33.微かな違和感
「あぁ……これから寮長さんに怒られに帰るのか……」
「まぁ、事情があったわけだし、大丈夫じゃないかな? 学院からも通達がいってるだろう」
学院の授業も終わり、アルム達は帰路に着く。
今日は全員に魔法儀式の予定も無い。
門を出る前からアルムは気が重いようでいつもより小さく見えた。
「ベネッタはどこに住んでんの? 第二寮じゃないでしょ?」
「ボクは第一寮だよー、ミスティは……今更だけど、呼び捨てなのも失礼かな? 一応私の家はカエシウスの下だし……」
「ここではそんな事関係ありませんわ。そのままで結構です」
「そう? いやぁ、お父様が知ったら青ざめるだろうなぁ」
ベネッタを加えた女性陣はそんなアルムよりも新しい友人との交友に忙しいのか昼休み以降三人で色々と思い付いた事を聞きあっている。
足取りの重さを感じながらも身に覚えのある会話にアルムは一つベネッタにアドバイスを送る。
「気を付けろベネッタ。下手にさん付けすると怒るぞ」
「え、そんなところに怒りの琴線あるの?」
「あれ、僕はミスティ殿って呼んでるけど怒られたことないよ?」
一斉に注目され、ミスティは居心地が悪そうに小さく咳ばらいをした。
「それは……一言では表しにくいですわね。言ってしまえばただ私なりのこだわりがあるだけなのですけど……」
「まぁ、今更変えられないからいいんだけど」
「じゃあ、改めて……ミスティはどこに住んでるの? 第一寮じゃ見かけたことないよねー?」
首を傾げなら質問するベネッタにエルミラが耳打ちする。
「ミスティは家買ってるんだよ」
「うわー、流石お金持ち……」
「いやぁ、私達にはとてもできない」
「できないねー」
エルミラは味方を手に入れてミスティをいじる方向に持っていく。
ベネッタも自分の家はミスティの家より下だと遠慮した直後にも関わず、エルミラと一緒になっていじり始めた。
エルミラと通じるものがあったのか、二人の息はすでに合っていた。
「あ、あれはラナ……使用人がどうしても着いていくと聞かなかったものですから……お父様を味方につけて無理矢理そうなっただけですわ。私は寮でもよかったのですけれど」
「アルムも昨日行ったんだろう? やっぱ凄いのかい?」
「凄い。少なくとも俺にとっては豪邸だった」
「アルムまで……もう……」
アルムは純粋に褒めたつもりだったが、タイミングが悪い。
意図せずエルミラとベネッタのミスティいじりに参加した形になってしまっている。
ミスティはすっかり膨れ顔だ。
膨れ顔と言っても小動物のようでその容姿が損なわれることはない。
これ以上はとエルミラは人差し指を口の前に当てて即時中止を周りにアピールする。
ミスティを本当に怒らせてしまうのはエルミラの本意ではない。
ラナに教わったからかい方を実践する日はまだ遠いようだ。
「ん」
ミスティに顔を背けられ視線を前に戻すと、アルムは目の間を歩く後ろ姿に気付く。
目の前を歩くのは長身の女子生徒。それはアルムにとって見覚えのある後ろ姿だった。
「リニス」
「む? ……っ!」
アルムに名前を呼ばれ、リニスは振り返る。
切れ長の眼で涼し気で大人っぽい印象を受けるアルムの知人だが、振り返ったその表情はアルムを見た瞬間、一気に青ざめていった。
リニスの顔から血の気が引いた事にアルムも気付く。
「や、やぁ、アルム。昨日の皆もお揃いで」
「どうしたリニス、顔色が悪いぞ」
「い、いや、その……少し疲れていてね」
ミスティのように拗ねてではなく、ばつが悪そうにリニスは顔を背ける。
エルミラは自分を負かした相手と顔を合わせるのが気まずいのかとリニスを注視したが、リニスの意識はこちらを向いていないように見えた。
「何かあったのか?」
「いや、何かあったわけではないんだが……ここに来てから魔法儀式ばかりで疲れが出たのかもしれないね」
