309.休息日2
いつも読んでくださってありがとうございます。
昨日は白の平民魔法使いの書籍発売日でした。購入報告を頂いたりして嬉しい気持ちで一杯です。
自分も本屋さんに行きましたが、自分で自分の本を買うというのは何とも不思議な気持ちになりました。
書籍化記念の短編もアップしましたので、よろしければそちらも読んで頂ければと思います。リクエスト頂いたキャラのお話を順次追加していく予定です。
白の平民魔法使い 書籍化記念短編集
https://ncode.syosetu.com/n5058gp/
王都シャファクは運河の多い美しい町だ。
大小多くの運河と運河にかかる橋が町には張り巡らされており、運河を使っての船での移動も生活に欠かせない移動手段となっている。
地上では徒歩か馬車を、水上では船を利用する事ができ、観光する人間の好みによって、そして交通の手段によって町並みの見方も変わるまさに何度訪れても飽きない観光地と言えよう。
建ち並ぶ家々はそのどれもが異なったデザインをしていながら、明るい色合いと共通する窓の多い外観が妙に調和がとれている。
「え? 魔法使い志望じゃない……!?」
そんなシャファクでも大きな運河が流れるメインストリート、街路樹と様々な店が立ち並ぶ道をエルミラとベネッタ、そしてセーバは歩いていた。
雑談の途中、共通の話題として出てくるのはやはり自分達が魔法学院の生徒であることと将来なるであろう魔法使いについて。
ベネッタが魔法使い志望でない事を聞き、セーバは驚きを隠せなかった。
そのすぐ横をがたがたと音を立てながら、人造人形が引く馬車が通り過ぎる。セーバの声はその音で少し遮られ、周りから注目される事は無かった。
「は、はい……ボクはその、治癒魔導士になりたくて……」
「じゃあ俺を介抱してくれたのも……なるほど、治癒魔法を使う方は珍しいと思ったらそういう事でしたか」
なるほど、と先日の出来事に納得するセーバ。
同時に、その時の出来事を思い出してしまい咳払いを一つ。優雅なメインストリートにはどうにも似つかわしくない。
「それでも留学メンバーに選ばれるというのは凄いですね……恥ずかしながら俺達ガザスの人間はニードロス家という家をよく知らなくて」
「か、下級貴族なのでー……正直目立った功績は無くて……」
「この子が出世頭ってわけ。魔法使い志望じゃないけど、そこら辺のよりはできるわよ」
「や、やめてよエルミラー……」
「そういうエルミラさんも模擬戦では凄かったですよ」
「そりゃ私だから」
「あはは、なるほど。あれくらいは当然というわけですね」
エルミラを真ん中にして歩きながら話す三人。エルミラが来たからといってセーバはエルミラを交えず、ベネッタだけに話を振るなどという事はしない。
そもそも、そんな考えは彼の頭によぎらない。予定外だったとはいえ、今となっては一緒にこの休息日を楽しむ人間なのだ。
エルミラが不本意ながら着いてきた理由はそんなセーバを見極める理由が大きい。
如何にベネッタに泣きつかれたといっても、この状況がセーバにとって望んでいない状況くらいはわかる。彼が誘ったのはベネッタであり、明らかにエルミラ・ロードピスという友人は邪魔な人間だ。
しかし、セーバは最初こそ驚いていたものの今はそんな様子もない。
(悪い奴ではなさそうね……)
とりあえず、ベネッタと話させても問題無さそうな人間ではあるとエルミラは判断する。
とはいえ、ベネッタに相応しいかはまた話が別。
口には出してやらないが、ベネッタはエルミラにとって大切な友人。
……友人ならば、まぁ、許そう。
しかし――それ以上に近付こうという思惑があるのなら仁王立ちで立ちはだかるのも辞さない。
ベネッタに近付きたいなら四大貴族くらいは持ってこいというのが、雑談を交わすエルミラの顔の下に秘めた意思である。
