308.休息日1
セーバ・ルータックは普通と評される貴族である。
人当たりのいい好青年であり、その魔法の実力はタトリズの中では平均的で突出したものは無いと言っていい。
普段交流している人物がガザスの名家ハミリア家のマルティナとジャムジャ家のマヌエル、家柄に目立った点は無いもののガザスで呪詛魔法の開拓を行っている有望株ナーラ・プテリの三人という点も彼が普通と評される理由の一端である。
しかし、周囲の評価の通り、彼は至って普通の少年だ。
暴走した友人を止める善人でもあれば、模擬戦で恐怖すれば即座に降参する当たり前の保身を持ち合わせているような。
そんな普通の彼がガザスに留学に来た女子生徒……ベネッタ・ニードロスを休息日に誘うという行動力を発揮したのは、本人曰く一目惚れなどという甘酸っぱい理由からではない。
「マヌエルさんに教えて貰った所は第三区画……ナーラに教えて貰ったのは第二区画の端……少し歩く事になっちゃうけど大丈夫かな」
セーバ・ルータックは今日の予定を整理しながらタトリズ魔法学院の正門で待ち人を待っていた。
彼は前日にベネッタを誘っており、今日はガザス王都シャファクの案内をする予定だ。
……ナーラ・プテリがマルティナへの憧れから暴走し、アルムに襲い掛かったあの日。
セーバはそのナーラを止めようとした際に頭を殴られた。
そうして気絶した自分の介抱をベネッタにしてもらったのが今回セーバがベネッタを誘ったきっかけである。
だがそれは、セーバという人間にとっては当たり前。
あの時、短いながらも世話になったのだから礼をしなければと考えての事だった。
お礼として自分にできそうなのがガザス王都シャファクの案内だったというだけの話。念の為、友人であるマヌエルやナーラにも観光によさそうな店を聞いて準備もばっちりである。
ばっちりじゃないのは、こんな時にも落ち着いてくれないぴょんと寝癖のように少し跳ねた髪だけだ。
「これはお礼だから。うん。介抱して貰ったんだから当然だ」
そう決して、あの日してもらった膝枕が忘れられないだとか、目を覚ました時に見た翡翠の瞳があまりにも綺麗だったからとか……そんな理由ではない。決してないのだ。
「……」
セーバは煩悩を振り払うかのようにぶるぶると首を横に振る。
もう一度紹介しよう。彼はセーバ・ルータック。至って普通の少年だ。
待ち合わせしているこの間に期待感は膨らんでいるし、緊張でそわそわと落ち着きもない。
つまりはどう言い訳しようとも、少年らしく女の子への関心をばっちり持っているのである。
「お、お待たせしましたー……」
そんなセーバの背中にか細い声がかかる。
一瞬、セーバの肩が震えた。
セーバは短く深呼吸紛いの事をすると、何でもないような顔を装いながら振り返る。
「おはようござ……います……?」
振り返った先には美しい翡翠の瞳を持つセーバの待ち人ベネッタ・ニードロス。
……と、何故かもう一人。
「おはよう、ございます……」
「ど、ども……」
ベネッタともう一人、気まずそうな顔で挨拶をしてくるのは彼女の友人エルミラ・ロードピス。
ベネッタの声がか細く聞こえてくるのは当然。ベネッタは何故かエルミラの背中の陰に隠れて会話しているのだから。
「………」
「………」
「………」
当然の沈黙が三人の間に流れる。その気まずさは計り知れない。
特にエルミラに至っては申し訳なさも相まってセーバと目を合わせる事すらできていなかった。
「えっと……?」
一瞬、セーバの思考が停止する。そしてすぐさま再起動。
再起動した彼がまず始めたのは記憶の再確認だった。
ベネッタを誘った時の記憶では確かにロビーに来たのはベネッタだけだったはず……。そして誘ったのもベネッタだけだったはず。
やはり、自分の記憶がおかしくなったわけではないようだ。
「エルミラ・ロードピスさんですよね……?」
「そう、ね……」
何故あなたがここに?
