314.休息日6
「はぁ……綺麗だったー……」
恍惚とした表情を浮かべながら、今見てきた情景を思い出すベネッタ。
午前中を時間一杯使い、セーバに案内された公園を観光したエルミラ、ベネッタ、セーバの三人はセーバの案内でパンケーキ屋のある第三区画に向かっていた。
「ほんと、公園っていうからもっと小さいのかと思ったら……想像以上に広いし花は凄いしで驚いたわ」
エルミラも興奮冷めやらぬといった様子で手に持った土産袋を振りながら軽い足取りを見せている。
ベネッタの手にも同じように公園の中にある土産屋で買った袋がある。
セーバが二人を連れて行ったのはリヴェルペラ公園。
ガザス王家の名を冠する事を許されており、学院ほどの広さを持った花の楽園だった。
ガザスらしい紋様を形作る赤の石畳が敷かれた入り口を抜けると、出迎えるのは中身を包むような花弁をした色とりどりの花畑。
奥に進めば水鳥の泳ぐ湖があり、その湖畔にはまた違う種類の花が湖を美しさを彩る。
歩きながら場所によって移り変わる花々を見るのもよし、ベンチで休憩しながら目の前に広がる風景を楽しむのもよし、芝生に寝転がって風に乗って届く花の香りを楽しみながらゆったりするのもよし。
何処を歩いても、何処で立ち止まっても美しい花々によって作られる風景が人々を癒す。
園内にはカフェや売店、そしてエルミラとベネッタが買った土産屋などもあり、まさに観光地として相応しい場所だった。
「何だっけあのいっぱいあった可愛いの?」
不意に向けられた笑顔にセーバは少しどきっとする。
確かにセーバが誘ったのはベネッタだけだったが、エルミラもまた女の子なのである。
セーバは内心を悟られないよう、貴族社会で鍛えた外面を駆使して何でもなさそうに質問に答えた。
「レンテドレスという花ですね。春にしか咲かないので時期もばっちりでした」
「そうそれ! 可愛いのなんのって! いやー、私が花見るなんて柄じゃないって思ってたけど悪くないわね!」
そう話すエルミラは満面の笑み。
セーバの目からは、花を見るのは柄じゃないという言葉は信じられなかった。
事実……公園での観光の間、花畑を見てはしゃぐ二人を見るだけで嬉しかったのだ。
自分が誘ったのは他国で魔法使いを目指し、留学メンバーに選ばれるようなエリートだが……歳相応の女の子であり、同じ人間であるのだと思えて。
「エルミラはしゃいでたもんねー!」
「あんたほどじゃないわよ!」
「えー! お土産だって先に買ったのエルミラだしさー」
「こ、これは感動に対するお礼というか……そういう事よ」
楽しそうに話しながら歩くエルミラとベネッタを見て、セーバはつい口角が上がってしまう。
二人の仲睦まじい様子が眩しい。ベネッタの緊張もエルミラの存在によって今では解けているようだった。
セーバは最初こそベネッタと二人でない事にがっかりしたものだが、今となっては三人でよかったと思い始めていた。
もしベネッタと二人でとなっていれば、変に意識されて楽しんでもらえなかったかもしれない。
「いやー、セーバったら中々やるじゃない? 次行くパンケーキ屋もさぞ美味しいんでしょうね?」
「エルミラ駄目だよセーバさんにプレッシャーかけちゃー……」
「い、いえそんな……俺も友人から紹介されたので友人の功績ですよ」
まだエルミラを挟んでいないと難しいが、ベネッタの会話の調子は普段通りに戻っている。
スタートラインには立てたのかも、と前向きにもなるセーバなのであった。
「いや、あの綺麗な……ん?」
「!!」
「え?」
セーバの知るパンケーキ屋は第三区画。
雑談を交わしながら第三区画に差し掛かった三人は異変に気付く。
走る警備の衛兵。背中に人を背負って走る人にさっきからすれ違う。
一人ならただ心配なだけだが……どうにも周囲が慌ただしい。
「何かあったのかしら……? 大通りはどっち?」
「こっちです!」
エルミラに言われてセーバは先導する。
第三区画の大通りまではここから五分ほど。
三人は強化をかけてその時間を短縮する。王都での魔法使用は許可が無いといけないが、緊急時では許される。
「なに……これ……どしたの?」
「……!」
大通りは緩やかな坂になっていて、通りには様々な店が並んでいる。見たところカフェや歩きながら食べられる手軽な食事を扱っている店が多いようだ。一つ食べさせれば次、また次の店へと、手軽な一品を扱う店を並べてこの大通りを抜ける間、観光客に食べさせ続ける戦略なのだろう。
だが、そんな事は今関係ない。
三人の見た光景はそんな微笑ましい光景ではなかった。
「う……あ……」
