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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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304.情報共有

「こちらの会議室でお待ちください」


 一人の使用人に案内されたアルム達五人とヴァンは大きな円卓が中心に置かれた部屋に通される。

 ガザスに来てから最初の休息日。

 アルム達は魔法生命についての情報共有の為、ラーニャから王城に招待された。招待された、とはいってもベラルタの留学メンバーがガザスの王城に訪れる日程は決められている為、正門から堂々とというわけにはいかない。今回の一件はあくまで非公式であり、裏手にある物資の搬入用の入り口からアルム達は王城に入っていった。


「何であなたはそう……もう、少し屈みなさい」

「この服はいまだに慣れぬよ」

「王城にいる時は我慢しなさいってば」


 通された会議室の窓際には酒呑童子ともう一人……服の片腕の袖が力無く垂れている女性が立っていた。

 酒呑童子は学院にいた時とは違うきっちりとしたガザスの軍服を着ているものの、襟は開きっぱなしどころか上着の前すら閉めず、さらには上着の飾りボタンは外れて垂れ下がっていたりと、どうもだらしない。

 そして酒呑童子と同じ服を着ているとは思えないほど美しくその軍服を着こなしている片腕の女性が、その乱れを片腕で直してやっているところだった。

 女性の深みのある上品な茶色の髪は朝日を浴びて眩しく輝いており、その柔らかい表情と瞳で酒呑童子を見つめながら、酒呑童子の軍服の前を手慣れた動作で閉じていた。


「まぁ」

「え」

「へぇ……」

「わー……」


 アルムとヴァン以外に四人がその光景に声を上げる。

 アルムは二人を凝視しているが、ヴァンは何も見なかった事にして目を背けている。


「……お邪魔しました」

「待ってください! 誤解です!」


 エルミラが中に入らず扉を閉めようとすると、慌てたように片腕の女性が駆け寄ってくる。

 扉が締め切る前にその手が閉まりかけの扉を押さえた。


「ようこそ皆様……! 陛下から話は聞いています。どうぞ遠慮なくお入りください……!」

「……どうも」


 女性の必死な形相に何も口出ししない事を決めるミスティ達。

 促されるまま、アルム達は会議室へと入っていく。

 部屋には中央に置かれた円卓と椅子くらいしか無く、ガザスの国章が壁に飾られている事以外は簡素な部屋だ。

 アルム達が部屋に入ると、女性は咳払いをし、片腕を腰に当ててアルム達と向き合った。


「申し遅れました。ガザス王家直属護衛魔法使いエリン・ハルスターと申します。ガザスへようこそ、マナリルの勇敢な方々」

「エリン・ハルスター……!」

「ミスティを推薦してた人か」


 反応したのはヴァンだけでなく、アルムもその名前に聞き覚えがあり、反応を示す。

 エリンは腰から手を外して微笑む。その表情は名前と肩書のイメージとは違って普通のお姉さんといった印象を受ける。しかし、アルムが魔力を探るとしっかりとその魔力は閉じていた。

 ラーニャの話にも出てきたガザスを襲っている魔法生命と出会った一人であり、その戦いで片腕を失ったという話はすでに聞いている。見れば、肘より先が無いようで、余らせている袖はその戦いの証と言えよう。


