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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第五部:忘却のオプタティオ
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書籍化記念SS 「あの朝のように夜を飲む」

 コーヒーを飲んでいるとふと、あの朝を思い出す。

 窓から差し込む朝日。外から聞こえてくる街が動きだす声。心地よく立ち上っていた香り。

 そして、何かをぼやきながら階段から降りてきた彼。

 そんな彼と過ごしたかけがえのない一時を。


「監視二十日目……朝、異常無し」


 窓の外から鳥の囀りが聞こえてくる。

 あの日の事を思い出しながら、私は狭い部屋で定期報告を書きながらコーヒーを飲んでいた。

 狭いが、満足はしている。少し、その……私の背だと天井が近い上に、屋根に沿って斜めになっているので場所によっては圧迫感は感じるが。屋根裏部屋なのだから仕方なくはあるのだが、不便ではある。

 なんにせよ、罪人である私が部屋に文句をつけるなど出来るはずもない。

 この部屋の利点は……そうだな、コーヒーの香りで満たされるのが早い事くらいだろうか。


「ああ、苦いな……」


 南部の豆で淹れると少し苦みが強い。だが、そんな苦みがまたこの蠱惑的な黒い液体コーヒーの醍醐味と言えよう。

 夜のように深い黒。けれど、朝日のように暖かい……そんな不思議な飲み物だ。

 私リニス・アーベントの原点でもあり、趣味であり、罪の象徴と言ってもいいだろうか。

 毎朝毎夜……これを飲むのが昔からの日課となっている。

 今では少し特別な意味も込めているが。


「ファニア様は今頃ガザスか……」


 罪人である私を使っている(・・・・・)宮廷魔法使いファニア・アルキュロスは今頃ガザスの地を踏んでいるはずだ。

 聞けばベラルタ魔法学院の引率の一人として同行するらしい。

 私の立場を考えれば、私のような罪人にもそういった予定を話すような方が主人なのは幸いといった所だろうか。 

 ガザスの名産を思い出しながら、私は別段書く事の無い報告書から目を背けた。

 依然として監視対象に動きは無いのだから、異常無しと書く他ない。


「絨毯やお茶が有名だったな……後は、タイル装飾か……タトリズ魔法学院は美しい建物と聞く……」


 窓の外を見ながら、ガザスについて知っている事を思い出す。

 そうそう、蛙料理も有名だったか。確か王都にも店があったはずだ。

 流石に、入ったことは無いが。

 窓からは朝日が差し込んでいた。青い空と流れる白い雲と爽やかな光景が広がっているが、当然私の視線の先にはガザスなど見えない。

 一口、カップを口に運ぶ。コーヒーがほっとする暖かさを運んでくれた。ああ、苦い。


「はて……別に行きたいと思った事はないんだがな……」


 何故こうも思いを馳せてしまうのだろうか。

 ファニア様の身を案じている? そんな寒気がする冗談は有り得ぬだろう。

 それとも、私自身が国外への渡航を禁じられているから自由でも求めているのだろうか。

 まさか。

 自由を求めているのなら、償いをしようとは思うまい。


「全く……誰に言い訳しているんだか」


 つい自嘲してしまう。

 何故ガザスの事を考えてしまうのか。そんな事は決まっている。

 恐らく……彼もガザスに行っているからだ。


「ふふ……コーヒーは今も飲んでいないだろうね」


 彼はこの味が苦手なようだったから。

 あの朝、本当に短い間だったにもかかわらず友人だと思ってしまった彼。

 その友人を裏切ってしまった私。

 こんな事を口にしようものなら、誰かに怒られてしまうかもしれないが……。

 正直に言うと、私はこの国を裏切った事よりも……彼を、アルムを裏切った事のほうをずっと、ずっと後悔していた。

 何故あの朝、会ってしまったのか。

 何故私はあの時、彼に同席を勧めたのか。

 何度思ったことだろう。

 あの朝の一時が無ければこんなにも苦い思いをしなくてすんだろうに。

 ……けれどこの苦い思いが、あの朝君と共有した時間の証のようで、私は少し嬉しくもあった。


「元気かい? アルム?」


 気付けば返ってくるはずのない問い掛けを朝の中に投げかけていて。

 私はまたこうしてコーヒーを飲んでいる。あの日過ごした朝のように。

いつも読んでくださってありがとうございます。

書籍化という事で記念に何かしたいと思いまして、このようなお話を投下させて頂きました。

第一部で登場したリニス・アーベントの小話です。


そこでもう一つ企画として、「白の平民魔法使い」の書籍発売日11月13日に「白の平民魔法使い」の書籍化記念短編をアップしようと考えております。

そしてこの度の書籍化は私だけの力ではなく、応援してくださっている皆様の力あっての事ですので、その短編のメインとなるキャラクターを活動報告のほうで読んでくださっている皆様から募集したいなと考えた次第です。

本編の謎が解けるようなお話は書けませんが、この子のお話が見たいなと思った方は活動報告のほうに募集記事を上げるのでそこにコメントを残していってください。コメント0だった場合でも私が書きたい子の話書くので私のメンタルダメージは心配なさらなくて大丈夫です。

勝手ながら自分の書く時間を考慮し、11月8日(日)までのコメントの中から決めさせて頂こうかなと思います。よろしければ参加していってくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うんうん、リニス元気そうだ。 彼女のその後が分かって良かった!
[良い点] リニス!元気そうで良かった! またどこかで会いたいものです。 [一言] 更新ありがとうございます
[一言] おお。誰かと思ったが、アルムと朝のお茶会したくだりで思い出した…そういえば、彼女の見せ場は丁度一巻に当たるし、最初の書籍化記念SSとしてはいい…かどうかは難しいねコレ。いや、今の彼女の現状が…
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