「そんで、ベネッタをどこに案内する気だったの? 私がいて大丈夫なとこ?」
「勿論ですよ。とりあえずは公園や買い物もできる第二区画を案内しようと思っているのですが……シャファクの町並みを楽しみたいようでしたら運河を回ってくれるツアーのような事をしてくれる場所もあります」
「公園ってのは?」
「ええ、とある貴族の城跡に様々な花を植えて作られた公園でして……季節的にも素晴らしい景色を見てもらえるかと。ガザスの中心はそこだなんて言うくらいの人もいるんですよ」
「どうする? ベネッタ?」
セーバからの提案を聞き、エルミラは隣で腕にしがみつくベネッタに尋ねる。
「なら……その公園行きたいですー……」
「ええ、ではこのまま少し歩きます。公園に行った後は食事にしましょう。友人に教えて貰ったパンケーキ屋があるからそこに」
「あら、ベネッタが甘い物好きなのも調査済みってわけ?」
「え!?」
エルミラの怪しむような視線にセーバは慌てて手を振って否定する。
その勢いに寝癖のように跳ねている毛もぴこぴこと揺れた。
「いえいえ! 初めて知りましたよ! それに、ガザスのパンケーキは甘味というよりチーズやベーコンを使った食事になるようなものが主流ですから……」
「そ、そうなんですかー?」
「ええ、勿論近年は甘いやつも出てきてますよ」
「しょっぱいパンケーキも……ちょっと、食べてみたいですー」
甘いパンケーキしか知らないベネッタはガザスのパンケーキに興味津々。
どうやら今日は予定通りのルートで大丈夫そうなのを見てセーバはほっとする。
「じゃあ昼食はそこにしましょう。公園は第二区画の端のほうで、教えて貰ったパンケーキ屋さんは第三区画なので……少し歩きますが、大丈夫ですか?」
「船は? 私ちょっと乗ってみたいのよね。マナリルにはこういう事出来るとこあんま無いし」
「うんうん、ボクもー」
「では、乗り場に行きましょうか。こちらです」
セーバの立てていた予定はそのまま採用される事となり、セーバはエルミラとベネッタの要望通り運河を移動する為の船の乗り場へと先導する。
内心に友人への感謝を送りながらセーバは二人の半歩前に出た。
「食べ物といえば……私達、マナリルの王都でガザスの蛙料理を食べた事あるんだけど……やっぱこの町にも蛙料理のお店もいっぱいあったりするの?」
「あー……あれは、その……マナリルの王都に進出したせいでガザスの代表料理みたいになってますが、元々ガザスでは田舎でしか食べないマイナー料理でして……」
「え」
「えー!?」
セーバから教えられた驚愕の事実にエルミラとベネッタは顔を見合わせる。
なにせ、アルム達も食べた事のあるあの蛙料理の店はマナリルの王都アンブロシアではガザスの有名な料理として宣伝されており、他国との食文化の違いを美味しさとともに実感するスポットになっているのだ。
「やっぱ……実際にその場所に行ってみないととわからないものなのね……」
「旅行って大事だー……」
「なんか、申し訳ない……」
エルミラとベネッタはそんな事実をガザスの王都シャファクの風景とともに噛みしめる。
その後方には――三人と同じようにシャファクのメインストリートを並んで歩く二人組がいた。
「どうやら、盛り上がっているようで安心しました」
エルミラが急に参加してどうなるか心配していたミスティは三人の後ろ姿を見ながら安堵する。
その隣ではきょろきょろと辺りを見渡すアルムがいる。
同じ制服の男女が二人という事で、前を歩くエルミラ達の誰かが振り向けばすぐにばれるだろうが、前を歩く三人は互いに互いを思い思いの理由で気にしているので後ろを確認する余裕は無いようだ。
しかしミスティの美貌は目立つ為……すれ違う人間やミスティを目にした者はその視線を奪われて振り返ったり、動作を止めたりしてミスティを見つめている。