「ええ、推薦枠のうち二枠はもう決まっていましたからね。あのリストを見てカエシウスとオルリックを推薦しない馬鹿はいませんもの」

「それで残り一枠は魔法生命対策枠で俺って事か……」

「はい、とはいっても……あなたの名前で騒いでいたのは魔法生命以外の事がきっかけだったんですよ?」

「……? どういう?」


 エリンの言葉の意味がわからず、アルムはついミスティに視線を向ける。

 ミスティも心当たりが無いとふるふると首を横に振り、ルクスとヴァンに同じような目を向けても同じようにわからないという反応が返ってくるだけだった。


「アルムくん!!」


 そんな時、会議室の扉が勢いよく開く。

 体格のいい、中年の男性がアルムの名前を叫びながら会議室に入ってきたのだ。

 入ってきた男はアルム達の顔を順に確認すると、アルムの顔をじっと見る。


「ああ……やはり、あの時の少年だ……!」


 そして満面の笑みを浮かべたかと思うと、その太い腕を広げながらアルムに近付こうとするが。


「誰だ……?」

「お、おう……!?」


 アルムが首を傾げると、ショックを受けたようにその場で膝を折った。

 広げていた腕はそのまま床に着き、崩れ落ちた男の体を支える。よほどショックだったのだろうか、アルムは男のあまりの落胆ぶりに珍しく動揺する。


「す、すみません……どこかで会った事があるでしょうか……? どうも会話した人でないと顔と名前が一致しないもので……」

「いや、そうだよな……そうだ、こんなおっさんの事を覚えてるはずもないか……確かに名前も言っていなかったからな……」


 仕方ない。そう、仕方ない事なんだと自分を納得させるように頷きながらその男は立ち上がった。


「山で魔獣に襲われたガザスの魔法使いを助けた事を覚えていないか?」

「ええ、二年、いや、もう三年前くらいに……」

「その時の傷だらけだった魔法使いさ。ウゴラス・トードルードだ。君の名前が留学候補のリストにあった時は驚いたぞ!」

「あの時の……?」


 出来事自体は覚えているようだが、その時の記憶がおぼろげなのか目を細めてウゴラスの顔をじっと見つめるアルム。


「ど、どうも……」


 結局、思い出せず微妙な反応になってしまう。

 その様子にウゴラスの後ろで見ていたエリンと酒呑童子はウゴラスの背中に訝し気な視線を向けていた。


「ウゴラスさん……全然ピンと来てないようなんですけど……」

「お前はあんなに騒いでいたのにな……あの時の少年だ! って……憐れな……」

「何故だああああああああ!?」


 アルムのよそよそしさに再び崩れ落ちるウゴラス。エリンと酒呑童子は疑いの目でそんなウゴラスをじっと見つめた。

 ウゴラスとしては感動の再会だったはずなのだが、アルムにとってはふわっとした記憶の中のため正直ピンときていない。二人の間にあった温度差が若干の悲劇を生む。


「いや、いいんだ……確かに俺も君の名前を見るまで助けてくれた子の名前を思い出せなかったからな……君の名前を見てアルムという名前だと思い出したんだ、覚えてない事を責めるならば私も責められるべきだろう」

「すいません……それに俺は水と薬草を運んだだけでほとんど何も……助けたのはあの時一緒にいた師匠ですから」

「ん? 師匠? 他に誰かいたのか? あの時助けてくれたのは君だけだったと思うが……」

「え……?」


 ウゴラスの言葉にアルムは言葉を失う。

 そんなはずはない。三年前、確かにアルムはガザスの魔法使いを一人助けた記憶があった。そしてその時に師匠に言われて薬草と水を運んだ事も覚えている。

 ウゴラスの顔こそおぼろげではあるものの、あの時師匠は間違いなくいた。

 しかし、ウゴラスに何かを隠しているような様子も無ければ何かを誤魔化そうとしている様子も無い。


「アルム……カレッラの時と同じでは……?」

「ああ……」


 耳打ちするミスティの声にアルムは頷く。

 ガザスに来る前……カレッラでも同じような事があった。

 自分やシスターは師匠の事を覚えているのに、教会の近所に住んでいるダルダ爺さんは師匠の事を覚えていなかった。十年も村に通えば、たとえ交流せずとも魔法使いの存在は覚えるであろう。

 カレッラだけでなく、偶然師匠と出会った人間でさえ忘れているとなると……ただ忘れているだけと言うのは考えにくい。


(どうなってるんだ……師匠……)


 アルムの表情が不意に険しくなる。

 師匠が何かしているのか。それとも師匠が何かに巻き込まれているのか。

 それすら判断つかないのがアルムには歯痒かった。

 何せ、師匠と過ごした十年間は自分の事ばかりで、師匠の人柄は知っていても事情は詮索しようとしなかった。

 何故カレッラに通うようになったのか。

 何故自分に魔法を教えてくれるのか。

 どれも一度は質問した事あるが、はぐらかされてそれっきりだ。

 勿論、師匠の血統魔法もアルムは知らない。

 立て続けに師匠を忘れている人物に会ってしまって、まるで自分の思い出の中にしか師匠がいないかのようだ。シスターの口から師匠の事を聞いていなければ、本気でそう思っていたかもしれない。


