310.休息日3
「マットラト家から報告が?」
「ああ、ガザス方面の国境付近で怪しい動きがあったと……しかし、被害らしいものは確認できないようだ」
休息日といっても、その過ごし方は様々だ。
部屋に籠るのもよし、観光に出るのもよし、いつも通り魔法の訓練をするもよし、そして……学院で待機する引率の宮廷魔法使いや教師と現状の共有するのも、よし。
ルクスはタトリズ魔法学院の学院長室を借り、ベラルタの教師ヴァンと宮廷魔法使いファニア……そしてタトリズ魔法学院の学院長マリーカもという面子とそんな学生らしからぬ休息日の過ごし方をしていた。
ファニアは通信用の魔石を見せながら、今日届いた報告についてをこの場で話す。
本来ならガザス側の人間に無償で共有しなくてもいい情報なのだが、昨日の密偵の件もあってマリーカに情報を提供している。
「ガザス側にはそのような報告は入ってきておりません……」
ファニアによって初めて知らされる情報にマリーカは冷や汗をかく。
情報が本当だとすれば、自国の情報の共有すら出来ていないとマナリルに言っているようなものだ。
しかし、そんなはずはない。ガザスはマナリルよりも小型の通信用魔石の保有数が多い。
他国と隣接している領地の貴族だけでなく、魔法部隊などにも通信用魔石が配られており、異変があろうものなら王城の魔石と即座に通信し、情報の報告ができるようになっている。
ファニアの情報が正しいとするならば、国境近くを警備している部隊からシャファク城の魔石へと通信が入るはずなのだ。そして勿論、学院長であるマリーカにも共有される。
「ガザス側が気付かないで、マナリル側の貴族しか気付かないなんて事あるのか……? 今ガザス側の国境を警備しているのは?」
「ドムーク家の"サリバン"率いる槍騎士部隊七名と衛兵が状況によって数人から十数人配置されます。以前は魔法騎兵隊ハミリアの担当だったのですが……ヨセフ様が戦死されてからは配置が変わりました」
「……実力はどうあれ国境近くを警備してる部隊が見逃して、国境を跨いだ先のマナリルのマットラト家だけが気付くとは思えないですね」
そう言って、ルクスは床に視線を送るようにして考える。
四大貴族とはいえルクスはまだただの学生ではあるのだが、こうして並んでいるとすでに一国を担う魔法使いのようだった。
ふと、マナリルとガザスの国境近くにあるアルムの故郷……カレッラが気になった。
「ちなみに、マットラト家からの報告ではどのあたりと?」
念の為、国境付近のどの場所かとファニアに問う。
「国境付近にあるガザスの町"コルトス"だな。あそこに見ない商人の一団が立ち寄っているとか何とか。コルトスは私達もここに来る前に立ち寄っただろう?」
「ええ、あの大きな川が近くに流れてるところですよね」
「そうだ。マットラト領に流れる川と同じように、あの山地から流れてきているというのだから不思議なものだ」
一概に国境といっても当然通行していい場所は限られており、越えるにもルールがある。マナリルとガザスを行き来する際には国境の検閲所を通らなければいけない。そしてその検閲所に一番近いガザスの町がコルトスである。マナリルからの商人が最初に通る町でもあるので知名度も高く、国境近くだけあって土産屋が多かったのをルクスも覚えていた。
そのコルトスという町からカレッラのある山地までは流石に距離がある。アルムの故郷があるからと神経質になっていたようで、ルクスはとりあえず安堵した。
「そんな一団がいれば報告がありそうなもんだが……」
ヴァンはそう言いながらマリーカをちらっと見ると何を求められているかマリーカは察した。
「はい……そんな商人の一団がいるようであれば、警備の部隊よりも先に町の者が不審がるでしょうし、警備に報告が行くかと……」
「何も報告が無いという事はただ新規に事業を始めただけの商人だったか、向こうで様子見をしているのか……どちらにせよ私達には確認しようも無いな。ここからコルトスまでは普通の馬車で二日かかる」
ため息をつきながらファニアは指を二本立てた。
留学メンバーの引率であるファニアが王都シャファクを離れるわけにもいかない。どうやら自分で確認できないのがもどかしいようだ。
宮廷魔法使いは基本的に王城に留まっている事が多い立場なのだが、もしかすればファニアは足を使う行動派なのかもしれない。
「他に何か入ってきている情報はありますか?」
ルクスが問うと、マリーカは首を横に振る。
どうやらファニアの情報以外は特に共有すべき情報は無いようだ。