そう尋ねるのもエルミラを邪魔者扱いしているようで憚られる。
セーバは言葉に詰まりながら困ったように額に手を当てた。
「あ、うん、言いたいことはわかるわ。大丈夫。わかるから」
そんな困惑しているセーバを気遣うエルミラ。
エルミラ本人も自分がここにいるのがおかしい事を自覚しているらしい。その表情からは居心地の悪さがにじみ出ている。
「その……ね、あんたがベネッタを誘った話は知っているのよ。この子から聞いたから」
この子とは勿論、エルミラの背中の陰に隠れたまま出てこないベネッタである。
宿舎から待ち合わせ場所である正門に来るまでの間、ベネッタはエルミラの背中に隠れながら、その服を掴んで離さない。
エルミラの肩から顔の上半分だけを覗かせているような状態だ。
「昨日まではそりゃどうしようどうしよう騒いでて、それでも前向きではあったのね。特に予定も立てて無かったし丁度いいじゃない、なんて私も他人事でこの子と話してたわけよ」
「え、ええ……」
「それが今日になったらこうなっちゃって、エルミラが一緒に行ってくれないなら行かない! なんて泣き出しそうな勢いで駄々こね始めちゃって……一応説得したのよ? 私とミスティで色々言ったんだけど見ての通り駄目だったわ。ベネッタがいないよりは私が一緒に来たほうがまだいいかなとか思ったんだけど……正直思ってたよりも気まずくてびっくりしてるわ」
「そ、そんな事は……」
無いとは言い切れないセーバ。
エルミラと話すのは初めてだという理由などではなく、二人という予定に急に第三者が現れては流石に気まずさを隠せない。
セーバはベネッタの方をちらっと見る。
目が合うと、ベネッタはすぐにエルミラの陰に隠れてしまう。
「えっと……この間のお礼をしたいだけだったんだけど……迷惑だったかな?」
「ち、違いますー……」
「そ、そうですか?」
背中に隠れながら迷惑だったかという問いをベネッタは否定する。どうにも説得力が無い構図である。
普段のベネッタであれば、ここまで意識して緊張したりはしないだろう。
しかし、セーバに誘われる直前までしていたミスティ達との会話と空気が、男女二人という状況をベネッタに意識させてしまっていた。
「ま、まぁ、先日のお礼ですし……三人でも問題ありませんよ。それにエルミラさんもシャファクは初めてでしょう? よろしかったらこのセーバに案内させてください」
「よ、よろしくお願いしますー……」
「あんた……いい奴ね……」
「え? ど、どうも……?」
未だまともに顔を合わせられないベネッタに呆れながら、エルミラはセーバの肩をぽんぽんと叩く。
「まぁ、その……タイミングが悪かったって事で……諦めて頂戴」
「いえ……では行きましょうか」
男女二人だと恥ずかしいベネッタ。
そんなベネッタに無理矢理連れ出されたエルミラ。
そしてお礼なのだから二人じゃなくても残念がる必要は無いと自分に言い聞かせるセーバ。
そんな思惑が噛み合わない三人はシャファクへと繰り出す。
(少しがっか……いやいや! 何を考えてるんだ俺は!)
内心で失礼な事を考えそうになった自分をセーバは自分で咎める。
お礼なのだからベネッタさんが友人であるエルミラさんを連れてきても全く問題ないはずだ。
セーバはちらっと横目に二人を見る。
「ほら、腕組んでいいから制服引っ張らないの」
「ご、ごめんねー、エルミラ……」
「謝るならこっちのセーバに謝りなさいって」
むしろ他国の美人貴族を二人連れている自分は幸運と言えるはずだ。そう、ただのお礼からこうなったのだからむしろ幸運だ。
二人の隣で、うんうんとセーバは自分を納得させるようにして頷く。
……そんな三人の後方で動く影があった。
「アルム、動きましたわ」
「ああ……」
「どこに向かわれるのでしょうか……追い掛けましょう」
その影とはベネッタがセーバに誘われた事を口実にアルムを誘う事に成功したミスティ・トランス・カエシウス。そして、この尾行の意味すらいまいちよくわかっていないまま簡易な地図を片手にミスティに付き合っているアルムの二人である。
「えっと、第四区画のほうか……?」
「……第二区画のほうですわね。こちらです」
「おお、こっちか」
アルムに地図を持たせるという事に若干不安を覚えつつも……どんな形であれ休息日を二人で過ごすという目的を果たせそうなミスティは内心ご満悦。アルムは地図をくるくると回している。
先に行くエルミラ達と同じように、アルムとミスティもシャファクへと繰り出した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
お待たせしました。活動報告にて募集していた書籍化記念短編についてのご報告をこちらでさせて頂きたいと思います。
沢山のコメントを頂き、本当にありがとうございました。二、三件くればありがたいくらいの気持ちで募集したのですが、予想以上の量のコメントを頂き驚きました。自分の作品が読まれているんだと実感した出来事の一つにもなり、大変嬉しく思います。
嬉しかったので、本編で書く予定、書いたお話以外全部書く事にしました。
明日に全ての意見のお話を更新というわけにはいきませんが、短編集という形にしてコメントで頂いたキャラクターのお話を順次更新していきたいと思います。申し訳ありませんが、本編でやってしまったお話については短編集には入れられませんので本編のほうをよろしくお願いします(ミスティ達の女子会というご意見など)。
「白の平民魔法使い」の書籍版は11月13日(金)、明日になっております。
是非各種サイトさんや本屋さんに立ち寄って皆様のお手元に!よろしくお願いします!