「申し訳ありません、お待たせしました」


 先程アルム達を案内してくれた使用人を連れて、タトリズの生徒でありガザス女王でもあるラーニャが会議室に足早に入ってくる。

 エリンとウゴラス、そして酒呑童子は先程エリンが自己紹介した時のように手を腰に当て、エリン以外はもう片方の手を腰に当てた手に重ねたポーズのままラーニャの入室を迎えた。どうやらこれがガザス式の敬礼のようである。

 一緒に入ってきた使用人はティーポットとカップを乗せたカートのようなものを運んでおり、ラーニャ達だけでなくアルム達一人一人にも丁寧にお辞儀をすると、人数分の紅茶をカップに注いだ。

 それが終わるとその使用人はすぐさま部屋を出ていく。流石は女王であるラーニャが連れている使用人という事だろうか、一連の流れが手慣れていて一人で用意したとは思えない。


「『霊歌の結界(ハリトラドム)』」


 楽器をぶつけたような音とともに壁と窓に魔力光が一瞬広がる。

 エリンが感知魔法を会議室に張り巡らせ、盗聴を防止したのだ。マナリルでも使われている手法であり、これが出来ないようであれば宮廷魔法使いにはなれない。


「光かなぁ……?」

「信仰じゃない?」


 ぼそっとベネッタとエルミラが小声で話しているうちにラーニャが席に着く。

 ラーニャが座ったのを見て、ミスティ達も順に席に着く。酒呑童子はラーニャの後ろに立ち、その後でエリンとウゴラスがラーニャの両隣に座った。


「私達が繋がっているのを悟らせない為にもあまり時間をかけたくありません。カンパトーレの盗聴の可能性がありますから。非公式ゆえ挨拶もそこそこに……本題に入ろうと思います」


 アルムは師匠についての思考を一旦後にする。

 気にはなるが、いくら考えても謎が謎のままの問題だ。

 まずは魔法生命について。これから語られるガザス側の情報に集中する事にした。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ガザス側の人物が把握できないとの意見を頂いたので、後書きに簡単に書いていこうと思います。

またこれを機に主要である五人以外の今までの登場人物を簡単に紹介するページを作ろうかなと考えています。ガザスの人物に関してはここの紹介と被る事になると思います。


『登場人物紹介・ガザス国』

・ラーニャ・シャファク・リヴェルペラ

ガザス国女王。十七歳。元々は異界で生まれるはずだった人物。蜂蜜が好き。


・酒呑童子

自身の目的の為に魔法生命の組織コノエを裏切った魔法生命。ラーニャの側近。


・マリーカ・ヴァームホーン

タトリズ魔法学院の学院長。魔法生命と戦っていないながら事情を知っている数少ない女性。四十歳。


・マルティナ・ハミリア

タトリズ魔法学院に通う三年生。初めて出来た同年代の友人達との交流に悩む少女。十七歳。


・ナーラ・プテリ

マルティナ大好きなタトリズ魔法学院に通う二年生。マルティナを名前で呼ぶのを畏れ多いと思っているマルティナ崇める系少女。十六歳。


・マヌエル・ジャムジャ

タトリズ魔法学院に通う三年生。ナーラに振り回されがちの若干気苦労の多い少年。誕生日が早いので十八歳


・セーバ・ルータック

タトリズ魔法学院に通う二年生。貴族にしてはかなり普通な少年。マヌエルと同じく普段はナーラに振り回されがち。十六歳。


・エリン・ハルスター

ガザス王家直属魔法使い。ハルスター家の現当主。


・ウゴラス・トードルード

三年前アルムが助けたガザスの魔法使い。現在は指南役となっており、前線を退いている。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] これまでの登場する人物達の中で、魔力を閉じている人はどの程度居るんだろう? 生徒の中ではアルムくらいで、他教師陣や宮廷魔法使い、ガザスのラーニャ、エリン、ウゴラスあたり?
[一言] やはり師匠の事が気になるところですねー 更新に関しては息抜きや休息も大事ですからね もちろん更新は楽しみですし、あると嬉しいですがw でも休みなしはそれはそれで大変そうで心配になるという
[良い点] 師匠の事が順当に忘れられていますね。 彼女(?)の名前がなんなのかが気になる所です。 その為に発生したアルムとおっさんの温度感(笑) さてさて、どうなるのでしょうか? [一言] 何もした…
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