「なぁ、ミスティ」
「はい?」
「この後ろを歩いているのは何の意味があるんだ? 三人に付いていくなら一緒にいったほうがいいんじゃ……?」
「あ……その……」
そう、元よりこの尾行に意味なんてものは存在しない。何故ならこれはただシャファクを二人で観光する為のミスティの口実なのだ。
アルムからすると尾行が見つかってはいけない事だという認識すら無く、何故前にいるエルミラとベネッタと離れて歩いているのかすらも謎なのである。
ミスティは咄嗟に頭をフル回転させて理由をでっちあげる。
貴族として、魔法使いとして磨いてきたその速度は並ではない。慌てる姿を見せることなく、さも当然のようにアルムの疑問に答えてみせた。
「いけませんわアルム。あのセーバさんという方が誘ったのはベネッタですもの。私達が介入してはお邪魔になってしまいます」
「エルミラは?」
「エルミラはベネッタがお誘いしておりました。ですから、誘われていない私達はあそこに入るべきではありません」
「それは確かにそうだな……じゃあ何でついていってるんだ?」
「他意無きお誘いだとしてもセーバさんは他国の貴族……ベネッタとエルミラに何かある可能性も捨てきれません。お二人なら心配は無いと思いますが、念のためにこうしてバックアップできるように尾行していますの」
ミスティの説明に頷きながらも、アルムの表情にはどうにも疑問が残っていた。
「……あの人は多分、ベネッタをどうこうも出来ないと思うが…………」
セーバは模擬戦でミスティと戦っており、その実力はある程度アルムもわかる。
恐らくは、血統魔法を使わない限りはエルミラもベネッタもどうこうする事はできないだろう。
「ですから、念の為ですわ。私とアルムがいれば万が一にも間違いは起きませんでしょう?」
「そうかもしれないが、エルミラだけで何とかなりそうな気がしてな……俺達はさっきミスティが言っていた邪魔ってやつになるんじゃないかと」
「それは……」
「それより、二人で少し観光しないか? さっき運河の向こう側にお茶の店を見かけたんだ。ミスティが好きそうだと思って」
「それは……………え?」
一瞬、何を言われたかわからずミスティは停止する。
あまりにも普通に言われたせいか、どういう意味かを理解するのに時間がかかる。魔法使いとして磨いてきた頭脳とは一体なんだったのだろうか。
ミスティが勢いよく隣を見ると、いつもと変わらぬ表情で中央を流れる運河を挟んだ向こう側を見ているアルムがいた。
「少し戻った所に橋があったからそこから向こう側に渡れると思うんだ。行ってみないか?」
「え? え? ええと……」
まだ状況を呑み込めていないミスティはすぐに答える事ができない。
そんなミスティを見て、アルムはミスティが困っていると勘違いしたのか申し訳なさそうに謝る。
「……ミスティならガザスのお茶が気になるかと思ったんだが、興味無いか。すまん」
「い、いえ! あ、あ、あります! その、タトリズの食堂で頂いたお茶が気になっていて……! あ、アルムが、その、よろしいようであればご一緒に……」
そんなアルムの声を聞いて慌てて否定するミスティ。
ミスティはまだ何が起こったのかを受け止め切れていないのか遠慮がちに顔を俯かせ、上目遣いでアルムに確認する。
「よかった、なら行こう」
アルムは嬉しそうに微笑みながら立ち止まると踵を返す。運河の向こう側に渡る橋目指して。
ミスティもそれに続いて、アルムの背中を追うように今歩いていた道を戻る。
(これはもしや……ゆ、夢……!?)
ミスティはアルムに誘われた事をまだ信じ切れていないのか……アルムの一歩後ろを歩き、頬を赤らめながら今こうしている事が現実であるかを疑い始めた。
先日、二件目のレビューを頂きました。
この場を持ってお礼申し上げます。ありがとうございました!