「くる……しい……」
「う……おえええ」
「お、おい! どうした?」
「さっきまであんな……兵士さん! こっち!」
華やかなはずの大通りのそこら中には、お腹を抱えてうずくまったり倒れていたり、道の端で吐く人々まで大勢の人間が何かに苦しんでいた。
症状の出ていない人達や警備で立っていたであろう衛兵が心配そうにうずくまっている人達に駆け寄ったり、背中におぶって病院へと運ぼうとしている姿ばかりが目立つ。
悠長に飲食を楽しんでいる人間などどこにもおらず、誰が見ても何か異常が起きているとわかるような光景だった。
ベネッタは一番近くで胸を押さえてうずくまっている女性に駆け寄る。
「大丈夫ですか? 喋れますかー?」
「は、はい……ちょっとお腹が……」
「いつからですか?」
「さっきから……食べ過ぎたかなって思ったんですけど……」
「ちょっと触りますねー」
ベネッタは治癒魔導士を目指しているとはいえ医者ではない。
しかし、やれる事はある。
ベネッタは女性の体や女性が手で押さえている部分に外傷が無い事を確認してから触ったり、強く押したりをする。
何度か繰り返すが女性が過度に痛がる様子は見えない。胃が食べ過ぎで過剰に膨らんでるようにも見えない。
「どう、ベネッタ?」
「なんかの中毒症状かも……治癒魔法は傷しか治せないからボクにはどうしようもないや……」
エルミラは周囲を見渡す。
苦しそうなのはこの女性だけではない。見るだけでざっと五十人は……いや、もっと大通りの先に行けばもっと大勢の人が苦しんでいる可能性が高い。
食中毒? 一つの店からならともかく、大通り全ての店からなんて事が有り得るのだろうか?
考えて、それは自分が判断する事じゃないとエルミラは首を横に振った。
今自分達にやれる事は体調の悪い人間を病院に運ぶ事くらいなものだろう。
「セーバ。病院は?」
「第三区画にもありますが小さくてこの数は……第一区画に大きな病院があります」
「警備の衛兵と協力して体調悪い人を運びましょ。ガザスの貴族が呼び掛けたほうが協力を得られやすいでしょうからあんたが……」
パリィン、と瓶が割れるような音がした。
「ああ、酒が旨い」
三人は何気なく、その音がした方向へと振りむく。
昼からお酒飲んでる。周りの光景を見てよく飲めるわね。そんな……ありふれた思いのままに。
その先に――何がいるとも知らずに。
「こんなにも酒が旨いのは久方ぶりだ」
視線の先にいるのはガザスの衛兵の服を着る男だった。
その男が衛兵でない事は誰でもわかる。男の手にはワインの瓶が握られており、その軍服は血に塗れていたのだから。
しかし、問題はそんな些細な点などではない。
「余の悦楽を理解している。これは褒美をとらせねばな」
男の周囲は――歪んでいた。
人間がそこにいるだけではまず起きない現象。
空気は揺れ、景色は歪み……まるでそこにいてはいけない異物が存在しているかのように。
この光景は錯覚か?
――否。錯覚などではない。
「……」
「あ……ぁ……!」
「いっ……!」
その光景すら、ベネッタとセーバにとっては些細だった。
男の姿よりも、周囲の歪む空気よりも、何よりもおぞましさを感じたのは……その魔力。
声にすら魔力が帯びており、男の一声だけで体が震える。
背筋に走る悪寒は生命として確かな信号。
ただ一人、エルミラだけは……この感覚に覚えがあった。
「……ほう、見ない服だな。ガザスの住民じゃないと見える」
「そっちこそ、そんな服着てまさか衛兵だなんて言わないでしょうね?」
二人を庇い、エルミラは男の正面に立つ。
精悍な顔立ちに日月のように輝く瞳。二メートルはある大男は笑う。
「かっかっか! 震えながら余の前に立つか。よい。その勇気に免じて余の名を名乗ってやろう」
その吐き気のする魔力は――
「幽世より跪け。現世は頭を垂れよ。
余は八百万すら絶念せし鬼の王。人の世に落陽を齎し、曉日を閉ざす偉大なる嶽の化身なり」
――逃げ出したくなるほどの邪悪を孕んでいた。
「その屍を以て天を拓く山と化せ! その血を以て余が征く道を彩るがよい!
余の名は【大嶽丸】! 余の影より悉く仰ぎ見よ! 瞳に刻む姿こそこの地を統べる絶巓なれば!」
尊大に、そして傲慢に邪悪は吠える
凶々しくも美しく、その姿は天頂にある日輪を閉ざす恐怖の帳。
今ここに――ただ一柱の地獄が顕現する。
いつも読んでくださってありがとうございます。
お待たせしました。ここより物語は加速していきます。
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