上位に近い力を手にする理由でもあった。

 自分を自分たらしめる生き方。

 それが魔法生命の"現実への影響力"にどれだけの影響をもたらすかを本能で理解している。

 ゆえに――大嶽丸には、エルミラの行動の意味がわからなかった。


「死んだ先に、大した場所は無いのだがな」


 惜しい女を殺してしまった、と後悔にも似た呟き。

 あの女から奪えるものはまだあったろうに。


「もし、そこの御方」


 そんな大嶽丸に声がかかる。

 声の持ち主は後方の路地裏から出てきた。大嶽丸が今さっき戦ったエルミラと同じ制服を纏っている少女だった。


「ここは危ないですのよ。それと……一人で歩けるなら避難を手伝ってくださいな。まだ建物に残ってる方々がいるかもしれませんの」


 無防備に、無警戒に、金髪を揺らしながら少女は大嶽丸に駆け寄る。


「女、そんな短剣では余は殺せぬぞ」


 大嶽丸は口元に笑みを浮かべて、その少女に忠告する。

 ぴたり、と少女の足は止まった。

 少女は袖口に隠していた短剣を出すと、ぽい、と捨てる。


「あら、ばれてましたの?」


 ばれてるなら意味はないとその短剣に全く未練は無いようだった。

 少女の名はサンベリーナ・ラヴァーフル。ベラルタの留学メンバーの一人である。


「先程の戦いでも余を見ていたであろう?」

「あら、それもばれてましたの? 何だかショックですわね、自信がありましたのに」

「余も偉そうに物は言えぬ。視線を感じていただけだからな」


 そう。偶然、第三区画の近くまで来ていたサンベリーナはずっと大嶽丸とエルミラの戦いを観察していた。

 全ては情報のため。ガザスの王都シャファクを単身で襲撃する人物などよほどの危険人物。いずれマナリルに訪れないとも限らない。いや、ガザスが終われば次の標的は間違いなくマナリルだろう。

 貴族として、ラヴァーフル家の人間として。この大嶽丸という人物の外見、行動、口調、言動から魔法など、サンベリーナはあらゆる情報をマナリルに持ち帰るためにずっと見ていた。


「それと、実際にその瞳を見て通りすがりは無理がある。足使いや声色は見事だったがな。瞳が強く、魅力的過ぎる」

「お上手ですのね。まさか私の瞳の美しさと秘めた気高さが裏目に出るとは」

「何故余の前に現れた?」

「はい?」


 向かい合うまでもなく、大嶽丸は肩越しにサンベリーナを見ながら問う。


「見ていたのならわかったのではないか? 余は一介の少女がどうこうできる存在ではない。余を見ていたのは恐らく、情報を持ち帰る為であろう? まぁ、情報を持ち帰ったところで……伝えられるかは話が別だが」


 大嶽丸が視線の主であるサンベリーナを放置していたのは呪法があるからに他ならない。

 放っておけば呪法でその口は閉ざされる。だからこそ、放っておいた。

 だが……何故か視線の持ち主は姿を現した。

 五体満足という事は情報を誰かに渡したわけでもないだろう。

 ならば何故? 大嶽丸の疑問はずっと自分を監視していたはずの人間が今になって姿を現した事に対してだった。


「……私、結構ドライな性格なんですのよ」


 サンベリーナは懐から扇を取り出し、ばっ、と開いた。

 先程捨てた短剣よりも、よっぽど似合っていた。


「平民が魔獣に食われるのも仕方ない事だと思っていますし、大して知らない魔法使いが死んだところでどうも思いません。弱いんだから仕方ないでしょう、と思ってしまいますの」

「ふむ、道理だな」

「でしょう? エルミラさんは最近知り合ったばかりですし、正直血塗れの姿を見たところで特に悲しみもしませんでした。あんな無茶な事をすればああなって当然ですもの。捨て身の行動に当然の結果がついてきただけの事。全く、あの方ったら馬鹿みたいですわ」


 呆れますわと言わんばかりにサンベリーナは肩をすくめる。


「まぁ、それでも」


 大嶽丸とサンベリーナの目が合った。いや、サンベリーナが目を合わせた。


「あんな姿を見せられて……奮起しない者はベラルタ魔法学院にはいませんのよ」


 扇を握る手は力強く。

 声は静かに。しかし、強く。

 扇の下にある顏にどれだけの覚悟を秘めているのかはその瞳が語っている。

 サンベリーナの瞳は大嶽丸を観察すべき対象ではなく、倒すべき敵として見据えていた。

 ただの魔法使いじゃない事には気付いている。

 理性が逃げるべきだと言っている。その脅威を伝え、策を講じて討伐すべき相手だと。

 ここで立ち向かうのは馬鹿のやることだろう。

 それでも……それでも――!


「私の名はサンベリーナ・ラヴァーフル! 天と甘い物に愛されたこの世界の至宝! そして、あなたに立ち塞がる女の名前ですわ!」


 不合理で結構。馬鹿で結構。そのどちらも私の名の下に飾ってみせる。

 けれど……恥知らずな自分ではその言葉すら飾れない。

 愛されるなら、愛されるに相応しい気高さを。相応しい誇りを。相応しい人間を。

 あの背中は示していた。自己の在り方を貫いた。

 その思いに応えぬ自分がサンベリーナ・ラヴァーフルであっていいはずがないのだから!


「だろうな。お主の目は……馬鹿の目をしている」

「私ならば愛嬌になりますわ」


 そこでようやく、大嶽丸は振り返る。

 振り返った先には鬼胎属性の魔力をその身に受けて震えながらも、自分を鼓舞して立ちはだかる二人目の敵がいた。

 

「余を前に……いつまで、その目でいられるだろうな?」

「あなたが命乞いした時にはやめてさしあげてもよろしくてよ?」


 サンベリーナは扇を力強く閉じる。

 パチン! と響く扇が閉じる音。

 扇の下にあったサンベリーナの顔は――笑っていた。


「【生き食みの妖槍(イペカムオプ)】」

「!!」


 嘲るように響く魔の合唱に、大嶽丸は背後を振り向く。

 使い手よりも先に大嶽丸の目に入ったのは、槍の穂先が無ければ槍と判別できなかったであろう大木のように巨大な黒い槍。

 そしてその巨大な槍の使い手であろう少女が巨木のような柄の影から見えた。

 巨槍の使い手は頭の両脇で団子状に纏めている髪型の少女――フラフィネ・クラフタ。

 休息日の今日、サンベリーナ達と行動をともにしていたベラルタの留学メンバーの一人。

 現れた巨槍は言うまでも無くクラフタ家の血統魔法だった。

 フラフィネは奇襲を仕掛けるべく、サンベリーナが大嶽丸に声をかける前より先に配置につき、合図である扇が閉じる音をずっと待っていた。


「言ったでしょう? あの姿に奮起しない者は、ベラルタ魔法学院にはいないと!」


 同時に、サンベリーナも駆けだす。

 戦いをわざわざ、よーいドンで始める必要など無い。

 前後からの攻撃で少しでも迷いを。格上であろう相手に少しでも優位を。

 エルミラからバトンを受け取り、二人は大嶽丸へ決死の攻撃を仕掛ける。

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日は書籍化記念短編の更新もあります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 燃えるなぁ。 やっぱり一本の芯が通った人は魅力的ですね。
[良い点] 怒涛の展開で気持ちが毎回昂ぶっております。 フラフィネもいるとは!そしてサンベリーナ達と言っているのでまだいるかも?いたとしてもあと一人ならエルミラの保護に割かれると思いますが。今出てきて…
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