「そういえば魔法儀式ばかりしてるんだったな……疲れてるなら帰るだろう? 一緒に帰らないか?」
アルムの提案にリニスはぴくっと体を震わせる。
それは直接話すアルムや注視しているエルミラくらいしか気付かないほど小さなものだったが、微かに動揺している事が見て取れた。
「ああ……いや、疲れてはいるがまだやり残したことがあってね。真っ直ぐ寮にとはいかないんだ」
「……そうか。なら呼び止めて悪かったな」
「いや、いいさ。それじゃあまた」
別れを告げるとリニスは逃げるように去っていく。
その後ろ姿をアルムは寂しそうに、エルミラは変なものを見る目で見送った。
「……どうしたの、あの人」
「調子悪そうというよりは、避けるみたいだったな」
「……嫌われたか?」
「何したの? 私との魔法儀式の後追いかけてたでしょ?」
心当たりはある。
昨日のエルミラとの魔法儀式に関してリニスを詮索してしまったことだ。
アルムはリニスのとある嘘に気付いている。
だが、あの魔法儀式の場において自分は見学しただけの部外者だった。
何故嘘をついたかなどと詮索する権利は無かったんじゃないかと、アルムは今にして思う。
それに、その嘘の内容が隠したくなるものであるという事はここ二週間の学院生活でアルムは理解もしていた。
「いや、詳しくは言えないんだよ」
それでも約束を破る気にはならない。
言わないでくれという約束はアルムの中でも目下継続中である。
「ああ、はいはい。聞かない聞かない」
「あのね、昨日の今日でまた喧嘩はやめてくれよ?」
「しーまーせーんー!」
エルミラは不満そうではあるが、問い詰める気はないようだった。
この話は終わりと先に行くエルミラをルクスは追いかける。
「あの人、そんなに魔法儀式やってるの?」
その二人の後ろを歩きながらベネッタがリニスの行った方向を見ながら聞いてきた。
何故そんな事を聞くのかと不思議に思いながらもアルムは頷く。
「ああ、そうらしい。それがどうかしたか?」
「いや、ボクにも魔法儀式申し込んできた人だったからさ」
「ベネッタにもですか?」
エルミラの時もそうだが、自分のクラスの生徒の魔法を探るのにも精一杯な今の時期に他のクラスの生徒にも魔法儀式を申し込むのはよほど名前を知られている相手以外には稀だ。
ベネッタの話はリニスが魔法儀式に対して意欲的だということを証明するものであった。
「自分は未熟だから多く魔法儀式をする必要があると本人は言っていたからベネッタに魔法儀式を申し込んでもおかしくないんじゃないか?」
アルムの言葉を聞いて何か腑に落ちないことがあるのか、ベネッタは唸りながら首を傾げる。
「うーん……でも、あの人、他の人から魔法儀式を申し込まれても断ってたんだよ」
「何?」
「一週間くらい前かな? ボクが魔法儀式を断った後すぐに他の人があの人に魔法儀式を申し込んでたんだけど……悪いが、他を当たってほしいって言ってたから」
こんな些細なことでベネッタが嘘をつく理由がない。
しかし、本当だとしたら何か行動が噛み合わないのも事実。
ミスティも同じように疑問を抱いたようだ。
「どういう事でしょう? 未熟だというなら魔法儀式を申し込まれるのは持ってこいのはずでは……」
「……わからん。戦う相手を実力の近そうな相手に限定してる可能性もあるからな」
「確かに。戦績は成績にも影響を及ぼしますし、負ける可能性の高いと踏んでいる相手の申し出は断っているだけかもしれませんね」
自分で言ったものの、喉に刺さる小骨のようにどうにも引っ掛かるものがある。
ミスティは同意してくれたものの、アルムの胸中にはもやもやとしたものが残っていた。
「……気にしすぎか」
隣のミスティとベネッタには聞こえない小さな声でアルムは呟く。
そんなことよりもこれから自分に課される課題の方が重要だ。
二週間後には実地に出る。
初めて魔法使いの卵として依頼を受ける機会だ。
他人の詮索をしている余裕など無いのである。