「まぁ、ガザスは情報の速度はマナリルより上のはずだ。比較的国土が狭いから最悪通信用の魔石が無くてもなんとかなるし、人造人形で馬車を引けば使者の移動速度も上がるからな。何かあったらすぐ王城へ届くだろ」
「小国には小国なりのメリットがあるものです。とはいえ、北部にはカンパトーレがありますので恵まれない場所なのは変わりありません……」
「ああ、そういえば……マリーカ殿、マナリルのヘルムート殿はどちらに?」
ファニアのいうヘルムートとはファニアと同じ宮廷魔法使いである。
とある任務を受けて今年からガザスに派遣されており、しばらくマナリルに帰ってきていない。
品行方正な振舞いと常に周囲の模範になるように努めており、貴族よりも平民から慕われている元は下級貴族クロシルト家出身の魔法使いである。
「王都から北東にあるシクタラスの防衛をなさってくださっています。とはいっても、あそこまでカンパトーレが侵攻するのは珍しい上にヘルムート殿の感知魔法もあってまともに戦闘になったのは一度だけですが」
「王都にはいないのですか……久しぶりにご挨拶と昨日の密偵の件についてご相談しようと思ったのだが……仕方あるまい。ついでに休息日がてら手合わせもしたかったのだが」
ファニアは残念そうに腰に差してある剣の柄を撫でる。
寂しげというよりは、物足りなさからくる好戦的な落胆を感じさせる。
「休息日といえば……ルクス、いつものあいつらとシャファクに出なくていいのか?」
アルム達がシャファクに観光に出かける中、一人ヴァンやファニアに混じってタトリズ魔法学院に残ったルクス。
ガザスの現状や情報を得ようとするのはルクスらしい奇特さではあるものの、一人の少年としてはどうにも大人びすぎている選択なのをヴァンは心配していた。
マナリル魔法学院を卒業する時には成人となる。今は少年らしく振舞える貴重な時間だというのに。
「休息日で生徒が少ない今、生徒である自分がお話に加われるチャンスでもありましたから。それに昼頃には自分も町に出ようと思っています」
「一人でか? ルクス殿の年齢なら誘いたい異性の一人や二人いそうなものだが?」
普段目付きの鋭いファニアも話題が話題だけに少し柔らかくなる。
ファニアとルクスはミノタウロスの事件の時に事情聴取で話す機会が多かったからだろうか、自然とそんなプライベートな話題も出てきた。
「本当は誘いたい人がいましたが……休息日はガザス滞在中に数度ありますし、次の機会に誘おうかと。今日はその時の下見と言った所でしょうか」
「ほう、流石そういう所も抜け目がないな。して、誰を誘う予定で?」
「エルミラを誘おうと思っています。彼女と一緒に過ごしたいので」
全く隠す気の無いルクスにファニアも少し驚く。その男らしさにヴァンもつい茶化すような口笛を吹いてしまっていた。
「ロードピスか、没落貴族の……」
「……何か?」
若干、含みのある言い方をするファニアに笑ったままルクスは問う。
本当に笑っているかはさておいて。
「いや、家柄としては少し不釣り合いだと思ってしまうのは私自身、取り巻く貴族達に毒されている証拠だな、すまない。謝罪させてくれ。
私……アルキュロス家も西部の家だからな。ロードピス家の事情は少し知っている。あんな両親を、特にあの母親を持って真っ当に育ったのは反骨精神からくるものか、彼女の人格ゆえか……どちらにせよいい娘なのは何度か会話してわかってはいるのだが――」
「ああ、それならご安心を」
「……?」
私が何を安心するのか、ファニアは尋ねかけた。
ファニアが尋ねる前に、ルクスはそのままファニアの疑問への答えを口にする。
「家柄ならつり合います。彼女の代でロードピス家は復権しますから」
それはあたかも未来が決まっているかのような断言。
エルミラに対する全幅の信頼をルクスはヴァン達の前で披露する。
それは、休息日を一緒に過ごしたい人を答えた時よりも赤裸々な告白だった。
「だから憂いがあるとすれば二つ……彼女が思いに応えてくれるかと、僕が彼女に相応しい男になれるかでしょうか」
「恥ずかしげも無く……若いねえ……」
遠い目をして何処かを見つめるヴァン。何かを思い出しているのだろうか。
そんなヴァンを他所にファニアは堂々としたルクスを見ながら、
「全く……つまりは、一つという事ではないか」
呆れたようにそう言った。
いつも読んでくださってありがとうございます。
先日の更新の際、ベネッタのお父さんかな?と思うような感想が多くてちょっと笑ってしまいました。あの子愛されているなぁ、と微笑ましい気持ちになりました。ありがとうございます。